第34話 「惑星カティアス降臨までの日々⑤―禁忌の魔法陣―」
前回に続いて、王国騎士団団長のクラウス・フォン・シューバート子爵だ。
兄貴にニックスから加護を受けたと伝えた時の、あの驚いた顔。思い出しただけでも笑いが出てくる。
義姉上も、涙を浮かべて喜んでくれた。義姉上は、俺が騎士団の団長に就任した時も、自分の事のように、本当に喜んでくれたが、今回も、俺がもらい泣きしそうになるくらいに、喜んでくれた。
昔からいる執事やメイドたちも、本当に喜んでくれた。嬉しいよな。
もう引退しているけど、俺が子どもの頃の執事長なんて、涙腺が崩壊していたしな。俺、ちょっともらい泣きしてしまったよ。
本当はニックスを紹介したかったけれど、まだ生後数日だからな。もう少し大きくなったら、シューバート侯爵家の皆に紹介したい。
執事長、いや、元執事長の涙腺がまた崩壊するかもしれないけど。
異母兄たちの攻撃から身を挺して守ってくれたのが、元執事長のディディだ。
俺にとっては、じー様みたいな人なんだ。
正直、ディディに喜んでもらえた事が、一番嬉しかったな。
ニックスは、無事に自分の加護がクラウスに付与された事を喜び、尻尾をブンブンさせている。クラウスも、ニックスからの加護を受け、首から下がる、母狐の毛を封じた、スノウ・フォックスの尾を模したペンダントトップを何度も何度も指でなぞり、その嬉しさで顔が緩みっぱなしだ。
その様子を見ていたエルンストは苦笑いだ。
思い出すのはスタンピード鎮圧に向かっていた時。突如ルウィージェスから藍の加護が付いたと告げられた、あの瞬間。
あの瞬間は、加護を受けたという言葉に対する嬉しさだった。だが、体が震える程の喜びを感じたのは、加護を受けた事を本当に理解し実感したその夜。
野営地に建てられたテントの中。寝袋にくるまり、部下に気づかれぬよう、小さく開いた自分のステータス上に表示された『魔道神鳥のお気に入り』という文字を、何度も何度も指でなぞった。夢幻でない事を確かめるように、何度もステータスを閉じて開いて、その度に消えずに表示された『魔道神鳥のお気に入り』という文字。それで、ようやく実感が沸いた。その瞬間、体が震えた。嬉しくて嬉しくて、声を出して誰かに伝えたい衝動にかられた。
夜も更けた野営地でなかったら、自分の衝動を抑えることが出来なかっただろう。
クラウスはその衝動を、ペンダントトップを何度も何度も指でなぞる事で押さえているのは明らかだ。抑えきれない衝動が、顔の緩みとなっているのだ。
エルンストは何も言わず、左肩に乗る藍を撫でながら、クラウスが落ち着くのを待っていた。
そんな二人の様子を見ていたルウィージェスは、ふいに空腹を感じた。気づくと、かなり日が傾き始めていた。
いつもはエルンストが馬車で送ってくれるが、今日はクラウスが送ってくれると言う。
ニックスはクラウスと分かれるのを寂しがったが、まだ神獣となった母狐の母乳しか飲めない。一緒に帰宅する必要がある。なんとか宥め、馬車に乗せた。
聞くと、エルンストは翌日も出勤との事で、【風魔法:飛行】の魔法陣の確認と改編は明日することにした。
クラウスは非番だが、ニックスに会いにくると言い、ニックスと明日会う約束をした。
クラウスに加護を与えたニックスは、クラウスの言葉を理解できるようになる。同時に、クラウスも、加護を受けたニックスの感情が、これからよりはっきりと分かるようになる。
お互いに、少しでも多くの時間を過ごした方がよいのは確かだ。
それは、エルンストも経験している。
スタンピードの時よりもはるかに、今の方が藍の気持ちが理解できるのだ。藍が言わんとしている事が、なんとなく分かるようになってきたのだ。
特に、藍が宮廷魔術師団に出勤するようになり、一緒にいる時間が増えて以降、顕著にそれを感じている。
その日の夜の夕食後、クラウスは実家であるシューバート侯爵家に、妻エミリアを伴い出向いた。
勿論、長兄のオルトールドに自慢する為だ。
兄オルトールドは腰を抜かしそうになるほどに驚き、オルトールドの妻アイリスは涙を浮かべながら笑顔で喜んだ。
シューバート侯爵家の現当主は創造神の眷属。そして今日、その末弟は、創造神の実弟の魔導王の眷属の神獣から加護を受けたのだ。
シューバート侯爵家から創造神の眷属に選ばれた者は、過去にも複数人いる。しかし、加護を受けた者は、記録を見る限りはいない。クラウスが初だ。
夜もかなり更けていたが、こんなおめでたい事はないと、即席だが身内だけのお祝い会が開かれた。
クラウスを幼いころから見てきた古参の執事やメイドたちは、まるで自分の事のように喜んだ。
クラウスの襟元から光る物が見える事に気づいたのは、オルトールドの妻アイリスだ。
「そうそう、」と言いながら、ルウィージェスが作ったネックレスとペンダントトップを外し、皆に見せた。
それにまつわる話も、非常に盛り上がった。
当然のことながら、創造神の眷属であるオルトールドは普通に触る事が出来たが、妻のアイリスは、触れる事すら出来なかった。
翌朝、宮廷魔術師団の訓練場に行くため、屋敷を出たルウィージェス、カリン、藍とニックスだったが、藍は外に出た途端に飛んで先に「出勤」してしまった。それを見たニックスは激しく悔しがったが、大きくなったら早く走れるようになるからと、なんとか納得してもらう。その代わり、歩いて行くから道を覚えよう、と宥めた。
かなり自我が芽生えてきている。
嬉しそうによちよち歩く、そんなニックスを見ながら、野生の魔物と間違えて討伐されないように、首輪を作る必要があるな、とルウィージェスは考えていた。
亜神とはいえ、『神』の称号を持つ者を害すれば、創造神の神罰が落ちる。勿論ただの神罰ではない。極刑なんて生温いものではない。
うっかりでも、そんな目に遭う者を作ってはならない。とは言え、幼過ぎるニックスを守る手段は、そう多くない。
クラウスに相談する内容を考えながら、ルウィージェスが通う学校近くの公園を歩いていた時、ニックスが急にきょろきょろしだした。
ニックスが小さく「フォーン」と鳴いた。すると、公園のスタンドで飲み物を購入していたクラウスが声をかけてきた。手にはスタンドで購入したばかりと思われるカップを持っている。湯気が上がっている。
ルウィージェスの視線に気づいたクラウスは、昨夜は飲み過ぎた、と苦笑しながら言った。その理由は言わなかったが、察しは付く。因みに、中身はコーンスープだった。
この日は非番のためか、普段の騎士団の装いとは異なり、貴族の平服を着ていた。ただし、足元はカリンと同じく、鉄板入りの安全ブーツを履いている。
クラウスの胸元には、ルウィージェスが『錬金の加護』を与えたマリーに依頼して作った、ポーラータイの『聖石』アベンチュリンの留め具がある。本家シューバート侯爵家の紋章を少しだけアレンジした、シューバート子爵家の紋章が掘られている。
「あ、そうか。クラウス団長、エルンスト団長と同じく、ニックスの加護の影響で魔力が純粋化したから、しばらくは、魔力の調節が大変かもしれない。」
そう言いながら、アイテムボックス内で『大地と地下鉱物の権限』を発動させ、アベンチュリンを作った。
「ニックスから加護を受けたから、エルンスト団長と同じく、もう、古い魔素障害は一切受けないし、クラウス団長が魔法を放ては、古い魔素が浄化される。それに、魔力が純粋化したから、同じ魔法を発動させても、威力が今までとは比較にならなくなっているから、しばらくは調節が大変かもしれない。調節に慣れるまでは、聖石の方ではなく、こっちの普通のアベンチュリンの方が安全だと思う。」
そう言いながらクラウスにアベンチュリンを渡した。大きさは聖石と同じだ。
「なるほど。そう言えば、エルンスト団長も、しばらく、調節に苦慮していましたね。ありがとうございます。マリーにまた作って貰います。」
クラウスは受け取ったアベンチュリンと、胸元にある『聖石』アベンチュリンを手に取り、見比べてみた。
並べて見ても、全く見分けがつかない。だが、改めて普通のアベンチュリンを手に取って気づいたことがあった。
「ルウィージェス様、なんだろ、『聖石』の方から、力?みたいのを感じる?と言いますか、」
「あぁ、クラウス団長が感じているのは、ぼくの神力だよ。ぼくの眷属のニックスから加護を受けたからね。ぼくの神力を見る事は叶わないけれど、『守護の加護』を受けたんだ。感じる事ができるようになっていても不思議ではないね。それに、その聖石はぼくが作った物だから、ぼくの神力を感じたんだと思うよ。」
「これが、神力、ですか。あ、でも、エルンスト団長からそういう話は聞いたこと、ないな。」
「エルンスト団長には聖石を渡したことがないから、単に気付いていないだけだと思う。」
「あ~、そう言えば、確かに。それじゃ、エルンスト団長も、ルウィージェス様の神力を感じる事が出来る、という事ですか。」
「うん。あ、オルトールドさんは、姉さまの眷属だけど、姉さまの神力を感じる事は出来ないと思う。その能力までは与えていない筈だよ。」
「…大丈夫なのですか?」
思わず不安になるクラウス。不相応な能力を貰ってしまった気分になったようだ。
「ぼくの眷属の亜神たちが与えたのは加護の最上位、『守護の加護』だからね。それだけ本気だし、情誼を重ねていきたいと思っているんだと思う。」
クラウスは、先ほどスタンドで買った飲み物をカリンに頼み、足元で尻尾をブンブン振りながらじゃれているニックスを抱き上げた。
「ニックス、俺はもっと強くなるぞ。『魔道神獣の絆』の加護を受けた者として恥ずかしくないようにな。」
――――お前をがっかりさせないように、お前の期待に沿えるように、な。
ニックスは「くんくん」と甘えるように鳴いた。
ルウィージェスが、思い出したようにクラウスに伝えた。
「そうそう、ぼくが作った『聖石』には、異常状態を引き起こす毒や呪い系の魔法を無効化する働きがあるから、調節に慣れたら、『聖石』が必要になりそうな時には身に付けておくことをお勧めするよ。エルンスト団長は保持魔力が多過ぎるから『聖石』は使えないし、治療系の魔法を持っているから使う必要もないけれど、クラウス団長は光魔法が使えないから、いざという時に役に立つと思うよ。」
「え?ルウィージェス様は、初めからそれを見越して?」
「違う違う。ぼくは、魔導王であると同時に、妖精王でもあり精霊王でもあるでしょう?ぼくの力には、妖精王と精霊王の性質が混ざっていると言うか。妖精王と精霊王の性質として、異常状態無効化があるんだよ。だから、意図せずに、その性質が力に乗ってしまうんだ。」
「へぇ~、そうだったのですね。でも、なんか、イメージ通りって感じですね。」
妖精王も精霊王も、伝承や物語などで登場するが、クラウスもルウィージェスと出会うまでは、実在するとは思ってもみなかった。
しかし、妖精王と精霊王の魔力には『異常状態無効化』の性質がある、というのは、なんとなく、幼いころに読んだ物語から想像できるし、そういうイメージがあるのは確かだ。
左手にニックスを抱き、カリンからスタンドで買った飲み物を受け取り、三人は歩き出した。
ルウィージェスはクラウスと一緒に歩きながら、ニックスの首輪の件を相談した。
今後、藍と同様に騎士団に「出勤」するようになるなら、ニックスの迷子札に騎士団の紋章を入れておいた方が良い、となった。その裏にリリーエムラ公爵家の紋章を入れておけば、何かあった時、どちらかに連絡が入るだろう、と。
現在の騎士団の団長は、シューバート侯爵家当主であり王国の宰相の末弟である事は、余りにも有名だ。
王都内であれば、侯爵家当主・宰相の弟が騎士団長を務める騎士団と『不可侵家』リリーエムラ公爵家の紋章を持つニックスに、手を出そうとする肝の据わった者は、そうそういないだろう、とクラウス談。
ただ、騎士団の紋章入りのアイテムは個人では作れない為、騎士団の方で用意することになった。その後に、リリーエムラ公爵家の紋章を入れるのは、全く問題ない。
ルウィージェスと藍は、そのまま宮廷魔術師団の方に向かい、クラウスはニックスを連れて、先に武器加工部門棟に行く事にした。ニックスの首輪の迷子札の件を説明する必要がある為だ。
クラウスが受付をすると、奥から『鳥の森』でのエーギグ探しに参加したハンスが出てきた。ハンスは武器加工部門の副部門長。部門長は、今日は非番だった。
クラウスがニックスの説明をした。その際、自分もニックスから『魔道神獣の絆』の加護を貰った事を嬉しそうに話した。
「エルンスト団長が神鳥様から加護を頂いていると聞いた時、本当に腰抜かしそうになりましたが、団長まで神獣様から加護を頂くなんて!神鳥様も神獣様も、一生に一度見かけたら奇跡と言われる存在なのに…。」
ハンスはクラウスの膝の上で、歩き疲れからすやすやと眠るニックスに視線を移した。
藍の時は、余りの驚きに藍の姿を見る事すら憚れたが、クラウスの膝の上ですやすや眠るニックスは本当に小さく、庇護欲と保護欲がかき立てられる。
「神獣様はスノウ・フォックスの雄とのことなので、今はこのような愛らしいお姿ですが、いずれは2メートル弱位まで大きくなるでしょう。成長に合わせて首輪と迷子札を作り変えていきましょう。」
ハンスは一旦席を離れ、複数の素材を持ってきた。
「基本的に狐種は鼻が良く効くので、魔物や動物の皮が使えません。今の神獣様ですと、コルクで作るのが、一番軽くて丈夫かと思われます。コルクは比較的安価で、加工がしやすいので、これから成長期を迎え、頻繁にサイズ交換が必要になる神獣様の成長に合わせやすいかと思われます。迷子札ですが、軽さで言えばセラミックなのですが、このイルメナイト、チタン鉄鉱とも呼ばれていますが、自分としてはこれを推薦したいですね。これは火成岩に多く含まれるので、火山を複数抱えるこの大陸では、比較的入手しやすい鉱石です。硬いので加工に時間はかかりますが、丈夫ですので、これから更に活動量が増える神獣様がやんちゃされても、そう簡単に割れることはありません。」
それ以外に複数の素材を示し、その特徴を教えてくれた。
クラウスはハンスが示した素材に同意し、コルクの首輪とイルメナイトの迷子札を作成することにし、それまでの間は、騎士団の紋章が入ったリボンで仮首輪とする事にした。このリボンは表彰式などで使用されるものだ。
今日中にリボンで仮首輪を作成するとのことで、すやすや寝ているニックスを起こさないように、クラウスが首周りのサイズを測り、ハンスに正式に依頼した。
騎士団の訓練場に行くと、副団長のフィン・フォン・ホフマンが騎士団たちの訓練を見ていた。
副団長のフィンに、カリンが今日も特訓に付き合ってくれる為、カリン特訓組と魔術制御組に分けるよう伝えた。そして、クラウスは魔術制御の訓練組と一緒にいる旨を伝えていると、ちょうど、宮廷魔術師団の棟の方からカリンが現れた。
宮廷魔術師団の訓練場に行くと、納入する魔法陣を作成している組、ルウィージェスから魔石作成訓練を受けている組と、そして、大きく輪になって何かをしている組に分かれていた。
エルンストは左肩に藍を乗せ、輪の中にいた。
クラウスが声をかけると、エルンストが振り向いた。
「おはようございます、クラウス団長とニックス。」
「エルンスト団長、おはようございます。今日も騎士団の魔力制御の手伝い、よろしく頼みます。」
体力充電が終わったのか、ニックスがもそもそと起き出した。エルンスト団長と藍を認め、「クンクン」と挨拶した。
エルンストは魔石作成訓練組から二人ほど選び、クラウスはその二人と共に、騎士団の魔力制御組へと移動し、魔石作成訓練班の様子を見ていたルウィージェスは、エルンストの横に移動した。
輪になっている魔術師団は『魔物再現魔石』を使って、角兎を呼び出し、魔力制御の試験を行っていた。
今日はザビーネが非番のため、エルンストは魔力制御組の近くで、【風魔法:飛行】の改編作業することにした。
初めに、エルンストが【風魔法:飛行】の魔法陣を描き、それを基にルウィージェスが自分で魔法陣を描いた。
ルウィージェスが魔法陣を再現して分かったのは、その魔法は非効率な【風魔法:浮遊】に【風魔法:移動】を強引に混ぜ込んだ、「飛行」とは名ばかりの、「浮遊移動」であり、速度を付けて物を飛ばす事を目的としていない魔法陣だった。
「これ、強いて言えば、引っ越し作業の時に、重たい物をゆっくりと移動させる事を目的として作られた魔法陣じゃないかな?」
ルウィージェスが呟いた。
「え?それでは、そもそも攻撃魔法ではない、と?」
「うん。なぜこんなに非効率的な【風魔法:浮遊】の魔法陣を作ったのか、ちょっと分からないんだけど。もしかして、当初は、もうちょっと別な用途で使う予定だった…のかな?そのくらい、攻撃魔法からはかけ離れていると思う。」
一旦言葉を切り、ルウィージェスはエルンストを見て続けた。
「それでね、ぼくが一番わからない部分がここでね。」
そう言うと、ルウィージェスは再現している魔法陣を拡大した。
「ここの部分なの。一回、【魔法陣読解】で魔力流すね。」
ルウィージェスはもう一つの魔法陣を作った。
「見てて。」
ルウィージェスが魔力を流すと、いつも通りに可視化された魔力が流れて行く。しかし、ルウィージェスが指摘した部分にくると、魔力の流れが阻害され、一定の量の魔力が溜まると、傍にある線から魔力が流れて行った。
「ね?ここに謎の溜めがあるんだ。」
ルウィージェスはもう一度魔量の流れを再現した。
「確かに、これは謎な溜めですね。」
エルンストも頭を傾げる。
通常魔法陣内に流す魔力は、出来る限り素早く流れるように作成するのが基本であり、魔力消費量を押させるための絶対条件でもある。
「ここ、明らかにいじっているんだよ。」
エルンストも自分で魔法陣を少しずつ動かしながら、その溜めの理由を導き出そうとしていた。
「少なくとも、私が学んできた魔法陣の歴史の中にも、このような技法はありません。しかも、これに近い形も存在していないので、新しく作ろうとした、と考えるのが自然かと思いますね。」
エルンストは、自分の返事に対するルウィージェスの反応に僅かな違和感を覚えた。何か、安堵したような感じがした。
安堵するような要素は特に思い当たらない。
「これに関しては、ぼくもちょっと考えてみるよ。ただね、これ、魔導王として言っていいのか、ちょっと悩むところなんだけど、」
そう言いながら、ルウィージェスは後ろで『魔物再現魔石』を使って、角兎を呼び出し、魔力制御の試験を行っている魔術師団をちらっと見た。
そして、神術で結界を張った。
「これは誰にも言わないで欲しいんだけど、下手に実験されると困るから団長にだけは伝えておこうと思う。と言うか、団長なら出来ちゃう可能性があるから。」
ルウィージェスの真剣な声に、エルンストも姿勢を正した。
「魔力を魔法陣内に溜めて発動させる魔法に、【時限爆弾】というものがある。これは、高度な魔法で、緻密な魔法陣と魔力制御が必要になるから、そう簡単には作れないし発動も出来ないんだけどね。ただ、過去にそれに近い物を作ってしまった人がいるらしい。姉さまはそれに近い魔法陣は全て神術で発動させないようにして、その記録と記憶を全て消去してきた、と聞いてる。なぜ、姉さまがそれを禁忌としてきたか、と言うと、それを完全に制御できるだけの魔力制御力を持った人が過去にいなかったから。高度な魔力制御力を持たない者が、その魔法陣を発動させようとすると、魔力を流した瞬間に、その『魔力の溜め』の量に比例した規模の大爆発を引き起こしてしまうから。【時限爆弾】という名の通り、本来は、特定の時間に発動させる事を目的としているのだけど、それを確実に行うためには、完璧な魔法陣とそれを完璧に制御できる魔力制御力の二つが揃っている必要がある。今回の魔法陣は、『魔力の溜め』の近くにそれを誘導する術式の組み込みはないし、そもそもこの魔法陣は攻撃魔法ではないから問題なかったけれど、これがもし攻撃魔法陣だったら、この程度の『魔量の溜め』で、ぼくが通っている学校の敷地分、全てが吹っ飛ぶくらいの威力になる。」
エルンストは初めて聞く話に愕然とした。
エルンストは魔法陣の歴史をずっと研究してきた。しかし、その中に「魔力を溜める術式」というものは存在していなかった。それが、創造神による操作であった事に驚きを禁じ得ないでいた。
「だから、ぼくはこの『魔力の溜め』を作った理由が分からないだけでなく、すごく不気味に感じているの。この魔法は、本来、何らかの罠の為に作ろうとしたものではないか、だから、この魔法陣に【風魔法:飛行】という全く関係のない名前を付けたのではないか、そう勘繰ってしまうくらいにね。そうではなく、単純に、何かの魔法陣を基に改編しようとして、たまたま『魔力の溜め』が出来てしまったのかもしれない。いずれにせよ、魔法陣の内容と魔法名のちぐはぐさが、すごく不気味なの。」
エルンストは自分の喉が渇いて張り付いているような感じを覚えた。
「私が知って、宜しい情報なのでしょうか?」
「魔導王として、逆に知っていて欲しいと思う。今まで団長が『魔力の溜め』に辿り着かなかったのは、単純に、魔法陣を魔力の可視化で描いて編集する、という手法を知らなかったから。でも、今は熟達している。だから、今の団長には、【時限爆弾】を作るだけの能力も技術もあって手段も知っていて、更に、惑星随一の魔力制御能力を持っている。例え、それが『うっかり』でも、作れちゃうの。今の団長には。」
ルウィージェスは改めてエルンストの目をしっかり見て言った。
「この禁忌の術式が混ざっている【風魔法:飛行】の魔法陣を、もしどこかに記録しているなら、全て破棄して欲しい。そして、ぼくがこれから作る新しい【風魔法:飛行】に全て差し替えて欲しい。」
エルンストは目を閉じ、ゆっくりと息を吐き、大きく深呼吸した。
「承知いたしました、魔導王様。」
エルンストは深く頭を下げようとするのを、ルウィージェスは止めた。結界で会話は聞こえないが、姿は見えているのだ。
改めてルウィージェスは、矢の実験の時に使った【風魔法:飛行】の魔法陣を見せ、アイテムボックスから紙束を取り出し、複数枚【複写】した。ついでに、【魔法陣読解】で魔力の流れの特徴と効果を説明し、速度の微調整方法も一緒に伝えた。
あとは、エルンスト自身の力で編集できる。
エルンストに【風魔法:追尾】の魔法陣を見せてもらうと、こちらもまだまだ改善の余地があったため、エルンストに過去の魔物の討伐時に不便に思った点を挙げてもらい、複数の『型』を作成した。『型』の増やし方はエルンストに伝えたので、適宜増やすことが出来る。
更に【風魔法:追尾】の機能向上のため、【空間魔法:照準】を新しく作り、【空間魔法:結界】が張れる魔術師たちを呼んでもらい、まずは、複写した魔法陣からの発動を試してもらった。すると、改編【火球】より多少だが多めの魔力量で発動できることが分かり、魔法陣と魔力の流れを知れば、改編【火球】程度で発動できそうだった。ただ、【風魔法】と【空間魔法】の両方を持っている魔術師は一人しかいなかった為、他は複写した魔法陣を介して発動させるしかなかった。
そこでルウィージェスは、【風魔法:飛行】、【風魔法:追尾】、【空間魔法:照準】を、旧【火球】より少ない魔力量で発動させられる魔法を新しく作った。魔法の名前は分かりやすいように【混合魔法:追跡狩猟】とした。
時間的に昼食後に、新しい魔法を試してみることになった。
午後、エルンストが新しい魔法【混合魔法:追跡狩猟】を複写魔法陣から試してみることになった。
勿論、ペンダントトップに埋め込んである『魔法陣転写』を起動させ、【混合魔法:追跡狩猟】の魔法陣は既に記録保管済みだ。
しかし、今回の目的はこの魔法陣を実際に起動させて行うこと。エルンストも複写魔法陣を使う。
魔術師団には大きめの輪になってもらい、輪をつくる魔術師団員を守る結界は藍が張り、ルウィージェスが輪の中に入るエルンストを守る結界を張る。
エルンストはエーギグの弦の弓と、魔鳥の羽根を付けた矢を、念のため、予備も含め10本持って輪の中に立った。
ルウィージェスは、【魔物再現魔石】で機動力のある魔物「キャニオン・タイガー」と「キャニオン・ディア」を再現する『魔物再現魔石』を作成した。
「団長、初めは何頭ずつ出してみる?」
「そうですね、私自身は【空間魔法】を持っていませんからね。安全を期して、初めは2頭ずつお願いします。」
「了解。それじゃ、ラン、結界張って。」
藍の結界が張られたのを確認し、ルウィージェスもエルンストに結界を張った。
「行きます!キャニオン・タイガー2頭、キャニオン・ディア2頭、再現!」
すると4つの光が現れ、キャニオン・タイガーとキャニオン・ディアが2頭ずつ現れた。
直後、エルンストは魔力を放ち、キャニオン・タイガーとキャニオン・ディアを威嚇する。
突如強い攻撃的な魔力を感じ取り、キャニオン・タイガーとキャニオン・ディアの4頭は、エルンストから距離を取り唸った。
その間にエルンストは魔法陣を発動させ、瞬時に4頭すべての首元に【照準】を付け、弓を構え、4本の矢を2本ずつ連打で放った。
キャニオン・タイガーとキャニオン・ディアの4頭は、飛んでくる矢に気付き、それぞれが素早い動きで矢をかわすが、見事に4本の矢、全てが避けた魔物を追尾した。
そして、キャニオン・ディアの2頭に矢が刺さった。キャニオン・タイガーはもう一度飛来する矢を避けることが出来たが、かわした矢を確認しようとした瞬間にキャニオン・タイガーの2頭も照準がかけられた場所に矢の直撃を受け、消えた。
「おぉーーーーーーー」
見ていた魔術師団団員から驚きと賛辞の声が上がった。
キャニオン・タイガーとキャニオン・ディア、各2頭ずつを1回で片づけたエルンストに、ルウィージェスが感想を聞いた。
「そうですね、魔力消費量は旧【火球】の半分くらいしか消費しませんでしたから、非常に使い勝手の良い魔法だと思います。それに追尾も、慌てなければ照準を失わずに済むと思いますね。ただ、照準を付ける場所は、魔物が停止している間に瞬時に決めないとなりませんから、照準を付ける訓練の方がむしろ重要かもしれません。」
「団長、よろしいでしょうか?」
団員の一人が質問し、エルンストは質問を促した。
「矢が照準を失わないようにしている時、矢と照準、どちらの方により意識を向けていたのですか?」
エルンストは、その時を思い出すかのように少し考えた。
「どちらかと言えば、矢の方でしたね。矢に【飛行】と【追尾】魔法が付いていますからね。矢を【照準】にホーミングする感じ、でしたね。」
――――つまり、団長は無意識にしていたのか。
惑星一の魔力制御力を持つ上司に、皆が小さくため息をついた。
今度は、弓術が比較的得意な魔術師団員三人と風魔法と空間魔法の両方を持つ唯一の団員、リナが入った。
試す魔物はスライムだ。スライムは最弱魔物と呼ばれる程弱いが、その弱さ故に、意外に身のこなしが軽く素早い。そして、核を確実に砕かなければ、傷一つ付けることが出来ない。
最弱だが、討伐が難しい魔物の一つだ。
三人は複写した魔法陣を使うが、リナは自身の風魔法【飛行】【追尾】と空間魔法【照準】を使う。
エルンストが三人を含む魔術師団団員に魔法陣の発動方法などを指導し、ルウィージェスがリナに風魔法【飛行】【追尾】と空間魔法【照準】の使い方を教えた。
リナは風魔法【飛行】【追尾】は比較的早く覚えたが、空間魔法【照準】は少し時間がかかった。しかし、それでも何とか使えるようになった。
「リナ、慌てなければ大丈夫だから。さっき団長が言っていた通り、【照準】を付ける位置がとても大切。でも、リナは他の皆と違って【空間魔法:照準】を単発で発動できるから、【照準】に失敗したな、と思っても、再度【照準】を付け直すことができる。だから、慌てなくても大丈夫だからね。」
ルウィージェスのその言葉にリナは頷き、ゆっくりと息を吐きだし大きく深呼吸をし、意識して力む体を解した。
今回も、藍が魔術師団団員に結界を張り、ルウィージェスが中に入る四人に結界を張る。そして、スライムを出すのもルウィージェスが行う。エルンストは魔術と戦術指導、両方を行う必要がある為だ。
エルンストも輪の中に入るが、明らかに強者の気配を持ち放つエルンストにはスライムが襲ってくることはないため、結界は必要ない。
「ルウィージェス様、スライム4匹お願いします。」
そう言うと、輪の中にいる四人に言った。
「スライムは逃げ上手だから、1回で矢が当たることはまずない。3回以内に打ち抜くことを意識するように。」
四人の準備が整ったのを確認して、ルウィージェスはスライムを再現させた。
ルウィージェスの魔石が再現する魔物は再現性が非常に高い。魔物の、より弱い者を狙う、という本能まで再現されている。よって、必ずしも一人が1匹のスライムと対峙するわけではない。
スライムはより魔力制御が甘い者へ集まった。
今回の訓練では、矢と【追跡狩猟】以外の使用は認められていない。よって、反射的に放とうとした【火球】などは、エルンストとルウィージェスによって全て消された。
しかし、自身に張られた結界によってスライムの攻撃が直撃しないことを思い出した団員たちは次第に落ち着きを取り戻し、あらぬ方向へ飛んでいく矢の数が減ってきた。
そして数分後、四人が1匹ずつスライムを矢で打ち抜くことに成功した。
エルンストが四人に感想を聞いた。すると、四人全員がスライムの動きが気になって矢への意識が途切れた、と話した。
経験者の反省を踏まえた上で訓練に挑むよう伝え、そして魔術師団団員全員が終えた。
訓練中、特に高い魔力制御を見せ、1匹3回以内に倒せた五人に聞いた。
「1度に2匹を追尾させてみるか?」
五人は頷いた。
「1回目で分かったと思うが、【照準】を置く場所を決めてから設置するまでの時間が肝だ。それに、スライムは魔力に敏感とも言われている。ホーミングの魔力も感知している可能性がある。【追尾】に気を取られ過ぎると【飛行】がおろそかになる。矢の速度が遅くなれば、それだけホーミングする時間が長くなるから、スライムに魔力を感知され、逃げやすくなる可能性もある。そこも頭に入れながら行うように。」
五人は気合の入った返事をした。
スライム10匹になると、輪の中の混乱がより大きくなった。とにかくスライムの動きは素早い。そして、エルンストが言った通り、ホーミングの魔力を感知している節も確認できた。エルンストは、一人にスライムが3匹以上近づくと、エルンスト自身が近づき、一旦スライムを散らし、団員が自身を立て直す時間を作った。
今回の五人は2度目という事もあり、慌てて【火球】などの攻撃魔法を放つ者はいなかったが、矢が失速し逆に矢をスライムに捕捉され吸収されてしまう、矢が照準を失いあらぬ方向へ飛んでいくなどのミスが増えてしまった。
それでも二人だけ、3回以内にスライム2匹を打ち抜くことが出来た。
第34話では、久し振りにルウィージェスが宮廷魔術師団に新しい魔法を紹介しました。今回の話の中には書いていませんが、騎士団でも取り入れられます。特に、魔力保持量が少ない騎士に重宝されます。
また、宮廷魔術師団では使い勝手が悪いから、と使用を忌避されていた【風魔法:飛行】は、実はとても危ない魔法であった事も判明しました。
前回は、確定申告の為にお休みさせて頂きました。そのお陰で、無事に提出する事ができました。ありがとうございました。
さて、次回の第一章第35話は、来週3月28日(土)20:00公開予定です。
第35話 「惑星カティアス降臨までの日々⑥―クラウスの魔力制御力―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




