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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第四章『魔性の女 VS 無自覚人タラシ』
14/72

(3)「ギムレット2」

「こんな時に、俺がバイト休みなんて、信じられないシフトだ!」


 吉祥寺での、橘のレッスンを終えた奏汰が、ベースの入ったハードケースを背負い、駅から急いで、店へ向かっているところだった。


「蓮華、このところ、普通だったけど、また優さんに、何か変なこと言ってないだろうな……」


 心配になった彼は、一刻も早く、店に駆けつけたかったあまり、走っていた。

 そこを、呼び止められた。


「Hi,Kanata!」


 振り返ると、見覚えのある、長身のアメリカ人だった。


「マークさん!?」


 マークは満面の笑みで、歩み寄ってきた。

 日本語と英語混じりの、彼の説明では、帰国したその足で、ここへ来たのだという。


「Asukaには、secret! 内緒にしてるんだ。ビックリさせようと思って」


 イタズラっぽい表情で、マークがウインクし、人差し指を口に持って行ってみせた。


「はあ、そうなんですか。あの、余計なことかも知れないけど、……今は、明日香さんには、会わない方が……」


 奏汰が、気遣うように、彼を見るが、


「Why?」


 笑顔で、マークは肩を竦めた。


「あの……ここじゃ、なんですから……」


 奏汰は、すぐ近くのバーに、マークを連れていった。

 蓮華のことも気になっていたが、『J moon』閉店時間まで、一杯くらいは飲めそうだ。


 とにかく、最近は、明日香が閉店後によく現れ、優と連れ立って帰るため、今は、マークと接触を避けた方がいいと、とっさに思ったのだった。


「ちょっと聞いてみたかったんですけど、……今まで、明日香さんが、マークさん以外の男の人と付き合っても、本当に平気でした?」


 マークは、笑顔で答えた。


「全然気にならなかったわけじゃないけど、知らない相手だったから、まだ良かったかな」


 そのような内容だった。

 ドキッとした奏汰は、少し緊張して、続けた。


「じゃあ、……もし、……マークさんの知人だったら……?」


「う~ん、多分、shockだけど、何か特別な理由があるだろうから、Asukaには、何も言わないよ」


「……あたたかく見守るんですか……。俺には、難しいな」


 マークが、奏汰に笑いかけた。


「Kanataは、youngだから、difficult! So young!」


「ううっ、それを言われると……」


 奏汰の内心など気にせず、マークは、英語混じりに続けた。


「確かな関係だと思っているのなら、何も言わずに、どーんとして、待っていればいいのさ。そこで、男の度量が試される」


 マークは前のめりになり、親指を自分に向けた。


「Asukaは、必ず、僕のところに戻ってくる」


 マークの勝ち気な笑顔に、奏汰は、圧倒された。


「す、すごい自信だねー」


 さすがに、魔性の女を、これまでつなぎ止めていただけある、と奏汰は思った。

 奏汰は、そんなマークを格好いいと思った。


「そうか。どーんとして、待ってればいいのか」


 だが、すぐに思い直した。


「だけど、俺たちの場合、まだ確かな関係とは言い難いから……、やっぱり、俺が努力しないと、いけないんだろうな……」




 一方、『J moon』では、至近距離で視線を絡ませる、蓮華と優がいた。


「蓮ちゃんは、今、……ちょっと感情的になってるだけだよ」


 真面目な顔で、優が告げた。

 蓮華は、ぷいっと、背を向けた。


「そうさせているのは、優ちゃんだわ」

「違うよ、奏汰くんだよ」


 優が、蓮華のすぐ後ろから、耳元に囁いた。


「蓮ちゃんはね、恋をすると、いつも、感受性は強くなるし、ちょっと情緒不安定にもなるんだよ。知ってた?」


「なっ……!」


 蓮華が、慌てて振り向くと、優が、すべてわかっているような眼差しを向けていた。


「それを、させているのは、僕じゃなくて、奏汰くんでしょ?」


 蓮華の目が、見開かれる。


 優が、普段の笑顔になった。


「自分で思っている以上に、彼のことが好きなんだよ。安心し切ってるのも、見てれば伝わるよ。ああ、もちろん、他の皆には、わからないだろうけどね。だけどね……」


 そこからは、優が、少し真面目な顔になる。


「彼のことを、いつまでも『年下だから』って、心のどこかで思ってる限り、きみたちは、うまく行かないよ。僕にも、七つ上の女性と、苦い経験があるのは、知ってるでしょう?」


 蓮華は、黙って頷いた。


「奏汰くんは、一生懸命、年の差を埋めようと、努力してるよ。蓮ちゃんとのことを、一時で終わらせないように、頑張ってるよ」


「奏汰くんが?」


「もうちょっと、彼を信頼して、もっと対等に付き合ってみたら?」


 俯いていた蓮華が、顔を上げる。

 その表情からは、吹っ切れた様子が伺える。


「優ちゃんの言う通りだわ。ごめんね、ありがとう」


 そして、すぐに、にやっと笑った。


「うまく逃げたじゃないの」


 蓮華は、肘で、彼をつついた。


 途端に、彼も、普段の笑顔になった。


「ははは、バレたか。まあ、誰にも相手にされなくなったら、僕んとこにおいでよ」


 それは、いかにも、取って付けたような、言い方だった。


「優ちゃんなんかと、くっついたら大変だわ。女がいっぱい出て来ちゃって、心労で身が持たないわよ」


 聞き捨てならないとばかりに、優が、意地悪な目をして、手を反対の肩に持って行き、騎士がするような、わざと大袈裟な一礼をする。


「その言葉、そっくりそのまま、お返しいたしますよ、女王陛下」


「そう来なくっちゃね!」


 人差し指を立てて笑う蓮華に、優も吹き出した。




「しかし……、それにしても、蓮ちゃん、心配だなぁ。さっきみたいに、感覚で、その辺の男の人、または男の子、口説いてたら大変だよ。まったく、フラフラしてるんだから」


 普段着に着替えた優は、缶ビールを買いに行く蓮華と一緒に、コンビニへ向かう。


「僕だったから、ハガネのような精神力で、抑えられたから良かったものの」


「あら、ハリガネの間違いでしょ?」


 蓮華のツッコミには取り合わずに、優が続けた。


「他の男だったら、食われちゃってたよ。いいの?」


 急に心配になったような優に、蓮香は、ころころ笑ってみせた。


「そのくらい、相手はちゃんと選んでるから、大丈夫よ~! もう、そんなこと言われるトシじゃないわ」


「ホントかなぁ。奏汰くん、大変だなぁ。僕も、自分の身は自分で守らないと。よく十年間、無事でいられたもんだ」


 呆れたように言う優を、気にも留めず、蓮華は、上機嫌だった。


 そこで、明日香と偶然会った。

 三人とも、いつもと変わらず、世間話をしてから、蓮華だけ、先にコンビニへ向かった。




 『J moon』近くのバーからは、奏汰とマークが出てきたところだ。


「早く『J moon』に行こう! Asukaもいるかも知れないし」

「そ、それは、そうなんだけど、今行ったら、マズいかも……!」

「Hurry-up!」


 優と蓮華が気になっている奏汰は、一刻も早く『J moon』に行くに越したことはないのだが、優と明日香の組み合わせに出くわす可能性も高いのだった。


 まごまごしていると、「奏汰くん?」蓮華に出会った。


「こんなところで、どうしたの? 今日は、レッスンで、うちの仕事の日じゃないでしょう? なんで、ここに?」


 奏汰は、心配そうな顔になった。


「最近、蓮華、元気ないみたいだったから、……ちょっと心配で……」


「それで、……迎えに来てくれたの?」


 彼を見上げる蓮華の瞳には、みるみる感動が現れていく。


「……ありがと」


 彼女の手が、彼の頬に触れた。


 見つめ合う奏汰と蓮華の顔が、近付いていく……。


「Hi,Renka! How are you?」

「きゃっ! マーク!?」

「ちょっと、マークさんっ、久しぶりなんだから、邪魔しないで!」


 奏汰には、構わず、マークは、「Asuka~?」と呼びながら、前を、さっさと歩いていく。


「そう言えば、明日香さんは……?」

「さっき、来てたから、今頃、優ちゃんと一緒なはず……!?」

「……!?」


 奏汰と蓮華は、顔を見合わせると、慌ててマークを追った。


「ちょ、ちょっと待って、マーク! 今日は、もう遅いから、また日を改めて……、ねっ? それが、いいわ! そうしましょ!」


「Why?」


「そ、そんなに明るく聞かないでくれ」


 蓮華がマークの腕を引っ張り、奏汰も説得し、二人がかりで、足止めを謀るが、失敗に終わった。


 ばったり、明日香と優に、出くわしてしまったのだった。


「あっ、あのっ、話し合いは、後日にでも……!」


 慌てる奏汰と蓮華だが、明日香が、真っ先に走り出した。


「マーク!」


 マークの胸の中に、飛び込む。

 彼からすれば小柄な彼女は、彼の腕の中に、すっぽりとおさまった。


「バカ! どうして、連絡くれなかったのよ?」


「Sory! きみを、ビックリさせたかったんだよ。その方が、再会した時の感動も、大きいだろ?」


 そのような内容らしかった。


 明日香の両方の瞳から、ポロポロと、涙がこぼれるのを、マークは、やさしく指で拭い取った。


 その誰にも入れない空間を、遠巻きに見ながら、奏汰も蓮華も、呆気に取られていた。


「あなたがいない間、優さんに、随分お世話になったのよ。でなきゃ、私、淋しくて、どうなっていたか」


 笑顔で、マークが進み出る。


 優は、いつもと変わらない。


 対面する二人を見て、奏汰と蓮華は、ハラハラ見守っていた。


「Youのような人が、Asukaの側にいてくれて、助かったよ」


「こちらこそ、明日香さんにお付き合い出来て、光栄でした」


 明日香は、じ~んと感動した表情で、そのやり取りを見つめていた。


「大人って、深い!」


 そして、奏汰も感動していたのを、蓮華が、横から服の袖を引っ張る。


「普通は、修羅場よ。あの人たちは、普通じゃないの。危険だから、絶対、真似しちゃダメだからね」


 涙を拭った明日香が、向き直る。


「ところで、奏汰くんは、例えるなら、どんなカクテルなの? 差し詰め、ジントニックってとこかしら? 成長させると、ギムレットになったりして」


 いつもの魔性癖で、明日香が、目に見えるかのようなフェロモンを、醸し出す。


「だめーっ!」


 蓮華が、横から、奏汰の首にしがみつき、引き寄せた。


 傾いた奏汰は、困ったような、恥ずかしいような顔になる。


「ふふふ、冗談よ。もう、あなたのものは、取らないから」


 明日香が、蓮華に、意味深な微笑みで、ウィンクした。


「……!?」


 蓮華は、何も言えなかった。




「優ちゃんは、良かったの? 明日香ちゃんが、元の鞘におさまっちゃって」


 帰り道、奏汰と腕を組みながら、蓮華が、多少気遣うように、普段と変わらない様子の優を覗き込んだ。


「ああ、全部わかってたからね。明日香さんが、不安で淋しかったのは、マークさんに気持ちがあるからで。僕は、退屈しのぎ程度の役で構わなかったし」


 奏汰は、呆気に取られたような、だが、感心するように、優を見た。


「女の気持ちがわかり過ぎるのも、不幸よね。自ら、都合のいい男を買って出るみたいで。まあ、明日香が、他の知らない男に走るよりは、ずっと良かったけど」


「あれー? 人のことが、言えるのかな?」


 今度は、優が、蓮華を覗き込むが、蓮華は知らん顔だった。


「魔性の女と、無自覚プレイボーイ、興味深い組み合わせね!」


「その『プレイボーイ』には、多趣味とか多才とかいう意味合いもあるんだって。僕に関しては、是非、そちらの意味で、使ってもらいたいね」


「ま、気が多いに越したことはないわよね」


 蓮華がくすくす笑う。


 優が、ふと、振り返ると、仲むつまじく、寄り添いながら歩く、明日香とマークの後ろ姿が、かろうじて見えた。


 蓮華と奏汰も、立ち止まり、それを見守る。


「……なんだか、魔性の女も、健気でかわいいところが、あったんですね。いつも、きれいでカッコいいイメージでしたが」


 奏汰が、呟いた。


「そうだね。確かに、かわいかったよ、いつもは強い(ひと)だからこそ」


 微笑みながら、優が、言った。


「うん。あたしも男だったら、明日香ちゃんにホレてたかも。いつもの彼女じゃなくて、さっき、マークと再会した時の、そのまんまな彼女にね」


 素直な笑顔で、蓮華は、そう言った。




 その後、奏汰の部屋では、缶ビールを開けた蓮華と彼が、ポップコーンと漬け物をつまみに、飲んでいた。


「奏汰くんは、さっきの話じゃないけど、カクテルに例えるなら、ジントニックみたい」


 うっとりと、蓮華が言った。


「爽やかな好青年てこと?」


 奏汰が笑う。


「そう。成長させると、ジンライムや、ギムレットになる可能性もあるかもね」


「ギムレットだと、俺は、優さんみたいになれるのか?」


「優ちゃんがギムレット? ああ、確かに、自称ギムレットとかなんとか言ってるけどね、あの人、あれで結構辛口なのよ。あたしから言わせれば、超淡麗辛口の吟醸酒ね」


「どっちにしろ、手の込んだ酒だな」


「ギムレットってね、作り手によって、随分、味が変わるのよ。もともとは甘口だから、甘く作る人もいれば、超辛口にする人もいて。優ちゃんは、辛口に作るわよね」


「優さんには、なんだか、いろいろ敵わない気がするよ」


「あたしも、敵わないかも」


 蓮華は、苦笑した。


「でもね、勝手に完成されたギムレットをただ飲むよりも、自分の好みのギムレットを造り上げる方が、女性バーテンダー冥利に尽きると思ってるの」


 蓮華の瞳と、奏汰の瞳が絡む。


「それって、『J moon』のこと?」


「まっ、トボケちゃって! お店のこともあるけど、あなたのことよ」


 蓮華が、指で、奏汰をつついた。


「それにしても、自分好みに育てたいなんて、やっぱり、発想が男みたいだな」


「ああ、そうなのかしらね。優ちゃんにも、あたしとは『男の友情』だって、昔っから言われてるし。だから、優ちゃん、あたしのことは友達とは思ってくれてるけど、女としては、ずっと、対象外なのよねぇ」


 仕方のなさそうに、蓮華が笑う。


「だったら、良かった」


 心からホッとしたその一言には、彼女への愛情が込められていた。


 蓮華は、顔を上げ、すぐ近くにある奏汰の瞳を見つめた。


 十年間築いた『男の友情』とは言いながらも、それだけではない気もする奏汰だったが、それを追求しても、おそらく、まだそのような経験のない自分の理解を越えたものなのかも知れない。


 だからといって、自分の、彼女への想いに変わりはないことに、改めて気が付いたのだった。


「奏汰くんが、一番好きよ」


 蓮華の瞳が、きらめいている。


 魔性の女から、自分を守ろうとした時の彼女は、本心からに思えた。


 今は、目の前の彼女の表情と、その言葉が、ただ愛しかった。


「俺の、蓮華への気持ちは、変わらないから」


 蓮華の瞳が、嬉しそうに輝きを増すと、彼女は、奏汰に抱きついた。


「かわいいっ! 大好きっ!」


 奏汰は照れたように笑ってから、蓮華を強く抱きしめた。

 蓮華は安心したように、奏汰の腕の中で、身を任せた。


【カクテル】

「ジントニック」:グラスにライムを絞り、ジン、トニックウォーターをそそぐ。

「ジンライム」:グラスにジン、ライムジュースをそそぎ、かき混ぜる。

 これに、シロップなど甘味を付け、シェイクするとギムレットに。


中学生程度の英語が、ちらほらありますが、アヤシイです……。

まあ、奏汰が、そのように聞き取った、ということにしてしまえー! (^_^;


第五章は、新たな展開に。そして、長くなりそう……


どうぞ、よろしくお願いします。(^_^)/


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