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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
10/66

episode:01-10









 一方の、好き勝手に言われているリリアンである。アーサーに連れられて久々にドレス姿だ。普段、官服でうろちょろしている彼女も、ドレスを着れば立派な淑女。長身のリリアンが着られるドレスはそう簡単にあるものではないが、宮殿にはこういう時のためにリリアンが着られるドレスを用意してあるのだ。アーサーが勝手に用意した。


「昔は身長、同じくらいだったのになぁ」


 顔半分ほど背の高いリリアンを見上げて、アーサーは言った。アーサーがパールグレーのふんわりしたドレスを纏っているのに対し、リリアンは濃い緑のドレスを着ている。一応後ろで締めているが、エンパイアドレスで、リリアンが痩身であることが良くわかった。

 この二人は髪や目の色彩が近いので、同じようなドレスが似合うかと思いきや、体格も顔立ちも全く違うので、似たようなドレスを着ても違うように見える。まず、アーサーに寄せようと思ったら、リリアンはドレスの下にタオルを仕込まなければならない。


「……身代わりができたくらいですからね」


 リリアンは否定するようなことでもないので同意した。二人とも金髪と言うには褪せた色合いの髪の色をしているが、だからこそはっきりした『色』を言えない。そのため、内戦期にはリリアンがアーサーの身代わりになることも多かった。その時も、補正が必要だったが。

「懐かしいな。あのころは、私もお前も、まだ子供だった」

「……自分から見れば、お二人ともまだまだ子供ですよ」

 クライドが口をはさんだ。それが自分に言い聞かせているようで、リリアンは視線だけ肩越しに彼に向けた。思わず目があった。

「なんだ?」

「……いえ。サー・クライドは変わらないなと思って」

「そうか? よりかっこよくなっていると思うが」

 アーサー、余計なことを言うな。クライドが使い物にならなくなるから。とはリリアンは言わなかった。ただ、冷たい目で二人を睥睨した。不敬罪である。まあ、そんなことを言いださない女王であると知っているからのふるまいだが。

「……まあ、陛下がお綺麗になられたのは確かですが」

「……お前に言われても嫌味にしか聞こえないんだが」

 アーサーがじろっとリリアンを見上げた。二人とも甲乙つけがたい美人であるが、おそらく、多くの人間がリリアンの方が美人だと言うだろう。アーサーの美しさは姫君らしい美しさだが、リリアンは女神の美貌である。迫力の問題か。


 帝国……ハルシュタット帝国の大使は、四十代ほどに見える男性だった。痩身でなかなかの男前である。と、リリアンは思った。だが、大使に選ばれるだけあり食えない人物だ。

「いや、アーサー陛下。今日もお美しい。お連れのお嬢さんもお綺麗な方ですな」

「私の友人で、エリザベスだ」

「エリザベスです。お見知りおきを」

 リリアンはみんなに「詐欺だ」と言われる麗しい笑みを浮かべた。基本ポーカーフェイスで真顔のリリアンには珍しい表情だ。ちなみに、エリザベスはリリアンの本名である。

「エリザベス。この方は帝国の大使で、エメリッヒ・フォン・リンゲン殿だ。リンゲン殿、彼女も同席させて良いか? 頭がよいので、私よりも話が弾むかもしれない」

 リリアンと話が弾んだらびっくりであるが、とにかくアーサーは一人では不安なのだろう。半分公的、半分私的な場のようだが、だからこそ「うちの皇子は」というような話になる可能性が高いし。


「もちろん、美しい女性は歓迎いたします。ちなみに、失礼を承知でお伺いしますが、エリザベス殿はどちらの家の方で?」


 本当に失礼である。ここで家格を尋ねるとは。アーサーがリリアンを見る。リリアンは顔色を変えずに「カーライル家の出身です」と答えた。

「……紹介したナイツ・オブ・ラウンドにウィルと言う男がいただろう。彼の妹だ」

 アーサーが付け加えると、リンデンは「ああ!」という表情になった。

「言われてみれば、似ているかもしれません。そう言えば、兄君も美しい方でしたな」

「恐縮です」

 おそらく、ウィルがカーライル侯爵の甥だと言う話は聞いているだろう。その妹だと言うことは、リリアンはカーライル侯爵の姪、ということ。悪くはないが取り立ててよくもない、普通の立場であるとリリアンは思っている。強みは、リリアンが女王アーサーの友人であることくらいか。


 ハルシュタット帝国は、いくつかの領邦国家がまとまってできた国である。何人かの君主がいて、それをまとめ上げる皇帝がいる。だから帝国なのだ。

 この帝国皇帝は代々、領土的野心が強いものが多かった。ブルターニュとは海を挟んでおり、しかも大陸側でもいくつか国を挟んでいるので直接的に刃を交えたことはないが、ブルターニュ側としても警戒したい国だ。

 あとでルーファスに「どうだった?」と聞かれる予感がしながら、リリアンは無難にリンデンと会話をしていた。普段あまり使わない表情筋がつりそうである。

「ところで陛下。先日お話しした、我が国の第三皇子フリードリヒ殿下の求婚ですが……」

「以前にもお答えしたが、私にはまだ結婚する気はないのだ」

 アーサーが緩く首を左右に振る。もちろん、リンデンも引かない。

「しかし、陛下も二十歳。そろそろご結婚を、とせっつかれているのでは? フリードリヒ王子は二十五歳で年回りもちょうど良いくらいですし、整った顔立ちをしておられます。おとなしい方ですが、頭がよく優しい方です」

 ハルシュタット皇帝には五人の皇子と三人の皇女がいる。第三皇子フリードリヒは、引きこもり魔術おたくとして有名である。まあ、確かに悪い人ではないと言う諜報官の報告を聞いたことはあるが。

「それはそうですが……エリザベス、どう思う?」

「私に聞かれましても。陛下のお心次第なのでは?」

 リリアンが投げやり気味に答えると、アーサーがちょっと睨んできた。ついでにクライドにも睨まれた。いちいちリリアンに殺気を飛ばすのはやめてほしい。

「……そうですね。私の心情を述べさせていただくのなら、陛下が乗り気でないのであれば、話を勧めるべきではないと思います。政略結婚は上流階級の常ですが、私は陛下のつらそうなお顔を見たくありませんから」

「エリザベス……」

 アーサーが涙ぐんだ気がした。そこまで感動する話ではないと思うのだが。

「……ですが、愛のある結婚も長続きするとは限らないでしょう?」

「ええ。しかし、ブルターニュ王室には現在、アーサー様しかいらっしゃいません。この血をとだえさせないためには、何としてもアーサー様に子を産んでいただく必要がありますが……政略で結婚したとして、そう簡単に心を許しあえますか? それならば、たとえ将来仲がこじれるのだとしても、愛のある結婚をしていただく方が現実的です」

 リンデンがリリアンの顔をじっと見つめた。


「不思議だ。あなたと話をしていると、一流の政治家と話をしているような気分になる。あなたは一体誰です?」


 この宮殿に滞在するのだ。いずれわかってしまうだろうと言うことで、リリアンはもう一度名乗った。


「失礼いたしました。私はエリザベス・カーライル。危機対策監室で調整官を務めております」


 ブルターニュに赴任すると言うことで、この国のことはある程度調べていたのだろう。リリアンの所属を聞いて「とても納得した」とリンデンは肩をすくめた。
















 リンデンとの会談のあと、アーサーに誘われてリリアンはそのままアフターヌーンティーに参加していた。今度はクライドと、途中でやってきたウィルも参戦している。


「ありがとう、リリアン。とても助かった」

「……ならよかったのですが。駄目ですね。私が説得しようとすると、どうしても理屈っぽくなる。情に訴えたほうが良いとわかっていたのですが」


 ああいう場合、変に政治的に理屈っぽく訴えるよりも、心情に訴えたほうがうまくいくことが多い。それをわかっていたのに、リリアンはいまいちそれができなかった。


「単純に、『陛下には幸せな結婚をしてほしいんです!』と言えばよかったんじゃないか」


 と、ウィルが言ってくるが、リリアンは首を左右に振った。

「いや。それだと、『フリードリヒ皇子と結婚して幸せになれないとは限りません』と言われるだけだ」

「そこまで言うか?」

「ちょっと回答は違うかもしれないが、何かしらの反論はあるだろう。相手は交渉のプロなのだからな」

 と、リリアンは兄を言い負かしてティーカップに口をつける。ほんのりと甘い香りがした。

「さすがは主席調整官。俺たちと見ている先が違う」

「見ている先が違えば、そもそも陛下に縁談など持ち込まれていないだろうな」

 皮肉気に言うと、ウィルはニヤッと笑って隣にいる妹の頭をぐしゃぐしゃとなでた。

「ま、陛下が助かった~って思っているんなら、素直に感謝されておけ」

「そうだぞ、リリアン。やはり、お前がいると心強い」

「……それは、どうも」

 やや強張った声でリリアンは満面の笑みを浮かべたアーサーに答えた。ウィルになでられた髪はぐちゃぐちゃで、リリアンは簡単に手でとかして整える。

「この四人でいると思いだすな。三年前、初めから私とともにいてくれたのはお前たちだった」

「私は途中参加ですが」

 正確には、アーサーはクライドとウィルを連れてカーライルの領地まで落ち延びてきたのだ。ウィルが「話の腰を折るな」とリリアンにツッコミを入れ、ついでに頭を軽くはたいた。それを見て、アーサーもクライドも笑った。

「仲がいいな」

「……まあ、悪くはありませんが」

 リリアンが答えると、ウィルが満足げににやりと笑う。リリアンはテーブルの下で兄の足を踏んだ。

「お前たちには本当に感謝しているんだ……特に、友人になってくれたリリアンにはいくら感謝しても足りないくらいだ」

「私を友人だと言ってくれるような心の広い方は、陛下くらいです」

 自他ともに認めるほど、リリアンは友人が少ない。まあ、この性格なら無理もないが。

「ふふふっ。相変わらずだな、リリアンは」

 美女二人の会話は眼福ものだが、ここにいる男二人は女王の護衛なので、わりと見なれていた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


言ったことがあるかもしれませんが、リリアンはエリザベスの愛称という設定。ちなみに、ウィルも愛称で本名はウィリアムです。


リリアンもアーサーも美人です。アーサーは正統派美女。リリアンは怜悧美人。二人とも金髪碧眼。

どうでもよい設定(笑)


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