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What Remain  作者: 雲居瑞香
過去編
61/66

episode:0-14









「あのぉ、すみません」


 金髪をざっくりまとめ、眼鏡をかけてマントを羽織ったリリアンは、どこからどう見ても研究所の魔導師に見える。と、アレックが太鼓判を押してくれた。最も、嫌そうに、だったが。研究所の魔導師、しかも精神干渉系の魔導師には嫌な思い出があるらしい。まあ、当然だろうけど。


「どうした?」


 リリアンが着ているのと同じようなマントを羽織った魔導師が振り返った。リリアンは彼を見上げて言う。


「この人……そこの部屋で見つけたんですけど……」


 と、リリアンは魔法で拘束したアレックを引っ張る。別に敵に売ろうとしているわけではなく、芝居だ。アレックは思いっきり嫌そうにしているが。

「逃げた強化魔導師じゃないか! お前が捕まえたのか?」

 驚く魔導師に、リリアンは「たまたまです」と苦笑を浮かべて答える。意味もなく笑うというのもけっこう疲れる。

「彼は研究室から逃げ出したのですね」

「ああ。そうだ。見つけてもどうやって捕まえるかと思っていたのだが……」

「私が捕まえました」

「そうだな」

「研究室に入れては、また脱走される可能性があります」

「ああ……そうだな」

 リリアンは眼に力を籠めて、言いたかった言葉を言った。


「彼を宮殿の地下に閉じ込めます。簡単には出てこられないでしょう」


 本当のところはわからない。地下と言っても、地下室があるだけなのか、地下牢なのか。だが、今はこの発言に意味があるのだ。魔導師はややうつろな表情でうなずいた。


「ああ……それがいいだろう」


 よし。言質はとった。それでも気を緩めず、リリアンは微笑む。

「では、私が移送します」

「頼む」

 行ってきます、というと、リリアンはそのままアレックを連れて研究所を出た。研究所から出られたアレックはほっとした表情になる。

「うまくいくものだな。お前も、芝居、結構うまいな」

「本心を隠すのは比較的得意だ」

 演技ができるわけではない。必要に迫られて、本心を隠すことが得意になった。


「だが……こうもあっさり送り出されるとは。マインドコントロールか?」


 アレックがリリアンに拘束されたまま歩きながら尋ねた。リリアンは首を左右に振る。


「マインドコントロールと言えるほどのものではない。誘導質問だったし、少し、精神に干渉したのは認めるけど」

「だとしたら、より恐ろしいな」


 相変わらず二人とも真顔なので、何とも言えない雰囲気である。これで、結構気は合っているのだ。

 宮殿に入ってから見とがめられても、魔導師の恰好をしたリリアンが精神干渉を行い、「命じられたので」と逃げる。言質は取ってあるので問題ないだろう。


 頭の中に入れた宮殿内の地図を頼りに、リリアンとアレックは地下への階段を発見した。そこに来てやっとリリアンはアレックを解放した。アレックが伸びをする。

「拘束されたまま忘れられているのかと思った」

「さすがにそれはない」

 リリアンはそう言いながらアレックにむかって預かっていた剣を投げた。そう言えば、置いてきたヴァルプルギスはちゃんと片づけられたのだろうか。誰かが気づいて、また騒ぎになっているかもしれない。

 リリアンはずんずん階段を降りていく。その後ろ姿を見て、アレックは尋ねた。


「怖くはないのか?」


 確かに、地下に入っていくというのは結構恐怖を覚えるものだ。だが、リリアンは平然と言った。


「何かあっても、お前が一緒だからな」

「……」


 無言が返ってきた。まあ、後ろから斬られるようなことがあったら、何度も言うが、強烈な精神干渉をお見舞いするが。それこそ、自我が吹っ飛ぶほどの。

 地下は、貴族用の独房だった。独房と言っても、部屋のようなつくりになっており、リリアンが二度ほど閉じ込められた部屋とさほど変わらない。研究所の研究室や実験室の方がよほど独房に見えるだろう。

 リリアンは一つ一つ部屋をのぞいていく。一番奥に、人の影があった。向こうも、こちらに気付いたようで、のぞき窓から覗いているリリアンを見てにやっと笑った。


「なるほど。使者としてはもってこいだ。ウィルによく似ている」

「あなたがブルックス公爵ですか?」


 この手の質問は相手が「はい」と答える可能性が高い。そのため避けた方がいいのだが、この単純な質問は、相手が嘘をついているか見極めやすい。精神干渉魔法を使えるが、受信能力の弱いリリアンは、こうして場合によって質問形式を変えるようにしていた。足りない魔法能力は、他の能力で補える。


「お嬢さんはどう思う?」


 扉に近づいてきた男が言った。年齢は三十歳前後か。不遜に微笑む男性だった。リリアンは目を細める。メアリの特徴は聞いていたが、その夫の特徴は聞いていなかった。

「……あなたがブルックス公爵ルーファス殿だ」

「……ウィルがお嬢さんをよこした理由がよくわかる。せいぜい手伝ってもらおうか」

 やつれていたが、眼力は本物だった。暴行を受けた様子はなく、おそらく、マイケル・トラジェットは優秀な人材を残しておきたかったのだろう。

 リリアンなら鍵を開けることも可能であるが、面倒なのでアレックに蝶番を切ってもらった。

「初めまして、だな。ルーファス・ブルックスと言う。妻が世話になったと思うが」

「いえ。こちらこそお世話になりました。エリザベス・カーライルです。よろしくお願いします」

 ルーファスが手を差し出したので、リリアンはそれを握った。それから思い出してアレックを紹介する。

「彼はアレック・フレインです。戦闘力面で頼りになります」

「お前……今、忘れてただろう」

 ツッコミを入れられたが、リリアンは無情にもスルーした。


 ルーファスを連れ出し、宮殿を制圧する必要がある。そのためには、マイケル・トラジェットを押さえてしまうのが一番速い。

 明らかに脱走しているルーファスであるが、見とがめられることはなかった。リリアンの精神干渉魔法が効いているのである。ここでも、「潜入向きだな」と言われた。

 その部屋の扉を開けたのはアレックだった。マイケルのいる執務室である。そして、そこでリリアンは目を見開いた。


「何これ。人形……?」


 リリアンはソファに座らせられた人間の形をしたものを見た。アレックも周囲を警戒したままそれに近づく。


「これが、マイケル・トラジェット……?」


 金髪に閉じられた目。整った顔。造作だけ見れば、従妹だというアーサーと似ているように見えた。だが、とても自分の意志で動けるようには見えない。リリアンはこの状態に覚えがあった。

「……洗脳魔法に失敗したんだ。これが、マイケル・トラジェットの実体か……」

「待て。俺には分からないんだが」

「クーデターを起こしたマイケル・トラジェットは、強力な洗脳魔法を受けて自我を崩壊させたんだ」

「そんな状態でクーデターなんて起こせるのか? すごいな」

 そんなわけないだろう、と素直に感心したアレックにリリアンはツッコミを入れた。

「つまり、マイケルは誰かに操られているんだ。黒幕は他にいる。自我が崩壊しても、精神干渉系魔導師だとその体を操ることができる場合がある。実体のない首謀者を作り上げて、自分は雲隠れしたのか……?」

 リリアンがつぶやくように考えを述べると、ルーファスは「いい読みだ」と彼女をほめた。リリアンは彼を見上げる。

「あなたは、首謀者がわかっているんですね。そして、避けることもできたのに、わざと捕まった……」

「わかるか?」

「ええ。私も同じことをしたでしょう」

 リリアンの能力は敵の中にあってこそ威力を発揮するタイプだ。それに、外にいるより中にいる方が情報が手に入る。

「誰です? 黒幕は」

「誰だと思う?」

 再び、試すようにルーファスがリリアンに問いかけた。リリアンは少し考える。

「たぶん、国政では中立か、むしろ国王に近かった人物……それにたぶん、私の両親を排除したのも同じ人。私はあまり政治情勢に詳しくないので、これ以上は絞り込めません」

「冷静な回答だな。そう。情報があれば、人物は特定できる。そして確かに、お嬢さんが言うように私は黒幕と言える人物を特定している」

 ルーファスは落ち着いた声音で言った。


「王家の遠縁にあたるスクワイア侯爵。メアリの父親だ」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次で過去編最終話の予定。


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