07 のこちゃん、必殺剣を放つ
光の速度は、真空ならば秒速29万9792.458キロメートルと言われている。
太陽が沈んで暗くなれば、懐中電灯や携帯・スマホなどで光を点すと、かなり離れた場所からでもすぐにそれと分かる。
要は、距離をものともせず、発せられた光が一瞬で届いているのだ。
比喩では、よく"1秒で地球を7周半する"などと表現される、お馴染みの豆知識である。
ならば、重機が金属製の杭を打ち出して岩を粉砕する様な強力な破壊の衝撃を、収束された光に情報として乗せてやれば、十分な攻撃の手段となるだろう。
瞬時に、狙ったところへ光が到達したなら、そこへ衝撃を顕在化させてダメージを発生させる。
処刑騎士団のアビスガルダが放つ光による射撃の方術は、実に単純な理屈だった。
そして、単純であるがために、使い勝手も良い。
シンプルな戦闘能力としても、近距離は当然の事、かなりの遠距離からも威力を損なわず攻撃できるとあって、申し分がない。
その特性と併せ、光を通してしまうものであれば、強化されているガラスや方術の障壁など、全てすり抜けて標的へ衝撃を届かせてしまうため、時には暗殺などにも用いられた。
直撃させれば、頑丈なティハラザンバーでも、先ほどまで地に転がされていたのは記憶に新しい。
数を撃つにまかせたゴリ押しで、窮地から脱した事も一度や二度の話ではない。
そんな積み重ねによる、方術への確固たる信頼があった。
現にアビスガルダは、今日まで、これで一線にて活躍してこられたのだ。
それなのに、である。
少し飛び退いただけの超々至近距離から"発せられた光を見て全て避ける"など、経験則的にも、対人戦であり得る話ではない。
しかも、己の倍以上あるティハラザンバーの巨体がやったとなれば、常識を疑えや臨機応変に対応とか言われても、ものには限度があるだろう。
「何だそりゃあ?!」
などと、驚愕して思わずツッコミを叫んでしまうのは、無理のない話であった。
のこちゃんからしてみれば、なりふり構わない全力での回避行動だったにしても、実際のところ"揺らめきの流れ"で予め攻撃の軌道がバレているので、まぁ多少インチキではあるのだが。
とは言え、大ティハラの助力を得て、格段に飛躍したティハラザンバー驚異の身体能力があってこそ、なし得た奇跡的な結果には違いない。
しかも、天空の女神の神器である双剣によって、アビスガルダには、更なる理不尽が突きつけられつつあった。
「斬って捌くですか?」
『ふむ、斬るとは言っても、正確に刃を合わせる必要もないのだがな…のこ』
のこちゃんは、光線の攻撃だから刀身に受けてピカッと反射させるのかな?くらいのボンヤリした認識のまま、トレーナーの言う事を真に受ける。
その辺りの信頼関係は、ティハラザンバーをやって行く上での命綱と認識もあるため、もはや揺るぎがない。
「やってみます!」
何より目前の敵、シマユリの命を軽く使い捨て様としたアビスガルダは許せない。
こんな他に頼る者のいない僻地にあって、同じ人間が、しかもたった独りでいた無力な子供をである。
かつての自分とシマユリを重ねているのも大きいにせよ、のこちゃんの本来が人間であればこそ、自分が攻撃された以上に見過ごせない事態なのだ。
この先も、シマユリを狙うかも知れず、シマユリに限らずとも似た様な事を繰り返す可能性があるとなれば、尚更だろう。
のこちゃんには、問題解決に際して相手をギタンギタンにしてやるぜ的な、ジャイアニズムめいた暴力行使の積極性は無い。
それでも、最低限アビスガルダから戦闘能力を奪うくらいの結果を求めて、自ら戦う決意を促すには十分な理由であった。
そして、戦うと決めた以上は、少しでもティハラザンバーの能力を引き出す必要もある。
いくら大ティハラに救済されたとは言え、アビスガルダの方術によって被った大打撃は、決して侮れるものではない。
のこちゃんにとってトレーナーのアドバイスは、活路へと誘ってくれる、まさしく金言なのだ。
ティハラザンバーは、双剣を持つ手に力を込めた。
ふと気がつけば、ティハラザンバーの活性化に伴い、凪いでいた風がまた湖畔に吹き始めている。
アビスガルダの足下で草がそよぎ、何処かから抜け落ちたであろう木の葉が、眼前をよぎってゆく。
「ちっ、悪い冗談だなっ」
動揺したのも一瞬の事であった。
意識を切り替えたアビスガルダからは、再びティハラザンバーへ向けた"揺らめきの流れ"が、一気に押し寄せる。
初撃を避けられたなら、間髪入れず、それ以上に方術を殺到させてやれば良い。
単純な攻撃だからこそ、多用も応用もし易く、それゆえに厄介とも言える。
瞬く間、数多におよんで起ち上がった方術の発光が、術者である漆黒のアビスガルダの姿を霞ませる。
その光量によって、湖の水面が、反射のきらめきに満ちる。
地面をも飲み込む眩しさに、ティハラザンバーの視界が覆われてゆく。
これでは、アビスガルダの動きどころか、"揺らめきの流れ"すら把握しきれないだろう。
相手の目視すらも考慮して、即座に構築された攻撃の処方箋である。
場慣れの意味では、アビスガルダに一日どころか、数日の長があると言えた。
「わっ、多すぎてダメですよね、コレ!?」
ティハラザンバーの目が、まばゆさで細められたのもつかの間、みるみる増えて行く光に驚いて、逆に丸く見開かれる。
『なに、こちらへ集中してくれるのなら、むしろ好都合だ…のこ』
まとめて双剣で払ってしまえと、トレーナーは、さも容易そうに言ってのけた。
「ええ…」
確かに、そのひとつひとつは細い光線なので、双剣でピカピカと対応可能な気もする。
しかし、ここまで光で溢れてしまうと、二振りの剣でどうにかできるイメージが湧かなかった。
やればできるみたいな感じを出されても、のこちゃんにとっては、無理難題に他ならない。
もちろん、トレーナーを信頼しているし、その言葉も疑わないにしても、それとこれとは話が別である。
ただ、逡巡している暇も無かった。
「ああ、もう!」
ティハラザンバーは、眼前に満る光の奔流へ向け、慌てて両手で双剣を突き刺す様にかざす。
前へ倣いで、列に並ぶ時、先頭以外の人がする形である。
下手をすれば、まっ正面から方術の嵐に飲み込まれてしまう。
そうなってしまえば、前回以上のめった打ちにされた末、ティハラザンバーと言えどもただでは済まないだろう。
だが、そうはならなかった。
双剣をかざした途端に、文字通り、その場の空気が変わったのだ。
のこちゃんからしてみると、妙に澄んだ空気が、眼前にひろがる感じがした。
それと同時に、方術による光の一切が掻き消される。
そもそも、方術は光ってなどいなかったと言わんばかりに、アビスガルダが攻撃を仕掛ける前の状態へ戻っていた。
周辺の景色は、拍子抜けするほど、穏やかでクリアである。
湖の水面が風になでられて、ざっと音を立てる。
トレーナーが、フッと、吐息の様な声をもらした。
「あれ?」
つられて、のこちゃんも、間の抜けた声をこぼす。
「なっ………………」
そして、今度こそアビスガルダは、驚天動地の心境だったに違いない。
確かな手応えと共に発動していた方術が、訳も分からず丸ごと消滅したのだ。
結果として、攻撃が成立しなかった。
それは、先ほどと同様だろう。
しかし、避けられた時とは、状況の意味が変わる。
そして、それが分からないアビスガルダではない。
「…てめぇ、"何か"しやがったな」
恐ろしく敵意のこもった呟きに合わせて、アビスガルダの周辺に、またしても方術による発光が開始された。
術の発動は、確かであった。
歴戦に裏打ちされた肌感覚が、そう告げている。
アビスガルダは、それを検証するかの様に、光の数を増やしてゆく。
方術の研鑽は、昨日今日の話でもない。
当然、場数を踏んでいれば、方術を阻害してくる様な敵と戦う事もある。
それでも、生き残ってきたならば、これからもやる事は変わらないのだろう。
継戦の意志は、その行動に示されていた。
『そら、続けてまた来るぞ…のこ』
「………!」
トレーナーの注意喚起で、のこちゃんは、我に返った。
訳が分からず呆気にとられたのは、アビスガルダだけではない。
のこちゃんとて、ティハラザンバーに驚かされる意味では、似た様な立ち位置なのだ。
とは言え、双剣でこの場を凌げるらしいと分かっただけでも、光明は見出せる。
慌てて、ティハラザンバーは、次の攻撃へ備えて構えなおすのだが………
「あっ」
ぼーっとしていて、気がついた時には、状況が変わっているなどよくある話である。
すでに、アビスガルダは、地を蹴って空高く跳躍していた。
漆黒の金属装甲で全身を覆った人の姿が、重たそうな見た目に反して、軽やかに宙を舞う。
のこちゃんの感覚では、5~6階建てのビルの高さくらいまで、一息に到達している様に見える。
その運動性に、アビスガルダ本人の言う"存在ごと強化している"の意味が、具体的に表現されていた。
「ああ…」
同時にそれは、日曜日の朝を彷彿とさせる、超人的な絵面でもあった。
「………………(メタリック・ヒーローズと言うより、昭和フルヘルムナイトの改造人間の方が近いかも知れないなぁ)」
なので、自分の状況を棚に上げて、のこちゃんが、そんな事をちょっと思ってしまっても仕方がない。
『その"牙のむき方"は、何やらニヤけているのであろうが、戦いに集中するのだ…のこ』
しかし、トレーナーからは、苦言を呈されてしまった。
トレーナーも、あるていどは、のこちゃんの事を理解し始めているらしい。
一方、アビスガルダの算段は、恐らく、正面から攻め辛かったとしても、別のアプローチを模索すれば良いという事なのだろう。
「全く通じないって訳でもねぇんだろ?!」
不意打ちとは言え、一度は直撃した事実に、勝機を求めている様子が窺える。
そして、その跳躍している軌跡に沿って、身体にまとわりついていた方術の光を次々と放ってゆく。
それは、半包囲からティハラザンバーその一点へと向かう様な、集中砲火に似ていた。
術の射出と着弾にはタイムラグが無いため、衝撃が瞬時に地表に顕在化を果たす。
いきなり、ティハラザンバーの周りでは、破砕された土けむりが群をなして飛び散った。
「ひぃやぁああぁぁぁぁっ」
慌てるのこちゃんを置き去りに、間断のない衝撃が重い振動を乱立させて、渦巻く様に連鎖し続ける。
地上への機銃掃射と比喩するのも生ぬるい。
その威力と密度と果てしなさは、この世に再現された無間地獄の如きである。
『それ、よく目を凝らして、先ほどの様に払ってしまうのだ…のこ』
それでも、"揺らめきの流れ"が見えるので、まだマシなのだろう。
気持ちを騒然とさせたままでも、ティハラザンバーの高精度な眼力を駆使して見極め、豪腕で双剣を振るう。
双剣それぞれをなるべく正確に操り、絶え間なく襲ってくる"揺らめきの流れ"を、一つ一つ遮らせてゆく。
突破されたら、また痛い目を見るのだ。
トレーナーに言われるまでもなく、のこちゃんは、方術の嵐にせっせと対処した。
この双剣は、ティハラザンバーの体格に誂えた様な、長大で厳つい造りをした二振りの刀である。
それを頭上高く軽々と掲げ、それぞれ独立した動きをさせながら激しく刀身を閃せているその姿は、あたかも剣舞の様だった。
端から、ティハラザンバーは、アビスガルダに踊らされている様に見えたかも知れない。
しかし、その甲斐あって、何とか直撃すると思しき方術の軌道は、洩れなく打ち消せていた。
「このっ、このっ、このっ…」
とは言え、究極ハードモードのモグラ叩きゲーム状態では、息をつく暇もない。
終わりの見えない防御で、精神的な負荷は、着実に増してゆく。
ティハラザンバーは良いけど、中ののこちゃんは何て言うかな?
YAZAWA的な意味では、"必死"以外の何者でもなかった。
我ながらよくやっていると、変な笑いがこみ上げてくる、のこちゃんである。
『ふむ、やはり上手いではないか…のこ』
そんな大変なところへ、教え子の成長を見届ける体で観戦モードのトレーナーが気楽なコメントを寄せるので、のこちゃんの信頼が少し揺らいだのはここだけの秘密だ。
何れにしても、このまま一箇所に留まっていては、狙われ放題と危機感が募る。
延々と攻撃をし続けられてしまえば、強靱でお馴染みのティハラザンバーは兎も角、のこちゃんが挫けかねないのは本当の話だろう。
それに、攻撃を打ち消し続けるだけでは、逆転の決定力にも欠ける。
のこちゃんは、双剣を忙しく振り回しながらも、何とか状況を変えるべく、右へ左へとステップを踏んで方術の掃射をばらつかせる様に試みたのだが。
「上を取るってのは、こういう事なんだよ!」
あざけり気味に、アビスガルダはその都度、難なく射線の修正をしてしまう。
確かに、建物などの身を隠せる遮蔽物が無い場合、上空から見れば、地上の標的が多少動き回った所で見失う事はないのかも知れない。
その辺りは、上背のある埴輪の巨人と直面した時、感じた不利さに似ている。
ティハラザンバーが対応で手間取る隙に、着地したアビスガルダは、また跳躍して次の攻撃を仕掛ける悪循環を作ってしまっていた。
ただし、飛行している訳ではない。
アビスガルダの手数に押されているのは事実にせよ、裏を返せば、こちらに飛翔能力があったなら簡単に立場が変わるだろう。
その辺りに、引っかかるものを覚えた、のこちゃんである。
「このっ、このっ(空を飛ぶか………)」
もちろん、ティハラザンバーには、そんな能力こそ無いものの、アビスガルダに負けない跳躍力が備わっている。
それならばと、のこちゃんは、トレーナーへ思いつきを話してみた。
『ほう、やってみよ…のこ』
トレーナーも、提案してきたのこちゃんへ、興味深げに実行を促す。
即座に、ティハラザンバーは、かがみ込む様な姿勢を取って見せた。
「うん?」
空中にありながら、アビスガルダは、ティハラザンバーの様子に微妙な変化を見受けて、訝しんだ。
当然、攻撃の手は、その間も緩めていない。
しかし、何をしようとしたところで、このまま押し切ってやると、アビスガルダが気合いを入れ直した時である。
刹那、ティハラザンバーは、脚部に溜められた力を解き放ち、勢いよく中空へ飛び上がった。
その踏み込みのエネルギーで、湖がざわめき、湖畔の地面が陥没する。
「このおっ!」
前方へと突き出された双剣が、阻む光の方術をことごとく打ち消しながら、滞空しているアビスガルダへぐんぐんと迫る。
「てめぇっっ」
そうはさせじと方術の数が増えるものの、目に見えて芳しくない事態の推移に、アビスガルダは舌打ちをした。
『そら、あやつも狼狽えているぞ…のこ』
のこちゃんの提案が思い切りの良いもので、豪快聖女の好みだったらしく、トレーナーの口調もどこか楽しげである。
一方のアビスガルダは、形勢逆転されかねない選択を迫られる立場になり、かなり面白くなさそうであった
ティハラザンバーの急接近に、決断する時間も無いに等しい。
得意な方術に効果が期待できないのであれば、アビスガルダは、身体能力を強化され、装甲を纏って頑丈になった人間にすぎない。
「本当に、悪い冗談が過ぎるってんだよ!」
咄嗟に自分自身へ方術を発現させると、その衝撃でアビスガルダは弾かれ、それまでの跳躍軌道から逸脱する。
タッチの差で、本来アビスガルダがいたであろう空間を、疾風の如くティハラザンバーは通り過ぎた。
「あぁ、ダメかっ」
『ふっ、味なマネをされたな…のこ』
宙を落下しつつ、アビスガルダは、無数の光の方術でティハラザンバーの背を追い打ちする。
「はっ、下から狙ってやるだけだってな!」
あわや、不意打ちにて地を這わされた、先の二の舞かと思われたその時………
「やあっ!」
滑空しながら双剣を振ると、ティハラザンバーが急旋回して、アビスガルダの攻撃を躱した。
いや、急旋回と言うよりも高速方向転換の様な、ただ滑空するだけではなし得ない動きであった。
埴輪の巨人を吹き飛ばした、暴風を利用しての空中機動である。
間違いなく、あの時は、偶然の発現だった。
しかし、今は、双剣にできる事として分かっているのだ。
やれそうであるならば、やらない手はない。
まさに、"虎に翼"という言葉の比喩を、のこちゃんが積極的に実現させて見せた瞬間だろう。
両手により左右へ広げられた双剣が、陽光を反射して輝く。
ティハラザンバーは、再び双剣を振って直角に上昇すると、クルリと体勢を入れ替え、落下中のアビスガルダに向き直た。
のこちゃんの予想以上にイメージ通りの動きができるらしく、空中にあっても、器用な身のこなしにも見える。
『これを才覚と言うのか?
戦いの中で、よくこんな事を思いつくものだな…のこ』
などとトレーナーが本気で感心するものの、オールラウンド戦闘弱者と言っても過言ではないのこちゃんに限っては、そんな気転が利くはずもない。
確かに、この試みへと至る材料はそろっており、それをまとめる閃きもあった。
ただ、これまでも思いつきの出典は、大凡がチャムケア関連に限られるのだ。
現に今も、のこちゃんの脳内では、『チャムケア!POPPIN'◎PLANET』のBGM、"死闘!チャムケア対ブラックタンブル"が鳴り響いている。
「順風満帆でソウロウ!」
しかも、のこちゃんからその主人公であるケアフローリッシュの口癖が発せられたので、どうやらこれもチャムケアが元ネタである事は決定的となった。
『チャムケア!POPPIN'◎PLANET』は、初代の『チャムケア!』と続編の『チャムケア!MarvelousHowl』に続くシリーズ3作目で、『P◎P』などと略される。
人気だった初代2作のフォーマットを引き継いだ作風なので、放送開始の当初こそは、目新しさが希薄などの不評を買ってしまい、今ひとつ振るわなかった。
ヒット作の続編によく見られる"約束された成功"の文脈で捉えられてしまったのだろうと、のこちゃんは、師であるきょう姉さんからの解説を受けている。
しかし、チャムケア初の"フォームチェンジ"や敵幹部の少女が味方に転向する所謂"光落ち"に"EDでダンスする"などの要素が、6作目の『スマッシュチャムケア!』をはじめ、後年のシリーズに影響を与えた意味では、決して隅に置けない作品である。
もちろん、のこちゃんも大好きなのだ。
"空を飛ぶ"で、のこちゃんがまっ先にイメージしたのは、この『P◎P』であった。
と言っても、登場するケアフローリッシュとケアハーンに、飛行能力は無い。
飛行能力を持つチャムケアは、7作目『ハードチャレンジ!チャムケア』や、シリーズ10作目の周年記念タイトル『ラックネスサージチャムケア!』など、確かに存在している。
だが、ところせましと3D空間を縦横無尽に跳び回る機動力と、それを生かしたフィジカルバトルに重きを置く作風がそもそものチャムケアである。
跳躍を繋げての空中戦こそ、本来の見せ場とも言えるのだ。
シリーズ15作目の周年記念タイトルである『TUGって!チャムケア』でも、初期メンバーであるケアシュトラールが自分の必殺技に乗って飛行する荒技を使うものの、翼を意味する名の主人公ケアフリューゲルは、跳躍を利用したバトルスタイルが印象的だった。
そして、それらに先がけて、シリーズ屈指の大跳躍を見せたのが、『P◎P』のケアフローリッシュとケアハーンである。
ケアフローリッシュとケアハーンには、聖なる光に守られる特徴があり、戦闘中にそれを利用したバリアを張ったりする。
その応用と思しき光のサポートによって大跳躍もなされるのだが、バリアになるなら足場にもなるとばかりに、空中で次の大跳躍へと無限に繋げられるのだ。
それは、まさしく空を駆けるが如く、飛行しているのと変わらない空間機動を可能とする奇跡のチャムケア・アクションに数えられるだろう。
つまり、双剣のサポートによる跳躍の空中コントロールは、その辺りが、のこちゃんにインスパイアされているのだ。
今、ティハラザンバーは"天空の女神様の神器"という名の聖なる力によって、文字通り大空を翔けていた。
ちなみに、"聖なる"の正しい読み方は、"聖なる"である。
敢えてそう読むこれも、ファンによる作品の愛し方の一つとだけ付け加えておこう。
「いい加減にしろって言ってんだよっ、この化け虎野郎がっ!」
宙へ躍り出たティハラザンバーに、地上に戻ったアビスガルダからは、怒りの込もった方術が砲煙弾雨とばかりに絶え間なく放たれ上がった。
その一撃一撃が、大ダメージ必至の破壊力である。
狙いの正確さと放たれた瞬間に着弾する術の性質で、なかなかの厄介さなのだ。
それは、必殺の群と言っても、過言ではない。
のんびりしていたら、すぐに撃ち落とされてしまうだろう。
のこちゃんは、次々と投げつけられる"揺らめきの流れ"に双剣で対処しながらも、ティハラザンバーを空中で跳ねまわらせた。
双剣の右で方術を打ち消すと同時に、左で暴風を発射するといった具合である。
当然、その逆もあり、時には両方を使う。
『おお、上手い、上手いではないか…のこ』
トレーナーにとっても新鮮な戦法だったらしく、その声は、それまでよりも輪をかけてこの状況に興じていた。
「あんっ…まりっ…喋りっ…かけないでっ…くださいっ…」
しかし、当初は思った通り動けたにせよ、避けるためと打ち消すための双剣の操作が重なる内に、のこちゃんにかかる負荷もやはり増してゆく。
攻撃を捌く両腕の忙しさに頭が追いつかなくなって、イメージする事の継続も難しい。
そうなると、どんどん場当たり的で、力任せのデタラメな動きになってしまっていた。
元々、空を飛ぶ生活に慣れていたのなら話も変わってくるのだろうが、のこちゃんは、地に足をつけた庶民派なのだ。
熟練の飛行機パイロットでも、時として、飛行中に天地を見失う空間識失調を起こすと言われている。
初心者であるのこちゃんが、地上へ全力で突進して激突していないだけでも、十分に奇跡的である。
上、上、下、下、左、右、左、右な滑空をしたかと思えば、明後日の方向に跳んで、斜め上へと翔け昇る。
もはや、U F Oと化していたものの、本当の所は、半ば神器の力に翻弄されていたに過ぎない。
それでも、何の法則性も無いその滅茶苦茶な挙動は、方術の狙いを定めさせない効果を上げていた。
もちろん、地上のアビスガルダに届いていなかっただけで、のこちゃんは、それなりに悲鳴も上げている。
「くそっ、図体でけーくせに、動きがテキトーすぎて当たりゃしねぇ!」
一方で、相手のそんな状態をつゆ知らず、アビスガルダには焦りが見え始めた。
かなりの弾数を誇る術者であろうとも、さすがにここまで手間取ってしまっては、自ずと限界も訪れる。
ここは、痛み分けという体で引くのもアリかと、そんな考えを脳裏によぎらせていた。
つまり、面倒を避けたいという、弱腰を垣間見せたのだ。
確かに、大きなダメージを与えて倒したと思えば急に復活し、自信のあった方術を打ち消され、現在は、ピンボール玉の様なふざけた姿を空の上で繰り広げている。
ティハラザンバーが相手では、いちいち奇想天外と言うほか無く、調子が狂うのも仕方ないのかも知れない。
だが、前線で戦うに関してベテランとも言って良いアビスガルダのそれは、普段ならば絶対にしない緊張感の切らせ方だった。
そして、そんな姿勢は、一瞬の隙として現れてしまうものである。
アビスガルダは、無意識にしたバックステップで、それまでの攻撃リズムをずれさせた。
時をほぼ同じくして、のこちゃんもまた、この状況に焦っていた。
まぁ、こちら側に関しては、そりゃそうだろうなとしか言い様がないものの。
ただ、これも大ティハラによる補助の効果なのか、そんな制御不能そうな飛び跳ね方をしていても、のこちゃんの目は全く回っていない。
「あれっ、何でこっちに飛んだ?あれっ、あっ良いのか?あれっ、あれぇーっ?!」
目は回っていないのだが、何とかしなくてはと、気だけが動転している感じだろう。
何れ、こういった局面に慣れてくれば、冷静な判断もできる様になるはずである。
しかし、今は、ティハラザンバーの並外れた反射神経と持久力で、何とか乗り切れているだけの話だった。
それでも、アビスガルダの方術に対処できているのは、神器の影響なのか文字通り神がかっている。
『ふむ、やはり、いきなりでは無理もあるか…のこ』
さすがに浮かれていたトレーナーも、そのパニックぶりを見て平静さを取り戻し、今は、のこちゃんを案じている。
『いっその事、この身体の頑丈さに任せて、流れを変える手もあるのではないか?…のこ』
要は、面倒なのでまた突貫して蹴散らしてしまえという、いつもの豪快聖女らしい訓示だった。
とは言え、確かに、このままではどうしようもないと、のこちゃんも身につまされていたところなので、一応の切っ掛けではある。
「だ、だったら、あれだ、あれをやってみようっ」
"あれ"とは、もちろんチャムケア・アクションの事である。
のこちゃんとて、無為に?跳ねまわっていた訳ではない。
もちろん、人間の平衡感覚器官であれば瞬殺されていたに違いない、デタラメな空中運動にしれっと耐えられている自分にも気が付いている。
しかし、それ以上の発見は、この無茶な空間機動を成立させている要因が、双剣だけでなかった事だろう。
何と、のこちゃんのイメージを実現させるべく白銀鎧の部分からも強風が吹き出されていて、空中では、細やかな姿勢コントロールをアシストしていたのだ。
どんな跳ね方をしていていようとも、やけに黒い革の服がバタバタし続けているなぁと、素朴に思った所から判明へと至った。
濡れた全身の体毛を乾かす時に、ティハラザンバー自身による発熱に加え、風を発生させてドライヤーの様な効果を生んでいた事を憶えていたのも大きい。
言うなれば、双剣と白銀鎧、神器の連携である。
同じ天空の女神の神器なので、こういった事も仕様なのかも知れないなどと、のこちゃんは、デジタルネイティブ世代らしい納得のし方をしていた。
そんな、心の準備が固まった折である。
不意に、それまでのアビスガルダから繰り出され続けていた攻撃が、間を開けた気がしたのは。
ならば、あとは、決行あるのみだろう。
「やぁーっ!」
のこちゃんは、双剣の片方だけを真上に突き出して、白銀鎧からの強風で脳天からつま先を軸にティハラザンバーの身体を高速回転させると、頭からアビスガルダへ向かって急降下した。
もう片方は、身体にそって後に下げたまま、暴風の推進力係だ。
みんな大好き、回転して攻撃である。
身体の回転を利用して攻撃するのは、何も、破壊牙々の狼獣人セイランや埴輪の巨人に限ったものではない。
当然、チャムケアにも、そういったアクションは存在している。
特にケアナイトとケアライトの活躍するシリーズ初代では、ケアライトが、相手の力を利用して戦う中国武術で言うところの化勁の様なスタイルで、身体を回転させて自分よりもはるかに大きな敵の怪物を投げ飛ばしたり地面へ叩きつけたりしているのだ。
さすがに、そんなテクニックは持ち合わせていないにせよ、のこちゃんが憧れていない訳がない。
ただし、どう考えても目を回すため、これまで自分が回転するのは思いもしなかったのであるが………
「目が回らないと分かったのでー!!」
ティハラザンバーは、弾け飛んだドリル刃の様に、錐もみ状態で一直線に空間を突き進む。
回転に合わせ、突き出された白銀の刀はジューサーミキサーの刃の様にスピンして、浴びせ来るアビスガルダの方術群をことごとく掻き消していった。
落下の勢いも加わり、かなりのスピードで迫っている。
「本当に、ばかばかしい事ばっかりしやがる…」
そのまま、先端の剣で穿ちに来ると予想したアビスガルダは、再び自らも跳躍した。
それも、ティハラザンバーの飛来する軌道を読んで、近からず遠からずギリギリの所をすれ違う様にである。
いくら空中での方向転換ができるにしても、勢いがつき過ぎているこの現状では、必ずいったん着地してから次の攻撃動作にせざるを得ないだろう。
強くて大きなアクションは、それ故に、むしろ予測がし易い。
何なら、横を通り過ぎる時に、嫌がらせで方術を一二発叩き込んでも良い。
それで稼いだ僅かな時間があれば、アビスガルダには、この場を何とかできる自信があった。
そして、やはり潮時と判断したらしく、跳躍の先は、自分が出てきた巨木の大森林へと向かっている。
『ほう、こやつめ、引き際をわきまえている様だぞ…のこ』
「えっ、逃げるの?!」
言われてみれば、あれだけ派手に方術をばらまいていたのだ。
そのために、何かしらの消耗が伴うならば、退却するのも納得のいくところなのだが。
「ここまでやっといて仕留められないのはムカつくが、んな所で、死力を尽くすつもりも無ぇーからなっ」
ティハラザンバーに接近するアビスガルダは、忌々しそうに毒づきながら、暗闇色の顔に灯らせた双眸の光を強くさせる。
「…違う!!」
のこちゃんは、咄嗟に、後へ下げていた双剣のもう片方をアビスガルダに向けて振り上げる。
時空刑事が、電飾で格好良く目を光らせる演出は、必殺剣を振るう時のお約束だからだ。
その刹那、両者の空間で、何かが掻き消えた。
それも、強い反動を伴った、これまでアビスガルダが使用していた方術とは、異質なものである。
「クソっ、勘まで良いのかよっ!」
アビスガルダは、今度こそ本気で撤収するらしく、ティハラザンバーを振り切る様な姿勢を取った。
「ああっ、逃げられちゃう」
ティハラザンバーの回転を強引に止めて何とか体勢を整えたのこちゃんだったが、アビスガルダの姿は、すでに双剣の届く範囲にない。
双剣を背後へ回して暴風のブレーキをかけていても、最初につけた勢いが収まらず、両者の距離は開くばかりである。
『何か仕掛けていたとは、よく気がついたな…のこ』
「鉄板ですから」
また、よく分からない事を言うのこちゃんに、少し間を置いてトレーナーは続けた。
『………その発想力を以てすれば、もはや双剣の斬撃を飛ばせるだろうよ。
離れた相手へ剣の威力が届くイメージをするのだ…のこ』
それは、のこちゃんが伝説の中で見た、聖ザンバー=リナの技の事だろう。
彎刀を振り抜いて、その威力だけを大ティハラへと投げつけていたのだ。
「あれですか…」
これまで、のこちゃんは、チャムケアのインスパイアから、ティハラザンバーで色々としでかしてきた。
しかし、武器を取り扱う場合、基本的に素手で事に当たるチャムケア準拠では、イメージが難しいのだ。
何なら、『TUGって!チャムケア』の主人公ケアフリューゲルは、最初の幹部怪人と中ボス決戦を迎えた時、顕現したチャムケアの剣を自らの矜恃に反するからと、己の手でチャムケア相応のアイテムへと造り替えてしまった。
敵を倒すだけがチャムケアではない。
そんなメッセージを読み取って、玩具の販促と理解しながらも、あの奇跡のくだりはシリーズ屈指の名場面と、のこちゃんも魂に刻み込んでいる。
一方で、『OK!チャムケア4!』の続編である『OK!チャムケア4forFaraway!』では、青いチャムケア、ケアセオリツがサフィールフレッシュというエネルギーで弓矢を模した必殺技を使ったり、どう見ても剣の形をしているアイテムをステッキと言い張って全員で必殺技を放つ時に使用している。
ただ、劇場版で主人公のケアククリが、そのステッキをまるで剣の様に使いラスボスをめった斬りにして倒していたのは、ご愛敬である。
『スワイプチャムケア!』のケアビースティも、青いチャムケアとしてケアセオリツを継承し、氷で作られた弓矢であるビースティ・ブラスト・アーバレストという必殺技を使う。
攻撃を"飛ばす"のは、弓矢でイメージがしやすいのかも知れないものの、あくままでも剣が放つとするならば、どうもピンと来ない。
他にも、『ラックネスサージチャムケア!』の主人公ケアマブリーはエネルギーでマブリーリベルトマホークを作りだし怪物を叩き割り、『ローリンゲット!チャムケア』の主人公ケアタリアーもアイテムからエネルギーの剣身を生やして接近戦に使ったりする。
結局、敵を倒さなければお話にならないので、攻撃的なチャムケアだって、それはそれで良いものである。
チャムケアは、みんな違って、みんな良い。
とは言え、何れも、双剣から斬撃を飛ばすイメージには直結しない。
『バシバシ!チャムケア』のレイケンリュウナギナタは、元は古代に存在したチャムケアの武器だったものの、ライバルポジションであるレイナの手に収まっているから、惜しい気がしつつも何か違う。
のこちゃんからしてみれば、実に悩ましい話なのだ。
チャムケアに限らなければ、パッと思いつくのは、剣に蓄えられたエネルギーで戦う、それこそ時空刑事のシャイニングソードだろう。
闇を切り裂く様に、シャイニングソードのかけ声で剣身を輝かせ、その戦いを決定する必殺技を放つのだ。
幼い頃、きょう姉さんと一緒に見ていた事を、今でもよく憶えている。
そう言えば、時空刑事の音楽を担当していた劇伴作曲家の巨匠は、初代チャムケアにも楽曲を提供しているから、あながち無関係でもない。
あれこれ迷っている暇がないので、ここは、きょう姉さんの力を借りる感じでなら、シャイニングソードのイメージもアリな気がしてきたのこちゃんである。
「し、シャイニングソード!」
大凡の場合は、好事家の力を借りても最適解からは遠くなるにせよ、のこちゃんからしてみれば、心強いに違いないのだろう。
ちなみに、のこちゃんが"あれですか"と言ってから、ここまでのうんちくと葛藤にかかったタイムは、わずか0.05秒に過ぎない。
のこちゃんのイメージに応えたと思しき双剣の刀身は、高速の振動を伴って、煌々とまばゆい光を纏い始める。
不意に刀身が円筒形へ変わったりしないか?というのこちゃんの余計な心配をよそに、輝きの極まった双剣は、またしても広げられた翼の如くティハラザンバーの左右に展開した。
双剣を振るうための姿勢制御なのか、白銀鎧からはこれまでにない強風が四方八方へと吹き荒れ、ティハラザンバーの身体を空中で安定させる。
黄金の体毛が、双剣の輝きに照されて、キラキラと光を反射する。
黒い革の服が、激しく音を立てて翻っている。
大気が咆吼を上げる様にうねり、逆巻く。
『ほうっ、神器がこんな状態になるのは、初めて見るぞ!…のこ』
そんなトレーナーの感嘆の言葉を切っ掛けに、のこちゃんの気持ちが突き抜けて、ティハラザンバーは輝く双剣を振り上げた。
同時に、膝から下を覆う白銀のブーツが更なる強風を発して、あたかも大地を踏みしめる様な足触りになる。
これなら、例え宙に浮いている状態であろうとも、渾身の斬撃を放てるだろう。
もしかすると、ティハラザンバーが大跳躍する時にも、白銀のブーツは、一役買ってくれていたのかも知れない。
何れにせよ、おっとり必殺剣の準備が完了した。
あとは、のこちゃんの吹っ切れ次第なのだが………
「ジャバンッダイブレイクッッ!」
ここに至って、躊躇は無いらしい。
"ジャバンダイブレイク"とは、きょう姉さんが何度もマネして見せてくれた、初代時空刑事の必殺技である。
のこちゃんの気迫に応えて、即座にティハラザンバーが豪腕を爆発させた。
振り抜かれた双剣からは、遠ざかるアビスガルダへと向けて、刀身に纏っていた発光が飛び放たれる。
それは、具現化した双剣の威力とでも言うべき、輝きの双撃であった。
うなりを上げて中空を駆る二条の閃光によって、大気の咆吼は、切り裂かれる悲鳴へと変わる。
触れるものを断つ。
ただ光っているだけと訳が違う、その性質は、まさしく刃のそれである。
「チクショウが!」
アビスガルダは、迫る輝きの双撃と己との間に、何やらこれまでとは違った方術を展開させた。
光による射撃の他にも、いくつか、方術のレパートリーを隠し持っていたらしい。
空間が大きな円状に揺れて、アビスガルダの姿ごと、丸く風景が歪む。
刹那、双撃が"そこ"へと直撃した。
まるで、壁でもあったかの様な、大きな激突の音が大空を震わせる。
続けて、衝撃が全方位に伝播する。
防御の反応をしたと思しき方術の丸い歪みが、漆黒へと変わる。
にわかに、双撃の威力を受け止めたかに見えた。
一拍の間が余韻を残す。
しかして、ガラスが割れる様な甲高い音と共に、黒い丸が二筋の亀裂を走らせる。
間髪入れず、その方術は、自動車のフロントガラスが粉々に砕ける様に爆ぜた。
そして、その向こうからは、胸を押さえた暗闇色の人影が大森林の陰の中へ落ちて消えてゆく。
アビスガルダに、断末魔の類は無かった。
『ふむ、みごとだ…のこ』
トレーナーは、満足げに、のこちゃんを労う。
大技を成功させて、半ば放心状態になっていたのこちゃんは、ただアビスガルダが落ちる様を見ていただけである。
白銀鎧の部分から吹き出されていた強風が徐々に弱まって、ティハラザンバーは、ゆっくりと地上へ舞い降りてゆく。
だらりと下げられた両腕が握る双剣からも、時折、落下のスピードを調整する様な暴風が断続的に発している。
至れり尽くせりな神器の連携なのだが、のこちゃんは、それに全く気がついていない。
ぼーっと、アビスガルダが消えた大森林の方角を眺めている。
『しかし、あやつが"あれ"を耐えおったのは、意外であったな…のこ』
肢体が断ち切られておらず、バラバラになっていない。
トレーナーの評価は、それだけでも驚嘆に値すると言ったところだろうか。
やがて、我に返ったのこちゃんは、ティハラザンバーの感覚をもってしても、アビスガルダの気配が全く掴めない事を知った。
「………………逃げられたかも」
そう言いながらも、どこかホッとしていた、のこちゃんである。
何だかんだと、相手は、会話のできた人間だった。
やはり、傭兵の身分にある限り避けられ得ない"この手で敵対者を討つ"という覚悟は、未だそれほど固まりきっていないのだ。
しかし、例え自らが選択した戦いであろうとも、現代日本の中二女子キャパシティーならば、それなりの時間と経験が必要には違いなかった。
逆にすんなり慣れてしまったら、のこちゃんが危惧して止まない、それこそ怪人生まっしぐらである。
今は、これで良いのだろう。
『ふむ、あやつめ、色々と多芸で手練れには違いなかった様だな…のこ』
トレーナーは、ならば何れまた相まみえるやも知れぬなと、豪快聖女らしい明快さで、再戦をほのめかす。
ティハラザンバーの凄まじい攻撃を凌いだアビスガルダに、戦士として相応の敬意を抱いる模様だった。
強敵は、何度でも歓迎するというスタンスなのだ。
「それ、イヤですね」
縁起でもないと、のこちゃんは、渋い声をこぼす。
今回は、シマユリの事で見過ごせなかったので、仕方がない。
それにしたって、やくざ者と因縁ができて良い事なんて一つもないと、のこちゃんは知っている。
ああいった手合いとは、できれば、もう二度と関わり合いたくないのだが。
ただ、傭兵という言葉に反応していた気がするので、ティハラザンバーが魔刃殿に籍を置く限り、その可能性は高くて洒落にならない。
「(確か、処刑騎士団とか言ってたっけ…)」
その名前に注意しようと、のこちゃんは、肝に銘じた。
意趣返しとばかりに、また不意打ちをされたら、痛い目を見るのは確実である。
そうでもないわよと大ティハラが言った様な気がしたものの、それこそ気のせいだろう。
どちらにせよ、奇襲対策を考えた方が良いのは、目に見えている。
考えると言えば、大ティハラの愛称の事を思い出して、のこちゃんは気が重くなった。
強面の巨大な魔の神獣なのに、感性が繊細って、難問が過ぎるのだ。
下手なニックネームにすれば、怒られるに違いない。
"トレーナー"だって、テキトーに決まった様なものである。
その意味で、豪快聖女の気風の良さには、ずいぶんと助けられていると思うのこちゃんであった。
「あの…押し入れは、大丈夫でしたか?」
以前、翼の怪物を衝撃波で壊滅させた時に、押し入れにあった余剰エネルギーが半分になってしまった。
のこちゃんが"押し入れ"と呼ぶ特殊結界は、どうやらその余剰エネルギーで形成されているらしく、ティハラザンバーの攻撃技などでエネルギーを使い過ぎると維持が難しくなる。
そして、トレーナーこと、かつての白銀鎧の聖女、聖ザンバー=リナの意識は特殊結界に定着しているので、運命を共にしてしまうのだ。
戦闘弱者のこちゃんとしては、ティハラザンバーに独りで取り残される事態を、絶対に避けなければならない。
『ふむ、先ほどの技は、天空の女神様の神器に拠るところが大きかったのでな、さほど影響されておらんよ…のこ』
「良かったです」
ポツリと呟かれた、それは、心からの安堵の言葉だった。
それにしてもと、トレーナーは、話を続ける。
『余は、生前の戦いに当たり空を飛ぼうと思った事が無かった。
よもや、あんな使い方があろうとは、目から鱗とはまさしくこの事であろうよ。
そして、斬撃を飛ばす双剣の扱いといい、ここからまた何を見せてくれるのか楽しみだよ…のこ』
もっとも、目から鱗どころかもう肉体も持ち合わせていないがなと、トレーナーも聖女ジョークを交えながら、のこちゃんの発想力に感心は尽きない様子である。
全てチャムケアが元ネタなので、のこちゃんは、はははと軽く笑って受け流すしかない。
ズルをしている訳ではないものの、トレーナーの期待に、謎の申し訳なさを覚えたのこちゃんである。
「ああ…」
元ネタと言えば、勢いでシャイニングソードのイメージを使ったのは、のこちゃんも腑に落ちていなかった。
確かに、時空刑事は好きなものの、あくまでもきょう姉さんの趣味なのだ。
現在だと、自分の趣味とは、少しズレてしまう事案に他ならない。
「…もしかして、この双剣から、音楽を鳴らしたりできませんかね?」
前述したケアフリューゲルがチャムケアの剣から造り替えたのは、チューンブレードというステッキ系の能力補助アイテムで、浄化必殺技を繰り出す時にメロディが流れる。
『………何を言っているのか、分からんよ…のこ』
それは、そうだろう。
「ですよねぇ」
少し残念な気分で、のこちゃんは、双剣を押し入れにしまった。
シマユリの事も合わせて、考える事が山積みである。
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まさか、ちょっと様子を見に来ただけで、二連戦をする羽目になるとは思わなかった。
陽が傾き始めた事に慌てたのこちゃんは、シマユリのいる場所へ、大急ぎで戻る事にした。
遠目に転がっている埴輪の巨人が武神様疑惑で気になったものの、今のところは、後回しで良いだろう。
ティハラザンバーの感知能力には、シマユリの存在がハッキリと示されている。
休憩していた水辺の岩場から動いていないらしい。
恐らく、シマユリは、とっくにお昼寝から目を覚ましているはずだ。
空から行くのは目立つので、のこちゃんは、大森林の巨木の間を縫う様にティハラザンバーを駆けさせる。
そこそこ太めの枝にぶつかっても、発泡スチロールが当たって折れるていどな感触で、全く気にならない。
こんな事でさえ、大ティハラの影響なのか、前よりも身体能力がかなり上がっている気がした。
それならばと、遠慮無く全力で帰路を走破するつもりである。
「まぁ、武神様は、改めて捜すしかないかな!」
のこちゃんが勝手にそれっぽいと思っただけなので、今は、そうと決めつける必要もない。
例え、埴輪の巨人がシマユリに酷い事をしたと判断する相手と果敢に戦っていようとも、たまたまそうなってしまっただけではないだろうか。
以前きょう姉さんと見た、ぼろ寺に住むカステラ好きのお医者さんが、外道の悪行に腹を据えかねて、その手で殲滅しにアジトへ乗り込んでゆく時代劇の主人公タイプだった可能性もあるだろう。
もしも、そんな強者がゴロゴロしている世の中なら、まんざら捨てたものでもないと思ったのこちゃんである。
『ふむ、だが先ほどのあやつが、"この森"に"あの戦闘巨人"を狙ってきたのであれば、見込みも高かろうよ…のこ』
しかし、のこちゃんの現実逃避を、トレーナーはしれっと打ち砕く。
シマユリは、武神様に助けを求めて、"この森"に来た。
"この森"にいた埴輪の巨人は、シマユリを守らんと、行動している。
思い返せば思い返すほど、状況が符合してゆき、やっちまった感が強くなる。
迎撃するしかなかったとは言え、大きな剣もダメにしちゃったし、何より、暴風でぶっ飛ばして大変な感じにしてしまったのだ。
湖畔を離れる前に少し様子を見ていたら、起き上がろうとしては横たわるを何度も繰り返していた。
そもそも、武神様を捜しだしてシマユリを託そうとしていたのだから、これでは、本末転倒も甚だしい。
「うう、そうですねぇ………」
のこちゃんは、やらかしの更新を観念した。
また、シマユリを連れて、埴輪の巨人に会いに行ってみるしかないのかも知れない。
疾駆するティハラザンバーとは裏腹に、のこちゃんの気分は、どんよりと曇ってゆく。
シマユリの待つ岩場は、もうすぐそこに見えてくる頃だろう。
まだ陽が完全に没していないものの、大森林の闇には、夜が一足早く訪れている。
大地を蹴るティハラザンバーの足には、更に力が込められた。
続きます。




