episode:0-12
まるで誘拐されているような気分である。そんな失礼なことを考えながら、リリアンはメアリの『隠れ家』にいた。王都にある普通の一軒家だ。
「ここ、ルーファスにも言ってないのよね」
と、メアリはにこにこと言った。リリアンはちらっと窓の外を見ながら尋ねた。
「私の連れがどうなったか知りませんか?」
「連れ? ああ、一緒に来たっていう男の子のこと?」
「そうです」
リリアンがうなずくと、メアリはあっさりと言った。
「宮殿の研究所よ。研究所から逃げ出した強化魔導師だそうね」
逃げ出した、というのかは微妙だが、大きくは間違っていないので否定はしなかった。
「いま、王都には強化魔導師がうようよしているわ。精神干渉魔法を強く受けた彼らを止めるには、殺すしかない……今のところはね」
何故かおちゃめに片目を閉じるメアリである。彼女はリリアンのジャケットの中に勝手に拳銃を突っ込んだ。
「研究所は宮殿の北側。見た感じそれしかないっていうような建物だから、すぐにわかるわ」
「……どういうことです?」
説明するような口調で言うメアリに、リリアンはいぶかしげに首をかしげる。まるで、リリアンを一人で宮殿に行かせようとしているような口ぶりだ。
「だって、宮殿のつくりはわかるでしょう?」
「……まあ、殿下や兄から聞いてますけど」
どちらにしろ、リリアンにとっては初めての場所。そもそも、どうやって入れというのか。
「そもそも、私は城門を開けるためにロンディニウムに来たんですが」
「うん。そうよね。わかってるわ。それは私がやるから、あなたたちは宮殿制圧をお願いね」
「は?」
また間抜けな声を上げるリリアンに、メアリはしれっと言った。
「もうそこまで、お迎えが来てるから」
と言った瞬間、家のドアが激しくたたかれた。メアリが「ちょっと待ってー」と玄関を開けに行く。リリアンは次に起こることがわかる気がした。
そして、リリアンの思った通り、やってきたのは兵士だった。おそらく、マイケル・トラジェットの手のものだろう。
「この娘が?」
「そ。アーサー王女の影武者。背格好が似ているでしょ」
うん、まあ、顔は似ていないので背格好と言うしかない。比べると違いが分かるが、単体で見ると確かに見間違う。実際、間違えられたし。
「なるほど……協力、感謝する」
「いえいえ」
メアリが笑顔で兵士に言った。普通ならここで裏切られた、敵だったのか、と思うところであるが、リリアンはメアリの狙いを悟った。
ここでリリアンを兵士に売り渡すことで、彼女を宮殿に入れようとしているのだ。そして、先ほどの言葉通り、アレックを見つけてともに宮殿内を制圧しろ、と。そして、アーサーの味方を引き渡すことで監視が緩まるメアリは、本当に城門を開けに行くのだろう。
敵をだますならまず味方からと言うが、実行する人は初めて見た。
「行くぞ! 娘!」
高圧的に兵士は言ったが、さすがに年若い娘を縛り上げるようなことはしなかった。見た目がか弱そうなのもあるだろう。影武者なら、普通、護身術くらいは使えると思うところだろうに。
連れて行かれる瞬間にメアリに目をやると、彼女は相変わらずいい笑顔で「がんばってね!」とばかりに唇を動かした。マジか、とも思ったが、リリアンは単純に「すごい人だな」とも思った。こんな大胆な作戦、リリアンもウィルも考えられないだろう。
たぶん、アーサーが言っていた「残してきてしまった人」というのはメアリのことで、アーサーはとても心配していたのだが、この人なら大丈夫だろう。どこででも生きていけるタイプだ。
それより、リリアンは今、宮殿に入った後のことを考えなければならない。マイケル・トラジェットに会えるのならば、その方が良いのだが……。アレックも見つけなければならない。こういうことが初めてのリリアンにとっては、少々難易度が高い気がした。
そして、再び宮殿の一室に軟禁されるリリアンである。一応、部屋の中を一通り調べたが、脱走防止用の結界が張られているだけだ。監視用の盗聴魔法などは仕掛けられていない。ただ、結界はともかく、窓は鉄格子で扉は頑丈で鍵がかかっており、出られそうにない。隠し通路でも見つけろと? ありそうだが、短時間で見つけるのは無理だ。
ということは、今ある出入り口から出るしかないのだが……。一応、リリアンは窓の鉄格子が外せないか試してみた。当たり前だが、外れなかった。
リリアンはふと思い出して、ジャケットの中に突っ込まれていた拳銃を取り出す。身体検査がなされなかったので、そのままになっていたのだ。甘いのか、彼女を連れてきた人物が実はメアリが手配した人物なのか、その辺はよくわからない。
ただの拳銃に見える。しかし、弾が入っていなかった。リリアンは少し眉を吊り上げて驚く。それから拳銃を解体し始めた。銃の整備などもするので、リリアンも一通りの解体方法はわかる。
解体した拳銃の中から現れたのは金属の細い棒だった。何も拳銃に隠さなくても、もっととられにくいものがあるだろうに。何故拳銃なのだろう、と思いながら、その棒を取り出し、拳銃をもう一度元に戻す。弾が入っていなくても、脅しくらいには使えるだろうと判断した。
少し待つことも考えた。マイケル・トラジェットが会いに来る可能性を考えたのだ。しかし、その可能性は低いと思い直す。部下はともかく、彼自身は慎重な性格であると思われたからだ。
ならば、即行動しよう。まず、ここから脱出してアレックを探す。リリアンはドアの方に駆け寄ると、部屋側についている鍵穴に金属棒を突っ込んだ。捕まえる対象が魔導師なので、魔法対策はしてあるが、原始的な鍵開け対策はしていないらしい。少しかじったことのあるだけのリリアンでもさほどかからずに開けられた。
ガチャガチャと響く音を不審に思っていたのだろう。見張りの兵士が二人、すぐさま銃を向けてきたが、精神干渉魔法ですぐさま眠らせた。ウィルやクライドがリリアンの能力は潜入向きだと言っていたが、こういうことかと思った。
リリアンの恰好は、町娘的なワンピースだ。どちらかというと上品な面差しの彼女には驚くほど似合っていないが、洗濯場で調達したエプロンをつけて髪の毛を縛り上げれば、うまい具合にメイドに見える。やっぱり顔立ちが貴族的過ぎてメイドには見えないけど、贅沢は言っていられない。
「たしか、研究所は宮殿の北側……」
時刻と太陽の位置から方角を把握し、リリアンは宮殿の北側に出る。今まで、何人かの使用人や官僚と遭遇したが、みんなちらっとリリアンを見るが、格好を見てすぐに視線を逸らした。リリアンが自分の印象をぼやかすための精神干渉を行っていたせいもある。
宮殿の北側。リリアンはメアリに言われたとおり、すぐにその建物を発見した。
「これか……」
これは確かに、『これしかない』としか言いようがない建物だ。おどろおどろしいわけではないが、いかにも研究機関です! という主張をしている建物だった。それほど大きくなく、たぶん、研究所の一つにすぎないのだろう。
隠れて入口の様子をうかがっていたリリアンだが、正面突破は無理だと考えた。他に人が居れば方法はあるが、今頼りになるのは自分だけ。とりあえず、見つからないように研究所を一周してみる。
「……索敵能力が欲しい……」
と、切実に思った。アレックがどこにいるかわからない。リリアンはテレパシーも使えるが、それは双方向ではなく送信だけだ。
「……よし」
考えていても仕方がない。リリアンは意を決して裏口から研究所の中に入っていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
明後日……投稿できないかもしれません……。




