episode:01-12
アレックは、軍人学校の実習に同行していたリリアンとセオドールが帰ってきているのを見て声をかけた。
「戻ってきたのか……セオドール様の目が死んでないか?」
「死ぬかと思った……」
セオドールの口から出た言葉に、アレックは「ヴァルプルギスに殺されかけたか?」と尋ねる。しかし、彼は首を左右に振った。
「むしろ、リリアンの流れ弾に当たるかと思った」
「そこまでへたではない」
むしろ、リリアンは射撃がうまい方である。アレックは全く当たらないけど。ちなみに、エイミーにもやらせてみたら、彼女も当たらなかった。今度、リリアンに射撃教室をしてもらおう。
リリアンは常々言っているが、彼女は特別パラディンとしての力が優れているわけではない。もちろん、一定水準以上の実力はあるが、やはり、周囲に強者がそろっているからだろうか。
それをカバーするための射撃、弓矢であるが、後方支援ができるパラディンは珍しいので、彼女の役目は主にそっちになっている。
「現場どうでした?」
恐れを知らないエイミーが言った。教育係であるリリアンが報告書を書いている横で、セオドールは言ってのけた。
「私が行く場所ではない」
きっぱりと言ったこいつ。他のパラディンに聞かせたら絶対に怒る。
「……私が行っても役に立たないことが良くわかった」
こうして自分の力量を理解できるのは、実は大きな利点である。やはり、セオドールも頭は悪くないのだ。ただ、単純なだけで。
「まあ、私たちはめったに現場に行かないからな」
「じゃあなぜ連れて行った」
「めったに行かないが、やはり肌で感じるのも大切だ」
理詰め説教が得意技のリリアンであるが、やはり彼女も現場で力を培ってきたタイプの人間なので、感覚も大切にしている。
「セオドール様も、現実を知らない人間に指示を出されるのは嫌だろう」
「……そう言うものか?」
「そう言うものだ。だから、『これだから貴族の坊ちゃんは』とか言われるんだ」
「それ、絶対にお前の心情だろう」
「さあ」
リリアンは軽く受け流したが、セオドールの指摘通りだと思った。適度に毒を吐くのがリリアンであるので。
「……まあ、確かに、だから調整官はパラディンで構成されているしな」
アレックもリリアンの肩を持つ。エイミーなどは「へ~」と感心しているが、九名いる調整官全員が多かれ少なかれ、パラディンとしての力を持っていた。管制官の中にはノエルのような魔導師もいるが。
実際にヴァルプルギスと戦ったことのあるパラディンが指示を出すから、他のパラディンも信じて動ける、という面もあるのかもしれない。
「でもリリアンって、調整官なんだよね。ナイツ・オブ・ラウンドにはならなかったんだ?」
突然話が飛んだが、エイミーの中ではつながっているらしい。まあ、いつまでも続けるような話題でもなかったので、アレックもツッコミを入れなかった。
「陛下の戴冠式には参列した」
自分が不在の間の記録簿に目を通しつつ、リリアンは言った。アレックもその時のことを懐かしく思い出す。戴冠する女王の白銀のドレスも、ナイツ・オブ・ラウンドとして新女王に向かって膝をつくリリアンの白い正装も良く似合っていた。
「え、何? どういうこと?」
「あの時はナイツ・オブ・ラウンドの人数が足りなかったからな。代理だ。まあ、今も足りないけど」
「今、七人だからな……」
アレックもしみじみとつぶやく。戴冠式の時は、不在を許された一人を除く十一人のナイツ・オブ・ラウンドが女王に向かって膝をついた。しかし、現在は新人のエイミーを含めて七人しかいない。約半数が死んだのだ。
「ええと、リリアンもナイツ・オブ・ラウンドだってこと?」
「内戦期に騎士に任じられたことはある。そのまま、陛下の戴冠式に参列したが、気づいたら危機対策監室にいた」
「……左遷されたんだ?」
「そうかもな」
この人事には様々な人間が憶測をめぐらせたものだし、リリアンに対するよく無い噂も持ち上がった。それでも、女王が彼女をナイツ・オブ・ラウンドではなく調整官にした理由が、アレックには少しわかる気がした。
「ああっ。お前、いたかもしれない!」
おそらく、貴族として女王の戴冠式に参列したであろうセオドールが叫んだ。先ほどから何か考えている様子だったのだが、答えが出たらしい。
「なんか、前の方にいなかったか。今と同じくらいの髪の長さで」
セオドールが答えあわせをするように言った。リリアンの髪色は大きく分けると金髪であり、この色はブルターニュに多い。しかし、彼女のような美人がそう何人もいると思えない。そして、セオドールの言うように、三年前の彼女は今と同じくらいの髪の長さでそして、戴冠式では前の方にいた。なぜなら席次が。
「ああ。第四席だったからな」
「お兄さんの後ろかい!」
エイミーがツッコミを入れると、管制室の方から笑い声が聞こえた。ノエルだ。
「懐かしい話してるねぇ。僕も戴冠式には参列したんだよ。人数足りなくて、警備兵だけど」
「ああ……あのころは体制が何もできていなくて、多くの人が亡くなったばかりだったからな」
だから、信用できるものに臨時の仕事を頼むことも多かった。リリアンもノエルもそう。人が足りなくても、戴冠式ははやめに済ませてしまいたかったのだ。国を取り返したのだ、と喧伝するために。
初期のアーサー女王のナイツ・オブ・ラウンドは、内戦を彼女と共に戦った者たちで構成されていた。その大半が亡くなり、今はこうしてエイミーのような内戦を共に戦わなかった騎士も増えている。
「ノエルも内戦を戦ったのか?」
きれい系の優男に見えるノエルに対して抱く疑問としてはまっとうな疑問をセオドールがぶつけた。ノエルは笑う。
「まあね。僕、こう見えても魔導師だから」
この危機対策監室の魔法システムを開発したのも彼である。余談であるが。
「そう言うセオドール様は当時何をしていたんだ? 戴冠式には出たんだろう?」
何気なくアレックが尋ねると、セオドールはむすっとしていった。
「……留学中だった」
「どこに行っていたんだったか。帝国?」
続くリリアンの問いかけに、セオドールが「ああ」とうなずいた。不機嫌そうに見えるのは、内戦期に国内におらず、何を逃れたとみんなに言われるカラダそうだ。それを聞いたリリアンは「ああ~」と納得した声をあげた。
「それで留学までして得た知識を活用しなければ、という無駄な使命感にかられたわけか」
「無駄とはなんだ無駄とは!」
結構な声量で騒いでいるのだが、危機対策監室の職員は見向きもしない。ノエルが加わっているくらいだ。事務員ですら無反応である。どれだけ騒ぎになれているのだろうか。
「内戦で自分たちが大変な時に帝国で悠々と暮らしてたんだろ、なんて言われてみろ!」
「……それは確かに性格ひねくれちゃうかもね……」
エイミー、同情しているように見せかけて、結構ひどいことを言っている。
「内戦期はうかつに出入国できなかった」
「アーサーを捕まえるためだろ。追われているのなら、まず考えるのは亡命だ」
と、リリアン冷静。そう言えば、内戦期にアレックもアーサーに付き従ったが、ブレーンであったリリアンが国外脱出を言いだすことはなかった。一度出たら戻れなくなる、と言うことだろうか。
ちなみに、内戦終了後も混乱のせいでなかなか戻ってくることができず、セオドールの留学は思ったより長いものになったらしい。内戦が完全に落ち着いてからセオドールは戻ってきたことになる。彼本人に責任がないとはいえ、内戦の混乱を肌で感じていた者として、反感を覚える気持ちはわかる。
「気にすることはない。言いたいだけ言わせておけばいい。そんなことを言う連中も、本当に内戦で起こったことを知っているわけではない」
あ、何人かがびくっとした気配がする。心当たりがあるのだろうか。危機対策監室は完全実力主義の為、偏見を持つような人間は少ないと思うのだが。
「少なくとも私は、過去のことであなたを判断しない。働く無能感は否めないが、あなたは自分にできることをやろうとしている。まあ、私に言わせれば『身の程を知って行動しろ』と言いたいところだが」
「お前、フォローしているのか貶しているのかどっちだ」
セオドールがリリアンの毒舌すぎる言葉にかみついた。と、警報が鳴ったので会話はうちきりである。
「リリアンさぁん。南東部の関所から緊急要請です」
管制室から声をあげたのはシエナだった。ノエルが席に戻る。リリアンも管制室を覗き込んだあと、セオドールを振り返った。
「やってみるか?」
「……っ。ああ!」
セオドールが半分怒りながらもうなずいた。エイミーが笑ってアレックにささやいた。
「なんだかんだ、いいコンビになりそうだね」
「ああ……」
口ではなんと言っていても、リリアンは面倒見が良いから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第一章完結です。次からは第二章。
別にセオドールは内戦から逃げたわけではなく、留学に行っていたら母国で内戦が始まり、帰国できなくなり、アーサー治世になってから帰国しました。
あと、一応、キャラ紹介もあげておきます。




