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第8話


 13


 さて、いよいよ最終日だ。

 昨夜はセーフティーエリアで飲み過ぎたな。

 ちょっと頭が痛い。

 こんな高級な酒や食い物には、もう一生縁がないかもと思ったら、ついね。


 お、川だ。

 渡る方法もないし、この川に沿って上流に歩いていくとしよう。


 ん?

 あれは何かな。

 近づいてみたら、皮が赤むけになったウサギだった。

 事情を聞くのも面倒な気分だったので、俺はウサギに、


「川の真水(まみず)で体を洗って、ガマの花粉を敷き詰めた上で転がりなさい」


 と教え、結果を見もせずに、さらに上流に歩いていった。

 すると一人の青年に出遭った。

 神族だ。

 しかも、そうとう神気が強い。

 ヒミコたち高天原の神族に匹敵するのではないか。


「ほう、これは珍しいかたにお会いするな。

 私はコトシロ。

 豊葦原神族(とよあしはらしんぞく)(おさ)だ」


 ヒミコが高天原(たかまがはら)神族の長という設定だから、コトシロは文字通りそれに匹敵する立場ということか。


「私の名はサルタ。

 異郷の神です。

 この地の神を統べるあなたが、こんな草むらで何をしておいでか」


「いや。

 先ほど庭で(きじ)を射たのだがな。

 矢が雉の体を突き抜けてどこかに飛んで行ってしまったのだ。

 強いまじないが掛けられた矢で、(ほう)っておくのも危険かと、こうして探している」


 なんだろう。

 胸がざわざわする。

 何かよくないことが。

 雉?

 庭で射た?

 貫いて。

 矢が消えて……。


 返し矢だ!


「コトシロ殿。

 よくない予感がする。

 鎧はお持ちか」


「それは、館に帰ればあるが」


 神話では誰だった?

 ワカヒコだ。

 矢は高天原に届いてしまい、誰だったか忘れたが高位の神が(しゆ)をかける。

 射た者の所に(かえ)るように。

 そして、矢は。

 矢は、ワカヒコのもとに戻って。

 体のどこに当たった?


「コトシロ殿。

 そこに太い木がある。

 その木に胸をつけて立たれよ」


「何?

 妙なことを言うかただな。

 そんなことをして何になるのか」


 と言いながらも、おもしろがるような顔つきで、コトシロは大木に胸を付けて立った。


「さあ、木に胸を付けて立ったぞ。

 いったい、これが」


 コトシロは、言いかけた言葉を言い終えなかった。

 どこからともなく飛んで来た矢が、大木に突き刺さったからだ。

 ちょうどコトシロの胸の位置に。


 返し矢のモチーフは、メソポタミア神話などにもみられる。

 英雄ニムロッドは神を信じず、天に向かって矢を放った。

 神は矢を地上に投げ返し、ニムロッドは胸を射抜かれて死ぬ。

 それは、天に唾する者が天罰を受ける、いわば自業自得の構図だ。


 だが、コトシロは雉を狙ったのだ。

 いったいどこに届き、何者が返し矢の呪法を行ったのか知らないが、いきなり命を取ろうとするのはやり過ぎではないか。

 矢が届いただけで、無礼であり不遜であり天罰に値する、とその相手は考えたのだろうか。


 それともひょっとして、コトシロの矢は、偶然にも誰かに当たって致命傷を与えたのだろうか。

 返し矢は、その報復なのだろうか。

 復讐の矢は必ず当たるといわれる。

 ファイナルファンタジーでも、アビリティ「矢返し」は必ず当たる仕様だった。


「驚いたな。

 これは確かに私の矢だ。

 サルタ殿。

 あなたは恩人だ。

 屋敷にお越しいただけようか」





 14


「なるほど、返し矢か。

 その呪法は知っているし、豊葦原神族でも高位の神なら誰でも使えるが。

 よくあの場面でそれを思いつかれた」


「いや、それは思いつかんじゃろう。

 兄者。

 狙って射たわけではないのだ。

 こんな危険な呪法を返してくるとは、いったいどこの誰じゃ」


 そうだ。

 返された矢には雉以外の血は付いていなかった。

 誰かに当たったのではなかったのだ。

 やはり、この返し矢には、傲慢が感じられてならない。


「それに思い当たられたサルタさまは、まことの賢者。

 コトシロさまに矢が当たっていたらと思うと、ぞっとしますわ」


 今、俺の前には、豊葦原神族の幹部が勢ぞろいしている。

 長のコトシロ。

 その弟分のミナカタ。

 コトシロの妻タマヨリ。

 タマヨリの妹でミナカタの妻トヨタマ。

 老いた男神ヤマツ。

 真っ白な肌の子どもの姿をしたミジャグジ。


「本当にそうですわ、姉様(ねえさま)

 それにコトシロさま。

 サルタさまは、叡智をお持ちなだけでなく、深い慈悲の心をお持ちなのですわ」


「ほう?

 トヨタマは、なぜそう思う?」


「今朝ほど、河口のあたりで、皮が赤むけたウサギが苦しんでいました。

 旅人が通りかかって、岩塩を体に塗って山の風に当たればよいと嘘を教え、その通りにしたウサギはいっそう苦しんでいたのです。

 そこにサルタさまが来られて、真水で体を洗い、ガマの花粉を体中につけるよう教えなさったのです。

 その通りにしたウサギは、毛が元通り生えて喜んだのですが、そのときにはサルタさまはもう、立ち去っておられたのです。

 一部始終を妹のソトオリが見ておりました」


 いや。

 見てたんなら助けようよ。

 と俺は思ったが、口にはしなかった。


「そうか。

 そして私を助けてくれたのだな。

 サルタ殿。

 あらためて御礼申し上げる」


 豊葦原の神々が、一斉に俺に頭を下げた。

 ステータスは見られないが、好感度が軒並み上昇してるだろう。

 彼らは、名とともにそれぞれの能力まで明かしてくれた。

 それぞれ大変強力なスキルを持っている。

 うまく連携して戦えば、高天原神族にも勝てるかもしれない。


 サルタでなくスクナを選んでいたら、豊葦原神族とパーティーを組むことになったのではないだろうか。

 特に根拠というほどのものはないが、ゲーム構成からすると、それが自然に思われた。


「ふおっほっほ。

 それにしてもサルタさま。

 もう少し早くお越しになっておられたらのう。

 この二日というもの、わしらは、昔語りのような冒険をしておったのじゃ。

 ご一緒したかったわい」


 あ、やっぱりね。


「じい。

 それは言うてもせんなきことよ。

 新しい友を得られて、まことに愉快。

 今夜は皆で飲み明かそうぞ」


 いや、コトシロの旦那。

 それはうれしいんですけどね。

 俺はクエストを進めないといけないんで。

 ってゆーか、夜九時になったらゲームは終わってますがな。


 うーん。

 豊葦原側で顧客がプレーできるキャラは、ミナカタ、タマヨリ、トヨタマ、ヤマツ、ミジャグジかなあ。

 コトシロはSCスタッフ・キャラクターだよな。

 豊葦原側のほうが、パーティー人数多いみたいだな。

 あれ?

 たしか主役以外に八人がプレーできるんだよな。

 てことは、ヤタもPCプレーヤー・キャラクターか!


 と、ミジャグジが初めて口を開いた。


「誰か来る。

 とても強い力を持った者たち。

 とても強い敵意を持った者たち。

 来る」





 15


 美しきヒミコ。

 赤髪を逆立てたカグツチ。

 ごつごつした巨漢ミカヅチ。

 真っ黒な翼に身を包み、金色の目を猛禽のごとく光らせた少年神ヤタ。


 高天原神族の最高神たちだ。

 コトシロの館に向かって近づいてくる。

 俺の仲間だったはずの神々。

 横に並んでたときは思わなかったけど、こいつら怖い。


 いずれも一騎当千の戦闘力を持っている。

 カグツチの発火能力は巨木をも一瞬で焼き尽くす。

 攻撃半径はおよそ十メートル。

 ミカヅチは大力の戦士で、物理攻撃にはほとんど無敵。

 しかも百メートル先まで届く雷撃が撃てる。

 ヤタは、空を飛ぶ速さはサイボーグ002に匹敵し、地を駆ける速さは009に匹敵する。

 範囲攻撃以外は当たらないといってよく、その速度で振るわれるかぎ爪は戦慄すべき威力だ。

 ヒミコの桁外れの攻撃力はいうまでもない。


「サルタ殿。

 こんな所におられたのか。

 お探ししたぞ。

 無事でよかった」


 ヒミコが俺に向けた目には、しかし冷たく厳しい光が宿っていた。


「豊葦原の神ども。

 ここにおわすは、高天原神族の長にして、おのころ島至高の神ヒミコさまじゃ。

 控えよ!」


 いや、カグツチ君。

 番組終わりごろの水戸黄門じゃないんだからさ。

 そんなに高圧的にいかなくても。

 ほら。

 豊葦原神族の人たち、反発してるよ。


「高天原の神たちよ。

 こちらにおられるのが、豊葦原神族の長にしておのころ島の究極神コトシロさまじゃ。

 人の縄張りに踏み込んだら、それなりのあいさつがあるんもんじゃねえかな」


 ミナカタ君も負けてないね。

 しかし至高に対抗して究極って、何なの?

 料理対決にもっていくつもりですか。


「さきほど、ヒミコさまに向かって矢が飛んできた。

 幸い、ヤタがつかみ取ったから大事に至らなんだが、まことに不遜の極み。

 おう!

 あの矢は誰が射たんじゃいっ!」


 カグツチ君。

 キミはそうでなくてもファイアーなキャラなんだから、少し冷静になろうね。


「それは私が射た。

 ヒミコ殿に向かったとは、まことに相済まん。

 許されよ。

 だが、狙ったわけではなく、雉を射た矢が飛びすぎたのだ。

 悪意があったのではない」


「何じゃと!

 ヒミコさまに当たりかねん矢を射ただけで、万死に値する大罪。

 そんなことも分からんのか!」


 だから、ファイアーくん。

 ちょっと理性的に会話しません?


「やめよ、カグツチ。

 言い過ぎじゃ。

 それが本題というわけではないしな。

 そなたがコトシロ殿か?」


「いかにも。

 お初にお目にかかる。

 ヒミコ殿。

 ほかの神々もようこそ。

 立ち話もなんだな。

 まずは屋敷に上がられよ。

 うまい麦茶が煎り上がったところだ。

 馳走しよう」






次回9月25日

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