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What Remain  作者: 雲居瑞香
過去編
56/66

episode:0-9










 人数が三名ほど増えた一行は、港町から移動し、街道沿いののどかな農地が広がる場所に来ていた。この近くに、ウィル名義で借りた家の一つがある。買い物ついでに、リリアンが名義を『エリザベス・カーライル』に変更してきた家だ。

 リリアンの本名であるエリザベスは、ブルターニュに多い女性名である。我が神は我が誓い、というような意味があるらしいが、単純に昔から多い名である。王族にも、過去の歴史を見ればエリザベスという名の王女、女王、王妃はちょくちょく現れる。それだけ多い名なのだ。

 というか、兄の名であるウィリアムだって、ブルターニュの男性名として多い名である。この辺りは、父の方針である。


 多い名であると個性はないが、こうした隠密活動をしたいときに便利だ。堂々と本名を使えるからである。逆に、女性名として少ないアーサーなどはその名を使うと一発でばれてしまう。

 ウィリアムもエリザベスも、偽名としても良く使われる。マイケル・トラジェットはおそらく、ウィルの妹がアーサーと行動を共にしていることを知っている。

 ウィリアムからエリザベスに変更された登録名。あからさまに挑発していることに、マイケル・トラジェットも気づく。そして、ここに何かある、と考えて名義変更された住所に兵を向けるだろう。もちろん、待っているのは罠だけど。


 それくらい、あちらもわかっているはずだ。しかし、それに反応しなければならないほど、こう着状態が続いているのだった。

 丸一日かけて移動した一行が見たのは、焼き払われた農村だった。文字通り、焼き払われていた。先手を取られた、ということであるが、そのことよりも映像がショッキングすぎる。

 焼け崩れた家々に、物言わぬ遺体……クライドがアーサーを、アレックがリリアンをかばうように後ろに下げた。ウィルとマティアス、サムは生存者などがいないか確認に行ったようだ。


「こんなことって……!」


 アーサーが拳を握りしめ、やりきれない思いを吐きだした。ウィルもリリアンも読みが甘かった。ここまではしないだろうと、思い込んでいた。挑発するつもりが、挑発されてしまった。

 この様子だと、生存者はいないだろう。リリアンもため息をついた。


「読みが甘かった……私と兄の責任です」

「……いや、リリアンたちのせいではない。マイケルが私が想像したよりもゲスだったということだ……!」


 アーサーが言った。基本的に心優しい彼女にしては珍しい評価だ。

 たぶん、リリアンもやる必要があれば焼き討ちくらいやるだろう。しかし、ためらう。それに、今のこの状況で必要なこととは思えなければ、結局やらない。だから、リリアンもマイケル・トラジェットに嫌悪を覚えていた。

 ウィルたちが戻ってきた。クライドが「生存者は?」と尋ねるが、ウィルは首を左右に振った。


「いなかった。壊滅だ。女性や、子供まで……!」


 沈痛な沈黙が流れる。それを破ったのはアーサーだった。


「これが」


 アーサーの方に、注目が集まる。彼女は絞り出すように言った。


「これが、マイケルのやり方なのだとしたら、私は彼を王と認めることはできない……。何の関係もない人たちを巻き込むなんて。これが、支配階級にある者がやることか? マイケルが王を名乗り、私との戦いが長引くことで人々を苦しめるなら、私は早急に決着をつけようと思う」


 全員が固唾をのんでアーサーの言動を見守った。彼女は強い意志のこもった目をして言った。

「私はマイケルを追い落とす。私が、ブルターニュの王になる。マイケルよりは、マシな統治ができるだろう」

 アーサーの言葉に、クライドが微笑み流れるように膝をついた。

「及ばずながら、お手伝いいたします」

「私もです」

 ウィルやマティアス、ジェニーとサムも膝をついた。宮廷勤めの経験がないリリアンとアレックはどうすべきか、と思って目を見合わせた。アーサーもウィルたちも、無理やり彼女らに礼をとらせることはなかった。

「できれば、リリアンとアレックにも一緒に来てほしいのだけど」

 アーサーが困ったような笑みを浮かべて言った。先に反応したのはアレックだった。


「俺のようなものを生み出さないと約束してくださるのなら、俺はあなたに従う」

「もちろんだ。約束する。よろしく頼む」


 アーサーが力強くうなずいた。ここで即答できるあたり、彼女の意思の強さとカリスマを感じる。

 残った最後の一人、リリアンに視線が向けられる。


「……私の世界は、とても狭いんです」


 何と説明してよいかわからず、リリアンはそんな事を言い出す。カーライル侯爵領を出たことがなかったリリアンの世界は、本当に狭い。


「私にとって、その世界にいる人たちが平和で幸せであればそれでよかった」


 そこにやってきたのがアーサーやクライドだ。そして今も彼女の世界の住人は増え続ける。


「今ではもう、殿下も私の世界の一人です。あなたがやりたいというのならついていきます。どこまでも」


 リリアンの言葉に、アーサーは「ありがとう」とつぶやくように言った。すでに、アーサーの存在はリリアンの中で無視できないものになっている。彼女が望むのなら、手伝おうと思うくらいには。

 亡くなった村人たちは一か所に集めて埋葬した。本当は手でやるべきなのだろうが、時間も労働力も足りないので、魔法を使うという方法に出た。アーサーが亡くなった村人たちに祈りをささげる。

「せめて、歌でもささげられればいいのだが……」

 アーサーがつぶやくように言うが、あいにく楽器は演奏できるが歌は不得手なものばかりだった。お前、歌えるだろ、というような目で見られたリリアンであるが、それは見た目だけの話である。せいぜいマザーグースが限度である。

「リリアン、ナイフを持ってる?」

「……短剣ならありますけど」

「貸してくれ」

 アーサーに頼まれ、リリアンは護身用に持っていた短剣をアーサーに渡す。クライドやウィル、アレックは長剣を持っているのだが、リリアンは基本的に魔導師で、後方支援要員なので、長剣は持っていなかった。

 短剣をリリアンから借り受けたアーサーは鞘から抜くと、まとめた自分の金髪をザクッと肩口まで切ってしまった。


「うおっ」


 アーサーの側にいたリリアンから妙な声が漏れた。思い切ったことをする。斜めに切られた髪をみんなが呆然と見つめた。

「な……何をなさっているのですか殿下! せっかくの御髪を!」

 最初に反応したのはクライドだった。アーサーは笑って彼を見上げる。

「私なりのけじめだ。あ、リリアン、ありがとう」

 アーサーが鞘に戻した短剣をリリアンに返す。リリアンは「いえ……」と少し戸惑いながらも受け取る。

「髪なんてまた伸びるだろう」

「しかし……せっかくのきれいな御髪を……」

 まあ、確かにアーサーのアッシュブロンドはきれいだけど。クライドの嘆きは、別のところに起因しているような気がしてならない。

「……まあ、戦略的に考えれば、髪を切るというのは良い判断かと。アーサー殿下と言えば、長い金髪に碧眼と知られていますからね」

 カーライル領にいたリリアンにもその噂は耳に入ってきたほどだ。たぶん、アーサーの髪を切ってしまえば、同じ条件を持つリリアンがアーサーとしての『身代わり』として役に立てる。

 アーサーの見た目の印象が変われば、影武者であるリリアンがアーサーとしてみなされる可能性が高くなる。というわけで、落ち着いてから考えると、アーサーが髪を切ったのは良い判断だ。本人としてはけじめらしいけど。

「殿下、髪を整えましょう」

「悪いが、頼む」

 リリアンが声をかけると、アーサーがうなずいた。クライドからツッコミが飛ぶ。

「リリアン! 先ほどまで、お前もショックを受けていなかったか?」

 リリアンは振り返って冷静に言った。


「髪なんて、すぐに伸びますからね」


 アーサーと同じことを言ったリリアン。クライドの肩を、ウィルが慰めるようにたたいていた……。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あとひと山……。


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