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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第三章

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第九十六話 放たれた言葉のその意味は。


 翌日、朝早起きして謁見のための身支度をロイに手伝ってもらいつつ整える。

 テスラとマルビス達に今夜の準備を進めてもらうようにお願いして。

 既に緊張などというものとは無縁になった陛下の御前だが、いつもの謁見の間とは違う場所、前回審問会で呼ばれた場所に通された。

 私の同行として許されたのはイシュカとライオネル、レイン、そしてサイラスだ。


 何故その場所かというのは言うまでもない。

 マイエンツ達の罪状とその処遇についての申し渡しのためだ。

 前回私とイシュカが晒し者状態で立っていたその場所に今日は彼等が縄を掛けられ、膝を付いている。

 ふくよかだったマイエンツの体型はすっかり痩せ細り、その共犯者達も窶れ、目の下にはくっきりと隈が色濃くなっていた。

 しかしながら同情の余地は無い。

 彼等は貴族という民を守るべき立場にありながら、法律を犯し、多くの者を自分達が贅沢な生活を送るための犠牲にしていたのだ。それを思えば罪を吐かせるための、たかが二ヶ月間程度のキツイ取り調べは当然。

 罪人にも人権が?

 そんな綺麗事など私の知ったことではない。

 他人の人権を踏み躙っておいて罪人はその言葉に守られる?

 馬鹿を言っちゃいけない。

 ではコイツらが奴隷としての生活を強いて、殺害した人達の人権は?

 罪人が守られて被害者には泣き寝入りしろって?

 私から言わせれば『巫山戯るな』の一言に尽きる。

 コイツらが殺した誰かの大事な人達は、コイツらが死んだところで生き返らない。命の対価が謝罪、補償などに替えられるわけもない。

 ソイツらにも大事に思い、思われる人がいる?

 だったら尚更バレた罪なら潔く処罰を受けやがれ。

 醜態を晒せば晒すほど時間は長引き、群衆の注目度が上がる。

 揉めた分だけ話題が長引く。

 とっとと終わらせれば一時は騒がれても次の話題が出てくれば人の目は新しいものに向いて民衆が興味を失うのも早い。無実だというなら足掻く価値はあろうが既に罪状は積み上げられ、証拠は上がっているのだ。これ以上親族親戚に迷惑が及ぶ前に無駄なことはやめておけばいいものを。

 犯した罪をサッサと認めて全ての罪を一切合切背負って処刑台にでも堂々と前を向いて登ればいい。その方がいっそ悪の美学、悪の華としての散り際も見事だとも思えるのに、その潔さのカケラもない。

 どこまでも浅ましく、醜く、みっともない。

 そう思っていないからこそのこの態度なのだろうけれど。

 自分は特別だ、他者を食い物にしたところで許される。

 勘違いも甚だしい自惚れが招いた結果。

 そんな中途半端な覚悟で罪に手を染めた結果がそれ(・・)だろう?

 自分の命や誰かを守るためにというならば正当防衛。だが、コイツらは自分の贅沢、快楽のために他人の人権を傷つけ、踏みつけ、自分の罪を被せて背負わせ、無実の人を公開処刑の見世物にして金銭を稼いだ。

 そんな悪党に容赦の必要などあるものか。

 法律というものは所詮強者、上の立場の者が制定するものだ。

 公平な立場の者が公平な立場で?

 それは加害者にも被害者になったこともないということだ。

 心情を察するだけで理解など出来るはずもない。

 弱者、被害者の立場が想像できない人達の手によって作られるそれは、自分や身内がそういう目に遭った時ではなく、自分が罪を犯した場合の逃げ道を想定して作られることもある。拒否が赦されない身分や立場の者達の心情は自分がその場に立たなければ解らない。

 自分を苦しめ、理不尽に虐げ、死にかけて、己の息を止めようとしている者を赦せる自殺志願者の人間など皆無に等しいはずだ。

 愛する者を殺されて、犯人、殺人者が嘲笑ってのうのうと生きているのを見て仕方がないことだと諦め、許せる者がいったい何人いる?

 そんな感情とは無縁の人間が作ったルール。

 だからこそ法律は犯罪者に寛容で被害者に残酷なものも多い。

 

 粗末な服を着せられ、見栄もプライドも容赦無く砕かれたマイエンツの虚な目が傍聴席にいる私を見つけると一瞬にして吊り上がり、飛び掛かろうとするも槍を持った騎士達に押さえつけられ、無様に石畳の上に這いつくばって叫んだ。


「ハルスウェルトッ、貴様っ、絶対に赦さんぞっ」

 それがどうした?

 私は貴方に許しを請わねばならないことをした覚えはない。

 むしろ謝罪してもらわねばならないことなら山ほどある。

 二ヶ月前と立場は完全に逆転した。

 私は無様な姿を晒しているマイエンツ達を醒めた目で睥睨する。

 口を開く必要も無い。

 言い訳せねばならないような悪事に加担した覚えは一切無い。

 恨んで化けて出てやるというならくればいい。

 魔物化して襲ってくるならそれでもいい。

 一切の容赦無く返り討ちにするまでだ。

 速攻討伐、撃退して差し上げますよ。

 魔王の呼び名に相応しく、黄泉の国への道案内、お引き受け致しましょう。

 しっかり這い上がれないほどの地獄の奥底に、堕として差し上げますよ、任せ下さい。

 そしてその悪名を歴史にしっかり刻めばいい。

 貴方がたの名前は後世に名を残すでしょう。

 望んだものとは違う形で。

 大量の民を死地へと追いやった大悪党として。

 バタバタと足掻き、喚く様をコイツは恥と思わないのか?

 悪党なら悪党らしく開き直る気骨もない。

 

「五月蝿い、其奴を早く黙らせぬか。話が進まぬ」

 この間と同じに前方中央で蓮隊長と団長、宰相を侍らせて豪奢な椅子に悠然と腰掛けた陛下が威厳に満ちた重い声で静かにそう告げた。

 朗々と響くその声に会場の騒めきがピタリと止まる。

 自分を見下ろす冷徹な視線にマイエンツはビクリと震え、唇を噛み締める。

 その瞳だけがギリリと私を睨み据えていた。

 逆恨みも程々にしておいてほしいものだ。

 開廷の合図である木槌が鳴らされ、検察官によって今回の事の発端となったルストウェルでの遺跡探索調査からマイエンツ家次男、レッドベルグ家長男死亡事件、魔物討伐案件、そして今回の不法奴隷所持とコロッセオで行われていた悪逆非道の数々、その他罪状の調査結果が語られる。

 そこには私が知らなかったことも多々あった。

 よくもまあと言いたくなるほどの見事な悪役っぷり。

 魔王と呼ばれる私も呆れる悪行ですね。

 

「さて、其方ら。これらの罪について何か申し開きはあるか?」

 優雅に脚を組み替え、豪奢な椅子に腰掛けたまま陛下が問う。

 マイエンツは膝をついたまま身を乗り出して叫ぶ。

「陛下っ、私はハメられたので御座います。

 そのようなこと、一切身に覚えがありませんっ」

 嗄れた声。掠れて聞き取りにくいそれは厳しい尋問のせいかもしれない。

 その様が以前とのギャップも相まって殊更哀れを誘うが聴衆の反応は醒めたまま、ただ好奇と嘲笑の視線が向けられている。数ヶ月前までは羽振りの良い侯爵家当主であるマイエンツに媚び諂って取り巻いていたというのに、傍聴席にヤツの味方はいなかった。

 金と欲と利権に塗れた関係の上で成り立っていたのだ。

 それが尽きれば波が引くように周囲から人がいなくなる。

 所詮こんなものだろう。

 それだけの繋がりでしかなかったのだから。

 どこまでも往生際悪く、嘘に嘘を重ね、言い逃れようとするマイエンツに陛下は軽蔑の目を向ける。

「見苦しいぞ? まだそのような言い訳を申すか」

「覚えがないものを覚えがないと申し上げただけのこと。全てこれは私を陥れるために、そこにいるハルスウェルトが弄した策でございますっ、陛下はそのような小童と長年誠心誠意お仕えしてきた私、どちらの言葉を信じるのですかっ」

「そうで御座います、私達はこのような扱いを受ける謂れは御座いません」

 必死にマイエンツとレッドベルグが言い募る。

 所謂『記憶に御座いません』的な言い分か?

 この状況、どう考えても無理があるでしょうよ。

 貴方達、自分のことに必死で後ろが見えていないでしょう?

 一緒に連れてこられた共謀していた他三人の様子をよく見てみなさいよ。明らかに気落ちして既に観念したツラしてるでしょうよ。その状況からすれば三人は既に口を割っている、証拠と証言を並べられて言い逃れなど既に出来ないと悟ったのだろう。

 彼等の方が貴方がたより余程賢いと思いますけどね。

 裁きを受ける側であるならば殊勝な態度でいた方が心象も良くなろうというもの。その態度は逆効果ですよ、逆効果。自分からそれを下げに行くとは貴方達、相当重い罰を受けたいのでしょうかね? 

 それは大層物好きでいらっしゃいますことで。

 陛下が暗愚な国王であるならばまだ可能性はあるでしょうが、腹黒な策略家、歴代でも類を見ない稀代の名君と評判の御方です。

 貴方程度の猿芝居で誤魔化されるわけもないでしょう?

 陛下をナメ過ぎなのですよ。

 必死に言い募るマイエンツに大きな溜め息を吐き、陛下が宣う。


「誠心誠意? 私は其方にそのように尽くされた覚えはないが?」

「自領の発展に尽力し、多くの税を国に納めてきたでは御座いませんかっ」

 なるほど、確かに領地の中心街は栄えていましたんね。

 だけどそこを馬で半刻も走らないほど行けば粗末で風でも吹けば倒れそうなボロ屋が建ち並んでいましたよ。それは一部の富裕層だけが優遇されて貧富の差が激しかったってことでしょう? 

 そりゃあ人それぞれ、家庭にも様々な事情もあるでしょう。

 だが郊外全ての家にそんな事情があるとは思えない。

 街道沿いはまだマシな方だとガイに聞いている。

 つまり私がボロ屋称した家々はまだ見られる方ということだ。

 その報告も当然陛下の耳に届いていることだろう。

 眉一つ動かすことなく、陛下は唇の端を僅かに上げた。

「自領の発展? おかしなことを言う。

 先程の陳情か事実であるならば其方が尽力してきたのは己が懐を潤すため、贅沢な暮らしを送るでためであろう? 既に多くの証言、調査報告が上がっている。脱税の証拠も上がっている」

「それが私を陥れるための策略だと申し上げているのですっ、それは捏造されたもの、私の本意ではありません」

 だからそんな策など練ってませんって。

 捏造ってどうやって?

 貴方の納税額を誤魔化して私になんのメリットが?

 なんでそんなこと、私がしなきゃいけないんですか。

 何処に私の得があるんです?

 だいたい私が貴方を破滅させるならもっと上手くやりますよ?

 なんでこういう私にワザワザ喧嘩をフッかけてくる輩が後を絶たないんだろう。私が生意気で鼻につくってことなのか? 

 勝手に敵視しないで頂きたい。

 興味のない輩と遊ぶほど私に暇な時間は御座いません。


「何故そう言い切れる?」

 陛下が憮然とした顔で問いかける。

 ええ、その根拠を私も是非お聞きしたい。

 マイエンツは陛下の言葉に必死に言い募る。

「私は大事な息子を其奴のせいで失ったので御座いますよっ、息子を失ってまで得たいものなどあろうはずがありませぬ。それは以前も陛下の御前でそう申し上げたはずですっ」

 嘘吐き。

 貴方が大事なのは金と自分の身だけでしょう?

 ガイ達の報告によれば自分子息子女も自分の立場を有利にするための、金儲けのための道具としか思っていないってことでしたが?

「それはハルスウェルトに論破されたのではなかったか?」

「証拠を集めて再審判となっていたはずです」

 そうですね。

 文句があるなら法廷で、という話でしたから。

 貴方は余裕をかまして遊び呆けていると勘違いして頭に血を昇らせ、裏工作に必死になり、背中から忍び寄るフィアの自分を追い詰める手に気付かなかった。

 ですがそれもこれも貴方が目に余る悪事を働いていた結果。

 私の所為ではありません。

 

 マイエンツの言葉に反応したのはその調査を任されていた連隊長だ。

「その証拠とは調査に参加した近衛や研究員、調査員の証言のことか?」

「仰る通りです」

 連隊長の問いかけに一縷の望みを抱き、振り仰ぐ。

 が、それは一瞬にして打ち砕かれた。

「その者達は既に前回の証言を撤回しているぞ。

 お前に脅され、人質を取られ、金を積まれて偽証したと」

「そんな馬鹿なっ」

 何故信じられないって顔を?

 金で、脅迫で得た証言など自分の不利益と知れば、身の安全が確保されれば守る義理はない。

 大事な人のためなら突き通せる嘘も、貴方のためには貫き通す価値なしと判断されたってことでしょう?

 だとするならそれは身から出た錆。

 それだけの人望が貴方になかったってことでしょう?

 驚くほどもない。

 連隊長はマイエンツに事実としてそれを突きつける。

「何故驚く? お前の関係者は既に拘束されている。庇ったところで罪が重くなるだけだ。ならば自ら真実を語った方が罪も軽くなると判断するのは当然だ」

 そりゃそうだ。

 誰だって脅迫してくるような相手の道連れになんてなりたくない。

 端金で同罪の罪など被りたくはない。

 巻き込まれる前に自分から申し出た方が情状酌量の余地もある。

 マイエンツは拳を握りしめ、歯を食い縛る。

 因果応報というものですよ。

 自分を思い遣ってくれない相手の立場を想いやろうとは思いません。

 そんな聖者か聖女みたいな人ばかりなら、世の中にこんな殺伐とした事件は起こらないでしょうし、そもそもは権力財力にモノを言わせて貴方達が好き放題好き勝手にしてきた結果でしょう?

 反省しようともしない罪人を庇ったところでまた罪は繰り返される。

 憎々しげに私を睨んだところで貴方の罪は無かったことにはなりません。それに貴方達のはどう考えたって逆恨みってもんですよ。私は直接貴方に何かした覚えはありません。差し詰めヤクザなどがよく使う『自分のシマを荒らされた』的な言い掛かりですよね。

 憔悴しきったマイエンツ目がキョロキョロ動く。

 必死で言い逃れる術を探しているのだろう。

 石畳の床を掻く指に力がこもった瞬間、マイエンツがバッと顔を上げた。

「ですがっ、私が息子を失ったことに変わりはありませんっ、息子達を護るべき立場にありながら無事連れ帰れなかったことに責任が無いはずありませぬかっ」

 なんでそこにくるかな?

 私は貴方の死んだ息子の保護者じゃない。

 監督責任は親である貴方の責任でしょう?

 貴方の育て方、教育が悪かったからだ。

 何モンスターペアレントみたいなこと言ってるんですか?

 まさか息子が所属していた機関の指導が悪いなんて言いませんよね?

 子供の躾は親の責任です。

 貴方がたの息子が死んだのは貴方がたが子供をしっかり物事の善悪を教育しなかったから。身分が上であることに付け込んで好き勝手を許して甘やかし、つけあがらせた結果が人の忠告無視して同行者を危険に晒し、自分達も喰われたってことでしょう?

 私はちゃんと警告しましたよ?

 絶対無理に開けない方が良いと。

 陛下はその言い分に動じることなく返答する。

「其方の言うその責任は、生憎だがハルスウェルトには無い」

「何故ですかっ、納得できませぬっ、彼奴の領地内で起こったことではありませんかっ」

 そもそもその認識自体間違ってますよ。

 だって、

「ハルスウェルトの領地内ではない。領外、国境の向こうで起こったことだ。故に管轄外、領主としての責任は無い。我々は塞いだ方が良いかと相談、連絡を受けた上で調査隊を派遣した。つまり決定したのは我が国の研究員、許可を出したのは我々国の上層部だ。

 聞いていなかったのか?」

 そう。陛下の仰る通りです。

 築いた塀の向こうで起こったこと。だから判断しかねて指示を仰いだ。

 まあ色々頭にきたこともあったので面倒臭いから穴を塞いで知らぬふりをしようかとも考えたのは事実ですが、私は貴方の息子と違って人の意見に耳を傾ける度量もございます。

 陛下が更にその先を続ける。

「私が彼奴に依頼したのは道案内と通訳。護衛では無い。

 しかもハルスウェルトはその任を依頼した時点で十二歳に達していなかったのだ。この国ではその年齢の者に戦場で戦えと命令することは出来ぬ。その者が自ら望まぬ限りは、な。

 こちらから強引に同行を承諾させたのだ。

 敵対視する其方らのために戦う理由も護る義務も本来ならばハルスウェルトには無い。それに同意するはずもなかろう。

 故にアインツとフリードを同行させたのだ。

 確かに居合せたときはその年齢に達してはいたが、日程は後日決まったこと。それを考慮するなら其方の言い分からすると、私自ら定めたその法律を私が破った。

 其方はそう言いたいのか?」

 剣呑な目でギロリと陛下に睨まれマイエンツは竦み上がる。

「滅相も御座いませんっ」

「よって護衛官の責任であると言うのなら」

「責められるべきはマリンジェイド近衛連隊長か、私、ですね」

 陛下の流した視線にフリード様が応えた。

「そういうことだ。

 護衛の任が与えられていないにも関わらず、ハルスウェルトは突如現れた魔物の討伐に当たり、尽力。見事我が国への被害を未然に防いだ。それは誉めるべき事案であって罪を問うものでは無い」

「ですがっ」

「だが、確かに其方の言うことにも一理ある」

 なんとかそこに縋ろうとしたマイエンツの言葉を陛下が一部だけ肯定した。おそらくそれは貴族からの反感を抑えるためなのだろうけれど。

 私は陛下に重用されている。

 私個人としてはいい迷惑だが、それを依怙贔屓と取られないためか?

 その陛下に一瞬希望の光が灯る。

 だが、それは思いがけない方向に向いた。 

「そこで、だ。本来責任を問われるべき立場にある者に責を取らせることにした」

 どういうことだ?

 責任を問われる立場?

 陛下は誰のことを言っている?

 その言葉に会場内がザワついた。

 スッと陛下の視線が流れる。

「フリーディアス・ラ・アストラエル侯爵」

 ・・・えっ?

 一瞬にして思考が止まり、硬直した私の目に前で、フリード様が陛下に名前を呼ばれ、その御前に歩み出て片膝を付く。

 

「其方を此度の不始末の責任として本日付けで緑の騎士団支部副団長を解任、除隊を命じる」


 ・・・・・。

 なんでっ、どうしてフリード様に責任が行くのっ⁉︎

 どう考えてもおかしいでしょうっ⁉︎

 納得出来ずに身を乗り出そうとした私の肩をイシュカが掴んで止める。

 耳もとで囁かれたサイラスの、『今、陛下の御前で飛び出し反論すればフリード様の御立場が悪くなります』という言葉にグッと拳を握り締め、歯を食い縛る。不服があれば陛下に異議申し立てをする機会はこの後にもあるからと。


「それに異論はあるか?」

「御座いません。謹んでその処罰、お受け致します」

 陛下の申し渡しを動じることなく受け入れ、フリード様が頭を下げる。

「では退がれ。この先の引退後は其方の好きに生きれば良い。

 今まで国に尽くしてくれたこと、礼を言わせてもらおう。

 大義であった」

 そうですよっ、陛下。

 なんで今まで国のために尽くしてくれた方を罪人の戯言如きを聞き入れて除隊なんてさせるのっ!

「勿体なき御言葉。

 最後の最後に御迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 そう告げるとフリード様は騒つく会場の動揺に一切動じることなく、毅然とした態度で退室していった。

 今すぐ追いかけたい。

 だけど陛下の許可なくこの場を離れるわけにもいかない。

 私はこの案件の関係者なのだ。

 パタンと扉が閉まる音を聞き終えて、陛下がマイエンツ達に向き直る。

「と、いうわけだ。マイエンツ。

 其方の子息達にも追及すべき咎があったが既にその命をもって支払っている。故にこの件については他に犠牲者も無く済んだ。国土外での惨事でもあるということで不問ということにしておいてやろう」

 要するに国の法律適応外、調査団内だけでの出来事として片付けるということだ。

「ハルスウェルト殿が被った討伐に掛かった資金その他の穴埋めはその討伐された魔物素材の収益を持って支払うように取り計らいます。貴方がたの子息が死亡した以外、国に実質的な損失も出ておりませんので、これで遺跡発掘調査及びそれに伴う様々な事件はフリーディアス侯爵が双方の間を取り持つために同行しながらその責務を果たせなかったということで責任を取って辞職なさることで、これ以上の追及をしないものとするとの陛下の御判断です」

 財務大臣の説明からすると魔物素材の分だけ黒字になっているのでウチで被った損失分はその収益で補填すると、こういうことか。

「これについて文句はあるか?」

「・・・御座いません」

 陛下の問いかけに否と言えるわけもない。

 ヤツが責任を追及し、追い落とすつもりだったのは息子達より立場が上である私。だが私より上のフリード様が泥を被って既に退室したのだ。文句など言えるはずもない。それを申し立てればフリード様よりも私の立場が上だという意味にもなる侮辱だ。


「ではその他の罪についてだが、宰相」

「はい。まずはここ十年の帳簿その他を徹底的に調べて、検証し、改めたところ、八年ほど前までは正当な領地経営をされていたと思われます。そして今回保護捕縛された者達の証言から致しますと・・・」

「陛下っ」

 更にマズイ追及が始まり、マイエンツは慌てる。

「なんだ? まだ何か言いたいことがあるのか?」

 如何にも面倒だと言う様子で陛下が尋ねる。

「捕縛されていた者達は奴隷紋を刻まれていたと聞いています。

 奴隷は主人に絶対服従、其奴らは主人の命令であればどんなことにでも従う人形です。そのような者達の証言など役に立つはずもありません」

 なるほどね。そうきましたか。

 そういえば二ヶ月前、フィアの前でも言ってましたね。

 全く悪党というのはどうしてこう往生際が悪いのか。

 多分自分が悪いとはカケラも思ってないからでしょうけど、そんなロクデナシのアンタとアンタの息子のせいで、なんでフリード様が責任取る必要がある? 

 私の握り締めた拳の右をイシュカが、左をレインが包み込むように握ってくれた。

 大丈夫だ、落ち着け。

 今、下手に騒ぎ立てるより、正式な手順を踏んで訴えた方が心象も良い。こういうものは印象も大事だ。急いては事を仕損じるというではないか。焦るな。私はそう何度も自分に言い聞かせる。

 私はジッと固唾を呑んで事の成り行きを見守る。


「ではまず、自白した者達から処断していきましょう。

 ビエント、ギェキオル、レントバル。呼ばれた三名は前に」

 連隊長がそう言うと、マイエンツとレッドベルグの後ろにいた三人がそれぞれ兵に追い立てられるように二人の前に出た。

 彼等が御前で膝をついたと同時に宰相が語る。

「本来守るべき民を私腹を肥やすためにマイエンツ、レッドベルグ両名と共謀。極悪非道たる行いは誠に如何とも許し難く、しかしながらその証言により明らかになった事実も多い。よって各々の責任に基づき、奴隷として労働に従事させていた者に対しての正当な対価、及び保証金の支払いとそれにより逃れていた分の税金を追徴課税、更に罰金の支払いを命じ、二階級の降格。その補償、支払いが出来ぬ場合は身分剥奪の上、その身一つでの国外退去を命じる。

 それに異論はないか?」

「・・・御座いません」

 アッサリとその罪を認めて三人は項垂れた。

「では其奴ら三名は退廷せよ。連れて行け」

 陛下に引導を渡された三人は兵に引っ立てられて会場を後にした。

 

「マイエンツ、レッドベルグ、まだ言いたいことはあるか?」

 三人の姿が消えたところで残された二人に陛下がそう問い掛ける。

「奴等が自分の罪を軽くするために私共に重い責を押し付けようとしているとは思われないのですか?」

 なおも言い逃れしようとしているのか、マイエンツがそう問うと陛下は応える。

「思わんな。彼奴らは既に観念している。

 所有していた奴隷の数も其方らに比べれば遥かに少ない。調べはついているのだ、嘘を重ねれば更にその上に偽証罪も付いてくる。素直に認めた方が罪も軽くなろう」

「ですが奴隷紋を持つ者の証言は信憑性に欠けると今までの凡例からも立証されているはずです。私共の奴隷であったという事実など何処に御座いますか?」

 どこまでも見苦しい言い訳に陛下が呆れたように宣う。

「あくまでもシラを切ると?」

「身に覚えのないことを認めるつもりは御座いません」

 嘘に嘘を重ね、見苦しい言い訳を言い続ける。

 それで本当に逃れられると思っているならばアンタ達は相当にオメデタイ。

 次第に剣呑になる陛下の口調。

「アインツ、フィガロスティア。コヤツらに真実を教えてやれ」

 侮蔑の視線を向け、陛下が連隊長とフィアに話を振る。

「今回一連の取り締まりで捕縛保護された奴隷総勢六百三十七名は既にその紋を解除され、その内の三分の二は既にハルスウェルト商会に協力を要請し、アレキサンドリア領以外の新しい就職先へと送り届けられている。勿論、雇用側の身元引受証も地方監査局局長であるフィガロスティア殿下の元に届けられている。

 それに相違ありませんね?」

「はい、相違ございません。

 残る三分の一の人員も既に紋は解かれ、働く場所の目処も付いております。残るは罪に加担させられていた者達の処遇をどうするか、その検討のみで御座います」

 次々と語られる自分達の知らされなかった真実にマイエンツ達の顔から徐々に血の気が引いていく。

「つまり、捕らえた者全員が既に真実を語る口を持っているということです」

 連隊長の一言にマイエンツとレッドベルグは焦る。

「そんな馬鹿なっ」

「奴隷は主人の不利益に繋がることはできないはずですっ」

 奴隷のままであるならば、ね。

 今までも自分達の不利になる証言を語られるのを嫌い、自分達の道連れにした極悪非道な輩が多かったというのは聞いている。

 でもそれは既に『過去の話』だ。

「契約解除できなければ、ですよ。

 今後悪用されては困りますのでその解除方法については秘匿とさせて頂きますが、彼等の胸には既に奴隷紋はありません」

「故に彼等に貴方達を庇う理由はない。

 残念だったな。言い逃れする方法を失って」

 フィアと連隊長にそう告げられて真っ青になる。

 保護されたままだというならばそれが偽りである可能性も見つけられたかもしれない。だが既に地方に散って働いているとなれば話は変わる。

 そりゃあそうでしょうよ。桁違いの数の被保護者をいつまでも止め置けるはずないでしょう? 言い方は悪いがそんな人数をいつまでも抱えていれば経費がどんどん嵩む。下働き、重労働をさせられていただけの人達が然程重要な情報を握っているはずもなく、留め置く理由と必要性は少ない。行き先がわかっていれば必要があればまた聞き出すこともできる状況なのだ。監査局長であるフィアの元にその行き先が伝えられているということは正式に雇用されている証拠なのだから。


「それにどう足掻いても言い逃れは出来ませんよ。

 貴方がたの屋敷から先日、大量の奴隷契約書が隠し金庫の中から発見されました。陛下、それもここに御座います」

 そう言ってフィアは手元にあった紙の束を持ち上げた。

 それは既にただの紙切れとなった奴隷契約書。フィアの手からそれが陛下の手に手渡される。

「随分と分厚いな」

「はい。既に亡くなった者も含めればマイエンツ侯爵が五百六十三名、レッドベルグ伯爵が三百三十四名、総勢八百九十七名になりました。

 これだけの数です。更にそこに追徴課税が課されれば二人共に財産だけでは到底贖い切れるものではないでしょう」

 かなり多いとは聞いていたけれどすごい数だ。

「フィガロスティア第一王子殿下を始めとするアレキサンドリア領領主、ハルスウェルト殿とその部下のイシュガルド、レイオット侯爵家御子息をアンデッドの巣食う穴に落とした罪もそこに加えられることになりますので、終身刑、もしくは死刑台が貴方達には待っていると覚悟して頂いた方が良いと思いますよ?」

 連隊長がトドメとばかりに二人に向かってそう言い放つ。

 陛下の凍えるような冷徹な瞳がマイエンツ達に向けられる。


「それで、まだ見苦しい言い訳はあるか? 

 あるならば申してみよ。私が全て嘲笑い飛ばしてやろう。

 貴様らの罪は白日の下に晒された。

 これでもまだ無様で滑稽な言い逃れを続けるつもりがあるならば一応は聞いてやろう。今後罪を犯し、捕らえられた者達に言って聞かせる良い話のタネになるやもしれぬからな。

 悪の栄えたためしはないと」


 既に二人の顔色は青を通り越して真っ白だ。

 ガタガタとその身体は震え始め、虚に彷徨い出す。

 その様子に陛下は更に言い募る。


「さぞかし良い教訓になるであろう?

 ここにいる者もよく覚えておくが良い。己の立場に驕った罪人の末路を。

 私の目の黒い内はこのようなことは二度と赦さぬ。

 万が一このようなことを行なっている者がいるならば即刻申し出よ。その勇気もないというならばすぐさまその態度を改めて正せ。

 奴隷ではなく、雇用であるならば問題もない。

 後に違法な手段での対処が発覚した時にはマイエンツ達と同様、厳しい処罰が待っていると心得よ」


 それはマイエンツ達にではない。

 この場にいる、他人事と決め込んでいる傍聴席に座る貴族達にむけられた言葉。

 今回捕まった者達はそれなりの複数の数の奴隷を抱えていた者達だ。

 だが闇で人身売買が行われているということは、他にも奴隷として働かされている者が少なからずいるだろう。

 陛下の放った一言で動揺した者は、恐らくクロ。

 陛下とその国の要人達はつぶさに会場に鋭い眼光を向けていた。

 それに気付いた貴族達がギクリと身体をこわばらせる。

 陛下の放った言葉は更なる一手。


 犯罪者は許さない。

 必ず見つけて処断すると言わんばかりのそのセリフは犯罪を抑制する楔となってくれるだろうか?

 奴隷も買う者がいるから売る者もいる。

 買う者がいなくなれば闇にいる奴隷商人も仕事がなくなる。

 

 そんな物事は簡単なものではないだろう。

 それでも静まり返った場内の緊張に、少なくとも今までよりはマシな未来が待っているかもしれないと、

 そう思ったのだった。



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