episode:0-7
「喜べ。協力者だ。アレック・フレイン君です」
翌日、目を覚ましたアーサーとリリアンに向かって、ウィルはそう紹介した。いや、紹介自体は不自然ではないのだが。
「……よく名前を聞き出せたな」
アーサーがぽつりと言った。そう。そこだ。リリアンも思った。よく、名を聞き出せたものだ。もしかして、昨夜の話が関係あるのだろうか。脅し過ぎたせいだろうか。リリアンが少年改めアレックの方を見ると、ぷいっと顔をそらされた。少し驚いたリリアンだが、まあいいか、と思うことにする。
不本意そうだが、手伝ってくれるというので気にしないことにする。
一人増えて五人になった一行は、本当に森の中の研究所を探した。というか、アレックが来た道を案内してくれたので、それはすぐに見つかった。
「廃棄された古い館にしか見えないが……」
困惑気味にアーサーが言った。確かに、リリアンの目にも古い館にしか見えない。今にも崩れそう。だが、魔法的な仕掛けがたくさんかけられているのはわかった。
侵入者除け魔法をすり抜けるように館の中に侵入したリリアンたちだが、すぐに中の様子がおかしいことに気が付いた。いや、人体実験などをしているのだからおかしいのは当たり前なのだが、そう言う意味ではなく。
静かすぎるのだ。研究所であるのだから、多くの人が居てしかるべきであるのに。
昨夜、リリアンが眠りに落ちる直前にウィルが言っていたことを思い出す。
研究所は、処分されているかもしれない。
おそらく、アレックも同じことを思ったのだろう。蒼ざめた顔で叫んだ。
「ヴィンス! アデル! ショーン! ジェシカ!」
おそらく、仲間たちの名を呼びながら奥に向かって走って行く。ウィルがリリアンの手首をつかむと、それについていった。背後からアーサーとクライドもついてくる。
アレックが立ち止っていたのは、診察台のようなものがぽつんと置かれている場所だった。棚はあるが、中身は空っぽ。床に落ちて割れたらしい瓶をハンカチ越しに手に取った。ラベルを見てみると、麻酔薬の一種だった。
何よりも目を引いたのは、診察台の周囲の遺体だ。ざっと数えただけで、十人分ほど。アーサーが祈るように指を組み合わせていた。
この中の誰かが、ヴィンスで、アデルで、ショーンで、ジェシカなのだろう。半分ハッタリだっただろうに、ウィルの言葉は現実になってしまった。リリアンは瓶を床に戻してウィルに駆け寄り、その腕につかまった。
「……子供だな」
「ああ……お前と同じくらいかな」
リリアンが見る限りでも、十代半ばくらいの少年少女だった。ここがアレックが訓練を受けた研究所であることから考えて、同じく、強化魔導師にするために連れ去られてきた子たちだろう。
「俺が、失敗したからか……!?」
震える声で驚愕を口にするアレックに、リリアンは眉をひそめた。いや、違う。彼が失敗したのではない。
と、館全体が揺れた。地震などではなく、爆破の衝撃だった。天井が崩れてくる。
「リリアン!」
ウィルがリリアンを呼んだ。兄妹はそろって天井に向かって魔法を放出する。その後から、二人で声をそろえて後続詠唱だ。空間の固定が完了し、揺れが収まった。
「全員、無事だな?」
ウィルが確かめるように見渡して言った。全員無事だ。しかし、この空間は一時的に固定しているだけなので、またすぐに崩れてきてしまうだろう。まあ、どうやって脱出するかが問題であるが。
「吹き飛ばすというのは?」
見た目に反して凶悪な攻撃魔法を使うというアーサーの提案だ。確かにそれが一番手っ取り早い。
「それはまわりが崩落してくるんじゃないか?」
ウィルが冷静な指摘をする。アレックはもちろん、役に立たないクライドも黙っていた。
「私たちが周囲を固定していれば大丈夫なのでは?」
「……なんでそんなところで気が合うんだよ……」
思わずリリアンがアーサーに賛同してしまったので、ウィルは少し呆れた様子だった。女子二人の発言が過激だからだろう。
「……まあ、俺もそれ以外の方法が思い浮かばないんだが……」
どうやら、ウィルも賛同するほかないようだ。このままだと、あと十分もすれば崩れ始めるだろうし。
「まあ、俺とリリアンで支えれば大丈夫……か?」
吹き飛ばすのはやはり、アーサーの役目のようだ。リリアンはあまりサイコキネシス系が強くないのだが、文句は言っていられない。
ただ、一つ懸念が。
「ただ、吹き飛ばすと目立つのですぐに離脱しなければなりません」
ついに瓦礫がぎぎぎ、と音を立てて崩れてきた。一斉に天井を見上げる。
「とりあえず、出てから考えよう」
ウィルが落ち着いて言った。確かに、ここままここで議論していたら、天井が落ちてくる。
リリアンはウィルと手をつないで同時に魔法で天井を支える。ウィルがメインで、リリアンがサポートだ。リリアンは本当に攻撃系の魔法は苦手なのである。
アーサーが風魔法で瓦礫を吹き飛ばした。一応、加減はしたようだが、手を抜きすぎると逆に崩落してくるので、やはり思い切りはよかった。
太陽の光が差し込んできた。無事に開通したらしい。それにしても、初めて見たがすごい威力だった。さしものリリアンもちょっと引いた。
クライドが先に瓦礫から抜け出した。周囲を確認して手をこちらに手を差し出してくる。リリアンはその手は取らずに自分でふわりと飛び上がって瓦礫の上に着地した。
「お前、クライドの手ぇ取ってやれよ」
ウィルがアーサーを持ち上げながら言った。クライドがアーサーを引っ張り上げる。最後に残ったアレックに声をかけた。
「おおい。行くぞ」
アレックは反応しなかった。ウィルが彼の肩をつかむ。
「アレック!」
「……俺は、いい。置いて行ってくれ」
「……おいおいおい」
ウィルはこういう反応が多いな。こう言った役回りなのだろう。貧乏くじともいう。
「馬鹿なことを言っていないで、行くぞ」
ウィルがアレックを引っ張ろうとしたが、その手は振り払われた。
「お前たちは行けばいい。俺は……みんながここにいるのなら」
自分もここにいる。アレックはそう言った。この劣悪であったであろう研究所で、彼は仲間と良好な関係を築いていたのかもしれない。
かといって置いて行くこともできない。リリアンは口を開いた。
「君の仲間が全員、そこで亡くなっているわけではない」
上から見下ろすリリアンを、アレックは下から見上げた。
「研究員の遺体がないだろう。施設内も静かすぎる。初めから、逃亡する手はずを整えていたのだろう。ここにいるのは、切り捨てられた者たちだ。他の大多数は別の場所に移ったと考えるのが妥当だろう」
そのための時間稼ぎに使われたのだ、アレックは。
おそらく、アレックも含め残された者たちは、いわゆる『失敗作』だったのだろう。反抗的だったのかもしれない。アレックが失敗したからではなく、アーサーたちが近くまで来ていることに気付いた研究員たちは、アレックをおとりにして自分たちは逃げることにした。彼が勝とうが負けようが、結局こうなっていたのだろう。
「君がここに残って果てるのであれば、この状況を作り出した者たちの思うつぼだぞ」
研究所を崩壊させたのも、証拠隠滅のためだろう。ついでにアーサーたちを始末できれば御の字。
「……」
アレックはしばらくの沈黙をはさんだ後、瓦礫の上に上がってきた。ウィルがその後に続いた。兄を引っ張り上げたリリアンは小首をかしげた。
「どこに行く?」
「考えていた。南だ」
その答えに、アーサーとクライドは驚いた表情になったが、リリアンはただうなずいた。北に行くことはないと思っていたのだ。
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