第21話 「宮廷魔術師団団長の奮闘②―回復魔石①―」
回復魔法の【ヒール】とか【ハイヒール】とか、名称が同じだったから全然気づかなかったけれど、まさかあれ程、効果の範囲の定義が異なっているとは。驚いた。
『聖石』装飾品を装備して魔力制御の特訓をしたら、皆、あっという間に魔力制御の力も精度も上がった。流石、普段から訓練を受けている人たちは違うよね。ぼくも、よく学校で魔法教えて、と言われるから、魔力の使い方とかを説明するんだけど、なかなか、魔力を制御する感覚を掴めてもらえなくて、どう説明したらいいのか、正直悩むことが多いんだけど、魔術師団の団員たちは、ちょっと説明しただけですぐに理解して直せるんだ。
普段から鍛えている人との差は、ホント、大きいね。
『聖石』装飾品の威力はエルンストの予想を遥かに上回り、初級ポーション用の材料で、魔力の使い方次第では『特級』にも『伝説級』にもなる事が分かった。
しかし現在では、その存在が確認されている『聖石』は全て国宝指定されており、教会で聖水用に使用している以外の『聖石』は、全て王城地下の宝物庫で厳重に管理されている。それはテューゲンリン王国に限った事ではない。
例外は、創造神エムラカディアが古い魔素対策として神界から持ってきた聖石で、教会裏の工場で、子ども達の職業訓練の為に用意されている分のみ。しかも、教会の者たちは、その鉱石が『聖石』であるとは聞かされていない。
『聖石』装飾品を装着した状態であれば『回復魔石』は問題なく作れるだろう。だが、その結果を世に出すわけにはいかない。
そこで、まずは『聖石』装飾品なしの状態で、どこまで出来るかを確かめてみる事にした。
現在、宮廷魔術師団に所属している団員で【エクストラヒール】が使えるのは、団長のエルンストを除くと、たったの3名。【ハイヒール】が使えるのは38名いる。
この日、集まる事ができた【ハイヒール】以上が使える団員34名で、『聖石』装飾品なしで『回復魔石』を作ってみる事にした。
【エクストラヒール】が使える3名は、ルウィージェスが作った『回復魔石』の半分にも満たない大きさで、効果もルウィージェスの判定では【ヒール】相当ではあったが、作成には成功した。しかし【ハイヒール】が使える者では、『回復魔石』が作れたのはたった一人で、しかも、ルウィージェスが作った『回復魔石』の大きさの三分の一もない大きさで、効果も、ルウィージェスが確認したところ、辛うじて【ヒール】相当だった。しかしながら、『回復魔石』1個作って、魔力切れに近い状態にまで魔力を減らしてしまい、その日は寝込んでしまった。
【エクストラヒール】の使い手は、エルンストを除くと、宮廷魔術師団の3名以外に医療院本院に4名いるが、少なくともテューゲンリン王国内では、この7名以外では確認されていない。
そうなると、実質作成は不可能と判定するしかない。
エルンストは、【回復魔法:回復魔石】を「上級魔法」に分類し、宮廷魔術師団が管理する「魔法辞典」に掲載した。
そして『結界魔石』の方だが、宮廷魔術師団には初級の【空間魔法:結界魔法】しか使える者はおらず、ルウィージェスが実際に使っているので実在はするが、空間魔法の使い手そのものが希少であることと、『回復魔石』の結果を見ても、【空間魔法:結界魔石】は、「帝級魔法」に相当すると判断し、エルンストは、宮廷魔術師団が管理する「魔法辞典」には幻級の「帝級魔法」として掲載した。
因みに、『回復魔石』と『結界魔石』はそのままで保管すると徐々に魔力が抜けてしまう為、ルウィージェスはエルンストに、魔力を通さない素材の入れ物を用意し、『回復魔石』と『結界魔石』を、【ヒール】と【結界魔法】、それぞれを水の中で展開し、それぞれの魔力を含む水の中で保存することを提案した。
スタンピード時に入手した魔石や、『保管庫魔石』などの保管方法と同じだ。
魔力を多く含む水は含有魔力が減ると、同時に水の量も減るという特徴があるので、魔力を含む水の追加時期が分かりやすい。
スタンピード時に作成した『回復魔石』は、スタンピード鎮圧に参加した騎士団員と魔術師団員の全員に配れている為、騎士団と魔術師団、それぞれがまとめて保管しているが、『結界魔石』は水に空間魔法を溶かして補充する必要がり、普段は魔術師団が保管し、騎士団が必要な時に適宜貸し出すこととなった。
とはいえ、魔石は消耗品である。そう何十年も使い続けられるものではない。
『回復魔石』の作成実験の様子を見ていたルウィージェスは、魔法陣の改編で何とかならないか試してみることにした。
魔石作成の魔法自体が、その存在を知られておらず、宮廷魔術師団が管理する「魔法辞典」未記載の魔法だった為、とりあえず、ルウィージェスの魔術の魔法陣を編集し、少しでも魔力消費量を減らせるよう改編した。魔石の効果も多少低下するが、それは仕方がない。
一週間後、ルウィージェスはエルンストに改編した【回復魔石】と【結界魔石】の魔法陣を見せた。
前回の実験で、小さめだが『回復魔石』の作成に成功した【エクストラヒール】の使い手3名と、唯一、【ハイヒール】の使い手で、ぎりぎり『回復魔石』の作成に成功した1名で試すことにした。
今回も、『聖石』装飾品なしでの実験だ。
【エクストラヒール】の使い手は、魔石作成班の班長ミラ・フォン・ハルトマン、ポーション作成班の班長ビアンカの2年年下の弟のドナトス・フォン・シュルツ、そしてポドマールの3名だ。
ポドマールは両親が準貴族の為、どちらの姓も継ぐことが出来ず、身分は平民。その為に姓を持っていない。宮廷魔術師団の団員であるので、現在は騎士爵を持っているが、これは、退団と同時に返納しなければならない。
ここテューゲンリン王国では、王国騎士団団長・宮廷魔術師団団長に就任した時点で「子爵位」を、王国騎士団副団長・宮廷魔術師団副団長は「男爵位」を受領する。
そして、その他の職業軍人である騎士団員と魔術師団員及び各領主下の騎士は、皆、「騎士爵位」を受領する。これは、緊急時の避難などの時、平民の身分のままだと、爵位を持つ貴族たちに命令が出来ない為の措置だ。但し、宮廷魔術師団団長エルンストのように既に爵位を持っている場合は、より高い方の爵位が優先される。
職業軍人の爵位は「騎士爵」と低いが、緊急時などの時は、男爵であろうと子爵であろうと、職業軍人「騎士爵」の命令の方が、優先順位が高いと法律で定められている。この措置の下、避難誘導などが滞りなく行われるようになっている。
ただし、退団時もしくは引退後は、王国騎士団団長・副団長と宮廷魔術師団団長・副団長以外の者の爵位「騎士爵」は、国に返上する事になっている。
国直下の団長と副団長を務めると言うのは、それだけ凄い業績なのだ。
上記の通り、国もしくは領の騎士団・魔術師団に所属した時点で授与される騎士爵位は、退団と同時に返納しなければならないが、例外がある。
それは、団員として所属している間に、特に優秀な業績を残した者は、退団後も騎士の爵位を維持する事が出来る、というものだ。この爵位は当代のみに与えられるもので、継承できるものではないが、少なくとも、騎士爵当主の子は準貴族という身分になる為に、姓を持つ事が出来る。
名乗る姓がある、これ自体に大きな意味がある。姓を持つ事が許されているのは、貴族当主と準貴族、そして、国もしくは領主から認められた者で、一番多いのが、事業に成功した商人だ。つまり信用が違う。
事業を新しく始めたいと思っても、姓がないと、そもそも融資を受けられるかどうかわからない。
騎士団や魔術師団に入る準貴族の者たちの殆どが、継ぐものがない者だ。領地を持てるのは子爵以上。多くの男爵は、子爵以上の領地持ちの代官となる事が多いが、爵位を息子や娘に譲渡した元当主が代官を務めることが多く、男爵を持ちながらも代官になれなかった者の多くは、商会を立ち上げている。商会を立ち上げても、子爵以上の後援があるかどうかで、受けられる融資額も店舗の為の不動産も異なってくる。
前述の通り、騎士団や魔術師団に入る準貴族の者たちの殆どが、継ぐ物がない者たちだが、姓持ちである以上、その親は当主であり、多くが領地持ちだ。
その為、男爵や子爵など、領地を持たない貴族家や、弱小領地しか持たない子爵家で、商会を立ち上げる事でなんとか貴族家を維持しているところでは、騎士団や魔術師団から姓持ちの嫁や婿を迎えようと必死だ。
実際に多くが、その為に子が幼いころから家庭教師を雇い、騎士団や魔術師団入団基準を満たすよう高い教育を与え、より条件の良い嫁や婿を探すよう『英才教育』をしっかりと仕込み送り出している。ある意味、それが親としての最大の仕事であり義務と化している。
ましてや、任期中に多大な業績を残し、騎士爵位の維持が認められた者が男子の場合は上級貴族の婿養子として、女子の場合は上級貴族の嫁に迎えられるなど、進路が大きく変わる事すらある。優秀な者であれば、下級貴族出身であっても、上級貴族の仲間入りを果たす事も夢ではないのだ。
そういう背景もあり、エルンストは、今回の魔石作成に大きな期待を寄せている。通常、業績が認められるような事は1つのみであるが、魔石作成の場合は、属性ごとにその可能性を秘めている。
『回復魔石』は光属性の回復魔法、『結界魔石』は特殊属性の空間魔法、その他にも、『火魔石』を火魔法で作る事ができる。『火魔石』が実用化できれば、燃やす枝が濡れていようと関係なく、火を確保することができる。同じ理由で『水魔石』を作る事が出来れば、水属性を持たない者も、『水魔石』を持つ事で、飲み水に困らずに済む。これは、騎士団や魔術師団だけでなく、冒険者たちを感染症から守る事にもなるし、災害現場でも、有する属性に関係なく綺麗な水を『水魔石』から調達できれば、救命率が一気に上昇する。
現在は、魔道具で水を確保している者が多いが、魔道具は、エネルギー源として設置する魔石の性質に、その機能と性能が大きく影響を受ける。魔道具の性能に対し、強すぎる火属性の魔石を設置した時には、下手すると火を噴き、爆発する事もある。
その点、作成する『魔石』の場合は、ルウィージェスの説明によれば、魔力の込め方と込めた量で、その威力を調節できる。用途に合った『魔石』を用意する事ができる。
エルンストが特に力を入れたいと思っているのが、『回復魔石』と『結界魔石』だ。この2つは、その影響力から、男爵位の授与の可能性も秘めている。男爵位は騎士爵位と異なり、永続的な継承権を有している。
魔法陣は、能力に加えて専門的な知識が必要だが、魔石作成は、単純に能力だけ。成功すれば、複数の団員の業績として報告できる。
何としてでも、成功に導きたいとエルンストは思っていた。
前回の実験で唯一、小さいが『回復魔石』を作成できた【ハイヒール】の使い手、ブラシウスに改編魔法陣を使って作成してもらったところ、前回よりかは少し大きく、効果も【ヒール】だったが、魔力切れを起こさずに2つ作成することに成功した。
エルンストは、改編【回復魔法:回復魔石】の魔法を、正式な【回復魔法:回復魔石】魔法とし、難易度も上級魔法から中級魔法へ変更し、「魔法辞典」に再掲載した。
今度は、藍のスキル【応援歌】の影響下ではどの程度出来るようになるか、【エクストラヒール】の使い手、ミラ、ボドマールとドナトス、そして、【ハイヒール】の使い手で、唯一魔石を作る事ができたブラウシスと、その他の【ハイヒール】の使い手の、この日に集まる事ができた32名で、『回復魔石』の作成を試すことにした。
【エクストラヒール】の使い手3名の結果は、魔石作成班の班長ミラ・フォン・ハルトマンが作った『回復魔石』は、前回より少し大きめで、効果も【ヒール】4回分の魔力が込められていた。ポーション作成班の班長ビアンカの弟ドナトス・フォン・シュルツの『回復魔石』は、前回と大きさはほぼ同じだったが、【ヒール】3回分相当の魔力を込める事に成功した。ボドマールの『回復魔石』は、前回より少し大きめで、【ヒール】2回分相当の魔力が込められていた。
「これは、魔石の大きさは魔力制御力の影響で、【ヒール】の回数は、魔力を流す力で異なった、という理解で当たっていますか?」
「うん。皆の石の形、微妙にいびつでしょう?これは、魔力の制御が魔石作成中一定ではないから。で、ドナトスの魔石の大きさはほぼ同じだけど、【ヒール】の回数が増えたのは、込める魔力の速度が一定していたから。ボドマールのは、魔石は大きめだけど、【ヒール】の回数が少ないのは、込める魔力の速度が一定じゃなかったから。中にかなり余計な隙間があるから、これだと、魔石から魔力もあっという間に抜けてしまう。」
「それでは、魔石の大きさよりも、如何に魔力を込めるか、込める魔力の速度を一定にして、中に余計な隙間を作らないかが、魔石の効果にも寿命にも影響する、というわけですか。」
「うん。」
ルウィージェスは、ミラ、ボドマールとドナトスが作った魔石を受け取り、断りを入れて、ルウィージェスの魔力が混ざらないように、神力で真っ二つに切断した。
「こっちがミラ班長の魔石。ボドマールとドナトスのと比べると、中の色が濃くて、あまりムラが見られないでしょう?だけど、ボドマールのは、色もちょっと薄く、ミラ班長のと比較すると、かなりムラが目立つでしょう?ドナトスのは、隙間も多いし、色も薄いし、ムラだらけでしょう?」
「これは、分かりやすい!」
エルンストは、近くにいた者に手渡し、順番にしっかりと見るよう指示した。
ルウィージェスの説明から、今の団員に足りないのは魔力制御力。即ち、安定した魔力量を一定の速度で出し続ける制御力。
このまま魔石作成の練習をしても、ただ疲労するだけだ。そう判断したエルンストは、先ずは魔力制御力を付ける訓練をすることにした。
「今のルウィージェス様の話を聞いて分かったと思うが、魔石作成の肝は魔力制御。常に一定の魔力量を同じ速度で集めて圧縮して固める事。そこで、」
エルンストは、装飾品を保管している箱をアイテムボックスから取り出した。
「この装飾品は、『錬金の加護』を授かった作者に依頼して作成してもらったもので、魔力回路を活性化させる効果がある。実際、この間、この装飾品を付けた状態でポーション作成を行ったら、初級用の材料で上級ポーションを作る事に成功した。」
エルンストの言葉に大きく頷くミラに皆の視線が集まった。
「本当よ。実験に参加したのは他にアントンとビアンカだけど、私も含めて3人とも、初級用の材料で上級ポーション、作れちゃったわよ。」
部屋の中が一気に騒めいた。
エルンストから見て、比較的魔力制御が安定している者たちを、既に『聖石』装飾品の効果を経験している魔石作成班の班長ミラに任せた。
先ずは【エクストラヒール】の使い手であるボドマールとドナトスに、ルウィージェスが魔力制御の仕方を指導し、エルンストが残りの者たちに、魔力制御のコツを伝え、指導する事にした。
魔石作成の訓練は藍の【応援歌】の支援下で行い、魔力制御の訓練は『聖石』装飾品を装備して行うが、『聖石』装飾品を装備した状態で藍の【応援歌】の影響を受けると、今度は魔力が増強され過ぎて、逆に危ない。
ルウィージェスは床に線を引き、藍の【応援歌】の影響を受けている範囲を視覚化し、団員の安全を確保した。
『聖石』装飾品の威力は凄まじく、高位回復魔法【エクストラヒール】の使い手のボドマールとドナトスは勿論のこと、【ハイヒール】が使える者たちの多くも、数時間後には、藍の【応援歌】の支援の下ではあるが、『聖石』装飾品未装着で、ルウィージェスの鑑定で効果は【ヒール】同等で、『回復魔石』を最低でも1個は作れるようになった。
作成した魔石の断面も隙間なしでムラも少なく、色の濃い魔石をかなり安定して作れるようになった。
これなら、あと数日特訓すれば、藍の【応援歌】の下でなら、【ヒール】効果を持つ『回復魔石』が一度に複数個作れるようになる。
近いうちに、創造神の教会が運営する医療院のヒーラーたちに協力を仰ぎに行くことが出来る、そうエルンストは判断した。
この日、エルンストはルウィージェスとカリンと共に医療院を訪ねた。
藍はエルンストの部下の特訓に付き合う為、訓練所で留守番をしている。
出迎えてくれたのは、ここの院長で名をヘルガ・フォン・フォーゲルと言い、フォーゲル男爵当主。50歳代前半だろうか。優しさの中に凛としたものを感じる女性だ。
フォーゲル男爵家は、エルンストが当主を務める本家フォーゲル伯爵家の傍系だ。過去に、同時期に宮廷魔術師団の団長と副団長に就任した者がおり、団長に任命された者が本家の伯爵家を継ぎ、ヘルガが当主を務める男爵家は、副団長に就任した者が、就任と同時に受領した「男爵位」を継続している家系だ。爵位を有する傍系は、爵位拝受後5代以内に大きな業績を上げなければならない中、医療院の設立と発展と維持、そして歴代多くの院長を輩出している事が業績と認められ、長く男爵位を維持する事が認められている家系である。フォーゲル家の傍系では一番長い歴史を持つ。
フォーゲル家には、昔から魔力の豊富な者や、魔術の威力の強い者が生まれる。その血を守る事を、フォーゲル家はフォーゲルという姓を持つ者の義務としている。その為、必ずより魔力が豊富でより発動魔法の強い者が当主となる。これは、本家が宮廷魔術師団団長、もしくは、副団長になった者を当主にする事と同じだ。
ヘルガは、フォーゲル男爵家の中では一番の魔力量を誇り、施行する魔術の威力も一番強かった為、女性でありながら当主に就任し、傍系から、より魔力量が多く魔術威力の強い男子を婿入りさせていた。
院長ヘルガには、ルウィージェスはリリーエムラ公爵の実弟で、カリンは専属護衛と紹介した。
エルンストの説明に、医療院の院長ヘルガは驚くというよりかは、戸惑っているように見えた。
「エルンスト本家当主様、魔石が作れるという事に、まず驚きなのですが、本当に効果はあるのでしょうか?」
エルンストが答える前にルウィージェスがエルンストを見ながら言った。
「ぼくが答えます。」
エルンストは頷いた。
「ヘルガ院長、改めまして。ルウィージェス・フォン・リリーエムラです。以前、教会へは来た事あったのですが、医療院はちょっと覗いただけでご挨拶しませんでしたね。」
ヘルガは慌てて立ち上がり、ルウィージェスに礼をしながら言った。
「いえ、すみません。ルウィージェス様が教会に来られたことは枢機卿から聞いております。こちらこそ、きちんとご挨拶をせず、大変失礼いたしました。」
ルウィージェスは両手で手を左右に振りながら言った。
「あの日、すごく忙しそうだったので、ぼくが枢機卿に邪魔したくないと言ったんです。」
ルウィージェスは院長ヘルガに座るよう言った。
「エルンスト団長の話だと、魔石が作れること自体が知られていなかったみたいなので、不安も分かります。だから、今から『回復魔石』を作るので、実際に使ってみてはどうか、と思います。今、重症な方はこちらにいらっしゃいますか?」
ヘルガは驚きながらも、自身で確かめたいとも思っていた為、ルウィージェスの案を承諾した。
ヘルガは医療院のスタッフに話をする為、一旦席を外した。
「ルウィージェス様、逆にすみません。お手を煩わせてしまって。」
「今まで見たことも聞いたこともない物に対して、急に『協力してくれ』と言っても、大切なヒーラーをそう簡単に出せないでしょうからね。こういう時は、論より証拠ってね。」
クスっと笑いながらルウィージェスは言った。
院長ヘルガが戻ってきたので、ルウィージェスは目の前で『回復魔石』を作った。
ヘルガはあっという間に作られた魔石に目を大きく開き驚いていた。
「これが『回復魔石』です。効果は【ハイヒール】に相当します。」
そう言って『回復魔石』をヘルガに渡した。
ヘルガは両手で恭しく受け取った。
「…これが、『回復魔石』…」
ヘルガは震える両手を目の前まで上げ、『回復魔石』を前から、横からと角度を変えて、何度も見る。
「この薄い金色に光る様子は、回復魔法を発動させた時の色と同じに見えます。あの光をそのまま固めたような感じなのでしょうか?」
「あ、はい。回復魔法を圧縮して固めて結晶化させたものです。だから、単発で魔法を発動させた時よりも効果が高くなります。その魔石も、ぼくが発動させたのは【回復魔法:ヒール】ですが、圧縮されているので、一度に放出される効果が高まり、【ハイヒール】並みの効果になるわけです。」
「な、なるほど…」
ようやくヘルガは納得できたようだ。
まずは、普段の治療風景を見学する事となった。
「こちらは、怪我などの外傷を診る部屋となっています。重症の急患が運ばれてくることが多く、【エクストラヒール】が使えるヒーラーは最低1名、【ハイヒール】が使えるヒーラーは複数人、常駐させています。」
ルウィージェスたちが見に来た時は、工事現場で高い足場から足を踏み外し、広範囲に深い傷を負い、出血がひどい患者が運ばれていた。
複数のヒーラーが止血をしながら患部を水魔法で荒い流し、まずは清潔にしていた。
その様子を見ていたルウィージェスは、こっそりエルンストに聞いた。
「エルンスト団長、なんで止血しかしないの?」
「治療方法は我々も同じなのですが、まず、大量出血をした者の場合は、【ヒール】で止血をして、患部を清潔にしてから、全体を確認します。その後【ヒール】の重ね掛けだけでは治癒が望めない骨折などが確認されたら【ハイヒール】で骨折を治します。」
「え?」
「え?」
エルンストの説明に対し、逆にエルンストが驚く程、ルウィージェスが驚く。
「エルンスト団長、因みにだけど、【ヒール】ではどこまで治せるの?」
「え?」
エルンストはルウィージェスの質問の意味を考えあぐねる。
「…【ヒール】の効果…ですか?」
「うん。」
「【ヒール】は、止血と小さな傷を治します、…ね、…はい。」
「それだけ?」
「……」
エルンストはヒールの効果について、改めて考えた。
「え、えぇ、あ、はい。そう…ですね。」
ルウィージェスは天井を見上げ、「やっちゃった…」と一言、言った。
「ルウィージェス様?」
ルウィージェスはエルンストに勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい。ぼく、完全にやらかしました。」
「え?え?」
エルンストは急に頭を下げた魔導王の行動にパニックになる。
「エルンスト団長、ぼくの【ヒール】は、骨折なら完全に治します。全身がバキバキに折れても完全に回復します。」
「え?」
「そして、【ハイヒール】は、欠損した手足を完全に回復させます。」
「え?…え…えぇ~!!!」
エルンストの絶叫が部屋中、いや、建物中に響き渡った。
部屋で治療を受けていた患者もエルンストの絶叫に驚き、痛みからの呻きさえ忘れた。
院長ヘルガが驚き、エルンストに聞いた。
「あ、あの、何か我々は粗相でも?」
「あ、いえ、す、すみません。」
ショックから立ち直れずにいるエルンストは、ヘルガに謝った。
「す、すみません。突然大声を出してしまって。」
「いえ、大丈夫ですが。…大丈夫ですか?」
一族が集まる会で見るエルンストは、少年の頃から常に冷静沈着で卒がなく、子どもらしい姿を見せることがなかった。ヘルガからみると、エルンストは8年年下の本家の子息。正直、子どもらしい感情の変化に乏しく、とっつきにくい子、そういうイメージしかなかったのだが。
――――もしかして、本当はとても感情が豊かな子…だった? 本家の子として、一生懸命大人びた子どもを演じていた?
完全に落ち着きをなくしたエルンストの姿に驚きながらも、ルウィージェスの手前、心の平静を保つよう自分に言い聞かせた。
「あ、ヘルガ…院長、すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
エルンストはルウィージェスと院長を連れて、一旦部屋を出て、ヘルガに話せる場所がないか聞き、ヘルガは近くにあった患者の家族への説明する部屋へ案内した。
「ヘルガ院長、先ほどは大変失礼いたしました。実は、ルウィージェス様から『回復魔石』の効果を聞きまして。」
「はぁ。あの魔石はルウィージェス様の【ヒール】を圧縮させているので【ハイヒール】同等の効果がある、ですよね?」
「はい、そうなのですが、ルウィージェス様の魔力の威力は、我々魔術師団も教えを請うほどでして、」
一旦言葉を切ってルウィージェスを見た。
「すみません、ぼくの【ヒール】は複数個所の骨折も一瞬で治し、【ハイヒール】には欠損した手足も完全に再生させる効果があるんです。」
「は?」
ヘルガはルウィージェスの言葉の意味が呑み込めず呆けてしまった。
「…え?」
ルウィージェスはもう一度同じ説明をした。
院長ヘルガはルウィージェスの言葉を理解しようと何度も復唱し、そして、自分の手の平の上にある『回復魔石』を見た。
「つまり、この『回復魔石』には、全身の骨折すらも完全に治癒させるどころか、四肢欠損すらも完全に再生させてしまう力があると?」
「はい。」
ヘルガは魔石を見る。
「…全身の骨折を治すには、【エクストラヒール】を複数回は唱える必要があるのですが、」
ヘルガはルウィージェスに言った。
「ぼくの【エクストラヒール】は、瀕死状態から完全回復させます。」
ルウィージェスはうつむき加減で、少し言いづらそうに答えた。
「それは伝説の【パーフェクトヒール】なのでは?」
「ぼくの【パーフェクトヒール】は、不治の病から完全に回復させ、異常状態からも完全回復させます。」
「【パーフェクトヒール】が使えるのですか?」
「使えます。」
「その上はあるのですか?」
恐る恐る聞いたのはエルンスト。
「【エリクシア】は仮死状態から復活させます。」
「死者の復活は?」
「あ、さすがにそれは認められていません。多分、魔法陣作っても発動すらしないんじゃないかな?」
「良かったです。」
ホッとしたようにエルンストは言った。
「あ、」
思い出したようにエルンストが聞いた。
「訓練場で、うちの団員が作った『回復魔石』は【ヒール】の効果しかない、との話でしたが、それは、ルウィージェス様の【ヒール】という事なのでしょうか?」
「うん、そう。ぼく、一般の【ヒール】、知らなかったから。ミラ班長が昨日、訓練の最後に作った魔石は、複雑骨折なら1回は確実、2,3個所の複数個所の単純骨折なら3回は行ける筈。単個所の単純骨折なら少なくとも5回は治せる水準になっていたよ。他の団員たちの訓練後に作った魔石は、ほぼ単純骨折までなら複数個所同時に治せる水準には達していたよ。」
「うぉほぉ。」
――――それはつまり、団員が作った『回復魔石』のほぼ全てが【エクストラヒール】の効果を有している、という事…だよな…。で、あの『回復魔石』の効果は…。
思わず奇声が出てしまったエルンストだが、ルウィージェスがスタンピード時に作って保管してある、一般的な【パーフェクトヒール】級の効果を持つ『回復魔石』の数を思い出しながら、騎士団に報告しなきゃ、と考えていた。
だいぶ落ち着きを取り戻したヘルガは、しばらく考えていたようだが、ルウィージェスに言った。
「当院は、どちらかと言うと救急医療を必要とする患者、もしくは、貧しくて薬を買う事が出来ない慢性的な疾患を抱えた患者さんを中心に診ています。この『回復魔石』が我々の【パーフェクトヒール】並みの効果があるのでしたら、冒険者ギルドで、魔物によって手や足を欠損してしまった方を紹介してもらい、その方に使ってみるというのはどうでしょうか?」
ルウィージェスはエルンストを見た。ルウィージェスは冒険者ギルドには行ったことがないのだ。
「確かに、それは良い案だと思います。」
エルンストは、ルウィージェスとカリンを見て言った。
「まだ、お時間は大丈夫ですか?」
「はい、特に問題はないと思いますよ。」
ルウィージェスはカリンを見た。
「はい、公爵閣下からは特に予定があるとは伺っておりません。」
「それでは、」
ヘルガが言った。
「私もこの『回復魔石』の効果を見たいので、一緒に行きます。」
そう言うと、他のスタッフたちに出かける旨の連絡をしに行った。
冒険者ギルドはこの医療院からは距離があるとのことで、馬車で移動することになった。
冒険者ギルドは、王都の外壁にある、王都最大の門の近くにあった。冒険者は魔物などの死骸を討伐証明や換金目的で持ち歩く為、ほぼ全てが、街の門の近くに建てられているとのことだった。
昼近くに行った冒険者ギルドは、時間帯的に中途半端なのか、混んでいる状態というわけではなかった。それでも、早めに依頼を達成したのか、受付にはそれなりに人が並んでいた。
エルンストが受付の女性に声をかけた所、ギルドマスターと会う事が出来るとの事で、数分ほど待たされたが、女性の案内で二階へ上がり、一番奥の部屋に通された。
受付の女性に案内された部屋には、女性が一人、ドアの向こうに立っていた。王都の冒険者ギルドを任されているだけあって、細身でありながら鍛えられているのが分かる。
「宮廷魔術師団団長フォーゲル伯爵様、医療院院長フォーゲル男爵様、そして、」
ルウィージェスの顔を見た女性は驚きに大きく目を開き、ルウィージェスの前に来ると片膝をつき、頭を下げた。
「初めてお目にかかります。」
そして、念話で続けた。
『妖精王様』
一瞬驚いたルウィージェスだが、女性がエルフである事に気づき、念話で続けた。
『エルフの方だったんですね。なら、分かるか。院長ヘルガはぼくが神族だって知らないから内緒でお願いね。エルンスト団長は知っている。』
『承知いたしました。』
「リリーエムラ公爵閣下のご令弟ルウィージェス伯爵様ですね。ようこそお越しくださいました。」
ヘルガはルウィージェスが独立した貴族になっている事を知らなかったようだ。ルウィージェスの方を振り向いた。ルウィージェスは「伯爵」は付けないで呼んで欲しいと二人に伝えた。
エルフの女性は立ち上がり、自己紹介をした。
「私はこの王国冒険者ギルドの総括ギルドマスターを務めておりますレナーテ・ノルトライン=プロセンと申します。ノルトライン=プロセンは氏族の氏でございます。」
「あ、そうか。ギルドマスター、変わったんだっけ。」
「はい、その節はルウィージェス様に対し、大変無礼な言動をしたと聞いております。冒険者ギルドを代表して、お詫びいたします。」
そう言うと、レナーテは深く頭を下げた。
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。」
――――しっかりと神力で威圧しておいたから。
そう心の中で呟いた。
エルンストがこれまでの経緯を説明した。
長寿種のエルフであるレナーテも、魔石が魔法で作れることは知らなかったらしく、大変驚いていた。
「これが、ルウィージェス様が作った『回復魔石』で、私たちの間では伝説となっている【パーフェクトヒール】に相当する癒しの力があると。」
レナーテは院長ヘルガから手渡された『回復魔石』を見た。
「本当に、回復魔法を展開した時の光の色がそのまま凝縮された感じなのですね。」
「はい、私は実際にルウィージェス様が『回復魔石』を作るところを拝見しましたが、本当に光が圧縮され、あっという間に結晶化しました。」
「ルウィージェス様、この『回復魔石』による四肢欠損の回復は、受傷後、どのくらいまでなら効果を得られるのでしょうか?」
「基本的に古いのでも治せます。ただ、受傷してから時間が経てば経つほど、魔石の力を多く消費しちゃいます。」
「なるほど、」
そう言うと、レナーテは自分のデスクから一冊の記録簿を持ってきた。
「実は、数週間前に山間の村に狼種の一群が出たとのことで、冒険者ギルドからAランクとBランクのグループを複数派遣しました。しかし、彼らの話では、フォレスト・ウォルフの一群だったとのですが、フォレスト・ウォルフとは思えない膂力を持つ一群だったらしく、多数の負傷者を出してしまいました。その内、Aランクの一人が襲われる村人を助ける為、普段なら数人で対峙する頭数を一人で相手してしまったらしく、その方が肩を食いちぎられてしまいました。」
エルンストが聞いた。
「それは、時期的にザイランド州領で起こったスタンピードあたりではありませんか?」
レナーテは、少し考えてから答えた。
「そうですね、ちょうど雪解けが、…だいぶ進んだ頃、でしょうか。あ、そうです。テトグランのギルドから冒険者派遣要請があった時に重なります。」
エルンストは、テトグランに辿り着くまでの経過と、国王たちとの会議の結果を伝えた。
「魔素過多中毒ですか…。」
「はい。遭遇したフォレスト・ウォルフが使っていた水飲み場に魔素を含む雪解け水が流れ込んだか、雪解け水による水溜まりで魔素を過剰摂取したか、どちらかの可能性が高いと思います。スタンピードの時に出現した魔物たちの共通点が、興奮だけでは片づけられない程、膂力強化をさせていた、ということでしたので。」
それまで静かに聞いていたヘルガが言った。
「実は、複数の医療院の分院から、ヒーラーの派遣依頼がたて続いたのですが、それも、その魔素過多中毒による魔物の暴走が原因だったのかもしれませんね。」
「はい。原因が雪解け水という事で、複数個所でほぼ同時期に起こってしまったようです。魔術師団もスタンピード対応に多くが派遣されたので、医療院の方へ依頼が回ってしまったのだと思います。」
レナーテによると、その負傷した冒険者たちの内、特に重傷だったAランクグループの者たちは薬師ギルドの治療院で現在も治療を受けているとのことで、一同は治療院へ移動した。
第20話~第22話までは、スタンピード時にルウィージェスが作った「『回復魔石』と『結界魔石』を、魔術師団として作れないか、試してみよう」偏です。
『聖石』装飾品を装備して魔力制御の訓練をしたら、あっという間にコツを掴んだ魔術師団員たち。
藍の【応援歌】の支援ありで、ではあるが、『聖石』装飾品なしでも『回復魔石』を作れるようになりました。
『聖石』装飾品の存在は、公にできるものではありませんが、藍の【応援歌】支援の存在を知られる事は、全く問題ありません。
魔術師団の団員でも『回復魔石』が作れるようになった時点で、エルンストは、多くのヒーラーが所属している医療院に、魔石づくりの協力を依頼しに行ったのですが、そこで、思わぬことが判明しました。
ルウィージェスがスタンピード時に、その場にいた騎士団員と魔術師団員全員に配った『回復魔石』の効果は【ハイヒール】ですが、それはルウィージェスの回復魔法の【ハイヒール】であり、その効果は「四肢の欠損を完全に治す」であり、それは一般的には伝説の回復魔法【パーフェクトヒール】だったのです。
現在、騎士団、魔術師団共に、団員なら誰でも入れる場所で『回復魔石』を保管しています。
早急に騎士団団長のクラウスに連絡し、保管場所を再検討する必要があります。
エルンストの仕事が、また一つ、増えました。
第21話も1万3千文字ちょっと超え。1万文字以内に収めるよう、がんばらないと。長過ぎても、ダメですからね。
次の第22話は、「宮廷魔術師団団長の奮闘③―回復魔石②」です。お楽しみに♪
第一章第22話は、12月19日(金)20:00公開です.
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




