第134話 長谷川真昼、続々、織田家親族会議に巻き込まれる(後編)
お市ちゃんを裁く織田一族会議もいよいよ大詰め。
現在の票数はおっさんと再婚させるべしの過激派4票、子育て専念すべしの温情派4票の同数。
「えっ、同票? じゃあ最後の9人目が決めるの? 残る票は誰なんだろ? やっぱり信長様?」
「いや、俺は口出さんと決めた。票も持っておらん」
信長様の回答に、私がじゃあ誰だろと首を傾げていると、スッと投票に向かう少年の姿が目に入る。
信長様と亡き吉乃さんの長男、奇妙丸君だ。
「若輩者ですが、私が最後の一票のようです」
奇妙丸君は毅然とした態度で木札を持ち、「子育てに専念すべき」の箱にコトンと入れた。
――判決確定!
「判決! 市は当面、岐阜にて子育てに専念すべし!」
信広様の宣言に、織田一族から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
私はホッとして、感動のあまりボロボロと涙を流した。
「よかったね、お市ちゃん! むさ苦しい無骨なおじさんと再婚させられなくて! これでずっと岐阜にいられるし、また私と一緒に遊べるね! 落ち着いたら、子供たちを連れて温泉行こうね!」
私が涙ながらに声をかけると、お市ちゃんは簀巻きのままピョンと飛び跳ねた。
「フガッフガッ!(温泉⁉ 一緒に⁉ やったわ! 計画通りよ! 早くこの縄を解け糞親族ども! 私が真昼の背中を隅々まで流すのよ!)」
これにて平和的解決!
と、思ってると、奇妙丸君がコホンと咳払いしてお市ちゃんに告げていく。
「ただし、市叔母様が自由に行動するのは、私の許可が必要とします」
「フガッ⁉」
「特に真昼様と会うのに、厳重な審査をしますのであしからず」
「フンガーーーーーーーー(調子に乗ってるんじゃないわよ奇妙丸! 厳重な審査? 叔母を敬えええええええ!)」
騒がしいお市ちゃんを無視し、上座から見ていた信長様が満足げに立ち上がり、奇妙丸君に言い放つ。
「見事な裁定だ、奇妙丸。身内を裁く重圧に耐え、情と理のバランスを取ってみせた。……もうこれでお前も一人前だ。今日、この場で元服するぞ!」
突然の宣言に、親族たちがどよめく。
「これからは『織田信忠』と名乗れ!」
奇妙丸――いや、信忠君は、亡き母・吉乃さんの面影を残す端正な顔をキリッと引き締め、父に向かって深く平伏した。
「ははっ! 信忠の名に恥じぬよう、信と忠を信条とし、父上を支え、この乱世を終わらせてみせます!」
「おおおぉぉぉぉぉ!」
織田一族から、本日二度目のスタンディングオベーションと拍手喝采が巻き起こる。
私はハンカチで涙を拭いながら、大きく頷いた。
「奇妙丸君……あんなに小さかったのに、立派になっちゃって……。吉乃さん、見てますか? 貴女の息子は、こーんなに立派に育ちましたよ……!」
信長様も息子を誇らしげに見つめ、信忠君は未来を見据えるように凛々しく前を向いている。
すると信忠君が、意を決したように声を出す。
「父上、親族の皆様、お願いの儀がございます」
「なんだ、言ってみよ」
「我が婚姻にございます。元々武田の姫と許嫁でしたが、破談になっています」
「ふむ。誰ぞ好いた者でもおるのか?」
「はっ!」
全員がゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
誰? 信忠君の好きな人って? 私は一度も相談されてないぞ?
「こちらへ」
襖の向こうに声をかける信忠君。
すると、美少女が顔を真っ赤にして入ってくる。
「ほえ⁉ 八重緑ちゃん⁉」
そう、現れたのは信忠君の侍女の佐藤八重緑ちゃんだったのだ。
「わ、若様……やはり私とは身分が……」
「何を言う八重緑。そなたは元は美濃国加治田城の姫。身分を気にする必要などない」
うわあ、ドキドキする。まさかまさかの2人がくっついていた事実に、私の心臓はバックバクだよ。
さあ、信長様! どう裁定する? 許さんなんて言ったら私が許さないからね!
「ほう、そうきたか。……八重緑、一つ聞きたい」
「は、はい」
半端ないオーラの信長様に、八重緑ちゃんは小動物のように震えている。
「信忠の妻として、そなたは何がしたい?」
「は、はい! 平和な世で、女子野球チームを結成したいです!」
即答する八重緑ちゃんに、全員が静まり返る。
唖然? 呆然? 絶句?
ううん、違う。
「見事だ八重緑。100点満点の回答だ。許す! これから信忠の妻として、存分に平和な世を目指せ!」
誰もが感動に包まれ、織田家の明るい未来を確信した、美しき大団円。
信忠君と八重緑ちゃんが抱き合って涙を流し、織田一族たちも口笛や指笛で大熱狂状態だ。
(よかったねえ。信忠君、八重緑ちゃん。まさか2人まで私より先に結婚するなんて思ってもいなかったよ。おめでとう! 心の底からおめでとう!)
私も大粒の涙を流しながら拍手しっぱなしだ。
――ただ一人、広間の中央で簀巻きのまま放置されたお市ちゃんだけが、床を転がりながら心の中で盛大に悪態をついていた。
「フガッフガ、フンガーーーーーー(ちょっと! いつまで感動してるのよ! とっととこの縄を解け! このクソ一族!)」
身内の裏切りという最大の危機を乗り越え、次世代の若武者を迎えた織田軍。
でも、これで戦国乱世が終わったわけではない。
西に石山本願寺と毛利家という巨大な壁が立ちはだかり、北には越後の軍神・上杉謙信が未だ健在である。
そして何より、私が集めなければならない英霊ボールは、まだ山ほど残っているのだ。
***
岐阜城下、何処かの屋敷。引っ越し準備が終わり、家財道具がなくなった一室。
暗闇の中、織田市の文字が墨でバツ印を付けられる。
『市でもなかったな』
筆を持つ人物へ、英霊ボールが低い声で囁く。
『本能寺を襲撃する、英霊ボールの所持者は』
「……」
敗北と同時に無理心中を選択しようとした市なのだ。
英霊ボールを所持していれば、違った思考回路をしていたであろう。
『変わったのは、市の執着の対象が帰蝶から真昼に変わっただけだったな』
「……」
『あの時、本能寺で信長とお主、光秀を殺した者。すでに畿内で潜伏しているのは確かだ』
「……」
『義龍の死後、旅路で確認したのは俺を含め107の英霊ボール。奴だけ影も形もない。所持者に変わりもない』
「……」
『そっちはどうだ? 変わったことはあったか?』
「いや、羽柴秀吉・秀長なる架空の存在がいるぐらいだ。大きく変わったことはない」
暗闇の空間に蝋燭の火が灯る。
そこにいる人物と英霊ボールの影が照らされる。
『焦るなよ、羽柴秀吉』
英霊ボール――ヒロミツが主の顔を覗く。
『いや……斎藤帰蝶。俺の真の主よ』
秀吉は睨みつけるように、真っ直ぐ天を見上げた。
――【反撃開始、お市ちゃんの野望瓦解編】完
【武士より手強すぎ、一向一揆殲滅戦】に続く




