愛するあなたに花束を・前編
番外編。
帝国の策略を何とか振り切ってから約一年。リリアンの前でアーサーはこれ見よがしにため息をついた。宮殿の庭園の東屋。そこで、お茶に付き合っていたリリアンは、さすがに無視しきれずに尋ねた。
「どうした、アーサー」
「……聞いてくれるか?」
リリアンがそう言うのを待っていたくせに、アーサーは上目づかいに尋ねた。リリアンはアーサーに甘い自覚がある。だから、この時も「どうぞ」と先を促した。
「その……クライドのことなんだが」
その名を聞いた途端、リリアンは白けた目になった。自分でもびっくりするくらい、彼女はクライドに対する扱いが悪かった。
「ついに結婚することになったのか?」
もごもごと要領を得ないアーサーに、リリアンが自らつっこんでいく。どうせ巻き込まれるのなら、早く済ませてしまおうということだ。アーサーは顔を真っ赤にして首を左右に振った。
「いや、違う! なぜそうなる!?」
「だって、好きなのでしょう?」
「そんなんじゃ……! あー、いや、そうだが……」
もじもじとアーサーは答えた。上気した頬にうるんだ瞳。ここにいるのがリリアンではなく男性だったなら、この様子にぐっとくるのかもしれない。
残念ながら、リリアンはそんな感傷を持ち合わせていないが。
「じゃあ何?」
先を突っつくと、アーサーは観念したように言った。
「……好きなんだ、クライドが」
「知っている」
「どうしようもなく、好きなんだ……」
「だろうね」
それは見ていてもわかる。だから、どうしたというのだ。
「人々に王配を決めるように言われている。国内からも国外からも、求婚の手紙が届いている」
「モテるな、アーサー」
茶化しているような言葉だが、残念ながらリリアンの声音が平坦すぎてそうは聞こえなかった。それにもめげず、アーサーは言った。
「私は、一緒になるのならクライド以外、考えられないんだ」
「そう言えばクライドさんも喜ぶと思うが」
リリアン、変わらず投げやり気味である。
「そんなの、私の我がままじゃないか…!」
「……」
こんな感じである。リリアンとしては、思い切って言ってしまえば話は前に進むのだ。
「それに、彼が抜けたら、ナイツ・オブ・ラウンドはどうなる。それに、彼は騎士侯だとはいえ、平民出身だ……」
「陛下」
アーサー、と呼んでいた名を、リリアンは改まって敬称で呼んだ。アーサーが何事か、とリリアンの顔を見る。
「そう言うことを考えるのは、臣下の役目です」
正直、アーサーがあげた問題は、解決できる。現段階でいくつか方法が考えられるし、問題ない。問題は。
「だから、アーサーは自分の心に素直になるべき」
これに尽きる。アーサーは恥ずかしそうに身をよじる。
「だが、しかし……私の一方的な思いだ。迷惑だろう?」
「……」
リリアンは唐突に面倒くさくなってきた。どこをどう見たら一方通行なのか。
そこでリリアンは、禁句を出すことにした。
「相手がいなくなってしまえば、もう伝えることはかなわない」
口に出してしまえば、アーサーとリリアンの中に、一人の男の面影がよみがえってくる。今から一年ほど前、二十歳でその生涯を終えた青年。彼はリリアンの相棒だった。
「だいぶ落ち着いてきて、私も考えることがある。私も何か伝えていれば、何か変わったのだろうかと」
「リリアン……」
アーサーが泣きそうな表情でリリアンの手を握った。
「わかった。頑張ってみる」
そのどこまでも真剣でまっすぐな青い瞳に、さすがのリリアンも罪悪感を覚えた。
△
「ふられた……」
後日、同じ庭園の同じ東屋で、リリアンはアーサーから衝撃の報告を受けていた。リリアンの切れ長の目が見開かれる。
「は? 今何と?」
「……クライドに断られた……」
「結婚を?」
念のために尋ねると、こくりとうなずかれた。リリアンはいらっとした。主に面倒事が増えたということに。
「待っていろ。私の友人の告白を断った不届きものを切り捨ててくる」
そう言って立ち上がると、アーサーが「待て!」とリリアンにすがりついた。
「やめてくれ! というか、返り討ちに遭うぞ!」
確かにその通りだ。方法はないわけではないが、リリアンはとりあえず座り直す。
「やはり迷惑だったのだな……」
「そんなことはないと思うけど」
「だが、断られた!」
「……」
恋する乙女は面倒くさい。それがたとえ、自分の主君であり親友であっても。だが、これを放っておくと余計に面倒くさいことになる。
アーサーは現在二十二歳。そろそろ結婚を、と周りも本人も考えているだろう。実際、他国の外交官からほのめかされるようなことも多い。
昔も今もリリアンをおとりにしていることは変わらないが、リリアンをおとりにしても、キャメロット王家の人間がアーサーしかいない事実は変わらない。手を打つ必要があるだろうなぁとアーサー自身も思ったのだろう。
「……いいんだ。言えただけでも十分だ。ありがとう」
「……いや、待て。お前こそ待て」
このままではこじれる。アーサーがクライドではない他の男と結婚した日には、完全にこじれる。
まずい。が、基本的に淡々としていて恋愛事など門外漢に近いリリアンだけではどうにもならない。
「……とりあえずクライドさんに確認してくるから。アーサーはそれまで早まるな。いいな?」
アーサーがうなずくのを確認し、執務室まで送ってからリリアンは件のクライドを探しに行った。
△
言っておくが、リリアンだって暇ではない。仕事はあるし、実際に何度か呼び出されて危機対策監室の方に指示を出している。戻ってしまうと出られなくなるので、通信機越しにだけど。
「リリアン、何をしているんだ?」
「ああ、ルーファス様」
先に見つけたのは、ナイツ・オブ・ラウンド第一席ではなく宰相の方だった。これ幸いとばかりに彼女はルーファスに事情を説明する。ざっくりとした説明だったが、ルーファスは何となく理解したようだった。
「何やら面倒……ではなく、ややこしいことになっているようだな」
「というわけでクライドさんを探しているんですが」
「悪いが知らん。しかし、そうだな……会議でも開くか。私は人を集めておく」
「わかりました」
何やら宰相も巻き込む大事になっているが、このままでは宮殿全体が巻き込まれることは必須である。ルーファスと別れたリリアンは再びクライドを探しに行った。
彼はたいていアーサーの側に控えているのだが、この状況でアーサーの側にはいられないだろう。実際に見にいったらエイミーがいたし。
となれば、訓練場か。リリアンはその足で屋外の訓練場に向かった。そして、目的の人物を発見する。体格のよいクライドはよく目立つ。
めったに訓練場に現れないリリアンが現れて軍人たちは動揺していた。リリアンはクライドの元まで行くと、その腰のあたりを蹴った。
「なんだいきなり」
小揺るぎもしなかったクライドに、リリアンは舌打ちする。
「蹴った方が痛いってどういうこと」
「いきなり蹴るとはどういうことだ」
互いに文句を言う。確かに、蹴ったリリアンが悪い。しかし、謝る気にはなれなかった。
「悪いが、ちょっと顔を貸してくれ」
「どこの不良だ、お前は……」
そう言いながらもクライドは彼女についてきた。言い訳しておくと、リリアンに行儀作法を叩き込んだ兄ウィルは貴族子息にふさわしい人物だった。ただし、素行が多少悪かったことは認めざるを得ない。
ルーファスは本当に会議室に人を集めていた。多少意味不明な人選であるが、だからこそクライドは慄いたようだ。
「な、何だ?」
「いいから入れ。対策会議だ」
リリアンも混乱しているのか、言っていることが意味不明だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
その場面を直接書いているわけではないのに、だめだ、痒い。




