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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第24話 「宮廷魔術師団団長の奮闘④―結界魔石―」

 フォーゲル伯爵家の第一傍系当主、ヘルガ・フォン・フォーゲル男爵です。

 フォーゲル家の者として、代々の男爵当主が残した古記録は勿論の事、本家の伯爵家の古記録も、前伯爵に許可を頂き読ませて頂いたりして、それなりに理解していたつもりでした。

 特に、フォーゲル伯爵家最強の魔術師であり、暗黒時代の救世主であるアデル伯爵が残した日記には当時の様子が詳細に書かれており、とても興味深く何度も読み返し、今では、どのあたりに何が書かれていたかを覚えている程です。

 それ以上昔の資料は旧ムトルド語で書かれているので、読むことは叶いませんでしたが。

 しかし、アデル伯爵が残した日記の中にも、魔素障害や魔素転換障害など、古い魔素問題を連想させるような文や単語などはありませんでした。

 ルウィージェス様の話を聞いたその夜、ふと思い出した事がありました。

 アデル伯爵が残した記録の中には、「昔のように」という言葉が繰り返し出てくるのです。当時は、それが何を指しているのか全く見当もつきませんでしたが、もしかしたらあれは、魔素問題がない時代、という意味だったのかもしれません。


 エルンスト本家当主様は、幼少の頃から感情の起伏が少なく、子供らしさのないお子様でした。本家に伺うといつも窓辺に座り、分厚い本を読んでいました。今思い返すと、あれはかなり古い時代の魔法陣の本だったような気がします。あの年齢で旧ムトルド語が読めていたのかもしれません。

 母君エルネスティン・フュルス・フォーゲル伯爵夫人は、前国王アルフォンス・ヴェルト・テューゲンリン陛下の末の妹、王女殿下です。現国王アギディウス・ヴェルト・テューゲンリン陛下とは従妹同士という繋がりとなります。

 エルネスティン王女殿下が前伯爵の第一婦人と決まった時には、既に前伯爵の元には、第一婦人としてヴィンクラー伯爵家長女、ハラルダ・フォン・フォーゲル様がいらっしゃり、二人目をご懐妊中でした。

 それなのに、いきなりエルネスティン王女殿下が第一婦人として来られることが決まったのです。しかも、未成年だったにも関わらず。

 そのような複雑な背景があった事も、エルンスト本家当主様が子供らしさを見せなかった要因だったのかもしれません。

 ルウィージェス様や神鳥様とお話しをされている時のエルンスト本家当主様はとても表情が豊かで、あの頃とは全くの別人の様です。

 きっと、あれが本当のお姿なのでしょうね。

 魔素過多の影響を受け、膂力(りょりょく)を異常に付けたフォレスト・ウォルフによって右肩より先を失い、右足にも大きな傷を負ったAランク冒険者デルフと、デルフ程ではなかったものの、激しく全身を深く負傷した仲間たちに『回復魔石』を使ってその効果を確認し、医療院と薬師ギルドの双方から、『回復魔石』作成要員として、人員の派遣を確保したエルンスト。

 その後、医療院院長ヘルガとは、元々午後にフォーゲル伯爵家で会う予定だったが、急遽、王国騎士団への報告を優先させてもらい、待ち合わせ時間を1時間程ずらし、一旦別れた。

 自分の執務室で軽い昼食を取ったエルンストは、副団長ザビーネ宛に、ヘルガの息子フロレンツに予定より1時間程後にフォーゲル伯爵家に来るよう伝えて欲しい旨を(したた)め、急ぎ王国騎士団の団長クラウスに、スタンピード時にルウィージェスが作った『回復魔石』の本当の効果を知らせる為、王国騎士団の訓練場まで移動し、治療院での事を伝えた。


 その後、エルンストは一旦自分の屋敷まで戻り、メイドに医療院の院長ヘルガとその息子、フロレンツ・フォン・フォーゲルが来たら、温室(コンサバトリー)まで案内するよう伝えた。

 フロレンツは現在24歳で、宮廷魔術師団研究生だ。テューゲンリン王国王立アカデミー専門科を20歳の時に卒業した後、一旦医療院に就職したが、23歳の時に宮廷魔術師団の試験を受けた為、24歳なのだが研究生として日々基礎訓練を受けている。


 「ヘルガ院長、忙しい所、時間を押してしまいすまない。」

温室(コンサバトリー)にはエルンストと、テーブルを挟んで向かいにヘルガとフロレンツが座っている。

「ルウィージェス様は、一旦公爵閣下に『回復魔石』の件で報告に行かれている。もう少ししたら来られる。」


 エルンストは、ヘルガに古い魔素問題について話すことにした。

 現在、『錬金の加護』を受けたマリーの事を知っているのは教会の上層部のみで、エルンストが知る限り、大司教までにしか、その情報は伝わっていない。

 今後、医療院からもヒーラーを派遣してもらう事になったが、『聖石』装飾品を使っての魔力制御訓練は不可欠。予め教会付属医療院の責任者であるヘルガには本当の情報を渡しておき、下手に情報が広まるのを防いでもうら方が安全だと考えたのだが、それ以外にも理由がある。

 フロレンツは攻撃魔法の属性を持たず、使える魔法では回復魔法が一番強い為、一旦は医療院に就職した。しかし、魔力制御が甘い為にその防御力は弱いが、希少魔法である空間魔法の使い手であり、結界魔法が使える数少ない魔術師なのだ。

 フロレンツが宮廷魔術師団の試験を受けなかった事を知ったエルンストは、その理由を聞いて一旦は引いたものの、結界魔法の使い手は貴重だ。宮廷魔術師団の団長としてフロレンツに魔術師団への入団を検討して貰えないか、相談したのが2年前。そして、1年間悩んだ結果、1年前に入団試験を受け、無事に入団を果たした。

 宮廷魔術師団では、入団後3年間は研究生として、基礎体力作りと魔法訓練期間を設けている。研究生を管理しているのは副団長のザビーネだ。普段、団長であるエルンストが研究生とやり取りすることはない。


 エルンストは、ヘルガとフロレンツに古い魔素問題について説明し、息子エルクと娘エヴァリンが受けていた魔素障害の程度を話した。

 その時、ルウィージェスの来訪が伝えられ、ルウィージェスはエルンストの隣に座った。


 「私たちが魔法を発動させる際は、内にある魔力だけでなく、周りにある魔素を魔力に転換していますが、古い魔素だと、魔素の魔力転換率が悪くなり、魔法の威力が落ちてしまう、と。それが、古い魔素問題、という理解でよろしいでしょうか?」

「そうです。エヴァリンの【火球】で説明すると、」

エルンストは、右手に屋敷内で練習する時のエヴァリンの【火球】を再現した。

「このように、屋敷(ここ)で練習する時は、球も大きく安定した【火球】を問題なく発動させる事ができたのですが、古い魔素が多く溜まっている教室では、」

次に、左手に教室で見た不安定な【火球】を再現した。

「このように、球も小さく、ゆらゆらと揺れて、大きさも威力も安定しない【火球】になっていました。この不安定な【火球】は、効率よく魔素を魔力に転換できないが為に起こっている現象です。宮廷魔術師団の団員に確認したところ、攻撃魔法だけでなく、全ての属性魔法が影響を受けていました。ポーション作成などの錬金術においても同様でした。」

 ヘルガは、エルンストが左右の手に異なる状態の【火球】を再現した事にも驚いたが、同じ【火球】である筈なのに、明らかに大きさも威力も異なる事に驚きを隠せずにいた。

 しかし、フロレンツは別な事が気になっていた。

「エルンスト本家当主様、」

「なんだい?」

「一つ、お伺いしたい事があります。」

 エルンストは頷き、質問を促した。

「なぜ、屋敷(ここ)と教室とでは、【火球】の威力がそこまで異なったのでしょうか?」

「それは、私が『魔道神鳥』ランから、『魔道神鳥のお気に入り』という加護を頂いたからです。」


 エルンストは、ルウィージェスから聞いたことを話した。

「加護を受けると魔力の質そのものが変わるそうで、変化の一つとして、浄化力が高くなる、というのがあるそうです。特に、現在では古い魔素蓄積の問題が顕在化(けんざいか)するまでになっていますが、私の魔力そのものに古い魔素を浄化する力がある為に、私の魔法は古い魔素の影響を受けず、同時に、古い魔素を浄化するそうです。実際に、」

 エルンストは以前に教室で行った実験で、エルンストが回復魔法を唱える前後にエヴァリンが経験した違いを話した。

「それに、ランは妻や娘の事も気に入ってくれたようで、私がいなくても、よく遊びに来てくださっています。なので、この屋敷内にあった古い魔素は全て浄化済みという事なのです。」

「…神鳥様が、遊びに…来る?…何をしに?」

 勿論、フロレンツはエルンストが神鳥から加護を受けた、という事は聞いている。その話を聞いた時は驚きの余り居ても立っても居られなくなり、訓練後に外出許可を取り母ヘルガに伝えに行った。元々今代の宮廷魔術師団団長の攻撃魔法の威力も桁違いで有名だったが、加護を受けた以降、更に威力が上がった、という話も聞いている。だが、魔力の質まで変わるという話までは、伝わってきていなかった。

 古い魔素問題から始まり、加護による魔力の質の変化までは、なんとか理解し得た。しかし、神鳥が遊びに来るという話はフロレンツにとっては衝撃的過ぎた。必死に理解しようと、思いつくまま質問をした。

「私が書類整理などの執務をしている時だと思うのですが、ランはよく果物を一緒に食べよう、と持って来てくれるそうです。」

「…どうやって、ですか?」

「あれは、」

エルンストはルウィージェスを見た。

「ルウィージェス様の空間魔法ですか?」

「ぼくが授業を受けている時だったら、姉さまの空間神術だね。」

「「え?」」

ヘルガとフロレンツは、同時にルウィージェスを見た。

「あ、」

ルウィージェスは、自分の事を何も知らない二人の前で、エルンストに対し普段通りに答えてしまった事に気付いた。

「…あぁ…えっと…ぼく、神族。ぼくの姉さま、リリーエムラ公爵当主は、この惑星の創造神だよ。ぼくはその弟で、魔導王・妖精王・精霊王で上級神。この事は、内緒ね。」

右目でウインクしながら口元に右の人差し指をたて言った。

「「…え??」」

ヘルガとフロレンツはその言葉の意味が理解できず、すがる思いでエルンストを見た。

 エルンストはその反応に苦笑し、ルウィージェスに聞いた。

「そんな、あっさりと。宜しかったのですか?」

「へへ、口、滑っちゃった。まぁ、いいんじゃない?フォーゲル家の方々だし。本当の事を言った方が、今後の説明、楽になるし。」

「まぁ、確かに、そうなのですが…。」

 エルンストは明らかに思考が止まっている二人を見た。

「ヘルガ院長、フロレンツ、」

エルンストが二人に声を掛けた瞬間、エヴァリンの時と同様に、滑り落ちるように床に座り込み、(ぬか)づいた。

 「エルンスト団長、これって、フォーゲル家の血?」

エヴァリンがエルンストと同じ反応をした時には笑ってしまったが、傍系の二人も同じことをしたので、ルウィージェスは思わず聞いて真顔で聞いてしまった。

 この反応にはエルンストも苦笑いだ。二人をソファーに座るよう促したものの、ショックが大きそうだったので、エルンストはベルを鳴らしメイド長アラインを呼んだ。

「アライン、温かい紅茶を。できれば、香りが豊かなものを。」

「承知いたしました。」


 「落ち着いたか?」

二人の頬に赤みが戻ってきている。どうやら、ショックからは抜け出したようだ。

「ごめんね、驚かしてしまったね。」

「いえいえ、とんでもございません。こちらこそ、申し訳ございませんでした。」

ヘルガは反射的に答えた。

「魔素障害について、ぼくから、ちょっと説明するね。」

「は、はい。」

「本院にいるヒーラーの方々で、援助や救助の為に他院や教会の敷地外で回復魔法を使ったところ、本院にいる時と同じような治療効果が認められなかった、という経験、というか、報告した人、今までいませんでしたか?」

ルウィージェスの質問の内容に、ヘルガは目を見開いて驚く。

 それは、本院所属のヒーラー全員が経験していること。今まで多くの患者を診てきた経験上、この程度の傷にはこの程度の魔力が必要、という感覚が身に付いている。しかし、本院以外の場所では、それが当てはまらない。

 予想以上に治癒(ちゆ)が悪かったり、魔力を消耗して慌てたりと、とにかく、本院で(つちか)った経験をうまく活かせず、ずっと不思議に思っていたことだ。

「…もしかして、それが、魔素障害?」

「うん。医療院(ほんいん)がある場所は教会の敷地内でしょう?教会内は、創造神(ねえさま)の加護を受けているから、古い魔素の影響はないの。だから、姉さまの加護から外れる教会の敷地外での治療では、古い魔素の影響をモロに受けて、普段よりも回復魔法の効果が低く、いつもと同じ効果を求めようとすると、普段より数倍もの魔力を消費してしまう、というわけ。」

 今度はフロレンツに聞いた。フロレンツは、先ほどよりかは遥かにマシだが、まだ少し顔色が悪い。

「魔術師団の訓練場で魔法の訓練を受け始めた時、医療院の時と比べて、魔法の発動がとても重たく感じたでしょう?」

 フロレンツの目が大きく開かれた。

「その通りです。入団して初めて魔法を発動させた時は、一体何が起こったのか、正直、頭が真っ白になりました。」

「フロレンツが入団した時は、まだ、ぼく、ここにいなかったからね。でも、去年の冬あたりから、違和感、なくなったでしょう?」

「…はい。自分は、流石にもう慣れたのかと思っていましたが…。」

「ぼくは、この古い魔素問題解決の為に去年の初夏に降臨して、冬から、宮廷魔術師団と王国騎士団の訓練場に、神族のぼくと護衛の従属神カリン、そして、」

ルウィージェスは、天井近くに小さな【ゲート】を開いた。

「ラン、今来れる?」

【ゲート】から藍が飛び出してきて、ルウィージェスが差し出した腕に止まった。

「この小鳥が『魔道神鳥』ラン。エルンスト団長に加護を与えた亜神ね。このランも訓練場に出入りして、しょっちゅうスキルを発動させているから、あそこにあった古い魔素は全て浄化されて、もうない。だから、古い魔素による障害を受けなくなった、というわけ。」

ルウィージェスが藍をエルンストへ近づけると、藍は嬉しそうに定位置へと移動した。


 「姉さまの話では、この惑星の魔素障害が顕在化し始めて、もう数百年経つらしいよ。古い魔素が問題化する前は、皆が、それこそ、平民だって普通に魔法が使えていて、威力もそれなりだったらしい。貴族や豪商など、魔術の教育を受けた者の魔術は、今とは比較にならないくらい、威力があったんだって。」

 フロレンツは、歴史の授業ででも学ばなかった事実に驚きを禁じ得なかった。

 まさか自分たちの魔法が、昔の人よりも弱くなっているとは。それどころか、昔は訓練を受ける機会のない平民まで普通に魔法が使えていたという。その事の方が、ショックが大きかった。


 フロレンツがテューゲンリン王国王立アカデミーに通っていた時にも、苗字を持たない平民の者も多くいた。しかしその殆どが、準貴族の子たちであり、親は姓を持つ貴族出身者だった。豊かな商人の子も多く通っていたが、彼らだって、元を辿れば貴族家出身者だった。先祖代々平民という者は、一体どれほどいたのだろうか。

 専攻した魔法科では、それが特に顕著だった。それだけ、平民で魔法が使える者は少ないという事だ。


 驚いたのはヘルガも同様だった。ヘルガもフォーゲル家を支える一画だ。フォーゲル家が昔から魔法の改良に関わって来たのを知っている。過去には、魔法理論と魔法陣の発展に大きく寄与した者だっている。

 それなのに、今の方が魔法の威力が低いという。


 ルウィージェスは、明らかに落ち込むヘルガを見て言葉を続けた。

「姉さまから聞くところによれば、歴代のフォーゲル家の者が魔法陣の改善に尽力(じんりょく)してくれているお陰で、現在の状況でも魔法が使える者が、姉さまの予想を遥かに上回っているんだって。」

 ヘルガがルウィージェスを見た。ちょっと嬉しそうだ。

「ランがエルンスト団長を選んだのも、偶然ではないのかもね。」

 それに、とルウィージェスは思う。

 ――――エルンスト団長とクラウス団長って、絶対、始祖の魂の持ち主だよね。…でも、二人とも、いる筈の守護神が付いていない。始祖の魂の持ち主だったら、絶対に持っている筈なのに。だけど、それ以外に、あの二人の、あの突出した能力の説明が付かない。守護神がいない点以外は、全て始祖の魂を持つ者の特徴と条件を満たしているのに。…守護神が付かない始祖の魂って、あり得るの?


 「…フロレンツから、本家当主様が神鳥様から加護を頂いたと聞いてはいましたが、」

ヘルガはエルンストの左肩で大人しくしている青い小鳥にチラっと視線を送った。『神』の称号を持つ藍をまじまじと見るのは躊躇(ためら)われた為だ。

「そう言えば、まだきちんと紹介していませんでしたね。改めてここに紹介します。私は、このランから『魔道神鳥のお気に入り』という加護を頂きました。」

 藍は「ぴぴ」と鳴くとテーブルの上に移動し、二人を見上げた。

 ヘルガは立ち上がり、ソファーの横でカーテシーをした。それをみたフロレンツも、慌ててヘルガの横に移動し、同様に貴族の礼を取った。

「神鳥様、ヘルガ・フォン・フォーゲルと申します。隣は息子のフロレンツです。以後、お見知りおき下さりませ。」


 エルンストは、二人が完全に落ち着いたと判断し、ドアの傍に立つメイド長アラインに目配りした。

 アラインは、居間(パーラー)で待機しているエルンストの妻エリザベートを呼びに行った。

 エリザベートは小さなお盆を持っていた。お盆の上にはビロードが敷かれ、その上には複数の『聖石』腕輪(ブレスレット)が綺麗に並べてあった。

 「ヘルガ院長、これは教会裏の工場(こうば)に依頼して作ってもらった物なのですが、これについて、何か聞いていますか?」

「え?…リリーエムラ公爵閣下が子どもたちの職業訓練の為にと寄付をして下さっている鉱石の事、でしょうか?」

「…やはり、話、きていませんか…。」

 フロレンツは母ヘルガを見た。フロレンツも鉱石の件は知っているが、それに関する情報というのには心当たりがなかった。

 「姉さまが孤児院に寄付している鉱石ですが、」

ルウィージェスはエリザベートからブレスレットを1つ受け取り、鉱石を指した。

「これ、全て神界から持って来ている『聖石』です。」

 ヘルガとフロレンツは勢いよくルウィージェスを見た。二人は、ルウィージェスが神族であると聞いてから、必要以上にルウィージェスを直視しなくなっていた。

 ルウィージェスは、エムラカディアの思惑について説明した。

「『聖石』には、魔力回路を活性化する働きがあってね。」

ルウィージェスは、エリザベートに腕輪を戻し続けた。

「鉱石は、子どもたちの職業訓練を目的としているけれど、その理由の一つが、子どもが作る装飾品なら高価な値は付かないでしょう?古い魔素の影響は、魔力量が少ない者、魔力制御力が甘い者に、より強く影響が出る。つまり、魔法の訓練を受ける機会がない平民、だね。だけど、思ったほど広まらず、悩んでいたらしい。」

 エリザベートは、ルウィージェスとは反対側のエルンストの隣に座り、お盆をテーブルの上に置いた。

 ヘルガとフロレンツは、その装飾品の出来栄えに驚く。

「これは、孤児院のマリーの作品。マリーはね、本当に凄い才能を持った子でね。だから、ぼく、彼女に『錬金の加護』を与えたの。」

 ルウィージェスは、エリザベートに二人が腕輪を手に取ってよいか聞き、エリザベートは、二人に腕輪を持たせた。

「凄いでしょう?マリーはまだ、14歳なんだよ。それで、それが作れるの。」

「…すみません、私、孤児院に、その様な才能がある子がいるという話を聞いたことありませんでした。ましてや、加護を頂いた子がいるという事も、全く。」

「教会内部でも、私が知る限り、大司教までにしか『奇跡の子』の情報は伝わっていないようだよ。」

「…何故、そのような話を私たち親子に?」

 エルンストはルウィージェスを見た。どうやらルウィージェスが話すのはここまでのようだ。

「先ほどの、ルウィージェス様の話に『聖石には魔力回路を活性化する働きがある』というのがあっただろう?」

「はい。」

「『回復魔石』の作成には、非常に高い魔力制御力が必要でね。」

 エルンストは、宮廷魔術師団で行った『回復魔石』作成実験の結果を伝えた。

「訓練には、この『聖石』装飾品を装着して行う必要がある。ただ、この効果は絶大でね。試しに、この装飾品を付けた状態で、何か、初級魔法を試してごらん。」

 ヘルガは、ルウィージェスとエルンストに一礼するとソファーから立ち上がり、少し離れたところに立った。

「それでは、【水魔法:水球】を出します。」

 ヘルガは、『聖石』腕輪(ブレスレット)を付け、【水球】と唱えた。

 普段より遥かに大きな【水球】に驚き、ヘルガは瞬間的に少し仰け反ってしまい、近くにいたメイド長アラインが慌ててヘルガを支えた。


 ヘルガはアラインに礼を言ったが、かなりショックを受けたようだ。【水球】を出した右手をじっと見つめていた。

「ヘルガ院長、大丈夫ですか?予めもっときちんと伝えるべきでしたね。」

 ヘルガはゆっくりと顔を上げ、本家当主の前であるにも関わらず取り繕う事も忘れ、目を見開きエルンストを見た。

「それが、この『聖石』の威力です。」

「…これが、『聖石』の魔力回路活性化の威力、…ですか…。」

 エルンストは立ち上がり、ヘルガを支えながらソファーまで付き添った。


 エルンストは、メイド長アラインに別な香りの温かい紅茶を出すよう指示した。エリザベートは、少し甘いものも出した方が良いと判断し、クッキーも用意するよう伝えた。

 「ヘルガ院長、落ち着きましたか?」

「えぇ、本家当主様、エリザベート様、先ほどから何度も大変みっともない姿を(さら)してしまい、申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です。」

「気にしないでください。それよりも、これを装着した状態で訓練を行う必要があるのですが、この結果を見たヒーラーたちは、どう思うと思われますか?」

「…そうですね、」

 ヘルガは紅茶の飲みながら、先ほどエルンストが言っていた、ルウィージェスから『錬金の加護』を受けた『奇跡の子』の件は、大司教までにしか話はいっていない、という言葉の意味を考えた。

「仲間内で話すな、と言っても、まず無理だと思います。これを経験してしまったら、黙ってはいられないでしょう。色々な所で話してしまうと思います。きっと、教会の方々の耳に届いてしまうくらいに、話を広めてしまうでしょう。」

「そうです。私がヘルガ院長にお話しした理由は、それを危惧しているからです。」

 エルンストは、フロレンツに言った。

「フロレンツ、君も、この装飾品を付けた状態で、結界魔法を使ってごらん。」

「あ、はい。」

「先ほどの母上殿の【水球】を見て分かったと思うが、本当に効果が絶大だから、その辺は心して欲しい。」

「はい、承知しました。」

 フロレンツも、ルウィージェスとエルンストに一礼し、ヘルガが立った場所よりもう少し、ソファーや壁から距離を取った。

「それでは、【結界魔法】を発動させます。」

 フロレンツは、腕につけた腕輪(ブレスレット)を見て大きく深呼吸をした。そして、【空間魔法:結界】と唱えると、フロレンツの前に、少し青色かかった幅およそ90cm程の、シールド型の結界が現れた。

「え?」

フロレンツの口から驚きの声が漏れた。自分で張った結界に触ってみている。

「普段君が作る結界は、どんな感じなんだい?」

「普段は、もう少し幅が狭く、これほどしっかりしたものでもなく、そもそも、青みかかった色をした結界は初めてです。普段のは、色らしい色はありません。完全ではない透明な結界です。」

「『聖石』を身に付けるだけで、特に練習という練習もせずとも、これだけ結果が変わる。」

 フロレンツは腕輪を外し、エルンストに戻した。

「研究生の君の耳にも入っていると思うが、宮廷魔術師団錬金部門に新しく魔石作成班を立ち上げた。班長はミラ・フォン・ハルトマン。ハルトマン男爵家の三女だ。」


 研究生のフロレンツだが、宮廷魔術師団が流す情報は、研究生たちの寮に掲示されたり、観覧版が回ったりと、それなりに入ってきている。

 当然、宮廷魔術師団錬金部門に新しく魔石作成班が立ち上がったという情報は、既に研究生の耳にも入っている。

 この情報がもたらされた時の衝撃は凄まじかった。何せ、魔石を人工的に作れるとは、誰も思っていなかったし、聞いたこともなかったのだ。

 多くの者がフォーゲルの姓を持つフロレンツから詳細な情報を聞き出そうとして、一時、フロレンツは身の危険すら感じたほどだった。


 「今は『回復魔石』を優先しているが、私は、君が研究生を卒業までには、『結界魔石』をある程度まで進めたいと思っている。」

 エルンストは、スタンピード時の戦闘方法を伝えた。

 「今回のスタンピードで、魔術師団、騎士団共に、殉職者なしで戻って来られたのも、(ひとえ)にルウィージェス様、カリン様、そしてランの結界魔法のお陰だ。」

 ヘルガは午前中、薬師ギルドで『回復魔石』を試すときに、冒険者ギルドの統括とAランク冒険者の一団から、普段と異なるフォレスト・ウォルフの件を聞いており、その原因が魔素過多中毒であったという事は、エルンスト本人から聞いたが、スタンピードそのものの詳細を聞いたのは初めてだった。

 フロレンツも、今回のスタンピードは、今までとは異なる機序(メカニズム)で発生したものだったと研修で聞いていた。その機序(メカニズム)に気付き、問題の根源を解決し、予防策まで立てたルウィージェスが、その功績でもって伯爵位を授かった事も聞いている。

 だが、実際に騎士団と魔術師団がどういう戦い方をしたのかまでは、研修でも学んでいなかった。


 「この『回復魔石』は治療方法を大きく変え、『結界魔石』は戦術を(くつがえ)す力を持っている。」

 ヘルガは、その一言で気付いた。

 そう、『回復魔石』があれば、回復魔法の使い手でなくとも治療が行えるのだ。しかし、『回復魔石』は回復魔法を使えるものにしか作れない。

「今まで、我々男爵家は優秀なヒーラーを輩出し、医療院の運営と維持を功績として認められ、男爵家を維持できていましたが、」

ヘルガの声が小さくなった。

「そう。今後は、適切な治療の提供だけでは功績として認められるかどうか、分からなくなる。」

 ようやくフロレンツも、エルンストが言わんとしている事を理解した。

「今後は、この『回復魔石』作成に力を入れる必要がある。当然、宮廷魔術師団としても力を入れていく。これは大きな業績になるからね。団長として、一人でも多く騎士爵を維持できる者を育てる必要があるし、それは義務だ。だから、ヘルガ院長の方でも、『回復魔石』を作れるヒーラーを育てて欲しい。」

「それで…。」

 ヘルガは、勤務中であるにも関わらず、エルンストがなぜ宮廷魔術師団の会議室ではなく、伯爵家の屋敷での待ち合わせとしたのかも、ようやく理解した。


 「『回復魔石』を作れるヒーラーを育てる時には、『聖石』装飾品の秘密を守れる者である必要もある、というわけ、ですか。」

「教会の者たちは、この鉱石が『聖石』である事すら聞いていないからね。」

 それには、ヘルガもフロレンツも驚きルウィージェスを見た。

「ぼくも、姉さまからはっきりとした理由は聞いていないんだけど、ぼくが思うに、一番大きな理由は、教会は不特定多数が出入りする場所だから、教会関係者の雑談から一般の人に、その話が流れたら大騒ぎになる、という事と、二つ目は、孤児院の子ども達を守る為じゃないかな、と。『聖石』が孤児院の工場(こうば)にあると知られたら、子ども達の身が危なくなるでしょう?」

「なるほど。私は、商人ギルドが買い占める事を危惧してのことかと思いました。」

ヘルガの言葉に、ルウィージェスは「それもあるか!」と言わんばかりの顔をした。

「ぼく、その可能性は全然考えてなかった!」


 その時は教会の者が鉱石の出何処を正直に言うだろうから、エルンストはその危険性は低いだろうな、と考えていた。ある意味、冒険者ギルドの方が、リリーエムラ公爵家の恐ろしさを知らない。

 そこまで考え、現在の統括がエルフである事を思い出した。

 ――――レナーテ統括はルウィージェス様が妖精王である事に気付いたようだったな。そうなると、やはり商業ギルドの方が危ないか。

 

 「いずれにせよ、『回復魔石』を作るには教会への配慮が不可欠。その辺の制御を、院長として、男爵家当主として、ヘルガ院長に頼みたい。」

「承知いたしました。」

ヘルガは一旦立ち上がり、エルンストに頭を下げた。

「それから、フロレンツ、」

フロレンツは背筋を伸ばし、エルンストを見た。

「『回復魔石』が作れるヒーラーの育成は、男爵家を維持するのに必要な功績となるが、宮廷魔術師団でも同じことをする以上、これだけでは、功績と認めさせるには、少々、いや、かなり弱い。そこで、貴殿には、是非『結界魔石』を成功させ、魔術師団の団員として業績を上げて欲しい。今回の戦いで、結界魔法の存在が大きくなった。『結界魔石』の業績は、魔石の性能次第では、男爵の授与の可能性すらあると思っている。」

 フロレンツは、「男爵の授与の可能性」という言葉に息を飲み込んだ。

 フォーゲル家は本家・傍系共に完全実力主義。もしフロレンツが『結界魔石』を成功させれば、確実にヘルガから男爵位を継ぐことになる。既に男爵位を継ぐことが決まっている者が、男爵の授与が認められれば、それは、子爵への陞叙(しょうじょ)の可能性があると言う意味だ。

「勿論、宮廷魔術師団でも『結界魔石』が作れる者を育てる。しかし、そもそも【結界魔法】が使える者は少ないからね。君には、『結界魔石』の責任者になれるよう、今から『聖石』装飾品を使って魔力訓練を開始して欲しい。」


 黙って話を聞いていたルウィージェスがエルンストに聞いた。

「研究生では、どういう魔力制御訓練、しているの?」

「フロレンツ、今はどういう訓練を受けているのだ?」

 フロレンツは改めて背筋を伸ばし、エルンストとルウィージェスを見た。

「はい、現在2年生は、1年生から続けている体力づくりと精神集中法、2年生になってから新しく始まったのは、魔法陣からの魔法の発動と、非戦闘系魔法術師は錬金術を、今は初級回復薬ポーションを安定した品質で作れるよう訓練をしています。」

「まだ、本当に基礎なんだね。」

「はい。学校の授業内容は、とにかく、魔法を発動させる事を目的としていますからね。我々は軍人ですから、高い威力の魔法を出せるようになる必要があります。」

「あぁ~確かに、授業では魔力制御には、あまり重点置いてないね。」

「そうなのです。ですから研究生には、魔力制御の重要性を一から教える必要があるのです。」

 ルウィージェスは少し考え、エルンストに聞いた。

「ぼくから『聖石』、あげてもいい?」

「…宜しいのですか?」

「鉱石は同じ?」

「いえ、ラピスラズリは本家の者だけが使える石です。傍系は天藍石(ラズライト)もしくは藍方石(アウイナイト)の透明度の高い物を使っています。天藍石(ラズライト)は傷つきやすく、藍方石(アウイナイト)は加工しにくいという難点がある為、用途に合わせて選んでいます。」

「ぼく個人的には天藍石(ラズライト)の方が好きだから、こっちでもいい?」

「勿論です。ありがとうございます。」

 ルウィージェスは、いつもの通り『錬金の権限』で天藍石(ラズライト)の『聖石』を作り出し、エルンストに渡した。

「ぼくが作る『聖石』は目的を持って作っているから、姉さまが神界から持って来ている『聖石』よりも効果が強く出るの。確実に制御が出来るようになるまでは、姉さまの『聖石』とは一緒に使わないでね。」

「承知しました。ありがとうございます。」

 エルンストは二人にルウィージェスから受け取った『聖石』天藍石(ラズライト)を見せた。

「今見ていた通り、これは、ルウィージェス様が二人の魔力制御の訓練の為に作って下さった『聖石』の天藍石(ラズライト)だ。このまま持っていてもいいし、教会のマリー殿に装飾品として加工して貰うもよし。まぁ、装飾品に加工した方が自然な形で身に付けられると思うがね。」

 エルンストは呆気に取られている二人の手に、『聖石』天藍石(ラズライト)を一つずつ持たせた。

「それは『聖石』だから、加工しようと思わない限りは、そう簡単には傷つかないし割れもしないから、安心して。」

 ルウィージェスは、カップに少しだけ残っている紅茶を飲んだ。


 ヘルガは、エルンストから『聖石』天藍石(ラズライト)を受け取ったものの、動揺していた。

「あ、あの、」

エルンストは、ヘルガにその続きを促した。

「何故、魔導王様は私たちにそこまでして下さるのでしょうか?」

 ルウィージェスは、エルンストに紅茶のお代わりが欲しい旨を伝えると、それを聞いたエリザベートが、メイド長アラインに伝えた。

 今年最初のエピソード、第24話は、エルンストの奮闘の回再開です。

 エルンストより、『回復魔石』の存在は、フォーゲル男爵家の存在意義を揺るがす物であると聞いたフォーゲル男爵家当主のヘルガと息子フロレンツの2人は、強い焦りを覚えました。

 とはいえ、『回復魔石』作成は、【ハイヒール】以上の回復魔法が使える者でなければ作る事が出来ない代物。

 フォーゲル男爵家の強みは、高位の回復魔法が使える者が生まれやすく、身内に高位回復魔法が使える者が多い、という事であり、それは同時に、『回復魔石』作成においては、有利な立場にあるとエルンストに説明された2人は、フォーゲル男爵家の主力事業を、高位回復魔法を使える者を育てる事から、『回復魔石』製作者の育成に、早急に方向転換をする必要性をひしひしと感じました。


 その説明の過程で、ルウィージェスが神族であり、姉のリリーエムラ公爵当主は、この惑星の創造神である事が判明。フォーゲル男爵家当主ヘルガと息子フロレンツの2人は非常に驚きましたが、それ以上に、2人は、数百年前、魔素障害がなかった過去の方が強い魔術を使えていたという事に、強いショックを受けました。

 その後、職業訓練用にとリリーエムラ公爵から寄付されている鉱石の正体が、神界から創造神が持って来ている『聖石』であり、その『聖石』には魔力回路を活性化させる働きがあること。魔石作成には、その『聖石』を使って訓練を受ける必要があると教えられ、実際に『聖石』の威力を実感した2人は、男爵家存続の為、決意を新たにしました。


 このエピソードは、難産でした。

 正直、フロレンツの存在は前々からあったのですが、細かいチャラ設定していなかったので、フロレンツのセリフのところで躓きました。

 やはり、キャラ設定はきちんとしておいた方が、圧倒的に 楽 ですね!

 エルンストとクラウスのキャラ設定はかなり細かく作ってあるので、流れるように話が進みます。まぁ、ついつい長くなってしまうのですが。


次の第25話は、エルンストすら知らなかったフォーゲル家の役割と藍の守護についてです。

第26話では、エルンストが密かに偉業を成し遂げます。


第一章第25話は、来年1月10日(土)20:00公開です。

第25話 宮廷魔術師団団長の奮闘⑤―藍の守護の加護―

今年もどうぞ、お付き合いください。よろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


つき 千颯ちはや 拝

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