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月並みニジゲン  作者: urada shuro
第五章
18/30

曇りのち、雨(2)

「……コレよ……!」


 大げさな前ふりで麻乃花が取り出したのは、なんの変哲もないスマートフォンだ。


「スマホ……ですか?」

「うん。なにも手がかりがないし、とりあえずネットで調べるところから始めるのがいいんじゃないかしら。ほら、もしかしたら、SNSとかやってる可能性だってあるし……わたしにとって最大の敵である機械が相手だけど、やるしかないわ……!」


 麻乃花はいたって真面目にそう言うと、非常に慎重にゆっくりとした動作で、時折「あっ間違えた」とつぶやきながら、槻、南、と文字を入力していく。


「だ、大丈夫。わたし、パソコンよりスマホのほうがちょっとだけ……マシに扱えるの」


 機械は苦手だ。以前は生徒であるルチカに、自分の仕事である書き込みの削除作業を手伝わせた。いまも画面を触るたび、クラッシャーとしての過去が脳裏をよぎる。

 しかし、今回は自ら必死で奮闘すると決めた。「謎の脅迫文を受けた生徒に、これ以上負担をかけてはいけない」という、教師として彼女なりの配慮である。


 数分後、ようやく入力が終わると、すぐに検索の結果が出た。


「槻南虹子」というキーワードを検索して、一番目に表示されたのは、あるギャラリーのホームページのようだった。


「あ……見て。このひと、ちゃんと存在してるみたいね。はあ、なんだかドキドキしてきちゃった」


 麻乃花は素早くルチカのとなりに移動し、スマホをルチカにさし出した。ルチカは画面をのぞき込んだものの、ハッとしてすぐに顔を背けた。


「あ……あの……すみません。僕、ネット全般を見ることを禁止されているので、先生が画面見てもらっていいですか?」

「え……? そ、そうなの……? 鈍条崎くんのお家、ずいぶん厳しいのね……」


 いくら禁止されていても、こういう緊急事態にも見ちゃだめなのかしら?

 麻乃花は心のなかでそう思ったが、家庭内のルールに教師が介入してよいかどうかという疑念を抱き、口には出さなかった。

 自分のもとに携帯電話を引きよせ、画面の文字を読む。


「つきなんにじこ、個人展……? あ、開催の日付は五年も前ね。ギャラリーで個人展……って、芸術家なのかしら……」


 ギャラリーのページを開く。

 表示されたのは、槻南虹子という人物の個展開催のお知らせだ。

「槻南虹子」と書かれた上に、ひらがなで「つきなみこうこ」とふりがながふってある。


「つきなみこうこ、って読むのね……や、やだ。『つき』と、『こ』、しか合ってなかったわ。恥ずかしい……」


 麻乃花は顔を赤くしてうつむいた。


「つきなみこうこ……? そのひとも、やっぱり僕は知らないです」

「そっか……じゃあ、この槻南さんと手紙の人物とは関係ないのかな? でも、一字一句違わずに、名前が一致するかしら? ありがちな名前じゃないし……あっ、作者の紹介文が載ってる。えっ……と、二歳で絵画に目覚めた少女画家。五歳のとき、絵画コンクールで佳作を受賞したことを皮切りに、その後受賞歴多数……」

「……!」


 ルチカは目を見開いた。


「絵画」と、「少女」、そして「鈍条崎ルチカの関係者」の三つで囲める人物は、ひとりしか連想できない。


 ウラハさんだ。


 しかし、名前がまったく違う。


「せ、先生。そのひと、どんな顔ですか?」

「えっ? うーん……写真はないみたいだけど……って、なに? もしかして、心当たりがあるの?」

「い、いえ……そんな名前のひとは、知らないんですけど……」


 やはり、名前が違うなら別人か。


 麻乃花にもっと詳細に説明をし、ウラハが関係しているのかどうか確証を取って欲しい。しかし、ウラハのことを探るな、という助手ルールを思い出す。

 喉から出かかっている言葉を口に出せず、ルチカは唇を無言で上下に動かした。


「……ああっ!」


 突然、麻乃花が大声を出して立ちあがる。


「わ、わたし知ってる……! この子、知ってるわ!」

「えっ?!」


 ルチカは驚いて、興奮する麻乃花を見あげた。


「見たのよ、テレビで見たの! 何年か前……えっと五年くらい前かな。ちっちゃくてお人形さんみたいに可愛い栗毛色の髪の女の子が、個展を開いたってニュースに出てたの。わたしそのころ学生で、高校時代の友達にはまだクラッシャー麻乃花って呼ばれてた時代だったから、こんな小さな子が……そう、まだ十一歳だって言ってたわ。十一歳の子が作品を生み出してしっかり生きてるのに、わたしは他人のもの壊しまくってなにしてるんだろ……って自己嫌悪しながら見てた記憶があるのよ。その子の名前が、槻南だったの。間違いないわ。彼女のVTR明けにスタジオのキャスターが、名前は槻南さんですが才能は月並みじゃないですね、って、くだらないギャグを言ったからすごい覚えてる……!」


 麻乃花は顔を紅潮させ、握り拳をつくって熱弁した。


 可愛い、栗色の髪の女の子。

 五年前に、十一歳。


 ウラハさんと、重なる。

 でも、ひとの名前が変わることなどあるのだろうか。


 結婚すれば、苗字が変わることもある。

 改名、という手段もある。

 あとは……。


 はっと息をのむ。

 ルチカは以前、ウラハから自分の本名を「ペンネームみたいな名前」だと言われたことを思い出した。


「槻南虹子」が、ウラハのペンネーム、偽名だとしたら――。

 麻乃花の手から手紙を奪い、今一度、名前を変換して読み返してみる。




   鈍条崎ルチカ。


   ミアデュール・ウラハロルド・二藍は、誰とでも寝る女。

   三年の加藤、羽田、金沢、二年の高原、岡村、

   永野、西尾、浦木、高田と関係がある。

   おまえも遊ばれているだけ。

   これ以上、ミアデュール・ウラハロルド・二藍に近づくな。

   近づけばおまえに危害が及ぶと思え。




 ウラハはいろんな男と肉体関係のある人間で、ルチカも遊ばれているだけ。


 手紙を要約すると、そうなる。

 ウラハさんが、まさか、そんな。


 彼女は気が強く、凛としていて、異性関係がだらしないひとには見えない。

 これはデマだ。


 おとといまでのルチカなら、間違いなく瞬時にそう突っぱねただろう。

 しかし、いまのルチカにはそれができなかった。

 唇にウラハの感触がよみがえり、思わず口を押える。


 ウラハさんは突然、僕にキスをした。

 僕の話を信じていないのに、信じているフリをした。

 悪い噂を無条件には跳ね除けられない理由が、自分のなかには生まれてしまったのだ。


 それに、疑問はまだ晴れない。


 この脅迫文は、なにが目的なのだろうか。

 なぜ、僕にウラハさんの情報を教えたのだろう。

 なぜ、僕がウラハさんに近づいてはいけないのだろう。

 僕がウラハさんに近づくと、なぜ危害を与えられるのだろう。


 ルチカは先日の、死の書き込みの件を思い出した。

 もしかして、あの書き込みとこの脅迫文は、同じ人物が仕組んだものなのだろうか。


 米谷の顔が浮かび、「古賀くんだろ?」とにらんでくる。


 いや、まさか。


 今回の脅迫文は、特定のものしか知らないあだ名ではなく、本名を名指しされている。

 僕の名前と槻南虹子というペンネームを知っている人物ならば、誰だってこの脅迫文は書ける。

 光釘高校の誰にでも……いや、それ以外の人にだって、書くことはできるはずだ。

 でも、僕とウラハさんの関係を知っている人物でなければ、こんな書き方はしないように思う。

 僕は誰にも、ウラハさんと行動を共にしていることを話していない。助手ルールが設けられる前、あまりの嬉しさに両親には話してしまったけれど、僕の両親が息子に対してこんなものを書くはずも、書く理由もない。


 助手ルールを作ったウラハさん本人が、自ら他言することなど、あるだろうか。


 それは……わからない。


 ルチカは差出人不明の手紙をにらみつけ、唇をかんだ。

 もしかしたら僕は、この手紙を出した人間よりも、ウラハさんのことを知らないということなのか。


「……でも……槻南虹子ちゃんがなんで鈍条崎くん宛ての手紙に……? ……あれ? ……どうしたの、鈍条崎くん。 じっと手紙を見て……はっ! も、もしかして、虹子ちゃんについて、なにか思い当たったとかっ……?!」


 麻乃花は素早くルチカの隣に座り、ぎらぎらとした眼差しを向ける。


「……いえ、その……」


 ルチカは口ごもった。ウラハとの関係は、やはり他言できない。


「……その、この手紙を出したひとって、僕になにをしたいのかなって思って……」

「え?」

「ウラ……槻南さんに近づけば、危害を加える……って書いてありますよね。じゃあ、近づかなければ、危害を加えないってことですよね? こんな脅しまでして、彼女に僕が近づくのを止める意味って、なんなんでしょうか」


 ウラハとの関係についてはしゃべらず、抱いている疑問をぶつけてみる。

 麻乃花は再び、二時間ドラマ好きの血が騒ぎはじめた。ルチカの手から手紙を抜き取ると、あごに手をあてて考え込む。


「というかこの脅迫文……よく考えてみたら、標的は鈍条崎くんじゃないみたいね」

「え……どういうことですか? 僕に宛てた手紙なのに……」

「たしかに鈍条崎くん宛てだけど、真の狙いは虹子ちゃんのほうよ。ああ~っ、どうしてもっと早く気がつかなかったのかしら……! 二時間ドラマで犯人を当てるのは得意なのに、実際となると気が動転しちゃって……わたしのばかばかばかっ」


 麻乃花はからだをよじって頭を左右にふった。


「狙い……? 狙いって、どういう意味ですか?」


 真っ直ぐ向けられたルチカの視線にはっとし、麻乃花は姿勢を正す。


「ね……狙いっていうのは……これは鈍条崎くんと虹子ちゃんの関係を崩壊させようとして、書いたものだと推測できるということよ。虹子ちゃんの悪い噂を聞かせて、あなたが彼女を見損なうように仕向けた……っていうところじゃないかしら。虹子ちゃんに恨みのある誰かが、脅迫文を書いた可能性が高いと思うわ」

「えっ……じゃ、じゃあ、僕じゃなくて、彼女が危ないってことですか?」

「危ない……かどうかはわからないけど……彼女が誰かから、強い憎しみを向けられているのは確かだと感じるわね」

「そ、そんな……!」


 ウラハさんが、誰かから憎まれている。

 しかも、相手は僕にこんな脅迫文を書くような人物だ。


 彼女は大丈夫だろうか。

 もしかして、ウラハさんにもなにか異変が起きているんじゃ……。


 神妙なようすで黙り込むルチカを、麻乃花はいぶかるような目で見た。


「……って、に、鈍条崎くん。なんだかやっぱり、虹子ちゃんと親しそうな口ぶりに思えるんだけど……。や、やっぱりあの子と、なにか関係が……」


 ルチカは立ちあがり、早足で出入り口へと歩いていく。


「えっ?! ど、どうしたの急に? ちょっと待ってっ……」


 焦る麻乃花を気にも留めず、ルチカはウラハから出入り禁止と言われていた東校舎に急いだ。

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