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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
35/66

episode:04-7










 リリアンは「捕まえて聞けばいい」といったが、この時点でアレックは捕まえることは不可能だと判断していた。それはリリアンも同じだろう。下手に捕まえようと手加減すると、こちらがやられてしまう。ただでさえ足場の悪い汽車の屋根の上なのだ。それに、早急に決着をつけてしまいたい。

 拳が、蹴りが、二人の間を行き来する。体格的にあまり恵まれている方ではないアレックが繰り出す打撃はあまり重いものではない。簡単にいなされてしまうので、極めるなら。

 アレックは身を沈めると、大男を投げ飛ばした。汽車の前方から後方へ、リリアンともう一人、魔導師と思われる男が離れていたからできた荒業である。うまく入れば、汽車の進む速度に合わせて大男が投げ飛ばされてくれるのでやりやすい。

 アレックはそのまま両肩の関節を外した。そのうつ伏せの体勢から蹴りが放たれたが、さすがに避けた。その思い体を滑らせて、汽車から地面に落とした。まあ、背中から落ちたし、運が良ければ生きているだろう。だぶん。


 リリアンの加勢に入ろうかと思ったが、こちらももう勝負がつくころだった。ざっと森が抜け、巨大な川の上を通過する。リリアンは唇の端を吊り上げて、何とか汽車にぶら下がっている男に言った。


「水の上だ。うまく着水できることを祈っている!」


 そう言って、彼女は容赦なく男の指を蹴り飛ばした。ある意味、アレックよりも容赦がない。さすがに悲鳴が聞こえた気がした。そして、何かが落ちた激しい水音。確かに、うまく着水できれば大した怪我もなく復帰できるだろうが、そもそも川の流れが速いので岸に上がる前にだいぶ流されてしまうだろう。

「大丈夫か、リリアン」

「何とかな。さて……」

「まだ何かあるのか?」

 リリアンは答えず、屋根の上を見渡す。つられるようにアレックも見回した。

「あれだ」

「ん?」

 リリアンが後方車両の方に向かって行くので、アレックはその後をついて行く。彼女がいつふらつくかと思って気が気ではないのだ。

「リリアン、気をつけろ」

「心配し過ぎだ」

 風が強いので、いつもより大声だ。この状況下にあっても、リリアンの声はよく通る。

「あった」

「何だそれは」

「まあ、いわゆる爆弾だな」

 小さな箱のような物体だ。確かに、数字がカウントダウンになっているようだが。

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないな。吹き飛ぶほどではないが、汽車の足が止まるくらいの威力はある」

 しゃがみ込んだリリアンはそう言うと、その物体に触れようとした。

「リリアン!」

「……いや、触れない」

 リリアンの指は見えない障壁ではじかれた。バリアのようなもので、爆弾がおおわれているのだ。リリアンは確かめるように指先で見えない障壁をたたく。

「複雑な魔法だな」

「……それが本当に爆弾なら、あと五分で爆発するってことか?」

「大丈夫。それまでには解けるからな」

 リリアンはそう言って爆弾を覆っている障壁の解除にかかった。彼女の手元に魔法陣が展開する。その間にもカウントダウンは残り四分を示していた。


 いくつかの真円が重なる魔法陣の内側の円がいくつか回転する。数字が拘束で切り替わっていく。これらすべてリリアンが演算していると言うのだからとんでもない。

「よし、この辺り……もう少しマイナスか」

「お前のやり方を見ていると、複雑な魔法には見えんな」

 アレックがツッコミを入れたところで、リリアンが魔法障壁の解除に成功した。

「その爆弾は?」

「コード切ろう、コード。ナイフを持っているか?」

「むしろお前は持っていないのか?」

「私は持っていてもあまり役に立たないからな」

 アレックからナイフを受け取り、リリアンは迷わずにコードを切った。この思い切りの良さがたまに怖い。そして、役に立たなくなった爆発物は、リリアンによって通り過ぎたばかりの川に放り込まれた。


 ほかに危険がないことを確認し、二人は連結部分から下に戻った。先にアレックが降りて、あとから降りてきたリリアンをアレックは受け止める。動きにくいコートを投げ捨てたリリアンが寒々しく見え、アレックは自分のジャケットを彼女に着せた。リリアンが顔をしかめる。

「身長はそんなに変わらないはずなんだが……」

「お前が俺と同じくらいの体格だったら怖いな」

 やはり、背丈は近くても体格が違う。リリアンも女性にしては鍛えている方だが、やはり細身だ。血筋なのだろうか。彼女の兄ウィルも背丈の割に細身である。


 ややだぼっとしたコートを着たリリアンであるが、一緒にいるアレックを見ると何となく納得できるようだ。リリアンは自分たちが使っている個室のドアを開けた。


「わっ」


 エイミーがドキッとした顔をした。まあ、普通に考えてこの状況で突然ドアが開いたら怖い。

「あ、リリアン、アレック」

「リリアン、その上着、アレックの?」

 エイミーとアーサーがそれぞれ言った。やっぱりアーサーの方が図太い。リリアンは無造作にうなずく。アーサーに対する回答だろう。

「次の駅で下車する。まあ、どちらにしろこの汽車は次の駅から先にはいかないだろうが」

「……それはお前たちが汽車の屋根で暴れていたことに関係あるのか?」

 クライドの指摘が鋭い。さすがだ。リリアンはリアクションを何も起こさなかったが、目を細めた。

「時間が迫っていると言うことだな。レーヴラインから離れた場所でも、アーサーが追われ始めている、と言うことだ」

 つまり、時間がない。五人はそそくさと下車準備を始めた。アレックとクライドは隣の部屋まで片づけに行かなければならなかった。女性三人だけにするのは不安だったので、一人ずつ荷物をまとめに行き、そのまま荷物はこちらの部屋に持ち込んだ。

 汽車が駅に滑り込んだ。窓から外を眺めたリリアンがあからさまに顔をしかめた。


「やはりな。ガリア軍だ」

「……本当なら、せめてヘルウェティアとの国境あたりまで行きたかったんだがな……」


 アーサーがため息をついた。


「軍を突破するのは面倒だな」


 リリアンが本当に面倒くさそうに言った。しかし、その口ぶりから確実に突破できる、と言う確信があるのだろう。この女、本当に怖い。

「……あたしらさ。万が一捕まったらどうなるの?」

 エイミーの問いに、リリアンは彼女を見た。彼女の唇が弧を描く。

「さあ。聞かない方がいいと思うけどな」

「……」

 どうでもよいが、リリアンが考えていることがえげつなさそうである。

 汽車が完全停止し、乗客が降りていくのに合わせてアレックたちも下車した。ガリア軍の制服を着た男たちが降りてきた客たちを捕まえて何か尋ねている。本人が問われるのであればいくらでもごまかしが効くが、他人からの言葉はごまかしが効かない。


 すり抜けるのは不可能だ。必ず、彼らの審査を受けなければならない。逃げようものなら、自分から怪しいと言っているようなものだ。一人を犠牲にして、と言う方法も無くはないが、そうでなくても最低人数であるのでこれ以上の戦力分散は避けたい。


「失礼、マドモアゼル」


 ガリア語で話しかけられた。おそらく、一番身分の高そうなのがリリアンだったからだろう。彼女が話しかけられた。彼女はあのあと、濃い青のワンピースドレスに着替えていた。

「なんでしょうか」

 リリアンがニコリ、と威圧的な笑みを浮かべる。彼女の本人の性格はともかく、旅を中断されて怒っている人間の様子を良く表していると思った。実際、話しかけたガリア軍兵士はビビったようで、他四人を見渡すが、設定上、ガリア語を理解できるのはリリアンだけと言うことになっているので彼女を相手してもらうしかない。

「……少し、お話をお伺いできますでしょうか」

「手短にね」

 高圧的な貴族の雰囲気を醸し出していた。まあ、そうでなくてもリリアンの物言いは平時から若干腹が立つのだが。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なかなか帝国に入れない……。


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