第1話 プロローグ
窓のない地下の部屋。
灯りは傘をかぶった魔石式の白熱電球一つだけ。
その真下には素っ裸の男が簡素な鉄製の椅子に手足を縛りつけられ項垂れている……。
そんなみじめな男を見下ろしながら、シャツの袖をまくり上げる男が一人。袖から覗く腕にはびっしりとタトゥーが彫られ、堅気の雰囲気はみじんも感じられない。
そしてそんな二人を囲むように十人近くの男たちが、これから起こるであろう暴力に期待しニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
「お前……これからどうなるか分かってんのか?」
数刻後に行われる凄惨な暴力を想像させるためか、タトゥー男が裸の男に尋ねた。
裸の男は項垂れていた顔を上げる。
しかし、なぜかその顔は恐怖ではなく笑みが浮かび、目の前のタトゥー男を馬鹿にしているように見える。
「……もしかして手でしごいてくれるのか? それならちゃんと唾で濡らしてからにしてく――ガハッ!!」
言い終わる間もなくタトゥー男の拳が裸の男の顔面に突き刺さった……
――あ〜あ……まったく余計なおしゃべりしやがって……。
そんな事を考えているのが、この物語の主人公である男……そう俺だ。
さて、俺はどこにいるか分かるかい?
タトゥーの男?
それとも周りを取り囲む男どもの中の一人?
――答えはノーだ。
正解は、もちろん皆の注目を集めている素っ裸の男が俺。
昔っから、母ちゃんにあんたは一言多いって怒られてたのをすっかり忘れてた。
俺の冗談を聞き顔を真っ赤にして怒りをあらわにするタトゥー男。
「っざけんじゃねぇぞ!! お前の命は今俺が握っているって分かってんのか!?」
怒った男に顔を上げもう一度笑いかけてやる、今度はウィンクもつけて。
「俺のイチモツもついでに握るって――ガッ!!」
放っ面に拳が飛んできた。
脳みそに氷の塊を突っ込まれたかと思うほどの衝撃に痛みと涙で視界がぼやけ、鼻血が垂れる。
せっかく場を和ませてやろうっていう俺の気遣いを無駄にしやがって。
どうせベッドの中じゃ独りよがりのセックスをするんだろうよ。
そう思うとまた笑いがこみ上げてくる。
「ククク……」
「このくそボケ!! いつまでその減らず口が続くか見ものだな!?」
髪を掴み上げて無理に顔を持ち上げられる。男は完全に怒り心頭、目が血走っていた。
俺は男の質問にどう答えようかと頭を巡らせる。
そんな時また母ちゃんの言葉が頭をよぎった。
『あんたの減らず口は死んでも治らないよ!!』だとさ。
つまり俺のこの口は死んだって動き続けるってことだ。
「俺を黙らせたきゃ、その可愛らしいお口でキスでもす――ッ!!」
また殴られる。自分でも止せばいいとは思うんだがついつい口から言葉が出ちまうんだから、仕方ねぇ。
アッパー気味に入った拳は俺の奥歯を砕いた。口の中でじゃりじゃりと細かく砕けた歯の欠片が踊る。
貧乏性の俺は自分の歯を飲み込んだ。
「てめぇ自分がどういう状況なのか分かってんのか!!」
言われなくとも、この状況がまずいってことはちゃんと理解しているつもりだ。
――さてさて、女装ゴリラとのデートの約束の時間は……っと。
周りを見回すが暗い地下室に時計なんて便利なものは無い。
あるのは血が染み込んだ床と汚ねぇ歯をむき出しに笑う男どもだけ。
さあて『灰被り姫』でもない俺にゃ十二時の鐘の合図もないし……、いつまでこの素敵な時間があとどれくらい続くのか知るよしもない。
それなら暇潰しがてら話しに花を咲かせることにしようと、俺は血だらけの口を見せて笑う。
「知ってるか? この前の通りにあるバーガー屋のピクルスが最高に不味いんだ。あんたも食ったことある?」
「こンの野郎ッ!!」
楽しいひと時を一緒に送ろうって俺の気遣いのどこが気にくわないのか、今度は男が椅子の座席からぶら下がっている金玉を蹴り上げやがった。
さすがに痛みに慣れている俺にもこれは効く。空前絶後の痛みに呼吸が止まる。
「……グゥゥッ」
ゲロ吐きそう……。
金のためとは言えそろそろ我慢の限界が近い。
男どもは、やっと期待通りの反応が俺から出たと喜びの歓声が上がった。
冷や汗流しながらタトゥー男を見れば得意満面でご満悦の様子だ。
俺は再び顔を下げ、金玉ちゃん安否を確かめる。
生まれた時から仲良く俺の股にぶら下がる可愛い双子。右玉と左玉、共に無事だ。
鈍痛は続くが一安心したところで、やっと王子様との逢瀬の終わりを告げる十二時の鐘が鳴る。
「随分と楽しそうなことしてるじゃないか、ディッチ?」
俺の名を呼ぶ野太い男の声が部屋の中に響いた。
俺を取り囲む男たちがギョッとした顔をして声の主を見る。
いつ入ってきたのか、唯一の出入り口である鉄製の扉にもたれかかる不自然にでかい女のようなシルエット。奴こそが男達にとっての十二時の鐘。俺にとってはシンデレラの魔法使い。
「だろ? あんたも混ざるかい?」
俺はでかい影に笑いかける。
それを受けて彼女?からうんざりしたため息が返ってきた。
それと同時に不意をつかれ驚いていた男どもが、突如現れた不審者が女だと分かり空気が色めき立つ。
だから俺は彼らに忠告を与えてやる。
「あんたらそいつに手を出すのは、やめといたほうが良いぜ。そいつ男だぞ?」
徐々に目が慣れ始め、壁にもたれかかるように立っている者の正体がはっきりと見えてくる。
それは禿げ上がった頭を隠すことなく、ひげを蓄えたマッチョなオッサン……なのだが、何故か不釣り合いな女物の真っ赤なドレスとサイズの合っていないヒールを履いて煙草に火をつけている。
彼こそが恥ずかしながら俺の相棒……。
女装変態親父ことアルフレッド”ザ・ビッグパパ”レオナルディである。
そんなこと知りもしない男たちはあまりの不気味な光景に怯んだ。
「んだよ。これからいい所だったのに……」
アルが可愛くもない口をとがらせる。
「来るのが遅ぇよ」
「ちゃんと来たんだから文句言うな」
「あんたにゃ五分前行動って……」
俺とおっさんの会話が続く中、仲間外れにされた子供の様にタトゥー男が声を荒げる。
「うるせぇぞっ!! 仲間が一人来たくらいでいい気になるんじゃねぇ!! 女だろうが男だろうがかまやしねえ。これだけの人数がいるんだ。一斉にかかれば……」
そう言って威勢よくアルとの距離を詰めていくと、手下の男たちも彼の後に続くようにアルに近づいていく。まるでアヒルの親子だ。
アルはやる気を出した男たちの視線を受けて嬉しそうに笑うと、煙草を投げ捨てドレスと同じ真っ赤なヒールで火を踏み消した。
「……やべ」
アルの奴やる気満々だ。
手下はともかくタトゥー男は生かしておかなければ、金が入らない。
「おーい、あんたらの相手は俺だろー?」
俺と椅子を繋ぎとめる縄を引きちぎる。
その光景に男どもは目を丸くして驚いた。
それもそうか……剣と魔法の時代が終わりを告げて久しい現在、この程度の肉体の強化も珍しいと言えば珍しい。
おっさんは誰も部屋から出られないよう扉の前で仁王立ちをしてみせた。これで誰もこの地下室からは逃げられない。
この状況に持ち込むためにどれだけ苦労したことか。
「……シアン・ベルリアン。三件の強盗殺人に違法薬物売買の罪であんたについた300万の賞金いただきに来たぜ」
タトゥー男もといシアン・ベルリアンが渋い顔を作る。
「お前、賞金稼ぎだったのか?」
ギリリと奥歯を噛みめ怒りを露にした。
「その通り。社会不適合な人間にはぴったりな商売さ」
シアンに会うため、俺はわざわざ馬鹿な観光客のふりしてギャングに喧嘩を売ってここに拉致されたってわけだ。
「さ、こっからは俺の番だ。遊ぼうぜぇ」
銀幕のカンフースターをきどってカモンと掌を上に向け、おいでおいでと合図を送る。
「手前ぇら、この舐め腐った男をやっちまえ!!」
挑発に乗ったシアンの部下たちが俺に襲い掛かる。
襲い来る男、まず一人目。
相手のステップインに合わせて膝関節を押すように蹴ってやる。鈍い音を立て、膝が逆に曲がり悲鳴が上がる。
二人目。
飛んでくる拳を左手でいなし、掌底をアッパー気味に顎に打ち込む。
ポップコーンが爆ぜるように男の歯が弾けた。
続いて三人目……と思いきや、いきり立った四人目が順番ぬかしで俺の背中を羽交い絞めした。
「ちゃんと順番守りましょって、母ちゃんに教わらなかったの……かッ!!」
俺は後頭部を四人目の顔面に打ち付ける。ぐしゃりと鼻が砕ける感触と、飛び出す鼻血。背中に回った男の腕を引きはがし、順番待ちの三番目に笑いかけてやる。
「待たせたな」
拳を振り上げたまま固まる三番手の顎を拳で打ち抜き、おねんねさせてやる。
続く五人目、六人目……。
順番通り向かってくる男達の顔面を蹴り上げ、近ければ肘を顔面の鼻っつらに叩きつけた。
あっという間に十人足らずの出来損ないが床に転がる。
「フフフ~ン」
俺は鼻歌混じりで最後の一人、シアンに近づく。
「く、来るな!! 来るんじゃねぇ!!」
シアンは懐から魔銃を取り出し、俺に向けてくる。
「そんなもんで俺がびびって止まると思ったら大間違いだぜ。俺ちゃんの金玉蹴った罰をくれてやる」
近づく俺に、いよいよ行き場のなくなったシアンが魔銃の引き金を引いた。
狭い地下室を一瞬、銃弾に詰め込まれた火と風の混合魔石が放つ独特な爆発音とマズルフラッシュが明るく照らし出した…………。




