episode:04-15
フラグを積み上げてきたあの人が退場するので、苦手な方はご注意ください。
アレック・フレインは魔導師の父親と、騎士侯の母親を持つ一般的な中流階級の子供だった。あの時……十三歳の時に両親が殺され、自分が『研究所』へ連れ去られるまでは。
今では常時かかっている状態の肉体強化の魔法以外は全く魔法が使えない状態だが、『研究所』で『調整』を受けるまでは魔導師の子供らしく、普通に魔法が使えた。
『研究所』は強化魔導師を作り出すための『研究所』であった。かつては盛んに行われたという、人工的に強力な『兵士』を作り出す実験は、非人道的であるとして世間から強い非難を受けているところだった。特に、子供にしか『調整』が効かないということで主に強化魔導師は十代半ばまでの少年少女であった。もちろん、世間の非難を浴びていたから、その子供たちを集めてくるのは秘密裏に行われた。
アレックと同じように親を亡くして連れ去られたもの、孤児院から引き取られたもの、ストリート・チルドレンだったもの、親に売り払われたもの、様々だ。
強化魔導師への『調整』は薬物の投与や精神干渉魔法、変質魔法などによる魔法の強化などで行われた。アレックが試されたのは、魔法による強化だった。
もともと、彼が魔法を使えたからだろう。様々な非人道的な『調整』を受けた結果、アレックは肉体強化以外の魔法を使えなくなったわけだが、その戦闘力としては成功の部類であった。そのため、アレックは内戦に投入された。まあ、当時はまだ成功率が低かったため、うまく『調整』した『個体』の実践データを取りたかったのだろう。
アレックはもともと討伐師としての力を持っており、肉体強化の魔法も自前のものだ。彼にかけられたのは、主に精神干渉魔法だ。
アレックが最初に遭遇したのは、リリアンだった。それが幸いだったのだろうか。アレックにかけられた精神干渉魔法にリリアンが気づいたのだろう。すぐさま魔法で対抗してきた彼女によって、ゆっくりと、戦闘マシーンと化していたアレックの洗脳を解いていった。
リリアンのことは、一番信頼していると言っていいかもしれない。しかし、その信頼が彼女の人柄を知って自らそう思っているものなのか、精神干渉魔法によって自動的に生まれたものなのか。後者であったらどうしよう、とアレックはいつも考えていた。そうだとしたら、とてもショックだ。
魔導師であるリリアンと、強化魔導師であるアレックは良いコンビだったのかもしれない。そうであったならいいと思う。
アレックはゆっくりと覚醒した。眼に入ったのは白い天井。薬品のにおいがするが、病院ではないことはすぐに理解できた。
周囲に何人か医者のような白衣を着た人たちがいる。しかし、話している内容からして医者ではあるまい。いや、アレックが負っていたはずの怪我が治っていたから、彼らが医者であるのは確かだろう。
アレックが目を覚ましたことに気付いた彼らは何やら相談し始めた。しかし、すぐに気を失ったように倒れ込む。一人がアレックが寝かされているベッドに額を打ちつけていた。大丈夫か、と自分を捕らえている相手なのに心配してしまった。
「……ああ。起きていたのか」
ひょこっと顔をのぞかせたのはリリアンだった。淡い緑の目が細められる。
「無事で何よりだ」
「……来るのが遅かったな」
「それは失礼した、お姫様」
憎まれ口の応酬である。だが、これでこそリリアン。彼女はアレックをベッドに縛り付けている手首と足首、それに胴体に回された二本のベルトを切った。アレックは起き上がると擦過傷ができている手首をさすった。
「陛下は?」
「全員無事だ。おそらく、お前が一番重症だろうな」
リリアンはそう言うと、アレックに黒いコートと剣を投げた。ヴァルプルギスさえ斬れる、最高練度の魔法剣。
「……お前が来たということは作戦開始か」
「いや? 別に。ちょっとかき回してみたいだけだ」
そう言ってリリアンは口角をあげた。何か考えがあるのだろう。
「……体は動くか?」
巻き込む気満々だっただろうに、リリアンはアレックにそんなことを尋ねた。コートを着込み、剣の刃を確認したアレックはふっと笑うとリリアンの頬を撫でた。
「大丈夫だ。俺はお前の言うようにする」
そう言うと、リリアンは一瞬だが、泣きそうな表情になった。
「……わかっていて、私はお前に戦えと命じる。『研究所』の研究員たちと、何も変わらないのかもしれない」
「……一つ、決定的に違うことがある」
後ろめたそうなリリアンに対し、アレックはきっぱりと言った。
「お前の指示には、俺は進んで従うということだ」
自分でそう言った瞬間、アレックは自分が自らの意思でリリアンを信頼しているのだと気付いた。
△
リリアンの指示は明確であった。ヴァルプルギスを討伐しろ。討伐師として当たり前の仕事であった。何でも、各国の間では、討伐師は自国のヴァルプルギスのみを討伐する、という慣習があるらしいが、つまり、リリアンは思いっきりこれに抵触しろ、と言っているのだ。
疑いというものを晴らすのは難しい。明確な証拠が無く、人から人へ伝染しやすいものだからだ。信頼を築くのには時間がかかるが、崩れ去るのは一瞬だ、というありがたい格言もある。
と言っても、人に擬態するヴァルプルギスを自力で見つけ出すのは難しい。ブルターニュの危機対策監室の観測官なら簡単に見つけたりするのだが、あの精度をアレックに求められても困る。
だが、ヴァルプルギスと言うのはパラディンの力を持った者に引かれる性質を持つ。宮殿内でもふらっとしていればヴァルプルギスに遭遇するから不思議だ。
そんなわけで、こっそりヴァルプルギスを討伐していくアレックの存在は、二、三日で宮殿内の噂に上った。らしい。
言われたとおりにやっているアレックであるが、実のところ、リリアンが何をしたいのかがさっぱりわからない。ただ、アーサーがやってきてからささやかれていた『ブルターニュが戦の準備をしているらしい』という噂は下火になってきたらしい。
「お疲れ」
一応見つかるな、という指示なので、隠れていたアレックなのだが、あっさりとリリアンに見つかった。彼女から逃げ隠れするのは不可能なのだろうか。
「何の説明もせずにすまないな」
「いや、何か考えがあるのだろう?」
「まあ……」
リリアンはアレックの側にしゃがみ込む。膝を抱える姿は少し可愛い。
「人々の目をそらしたかったのと、それと、正体不明の討伐師が出現するとして、フリードリヒ皇子がどう動くのか見たかった」
「それで、どうだ?」
「……そこそこ順調だとだけ言っておく」
「……そうか」
リリアンの口ぶりからして、芳しくはない状況なのだろう。さすがの彼女も、ホームではない異国の地ではやりづらいらしい。
と、突然リリアンが立ち上がり、アレックから離れた。いや、違う。アレックが剣を彼女に向かって抜き放ったので、避けたのだ。
リリアンが驚いた表情でアレックを見ていた。彼も、彼女と同じ表情を浮かべていることだろう。
「アレック!」
リリアンが叫んだ。かすかに感じる波動は、リリアンが精神干渉魔法を放った証拠だろう。だが、アレックの体は勝手に動く。考える機能と体を動かす機能が分離されたようだった。
以前、リリアンの二番目の兄ジェイミーと、彼の同僚の医師リンジーに言われたことがある。アレックは行われた『調整』のせいで、魔法が効きづらくなっている傾向があるのではないかと。確かに、治癒術などが効きづらい傾向がある。まあ、そこまでの大けがをしたこと自体が少ないのだが。
リリアンがさらに強力な精神干渉魔法を放ってくる。当たり前だが、肉体的にはアレックの方が強いので、リリアンには力づくで彼を止められないのである。
「リリアン! アレック!」
聞きなれた声が聞こえた。アーサーだ。おそらく、リリアンは事前に彼女に行先を伝えていたのだろう。後から護衛のクライド、エイミーもやってくる。
リリアンの意識がそちらにそれた瞬間、アレックは彼女にのしかかりその細い首を絞めていた。アーサーたちはまだ離れたところにいる。そもそも、ここは宮殿の敷地内にある離宮の庭で、花壇や生垣が迷路のようになっている。アーサーたちはその生垣の向こうから声をかけてきたのだ。
彼女らがたどりつく前に、アレックはリリアンを絞殺してしまうだろう。彼女が得意とする魔法が出てこないのは、混乱と恐怖からだろう。心が乱れると魔法が発動しにくいと言っていた。
かつて、エリザベス・フランセス・カーライルはアレックに言った。もし、自分が敵対することあらば、殺せと。アレックは声を絞り出した。
「リリアン……!」
リリアンの手が、アレックの体の下で動いた。硬い感触を覚えた後発砲音を聞き、アレックの全身の力が抜けた。焼けつくような痛みがあった。
薄れゆく意識の中で、アレックはリリアンがおびえた表情をしているのを見た。最後に、何か声をかけてやるべきだろうか。アレックは震える唇を開いた。
「……ありがとう」
さすがにこの状況で、『愛している』とは言えなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
久々に出てきたと思ったら……(泣)な感じですね。
前にも言いましたがこの話ははじめから最後が決まっていました。なので、アレックが死ぬことは確定していたのですが、リリアンに殺させるつもりはありませんでした。
でも、第2章でこいつはそういえば自分を殺せといっていたな、と思ってフラグを回収させました。
こんな感じですが、クライマックスに差し掛かっております。




