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第5話


 6


 メンバーが集まり、俺たちは昼食を取った。

 果物と肉の食事だ。

 とてもうまいのだが、なぜか酒はない。

 高天原(たかまがはら)には酒はないのだそうだ。

 酒のない高天原とは恐れ入る。

 日本神話にケンカ売る所業だな。


 高天原の神々は、自分で自分のスキルを知らない、という設定になっていることが分かった。

 俺が聞いて初めてその能力は明らかになる。

 それも、こんな能力を持ってませんか、という聞き方をして、それが当たっていた場合のみ、これこれの能力を持っておりました、と答えてくれる。

 つまり、俺が言い当てた能力だけが、使用可能になるわけだ。

 取り急ぎメンバーの能力を確認した。


 一人目は、カグツチ。

 剣士。

 発火能力がある。

 性格も相当に攻撃的だ。

 ファイアーなファイターね。


 二人目は、ミカヅチ。

 槍使い。

 雷を起こす能力がある。

 体がすごく大きく、力も強いようだ。

 力比べ大好きおじさんだった。


 三人目は、ヤタ。

 小柄な少年で、飛行能力がある。

 一人なら誰でも連れて飛べるようだ。

 服装は黒いけど、性格は素直っぽい。


 四人目は、タヂカラオ。

 格闘家。

 硬い物を砕く能力がある。

 名前に反してスマートな青年。

 物静かな武人って印象。


 このうち、ヒミコの判断で、タヂカラオが高天原に残留することになった。

 タヂカラオは悔しそうな顔をしつつ、ぐっと我慢してた。

 男らしくてかっこいいやつだ。


 ウズメちゃんは、いなかった。

 そんな神は高天原にはいない、と聞いたとき流した涙はいい思い出だ。

 取り乱して暴れたことは忘れることにしよう。


「サルタ殿。

 わたくしと、カグツチ、ミカヅチ、ヤタの四名がお供いたす」


「うむ。

 よろしくお願いする」


 〈カグツチがあなたのパーティーに加入しました〉

 〈ミカヅチがあなたのパーティーに加入しました〉

 〈ヤタがあなたのパーティーに加入しました。パーティー人数が上限に達しました〉


 さて、これで何人かSCが確定したな。

 ヒミコ、カナヤマ、タケル、タヂカラオ。

 この四人はスタッフだ。

 パーティー入ることもあり外れることもあるキャラクターを顧客にやらせるとは思えない。

 ヤタもスタッフくさい。

 姿が少年だからだ。

 ERは十八歳未満ではプレーできない。

 見た目や声はVRで補正できるが、プレーヤーは夜の休憩にはリアルの姿を見せ合うことになる。

 いい年をしたじじいが少年のロールプレーをしてたら、かなり恥ずかしい。

 だが、そういうのが平気な、むしろ楽しいプレーヤーもいるから、絶対とはいえない。


 ヒミコの役回りも分かった。

 アマテラスのポジショニングなのだ。

 属性も太陽神だったし、まず間違いない。


 このあたりを総合して考えると、このゲームでは、登場する神々は日本神話の神々をモデルにしているが、厳密に神話をなぞって作ってはいない。

 大らかに神々の関係性や指向性、能力などを推察する手掛かりとなる程度だ。

 あえてアマテラスにしなかったのも、そこを気付かせるためもあるだろう。


 そして、大まかな世界観が分かった。

 この島は、おのころ島という。

 周りには、大八洲(おおやしま)という島々がある。

 おのころ島は、高天原(たかまがはら)豊葦原(とよあしはら)に分かれている。

 両者のあいだは、岩戸と呼ばれる境界で隔てられ、ふつうは行き来できない。

 大八洲のそれぞれの島も、高天原と豊葦原のどちらかのエリアに属している。


 少し前、大八洲の一つであるサドで、異常が起きた。

 ヒルコと呼ばれる強大な邪神が大量に発生しているのだ。

 ヒルコは増え続けており、このままではおのころ島が危機にさらされる。

 だが、サドは豊葦原エリアにあるので、高天原の神々は行けない。


 境界を渡れる神の仲間にしてもらえれば、岩戸を越えることができる。

 巫女たちの占いにより、今日この場所に境界を渡れる異界の貴神が現れることが分かったというのだ。


 これがクエストだな。

 とにかくこのクエストをクリアする。

 そうすればその次の道が示されるはずだ。

 あ、マンゴージュースを持ってきてくれた女の子、かわいい。


「そなた、名前は?」


「は、はい、サルタさま。

 シズ、と申します」


 シズちゃんかあ。

 急に庶民的な名前になったな。

 ……待てよ。

 シズ。

 倭文神(しずのかみ)か!

 つまり天羽槌雄神あめのはづちのおのかみだ。

 女神(じよしん)だと解釈したわけね。

 とすれば機織りの祖神なんだから。


「ふむ。

 そなた、(きぬ)を作れるのではないか?」


「えええっ?

 わ、私、そんな。

 あ。

 で、できます。

 できそうです」


 そうして彼女は祝詞を唱え上げて宇摩志(うまし)阿斯訶備比古遅神(あしかびひこぢのかみ)の神徳を引き出し、色とりどりの美しい絹がそこに現れた。

 居合わせた神々は目をむいて驚き、喜んだ。

 絹を手に取っては、きゃあきゃあわいわい騒いでいる。

 それから俺を取り囲んだ。


「サルタさま。

 わしの能力をお教えくだされ!」


「私もお願いします!」


「私も」


「それがしも」


 収集がつかなくなりそうだったが、ヒミコが強権を発動して一同を黙らせ、ヒルコの件が片付いてからにせよ、と言い渡した。






 7


 岩戸というのは、岩でできた巨大な鳥居だった。

 俺は鳥居をくぐって向こう側に行った。

 おおお、と一同がどよめいている。

 続いて、ヒミコが、カグツチが、ミカヅチが、ヤタが鳥居をくぐった。


「おおっ。

 通れたのう」


「通れましたね」


「さすがはサルタさま」


 などと言い合っている。

 そんなに大層なことなのだろうか。

 居残り組のタヂカラオが恐る恐る鳥居をくぐろうとした。

 突然、巨大なハリセンで牛をひっぱたくような音がして、タヂカラオが吹き飛ばされた。

 タヂカラオが首に掛けていた曲玉がミカヅチの足元に飛んだ。


「あいかわらず無鉄砲なやつじゃわい」


 と言いながらミカヅチは曲玉を拾い、仲間に介抱されているタヂカラオの足元に投げ返した。

 なるほど。

 品物は通れるんだね。






 8


「サルタ殿。

 あれがサドじゃ」


 キミはマゾかい、と返しそうになる自分を押しとどめた。

 海風に髪をなびかせるキミも素敵さ。

 りりしさが一割アップしてるな。


 [好感度]-1/-10〜10


 まだ怒ってるんですか、そうですか。

 しかし遠すぎて何が何だか分からんな。

 ん?

 サドの手前で、海から岩が突き出してるな。


「あそこに岩場があるようだが。

 ヤタ殿」


「はーい」


「お手数だが、ひとっ飛びして、あの岩場の様子を見てきてもらえぬか」


「りょーかい。

 行ってきまーす」


 ぱさりと漆黒の翼を広げ、とんと崖を蹴って飛び出したかと思うと、海面すれすれまで滑空して揚力をため、ぐんぐんと空にのぼっていく。

 その姿を目で追えば、海の青から空の青への色の変化に、そして雄大な水平線が開け行くさまに、思わずため息がもれる。

 いい映像だ。

 素晴らしい。

 どこまでがリアルで、どこまでが立体映像で、どこからがVR補正なのか、いちおうプロである俺にもさっぱり分からん。

 ヤタの偵察で、じゅうぶん一行が乗れる状態だと確認できたので、一人ずつ運んでもらった。


 カグツチとミカヅチの二人は、たぶんPC枠だ。

 こうしたゲームではキャラクターの行動には、かなりの自由が与えられている。

 SCは、与えられたガイドラインに従って行動するが、PCは何をやらかすか分からない。

 コアなゲーマー、特にプロのテスターをやるようなやつは、徹底的に自分の役にはまり込むからだ。

 仲良く助け合うふりをして最後に仲間を出し抜いたり殺したりして、クエスト達成の名誉や希少アイテムを独り占めにするなど、彼らには当たり前なのだ。

 彼らは徹底的にキャラクターを作り込み、なりきる。

 たった三日で終わるゲームを、彼らは一つの人生として生ききるのだ。

 まあ、今回はPC枠もスタッフ側の人間がプレーしてるんだから、そう心配する必要はないだろうが。


 さてと。

 この距離ならサドで起きていることが肉眼で見える。

 真っ黒なタカアシガニみたいなやつが、無数に島の上をはい回っている。

 形は一体一体、ずいぶん違うようだ。

 あれがヒルコか。

 爪は岩をも砕き、毒の息を吐くらしい。

 大きいものだと、体高は五メートルを越えるという。

 体の一部をもがれても、すぐに再生するのだそうな。

 もはや怪獣。

 神力がなければ戦えない相手だ。


「うーん。

 なるほど。

 今にも島からあふれだしそうな勢いだ」


「その通りじゃ。

 サルタ殿。

 ヒルコは本来黄泉(よみ)のもの。

 サドの地下に、黄泉とつながる穴が開いてしまったのかもしれぬ」


 どうやって倒したらいいんだろう。

 つか、あんなもん、まともに戦って全滅させられるもんだろうか。

 ここに来るまでにいろいろ試してみた。

 カグツチの火炎攻撃は、非常に強力だが、有効射程距離は十メートルほどだ。

 ミカヅチの雷撃は、百メートルぐらい届くが、この場合まったく足りない。

 ヤタにミカヅチを運んでもらえば攻撃できなくはないが、ずいぶん手間もかかるだろうし、あまり近づきたくない相手だ。


「ふむ。

 ヒミコ殿。

 あなたならどうか」


「え?

 わたくしには、遠くを攻撃する能力など」


 あれ?

 ああ!

 いかん。

 ヒミコには、能力を教えてなかった。

 テストもしてない。


「ヒミコ殿。

 あなたには、日輪招来という神力がある。

 それを撃ってみていただけまいか」


「なんと!

 わたくしにそのような力が。

 ……確かにあるようじゃ。

 どのくらいの強さで撃てばよいのであろう」


「攻撃力の上限が知りたい。

 最大限の威力でお願いする」


「承知した」


 うなずくと、ヒミコは持ち歩いている携帯用幣帛(へいはく)を目の上に掲げて祝詞(のりと)を唱え始めた。


「掛け巻くも尊き天之御中主神あめのみなかぬしのかみ宇豆(うず)御前(みまえ)幣帛(みてぐら)捧げ奉りて(もう)さくは、天地(あめつち)(はじま)りしそのかみより汝神(いましかみ)稜威(みいつ)常世(とこよ)現世うつしよの隔てなくなべてを護り育み」


 おおお!

 出たよ、日本神話の最高神。

 古来、身分の低い者が高い者の名をじかに呼ぶことは忌避された。

 神の名ともなればなおさらで、しかるべき職分と権能を持つ者以外が呼ぶことなどあり得なかった。

 いや。

 高位の神官といえど、しかるべき備えなしに力の強い神の名を唱えてその神威を引き寄せてしまったら、どんな天変地異が起きるかもしれなかった。

 庶民は、祭りの場でだけ、普段聞くことも話すこともない神名を聞いた。

 その尊さ恐れ多さに感動し涙したに違いない。


「軽き物清らかなる物上りて凝るを(かい)となし、重き物濁りたる物下りて固まるを(びやく)となさば、おのころ島、大八洲、固め成し、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)神産巣日神(かみむすひのかみ)の御徳遍く満ちとおり、()れ万物の(もとい)深くも(たし)に調いて(いまし)ら三神は身を隠し給い」


 ちょ。

 造化三神総出演ですかー!?

 神名とその神徳を声に出して()り上げるってのは、最高に強力な呪的行為なんですけどー。

 創世神話から国土固成まで、もろに(とな)え上がってますけどー。

 うわっ。

 か、感じる。

 とんでもない量のエネルギーが集まってきてる。

 肌がちりちり焼けてるよ。


宇摩志(うまし)阿斯訶備比古遅神(あしかびひこぢのかみ)(もち)て高天原成り固まり、天之常立神(あめのとこたちのかみ)(もち)て豊葦原成り固まり、二神は身を隠し給い」


 をいっっっ。

 造化三神どころか別天津神五柱ぜーんぶ()びやがったよ。

 こんな大それたことできるってのは。

 俺はヒミコの神格を見誤ってたかもしれん。

 こいつ、ただもんじゃねえ!

 

伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)(のみこと)(もち)て豊葦原は瑞穂国(みずほのくに)となし青人草(あおひとくさ)(うまわは)り、高天原には五百(いも)神、豊葦原には五十(いそ)神、大海(わだつみ)には八十やそ()()し」


 も、もうやめてくれっ。

 って、途中で邪魔したらかえって危ないけど。

 こ、こんなエネルギーをまともに攻撃につかったら。


「伊邪那岐伊邪那美命、根の国底の国に(くた)り給い、伊邪那美命黄泉国(よみのくに)知ろしめし、伊邪那岐命常夜国(とこよのくに)知ろしめし給えば」


 何もかも吹っ飛んじまうんじゃね?


諸神(もろかみ)神御徳(かんみとく)(もち)て、(あま)つ日の御照(みて)らし()(まね)き、佐渡島(さどがしま)五月蠅(さばえ)なす邪神(まがつかみ)我加良(がから)我加良(がから)()(くた)ちませと、(かしこ)み畏も白さく」


 いつの間にか空は曇り、ぐおんぐおんと音を立てながら灰色の雲がうねっている。

 その雲の切れ間から一筋の光の帯がサドに降りたかと思うや、突然巨大な光の柱がサド全体を覆って立ち上り。

 一瞬すべての音が消え。


 世界がはじけた。


 すさまじい轟音ととにに突風が押し寄せ、俺は宙に巻き上げられ、海にたたき落とされた。

 巨大な津波が起こり、何もかもを押し流していく。

 俺は深い深い海の底に沈んでいった。

 明滅する意識の中で、何か温かく優しいものに抱かれたのを感じた。

 闇に落ちる寸前、虹色に輝く尾びれを見たような気がした。







次回9月16日

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