episode:02-6
「そういえばさぁ」
華やかな大広間で、エイミーが似つかわしくない声をあげた。現在、宮殿で開かれている夜会の警備中である。ナイツ・オブ・ラウンドであるアレックとエイミーは女王を護衛してしかるべきだが、彼女にはクライドとウィルがついているのですでに戦力過剰である。アーサー自身も強いし。
というわけで、きらびやかな空間で、アレックとエイミーは壁際にいた。もちろん、二人きりではなく護衛中(仮)だ。
「爆破事件の時のあの男の人、何だったんだろうね」
エイミーがそう言いながら隣に立つワインレッドのドレスの女を見上げた。彼女は緑の瞳で見つめ返してくる。
「さすがにわからないな。確かに、何かを思い出した気はするんだが……」
この妙に男らしい口調から察せられるだろうが、リリアンだ。またアーサーが自分の縁談除けのために連れてきたのである。夜会なので、同伴者もいる。
「お前、頭はいいと思っていたが、記憶力は大したことがないな」
「見ていた夢を、起きたら忘れるのと同じだ」
リリアンが冷静に言った。彼女の同伴者はセオドールである。ブラックリー公爵家の人間である彼は、普通にこの夜会に招待されていて、どちらかというと、彼が同伴者としてリリアンを連れてきた、という認識の方が正しいのかもしれない。
しかし、この二人相変わらずの様子。リリアンもその気になれば人が変わったように愛想よくできるのに、セオドール相手だと冷静さが勝ってしまっている。キレないだけまし、と思えばいいのか?
「……だが、認めたくはないが、私が精神干渉系魔法の影響を受けているのは確かだな」
もともと美しい美貌をさらに盛ったその顔で冷静に言われて、逆にちょっと怖い。リリアンは、世の中には彼女に踏まれたい、ののしられたい、という男が存在することを知らないのだろうか。いや、アレックにも理解できない世界だが。
「お前……それ、冷静に言うことじゃないよな」
引き気味にセオドールが言った。リリアンも夜会会場なので手荒なことはしないが、場所が場所なら殴っているかもしれない。
「セオドール様じゃないけど、それ、大丈夫なの?」
「妙なことをすれば、俺が取り押さえる」
「頼んだ」
エイミーもちょっと警戒して言ったが、アレックはさらりとそう言った。リリアンも当然みたいな顔をしてうなずく。セオドールとエイミーが戸惑いの表情を見せる。
「そう言うのはありなのか……?」
「ってか、リリアンも相当強いよね。アレックだけで取り押さえられるの?」
エイミー、心配はそこか。心配しなくても、頭脳派で売っているリリアンよりはアレックは強い。少しくらいは信用してほしい。
「どうしてもだめなら手足を折ればいいだろう」
「!」
リリアンの言葉に、エイミーとセオドールが目を見開いて固まった。アレックは首を左右に振る。
「さすがにそれは無理だ。やるなら、肩を外すくらいまでだな」
アレックの提案の方がはるかにましだと思うのだが、エイミーが「もうやだ、この妙な信頼関係」と涙目になる。アレックもリリアンも本気でまじめなのだが、はたから見ると妙な信頼関係であるらしい。
しかしまあ、パーティー会場で話すような内容ではないのは確かなので、この話題はここまでだ。エイミーが話しを変えるように言う。
「っていうか、わかってたけど、リリアンやっぱり美人ね。よく似合ってるわ」
話をそらす話題にちょうどよかったのだろう。エイミーがリリアンをほめた。それをわかっているのか、リリアンもそれに乗った。
「ありがとう。あまりこういう場は得意ではないんだが」
「黙っていればただの美人だから大丈夫だよ」
「エイミー、それ、フォローになってないからな」
軽くため息をついてリリアンがエイミーにツッコミを入れた。だがまあ、エイミーの言いたいこともわかる。リリアンは確かに、口を閉じていればただの美人だからだ。
「しかし、まあ、馬子にも衣装と言うやつか」
セオドールがそんなことを言うので、アレックは「リリアンのファンに聞かれたらキレられるぞ」と言った。セオドールとエイミーが再び仲良く「ファンがいるんだ」と引き気味に言った。いるんだな、これが。
「……まあ、セオドール様も似合っている。衣装に着られている感じだが」
「お前……!」
負けじと嫌味を返したリリアンにセオドールがキレそうになったとき、別の声がかかった。
「セオ!」
「……父上」
セオドールが目を見開いた……というか、ナイツ・オブ・ラウンドと危機対策監室の人間として、アレックたちもセオドールたちも招待客名簿には目を通しているので、セオドールの父ブラックリー公爵がこの夜会に来ることは知っていた。今まで、忘れていただけで。
アレックとエイミーがとっさにナイツ・オブ・ラウンド方式の礼をとる。リリアンはと言うと、今着ているドレスに合わせて淑女の礼だ。さすがにカーライル侯爵家の血縁だけあって、そう言った仕草も様になっている。
「いや、みな楽にしてくれ。息子が世話になっている」
ブラックリー公爵フーエルは息子に比べて人格ができている。というのはリリアンの言であるが、ことあらばセオドールを殴っても良い、と言ったのは彼なので、実際のところ微妙だとアレックは思う。人格ができているとしても、変人なのは間違いない。
「……確かに、世話をしているのは否定できません」
「おい」
最初に顔をあげたリリアンが言った言葉に、セオドールがツッコミを入れる。確かに、今のはアレックもツッコミを入れたかった。リリアン、言うことに遠慮がなさすぎる。
フーエルは声をあげて笑った。近くにいる何人かが振り返ったが、フーエルを認識すると、「なんだ、ブラックリー公爵か」という感じで顔をそらした。やっぱり変わっているのだろうか。
「いや、やはり面白いな、レディ・エリザベス」
「公爵には負けると思いますが」
そんなことを真顔で言えるリリアンも相当だ。言わせてもらうなら、どっちもどっちである。
「お前、とことん失礼だな……」
セオドールがまともなツッコミを入れた。リリアンは気軽に話しているが、そもそも身分としては騎士侯でしかないアレックやエイミーが気軽に話せる人物ではない。ちなみに、リリアンも自らの地位だけ省みれば、騎士侯であり『デイム』と呼ばれる人だ。単純な図太さの違いのような気もする。
「それで、どうかな。うちの息子は」
「父上。それ、本人の前で聞くことですか?」
セオドールがツッコミを入れた。父親と教育係が変人すぎて、ぶっ飛んでいるはずのセオドールがまともに見える。
「頭はいいと思いますよ。潜在能力は高いので、教育係が悪いのかもしれません」
「お前、父上の前ではそう言うことを言うんだな」
少し驚いたようにセオドールが言った。一応、リリアンも十二歳までは貴族として育ったし、甘々のシスコンであるが、親代わりの兄ウィルも、そのあたりの教育はしっかりしている。リリアンが不遜なことを言うのは、それを言っても大丈夫だとわかっているときだけだ。
「まあ、息子もあなたのことは気に入ったようだしな。よかった」
「どこが……」
笑ってうんうんうなずくフーエルにセオドールはツッコミを入れたが、その声はしりすぼみだった。リリアンがふっと皮肉気な笑みを浮かべてセオドールを斜めに見上げた。それを見たアレックはさすがにツッコミを入れる。
「リリアン、その表情、ウィルにとても似ている」
リリアンは真顔に戻ったが、付き合いの長いアレックにはショックを受けていることがわかった。さすがのリリアンも、男きょうだいに似ていると言われてショックだったか。いや、だって本当に似ていたのだ。
「……先輩。今のはないわー」
エイミーからもダメ出しが入った。リリアンもずばっと言うが、アレックも大概一言多い。
一応フォローしておくのなら、リリアンは本当にきれいだ。作られたその日憎げな表情が似ていたのであって、決して、ウィル自身に見えたわけではない。
と言っても、エイミーはそう言う問題ではないのだ、と言うのだろうな、と思った。
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