東雲さんの推理
東雲の視線の先には、神谷の食べていた安っぽいカレーうどんがある。
「どうしたの? 東雲さん?」
「ううん、何でもない」
「もしかして、昼飯を食べていないの?」
「ええと、あのね、お金がなくって」
「まさか財布も盗まれたの?」
「ううん、その、恥ずかしいんだけど、家に忘れて来ちゃった」
「ああ、なるほどね。何か買ってくるよ、何がいい?」
「さすがにそれは神谷くんに悪いよ。だからさ、その、もし残すんだったら、そのカレーうどんをくれない?」
「え?」
「えっと、さっきから全然食べていないから、ひょっとしたら食欲がないのかなと思って」
「たしかに食欲はあまりないし、これも残すつもりだけど……」
「じゃ、もらっちゃうね!」
そう言うと、東雲は、うどんの乗ったトレイを自分の側に引き寄せた。和弥の割り箸をそのまま使い、幸せそうにうどんに口をつけた。
東雲の赤い唇に、和弥の使っていた割り箸が触れる。
一瞬、どきりとしたが、問題はそこではない。
周囲からの視線を感じる。
体操服姿の女子に、自分の食べたカレーうどんをわけているという状況は、たしかにあまり普通ではない。
けれど、東雲の方からこちらに来たのは助かった。
どうして姫宮と一緒に嘘をついていたのかを尋ねる必要があった。
「和弥くんさ」
「なに?」
「あまり姫宮さんに冷たくしちゃダメだよ」
「冷たくしたことなんてないよ」
「でも、姫宮さんの頼みを聞くのは、やめにしたんだよね?」
「まあね」
「姫宮さんの気持ちも考えてあげないと」
「姫宮から聞いたの?」
「うん。親友だもの」
「その嘘は聞き飽きたよ」
東雲は、一瞬だけ和弥を見て、それからすぐに目を伏せた。
「やっぱり、バレちゃった?」
「それはまあ、見ていればわかるよ」
「和弥くんは勘が良いよね」
「なんでそんな嘘をついた?」
「姫宮さんが、智樹くんを探す理由をつくるため」
「『親友の彼氏を探す』っていう理屈をつけるためだった。それはわかる。問題は姫宮はなんでそんなことをしようとした?」
「和弥くんはどう思う?」
「さあ。姫宮も智樹のことが好きだとか考えたけどね。それだと東雲さんが協力する理由にはならない」
「姫宮さんが好きなのは、和弥くんだよ」
和弥は微笑した。
「どうして、そんなことがわかる?」
「だって、姫宮さん自身がそう言ってたから」
「だったら、なんで姫宮は智樹を探すんだ?」
「姫宮さんの目的はね、智樹くんを探すことじゃないよ。『誰か』を探すことを、和弥くんと一緒にやりたかっただけ」
「興味深い意見だ」
「本当のことだよ。姫宮さんって、探偵小説が好きなんだよね?」
「だから、姫宮はその真似をしたってわけか」
「あの子にとっての名探偵は和弥くんなんだよ。本当は、気づいていたんだよね? 姫宮さんが和弥くんのことが大好きだってこと」
和弥は何も答えなかった。
珍しく、東雲はイラッとした表情になった。
「和弥くん、勘が良いんでしょう? なのに、自分のことはわからないの?」
「わかるさ。周囲が自分をどう思っているかぐらい。例えば、東雲さんが智樹に近づくために、俺を利用していたこととかもね」
「いつから、わかっていたの?」
「中等部のころ、最初に出会ったときから」
「和弥くんって、最低だ。わたしも、最低だけど」
「そうかもね」
「和弥くんは怒らないの?」
「目的のために最善の手段を使うのは、当然のことだよ。責めることはできない」
「最初は、和弥くんは手段だった。けど、三人でいるのは本当に楽しかったんだよ? 信じてくれないかもしれないけど」
「信じるよ」
和弥は席を立ち上がった。
「和弥くんは、姫宮さんのこと、どうするの?」
「さあ、どうするかな」
東雲は自分が話したことを内緒にしてくれるように言った。
「わかったよ」
けれど、東雲から聞いたことは、姫宮に話さないといけないかもしれない。
教室に戻るとすぐに、和弥は姫宮に電話をした。
その電話はつながらなかった。




