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What Remain  作者: 雲居瑞香
過去編
62/66

episode:0-15








 この玉座簒奪の一連の争いの黒幕は、ルーファスの妻メアリの父親……スクワイア侯爵。メアリはスクワイア侯爵家の長女だ。確か、次女がリリアンの次兄と同じく治外法権ともいえる大学に在学中のはずだ。

 スクワイア侯爵家は傍流王族だ。遠いが、アーサーとも親戚筋になるだろう。

 そのスクワイア侯爵が何故こんなことをしたのか、本人に聞かなければわからない。その侯爵は、マイケル・トラジェットを置いてどこに行ったのか?


「……メアリ様は城門を開けに行くのだと言った。だけど、そうじゃない……自分の父親を、捕まえに行ったんだ」


 リリアンのつぶやきに、ルーファスは「正解だ」と答えた。その声音はどこか悲しげだった。

 城門を開けるということは、アーサーが率いる軍が入ってくるということだ。現状でもマイケル・トラジェットの軍の方が規模は大きいが、王都自体はせまく、その人数の多さを生かし切れないだろう。

 外に出ようとしても、アーサーの軍が出口をふさぐ。メアリは、父親を捕らえただろう。

 黒幕であるスクワイア侯爵がいない以上、この宮殿は既に機能していない。制圧するまでもないだろう。

 思えば、全てメアリの掌の上だったような気もする。メアリは自分の父親の考え方が手に取るようにわかっただろうし、そうなるように手をうつこともできただろう。しかし、ひとつ気になることがある。

「ルーファス様は、何故捕まっていたのです?」

 最初は、優秀な官僚を失いたくないのだと思った。だが、それだけではない気がした。ルーファスはリリアンに笑いかける。


「メアリが、そうであることを望んだからだ」


 闇が深い、と思った。
















 制圧する必要のなくなった宮殿であるが、それでもルーファスは簡易的な執政官として何人か監禁されていた者を解放した。彼が指示を出す間、リリアンとアレックは王都の様子を確認していた。

「……マイケルの軍は強化魔導師を使っているんだな……」

「まあ、そのために作ったんだろうからな」

 眉をひそめたアレックに、リリアンは冷静に答えた。バルコニーから街の様子をうかがっていたのである。遠視魔法を使っているリリアンは目を細める。

「ルーファス様、ここに弓矢はありますか?」

「リリアン、お前、何をする気だ……」

 アレックが慄いたように言うが、ルーファスは指示を出す合間に「そこには行っている」と一つの扉を示した。リリアンはいぶかしげな官僚たちの視線の受けながら弓矢を取り出してくる。

「少し、援護をしようかと思ってな」

 リリアンはバルコニーに戻ってくると、早速弓に矢をつがえた。弦を引き絞る。

「……冗談だろう?」

「あいにくと本気だ。安心しろ。外さない」

 リリアンは目を細めると、矢を放つ。それは、金髪の女性、アーサーを狙っていた強化魔導師の腕を射抜いた。リリアンは思わず舌打ちする。

「貫く予定だったんだが……」

「お前、怖いな」

 アレックがため息交じりに言った。強化魔導師として調整を受けたアレックは、魔法が使えない。それ以前は使えていたのだが、おそらく、強力な精神干渉魔法を受けた結果、使えなくなったのだろう。


「リリアン、アレック、こちらは終わった。私たちも行こうか」


 ルーファスに声をかけられ、三人はそろって街へ降りることになった。ルーファスは戦闘力が皆無らしいのだが、妻のメアリがいるのに行かない理由はない、とのことだった。まあ、この人数ならアレックとリリアンの二人で何とかなるだろうと判断し、城を出たところで、遭遇した。

「スクワイア侯爵」

 五十代半ばほどの男性だった。白髪の混ざる茶髪。背はルーファスと同じくらいだろうか。この人が、スクワイア侯爵。メアリとはあまり似ていなかった。

「お父様!」

 メアリが父親を追ってやってきた。彼女はルーファスを見て少しうれしそうな表情になったが、すぐに父親の肩をつかんだ。

「お父様! もう逃げられないわ! 宮殿は既に制圧した」

「メアリ……!」

 スクワイア侯爵が娘を見る。そちらに気をとられていたリリアンの横から、アレックが動いた。迫ってきた強化魔導師を切り捨てたのだ。同士討ちをさせているようで気分が悪かった。

 リリアンも魔法を織り上げ、放つ。当たらなくても攪乱くらいはできる。背後では父娘の対話が続いていた。


「リリアン!」


 アレックの声が飛んだ。リリアンの腕が引かれる。リリアンは強化魔導師の攻撃をよけられたが、代わりにその剣戟を食らったのは。

「……お父様?」

 メアリをかばったスクワイア侯爵だった。リリアンはかばってくれたアレックの腕を振り払って彼に駆け寄った。


「どいて!」


 リリアンは患部に治癒魔法を使った。メアリは自分の父を襲った強化魔導師をねじ伏せ、関節を破壊していた。ちなみに、メアリはリリアンとは逆に攻撃系の魔法は使えるが精神干渉系魔法は使えないらしい。

「リリアン! どう!?」

 首で脈を計っていたリリアンは首を左右に振る。

「ダメですね……もともと、相当弱っていたのだと思います」

「何も言わずに……!」

 メアリが絞り出すように言った。三人連続で切り捨てたアレックが尋ねる。

「だいぶ迫ってきてるぞ。というか、強化魔導師は首謀者が死んだくらいでは止まらない」

「洗脳魔法か」

 リリアンは立ち上がると、めったにしない呪文を唱える、ということを行った。そのまま精神干渉魔法を放つ。意識を奪うだけのものだが、送信能力だけは高いリリアンだ。しかも、強化魔導師のように単調な思考のものはかかりやすい。まあ、アレックのように複雑な洗脳をなされているとかからない場合もあるのだが。


 リリアンの精神干渉魔法によって、強化魔導師の半分くらいは動きを止めた。初めからやればいいじゃん、と思ったかもしれないが、関係ない人間を巻き込む可能性があるのであまり使いたくなかった。今回は、どうしても止まらないとわかって仕方なく、だ。

「メアリ!」

 静まった宮殿周辺。最初に近寄ってきたのはアーサーだった。仰向けに寝かされてるスクワイア侯爵を見て彼女は顔をしかめた。

「亡くなられたのか……」

「……私をかばったのです。馬鹿な人。どうしてこんなことをしたんでしょうね……」

 メアリは一度目を閉じ、立ち上がった。アーサーはそれを聞いて微笑む。

「きっと、何をしても、スクワイア侯爵はメアリのことを愛していたのだな」

 優しい、アーサーらしい言葉だと思った。眼を細めたリリアンの頭を力強い手がなでた。

「よう、リリアン。元気そうだな」

「ウィルもな。無事で何よりだ」

「うわ。かわいくねぇ」

 そう言いながらウィルはリリアンの肩をたたいた。

「アレックも、ありがとな」

「いや。最終的にやったのはリリアンだ」

「ああ……まあ、意外だったが」

 リリアンが精神干渉魔法を使ったことだろう。リリアン自身も、使うことになるとは思わなかった。


 されるがままになっていたリリアンは、ふと、静かになっていた街を見た。それからウィルの服を引っ張る。

「兄さん!」

「なんだぁ?」

 ウィルがリリアンの示す方を見て眼を見開く。

「ヴァルプルギス……!?」

「下がって!」

 ルーファスがアーサーとクライドを後ろに下げる。クライドもルーファスも、討伐師としての力はない。後ろに下がってもらった方が安全だ。

「そう言えば、マティたちは?」

「別行動だ」

 ウィルから簡潔な答えをもらった。必然、前に出るのは討伐師のアレック、ウィル、リリアンそしてメアリである。

「リリアン、援護」

「了解」

 ウィルとアレック、メアリが前、リリアンが援護。先ほどもアレックと共にヴァルプルギスと戦ったが、ウィルとメアリがいるので先ほどよりは楽……か?


 一体に対して四人だ。リリアンはほとんど手を出す必要はないだろう。メアリが腹立たしい様子を隠すこともなく手にした細い剣を振るった。というか、細剣はそうやって力づくで使うものではないと思うのだが。

「メアリ! 危ねぇだろ! さがれ!」

 ウィルが見かねて叫ぶが、メアリはどこ吹く風で猛攻を行う。完全にやつあたりだろう。

「ルーファスさん、止めて!!」

「……無理だ」

 ルーファスはメアリの行く末が見えているような表情で目を細めた。手を出しあぐねたアレックがおろおろしている。ウィルも手を出せずに挙動不審である。リリアンは手を出すことをあきらめて少し後ろに下がった。


 そして――――。


 後に『マイケル・トラジェットの乱』と呼ばれる事件は、スクワイア侯爵父娘の死により、終結した。ヴァルプルギスと相打つことになったメアリは、そのまま帰らぬ人となった。


 静寂が訪れたアルビオン宮殿の正面門前。地平線に太陽が落ちていく。夕日に照らされた彼らが失ったものは、大きかった。


「なあリリアン」

「なんですか」


 宮殿ですぐに信頼できる女性が用意できず、リリアンはしばらくアーサーの側に詰めることになった。ちなみに、アーサーの影武者となるリリアンは、彼女に合わせて髪を肩で切りそろえていた。そうすると、余計に少年に見えるらしい。少年ウィルと間違われたりした。

「お前なら答えてくれると思って聞くんだが、何故、スクワイア侯爵はこんなことをしたのだろう。私がすんなりと女王になれる風格があれば、こんなことにならなかったのだろうか?」

「私に聞くことでもないと思いますが……」

 そう言いながらも、リリアンは少し考える。

「……スクワイア侯爵はだいぶ体が弱っている様子でした。死ぬ前に、宮廷の不敗部分をすべて絞り出したかった……のかもしれません」

「……スクワイア侯爵の暴走は私のせい、ということか」

「私の想像にすぎません」

「いや、私もそう思うから」

 リリアンは何とも言えない気持ちになった。アーサーは、自分の考えを肯定してもらいたかったのだろうか。クライドたちだと、絶対に肯定してくれないだろうし。

「リリアン」

「なんでしょう」

「髪、悪かったな」

 背中の半ばまであった髪を切ったことを言っているのだろう。リリアンは正直に答えることにした。

「本当は、殿下が髪を切った時に、一緒に切ろうかと思ったんです」

「そうなのか!?」

「そうですよ。切りませんでしたが」

 それは、影武者として必要だと思ったからだ。だから、必要なくなった今は切った。


「殿下ももう、私の世界の一部ですから」


 しれっと言って水の入ったグラスをアーサーの前に置いたリリアンの手を、アーサーはがしっとつかんだ。リリアンはびくっとする。


「リリアン。私と、友達になってくれないか?」


 かつて言われた言葉と同じだ。

 出会ってから、季節が一つ、変わっている。この時リリアンが答える言葉は、かつてとは違っていた。


「では、よろしく。アーサー」

「! ああ」


 アーサーは差し出されたリリアンの手を強く握った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応、過去編は完結。

ちょっと間を開けて下らない話に入ります。


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