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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
第二章:のこちゃんの怪人生、黎明編
21/22

06 のこちゃん、本当に怒る


少し前の事、のこちゃんは、トレーナーが折(おり)につけ使う"方術(ほうじゅつ)"という言葉について質問した。


それまでは、会話の流れからニュアンスとして魔法とか魔術(まじゅつ)みたいなものかなぁと、ぼんやり聞き流していた。


しかし、荒涼(こうりょう)とした戦いの世界で生き延(の)びなければならない状況(じょうきょう)を思えば、そうも言っていられない。


何であれ、そ(・)れ(・)が脅威(きょうい)になりうるものであるならば、ちゃんと知っておくべきなのだ。


当然、現代の中二女子に過ぎないのこちゃんの思う魔法や魔術(まじゅつ)の類(たぐい)は、アニメや特撮などの娯楽(ごらく)作品で知っているていどである。


それも漠然(ばくぜん)としたもので、画面上を光らせたり燃(も)やしたりと派手(はで)な映像効果(えいぞうこうか)で演出する、何かすごいヤツといった所だろうか。


まなっちゃんこと諏訪愛茅(すわまなち)という読書家の友だちと話題(わだい)にした時は、アレイスター・クロウリーとかいう人の魔術(まじゅつ)について書かれた訳本(やくほん)があって、そこへ秘められた魔術(まじゅつ)パワーを封印(ふういん)するために本文のページが別紙(べっし)で閉(と)じられているのだけど、それ6刷(ず)りだったんだよと笑っていた。


いきなり解像度(かいぞうど)の高い話は、詳(くわ)しくない人にあまり伝わらないのかも知れないと、心の中で少し反省(はんせい)したのこちゃんである。


いかにかみ砕(くだ)いてチャムケアの素晴(すば)らしさを伝えるのか、アプローチが肝心(かんじん)なのだ。


もちろん、そんなチャムケアシリーズにも魔法をテーマにした『ふしぎまじっくチャムケア!』があるので、魔法や魔術(まじゅつ)は、のこちゃんの守備範囲(しゅびはんい)からも外(はず)れてはいない。


作中での魔法は、"ケアッチ・ファタタ"の呪文(じゅもん)で摩訶不思議(まかふしぎ)な現象(げんしょう)をひきおこす、謎(なぞ)の力(ちから)として描(えがか)かれている。


今となっては、それこそがのこちゃんの主(おも)な魔法のイメージと言っても、過言(かごん)ではない。


ちなみに、"ケアッチ・ファタタ"とは"ケア・タッチ・ファタータ"を短くしたもので、力(ちから)の根源(こんげん)である女神グラン・ファタータへ"ファタータ様、癒(いや)しの御手(みて)を賜(たまわ)りたく奉(たてまつ)る"と祈(いの)る意味らしい。


そこを踏(ふま)まえると、のこちゃんにとっての魔法とは、呪文(じゅもん)を唱(とな)えて発動(はつどう)させる超能力(ちょうのうりょく)という事に尽(つ)きる。


ただ、不思議(ふしぎ)には違(ちが)いないものの、物を空中へ浮(う)かせる様なものが多いので、どこか牧歌的(ぼっかてき)なのだ。


そして、例(たと)え魔法がテーマにあろうとも、戦いに臨(のぞ)むチャムケアのスタイルは、やはり格闘(かくとう)が主体(しゅたい)になる。


肝心(かんじん)な魔法は、ひきおこされる現象(げんしょう)こそ敵の攻撃を防(ふせ)いだり自身の移動速度(いどうそくど)を上げたりと、必殺技を除(のぞ)けば、戦いを有利(ゆうり)にするための補助役(ほじょやく)にすぎない。


必殺技の方も、強力(きょうりょく)な魔法として繰(く)り出(だ)される体(てい)を取っていても、とどのつまりは浄化(じょうか)が目的なので、他のチャムケアの必殺技と具体的(ぐたいてき)に何が違(ちが)うのかあまり分からないといったぐあいである。


確かに、平時(へいじ)のものよりも、戦いに則(そく)した数々(かずかず)の魔法で彩(いろど)られる変幻自在(へんげんじざい)なチャムケアの戦いは魅力的(みりょくてき)だ。


とは言え、実際に魔法が存在した場合、どんな形で我(わ)が身への脅威(きょうい)となるのか、チャムケア基準(きじゅん)では今ひとつ想像がつかない。


逆に、他はチャムケア基準(きじゅん)で良いのか?という話なのだが。



『ふむ、方術(ほうじゅつ)とは、要(よう)するに、術(じゅつ)を行使(こうし)する各々(おのおの)が用(もち)いた、それぞれの根源(こんげん)に因(よ)る千差万別(せんさばんべつ)な結果を、便宜上(べんぎじょう)ひとことでかたづけてるのだ…のこ』


「ふぇー、そうなんですねぇ………」


まったく分からなかった。


「ま、魔法や魔術(まじゅつ)みたいな話じゃない感じですかね?」


『その方術(ほうじゅつ)を魔の根源(こんげん)に与(くみ)する者が行使(こうし)したのであるならば、それは、魔術(まじゅつ)や魔法と呼(よ)んでも差(さ)し支(つか)えないだろうよ…のこ』


まぁそうなのかも知れないけど、そういう事じゃないんだよなぁと、のこちゃんは、"魔刃殿(まじんでん)"から与(あた)えられた個室の寝台(ベッド)に座(すわ)るティハラザンバーの頭を傾(かし)がせる。


『なに、敵(てき)からの方術(ほうじゅつ)に相対(あいたい)した場合、応(おう)じ方(かた)もその都度(つど)変わってくるのだから、それはその時になってから考えれば良い…のこ』


「つまり、何をされるか分からないから、万全(ばんぜん)に備(そな)えるのは無理(むり)って事なんですか?」


『ふむ、その通りだ!…のこ』


トレーナーの我(わ)が意(い)を得(え)たりみたいな調子(ちょうし)をよそに、結局、のこちゃんに芽生(めば)えた"方術(ほうじゅつ)"に対する危機意識(ききいしき)は、何も解決されぬまま若干(じゃっかん)の引っかかりとして今日(こんにち)に至(いた)っていた。



――――――――――――――――



「っ……くっ………………」


のこちゃんは、もうティハラザンバーの口から、かすかな呻(うめ)き声をもらす事しかできなかった。


恐らく、脅威(きょうい)の可能性(かのうせい)として懸念(けねん)していた、方術(ほうじゅつ)による直接(ちょくせつ)の攻撃であったのだろう。


光による射撃(しゃげき)。


次々(つぎつぎ)と叩(たた)きつけられてきた"それ"は、例(たと)えるならば、その一つ一つが生身(なまみ)の人間へ鉄(てつ)の杭(くい)を重機(じゅうき)の力(ちから)で打(う)ち込(こ)むに等(ひと)しい威力(いりょく)である。


成人男性(せいじんだんせい)であっても、一撃(いちげき)あれば、ひとたまりもないだろう。


まるで、敵意(てきい)をエネルギーへと変換(へんかん)させた様な、破壊(はかい)を強要(きょうよう)する苛烈(かれつ)さだった。


しかも、攻撃の気配をティハラザンバーがまるで感知(かんち)できなかったために、完全なる不意打(ふいう)ちとなってしまった。


そんな無防備(むぼうび)な状態(じょうたい)で受けた過度(かど)な衝撃(しょうげき)の数々(かずかず)は、のこちゃんにしてみれば、耐(た)え難(がた)い激痛(げきつう)の連鎖(れんさ)だったに違(ちが)いない。


これまで頑丈(がんじょう)さで感心させられてきたティハラザンバーをして、今は、地(ち)に這(は)わされていた。


それでも、のこちゃんは、気を失(うしな)っていない。


しかし、それは、決(けっ)して痛(いた)みを克服(こくふく)したからではなかった。


ティハラザンバーは、その頑強(がんきょう)さゆえに、受けた被害(ひがい)を許容(きょよう)してしまったのである。


確かに、ティハラザンバーの身体強度(しんたいきょうど)であれば、痛痒(つうよう)ではあっても、意識(いしき)を手放(てばな)すほどのダメージではなかったのかも知れない。


反撃(はんげき)するなり、逃(に)げるなりするための的確(てきかく)な判断材料(はんだんざいりょう)として、痛(いた)みの度合いを測(はか)れる事は、重要(じゅうよう)でもある。


ただし、それは、身体に見合(みあ)うタフな精神(せいしん)が備(そな)わっていたならばの話なのだ。


中身は、現代の中二女子である、のこちゃんに過ぎない。


気絶(きぜつ)に至(いた)らなかったのは、身体の反応(はんのう)として正しくても、結果として、明(あきら)かに裏目(うらめ)へと出ていた。


襲(おそ)いくる激痛(げきつう)の嵐(あらし)を意識(いしき)が途切(とぎ)れないまま知覚(ちかく)し続けてしまったために、のこちゃんの心は、萎縮(いしゅく)のどん底(ぞこ)へと打(う)ち沈(しず)められてしまったのだろう。


ほぼ、精神的(せいしんてき)な活動(かつどう)が停止(ていし)に陥(おちい)って、壊(こわ)れかけているのかも知れない。


ティハラザンバーへ多少ダメージが通(とお)った事はもちろん、その中に在(あ)るのこちゃんに最悪(さいあく)の影響(えいきょう)を及(およ)ぼす形で、現実の危機(きき)が訪(おとず)れていた。


既(すで)に攻撃は止(や)んでいるものの、その余波(よは)で周囲(しゅうい)にもうもうとした土埃(つちぼこり)が立つ。


湖面(こめん)を奔(はし)っていた風も、現在は凪(な)いでいる。



『意識(いしき)を強く持つのだ、のこ!』


この身体(ティハラザンバー)はあのていどで傷(きず)ついたりせぬと、トレーナーの必死(ひっし)な呼(よ)びかけが、のこちゃんの精神(せいしん)をかろうじて奮(ふる)わせる。


「う………………」


それは、トレーナーの持つ力(ちから)である。


トレーナーが聖(せい)ザンバー=リナであった時代、その発(はっ)する言霊(ことだま)には、共に旅する仲間たちを鼓舞(こぶ)する力(ちから)が備(そな)わっていた。


それは、天空の女神(リナリーシア)より授(さず)けられた神託(しんたく)を遂行(すいこう)する者としての権能(けんのう)であり、仲間たちが戦いに向かう時にも大いに役立(やくだ)てられた。


特に、傷つき倒(たお)れた者の混濁(こんだく)した意識(いしき)を連(つ)れ戻(もど)し、一命(いちめい)を取(と)り留(と)めさせた様なケースは枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。


その権能(けんのう)は、トレーナーとなった現在でも有効(ゆうこう)であったらしい。


『ならぬ、そのまま逝(い)ってはならぬっ、のこっ』


「………………っ」


しかし、トレーナーが呼びかけても尚(なお)、のこちゃんの精神(せいしん)は覚醒(かくせい)に至(いた)らず、すぐに闇(やみ)の底(そこ)へと完全に沈(しず)んでしまいそうになる。


『君は、君自身の意志(いし)で、生き続ける事をハッキリと選択(せんたく)したであろう!!ならば生きよっ、生きるのだっ、のこ!!!』


「………………っ」


かろうじて、のこちゃんは、トレーナーの呼(よ)びかけに対して反応(はんのう)し続けていた。


まさしく、トレーナーの存在が命綱(いのちづな)と言える。


『………たのむ…生きてくれ、のこよ………………』


発(はっ)せられる言葉は、権能(けんのう)以前にトレーナーの本心であり、切(せつ)なる願いに違(ちが)いなかった。


そこに、のこちゃんが豪快聖女(ごうかいせいじょ)と評(ひょう)した、いつものトレーナーはいない。


これまでになく、トレーナーは取(と)り乱(みだ)していた。



永(なが)い間、神獣(しんじゅう)・大(おお)ティハラを封(ふう)じていた漂流結界(ひょうりゅうけっかい)"澱(おり)"の中に、"それ"は独(ひと)りであった。


結界(けっかい)内で時(とき)は止まっておらず、かつて聖(せい)ザンバー=リナであった肉体は、とっくに朽(く)ちてしまっていた。


しかし、その事を認識(にんしき)できる己(おのれ)に疑問(ぎもん)を抱(いだ)いたりもしなかった。


恐らく、天空の女神(リナリーシア)の神器(じんぎ)に因(よ)って、意識(いしき)だけは保(たも)たれているのだろうと推測(すいそく)できたからだ。


この結界(けっかい)は、維持(いじ)と管理(かんり)のために、施術(せじゅつ)した術者(じゅつしゃ)の存在が不可欠(ふかけつ)なのだ。


ならば、"それ"がその役目を継続(けいぞく)するのみである。


術(じゅつ)を維持(いじ)させるエネルギー源(げん)は神器(じんぎ)が担(にな)っている。


皮肉(ひにく)な事に、大(おお)ティハラを封(ふう)じている双剣(そうけん)からも、大(おお)ティハラの力(ちから)を削(そ)ぐために吸収(きゅうしゅう)したエネルギーが供給(きょうきゅう)されて、術(じゅつ)をより強固(きょうこ)なものにしていた。


静寂(せいじゃく)の支配(しはい)する空間に、像(ぞう)の様な大(おお)ティハラの封印(ふういん)された姿だけが在(あ)り、"それ"は実体もないまま漫然(まんぜん)としていた。


のこちゃんが結界(けっかい)へちん入(にゅう)してこなければ、この先も、そんな有様(ありさま)が延々(えんえん)と続いていたに違(ちが)いない。


のこちゃんへ"ここは監獄(かんごく)である"と説明したものの、果たしてそれは、大(おお)ティハラに対してだけの事だったのであろうか?


あの時の"それ"は、自分でもよく解(わか)っていなかった物言(ものい)いだったと、トレーナーの名を得(え)た今なら分かる。


天空の女神(リナリーシア)からの使命(しめい)とは言え、自(みずか)ら決断(けつだん)して大(おお)ティハラと共に囚(とら)われていた時間は、やはり人の心身(しんしん)に酷(こく)だったのである。


よくも正気(しょうき)を保(たも)てたものだと、今更(いまさら)ながらに感心もした。


トレーナーは、虜囚(りょしゅう)の身より解放(かいほう)されたという意味で、のこちゃんに感謝(かんしゃ)していたのかも知れない。


加(くわ)えて、既(すで)に瀕死(ひんし)の状態(じょうたい)だったとは言え、大(おお)ティハラの復活を防(ふせ)ぐために年端(としは)もいかぬ少女を巻(ま)き込(こ)んでしまったという負(お)い目(め)もあったのだろう。


今でも、ティハラザンバーをでっち上げる事が、あの状況下(じょうきょうか)において最適解(さいてきかい)だったとトレーナーは思っている。


事実、そのまま結界(けっかい)を崩壊(ほうかい)させてしまっては、これまでのすべてが無駄(むだ)になってしまっていただろう。


だからこそ、のこちゃんに対して、己(おのれ)が消滅(しょうめつ)してしまう前までに、できる限りの手を尽(つ)くそうと考えたのである。


何より、トレーナーとしてのこちゃんを導(みちび)く事が、存外(ぞんがい)に楽しかったのも大きい。


白銀(しろがね)鎧(よろい)の聖女(せいじょ)と呼(よ)ばれていた頃、すでに終わったかつての生(せい)では、本格的(ほんかくてき)に弟子(でし)をとったり誰かを育てる様なまねをしてこなかった。


のこちゃんと共に過ごしたこの短(みじか)い間でも、自分の中で目覚(めざめ)めたものがあると、トレーナーは確信(かくしん)する。


もしものこちゃんが精神的(せいしんてき)な死を迎(むか)えて己(おのれ)だけ取り残されたのでは、本末転倒(ほんまつてんとう)も甚(はなは)だしいのだ。


断(だん)じて、トレーナーに受け入れられる結末(けつまつ)ではなかった。



『君の意志(いし)をもって再(ふたた)び、強く立ち上がるのだっ、のこ!』


「ぅぐ………………」


トレーナーの激励(げきれい)に、のこちゃんがまた反応(はんのう)した所で、横たわるティハラザンバーの頭部へ上から影が差(さ)した。


「まぁ、あれくらいじゃあ、くたばらねぇよな」


『こやつっ!?』


ティハラザンバーを後ろから方術(ほうじゅつ)で撃った、暗闇(くらやみ)色の男であった。


漆黒(しっこく)の金属装甲(きんぞくそうこう)で全身を覆(おお)った姿は、分厚(ぶあつ)く厳(いか)つい鎧(よろい)のそれとは違(ちが)い、スッキリと均整(きんせい)の取(と)れた人型のシルエットを顕(あらわ)している。


近くで比較(ひかく)してみれば、やはりティハラザンバーの腰辺りくらいな背の高さであり、長身(ちょうしん)の人間サイズといった所だろう。


奇(く)しくも、埴輪(はにわ)の巨人に対するティハラザンバーと似(に)た様な背丈(せたけ)の差違(さい)である。


金属装甲(きんぞくそうこう)の接合部(せつごうぶ)が擦(こす)れたのか、ガチャリと音を立てて暗闇(くらやみ)色の男がティハラザンバーの顔をのぞき込(こ)む様にしゃがむ。


顔も、金属装甲(きんぞくそうこう)で全体が覆(おお)われていた。


近くで見ると、頭部の左右にある羽根飾(はねかざ)りは、キャップ型の帽子(ぼうし)にある庇(ひさし)の様な部分が左右へと伸(の)びた構造(こうぞう)になっているらしい。


その下に、二つの丸いレリーフ意匠(いしょう)が双眸(そうぼう)を象(かたど)る。


そして、それぞれの円(えん)の中心には、意志(いし)を示(しめ)すかの様な光が灯(とも)っていた。


それで、いったい何が見えているのか、不気味でもある。


トレーナーの存在には、当然ながら気がついていない。


『…いったい、どうするつもりなのだ?』


トレーナーが訝(いぶか)しんでいると、暗闇(くらやみ)色の男は、ティハラザンバーへ顔を寄(よ)せて話しかけた。


「よぉ、聞こえてるか?」


「………………………………」



――――――――――――――――



「ん?」


現在のこちゃんは、トレーナーの呼(よ)びかけに反応(はんのう)している身体とは別口(べつくち)で、何やら夢の様なものを見ていた。


あちらは、言ってみれば脚気(かっけ)の検査(けんさ)で、足がびよんとしている様な感じである。


のこちゃんの精神(せいしん)は、こちらにあった。


「…あれ、わたしどうなったんだっけ…」


しかし、夢にしては、あまりにも意識(いしき)がハッキリとしている。


それどころか、身体(ティハラザンバー)の感覚もしっかりと生きていて、その場に二本の足で立っている認識(にんしき)さえ持っていた。


足踏(あしぶ)みをしてみても、布団(ふとん)に拘束(こうそく)されて足がうまく前に出せないといった、あのもどかしさも無い。


これが所謂(いわゆる)"明晰夢(めいせきむ)"であったとしても、どこかもっとフワフワした感じくらいはあるものだろう。


「また、他の場所へ飛ばされたとか?」


それならばと、これまでも高性能(こうせいのう)で助けられてきた、ティハラザンバーの五感(ごかん)を駆使(くし)してみる………


のだが、周辺(しゅうへん)を見回(みまわ)したり耳を澄(す)ませてみても、自分がどこにいるのかサッパリ見当(けんとう)がつかない。


暗(くら)くもなければ眩(まぶ)しくもない、どこかへ閉じこめられている圧迫感(あっぱくかん)も、広い場所でぽつんとしている様な不安感(ふあんかん)も無かった。


それだけではなく、危機感(ききかん)や焦燥感(しょうそうかん)といった、次のアクションをうながすための衝動(しょうどう)の類(たぐい)すらわいてこない。


何もかもがニュートラルすぎて、さすがにこの状態(じょうたい)は、異質(いしつ)である。


とは言え、のこちゃんは、これに既視感(きしかん)を覚(おぼ)えていた。


「もしかして、じっさんと決闘させられた時に見た、先代との遭遇(そうぐう)イベントみたいやヤツかな?」


確かに、白銀(しろがね)鎧(よろい)の聖女(せいじょ)である聖(せい)ザンバー=リナと、魔に与(くみ)する神獣(しんじゅう)・大(おお)ティハラの大決戦を見せられた時の、何からも干渉(かんしょう)されない感じは似(に)ている。


「でも、それ1回やっているからなぁ………」


考えなおして、他の可能性(かのうせい)を模索(もさく)してみれば、まだ思い当たるものがあった。


「ああっ、ピンチになって意識(いしき)を失(うしな)いかけると、家庭の風景(ふうけい)とか家族が出てきて、よくここまでがんばったね、もう良いんだよって言われるヤツかも!」


『チャムケア!Marvelous(マーベラス)Howl(・ハウル)』の決戦で描(えが)かれた同様のシチュエーションには、のこちゃんの涙腺(るいせん)も、決壊(けっかい)を免(まぬが)れられなかった。


幼(おさな)い頃(ころ)の回想(かいそう)を入り口とする演出(えんしゅつ)だった事から、既(すで)に両親が他界(たかい)している、自(みずか)らの境遇(きょうぐう)が重(かさ)なってしまったのだ。


その視聴後(しちょうご)、大事なDVDの取(と)り扱(あつか)いを失敗するといけないので、涙(なみだ)が収(おさ)まるまでしばらくじっとしていたのは良い思い出である。


ちなみに、佐橋(さはし)の家で良くしてもらっていたり、中学校へ上がってから友だちができて順調(じゅんちょう)だった事もあり、現在では両親とのお別(わか)れにもしっかりと向き合えている。


もちろん、チャムケアとの出会いも大きい。


ファンタジーな創作物(そうさくぶつ)でも、十分(じゅうぶん)、人が前を向いて生きるための糧(かて)となるのだ。


ただ、現在進行形(げんざいしんこうけい)の身体(ティハラザンバー)とは、あまり向き合えていると言えないのが悩(なや)ましい所だろう。


「あれ?」


そう考えてみると、決戦レベルでのピンチにならなければ起こらない展開であったと気が付いて、のこちゃんは、また戸惑(とまど)ってしまった。


「…えっと、ラスボスと戦ってたんだっけ?」


いや、でも埴輪(はにわ)の巨人には勝ったよなぁなどと、ティハラザンバーの首を傾(かし)げさせる。


現実では、意識(いしき)が混濁(こんだく)して、今にも精神的(せいしんてき)に事切れそうになっている状態(じょうたい)なのであるが、いたってのんきなものである。



まぁ何(いず)れ思い出すだろうと、のこちゃんは、気持ちを切(き)り替(か)えた。


先(ま)ずは、この現状(げんじょう)がどうなるのか、見極(みきわ)めねばならない。


何より、本当に家族の幻(まぼろし)が現れるのだとすれば、誰が出てくるのかキャスティングも気になる。


「おじいちゃんとおばあちゃんかな、あと、きょう姉さんか…いや、定番(ていばん)は、やっぱり両親だからな」


お父さんとお母さんに久(ひさ)しぶりに会えて、優(やさ)しく労(ねぎら)ってもらえるのなら悪くないのかもと、のこちゃんがワクワクしていると不意(ふい)に前方の空間が揺(ゆ)らいだ。


やはり、何かしらの現象(げんしょう)が起こるらしい。


「お父さんは兎(と)も角(かく)、早くにお別(わか)れしてしまったお母さんはもっと若い姿だろうし、会ってピンと来るのかちょっと不安だな」


やや、違(ちが)う意味でも緊張(きんちょう)し始めた………


と言うか、そもそもその流れは、体(てい)の良い挫折(ざせつ)を誘惑(ゆうわく)されても強い意志(いし)ではね除(の)けるという文脈(ぶんみゃく)なので、期待(きたい)してしまってはまずいはずなのだが。


揺(ゆ)らめく空間には、何者かのシルエットがスーッと象(かたど)られてゆく。


間も置(お)かず、そこには、ティハラザンバーを見下(みお)ろすほどの大きな獣(けもの)の姿が顕現(けんげん)していた。


「え?!」


『ご期待(きたい)に応(こた)えられなくて悪いんだけど、あんたをこの場へ連(つ)れてきたのは、於兎(おと)なのよね』


それは、伝説の中で見たあの大(おお)ティハラ、威容(いよう)を誇(ほこ)る魔の神獣(しんじゅう)であった。


全身を黄金の毛に覆(おお)われ、漆黒(しっこく)の縞模様(しまもよう)が印象的(いんしょうてき)な巨大な虎を彷彿(ほうふつ)とさせられるその姿は、漂流結界(ひょうりゅうけっかい)"澱(おり)"の中で封(ふう)じられていた、まさしくティハラザンバーの元ネタに他ならない。


虎と言えば虎なものの動物の虎そのままではない、かなり攻撃的な怪獣めいた造(つく)りの頭部に、黄金の瞳(ひとみ)が二つ強い光を放(はな)っている。


顔が怖いのはティハラザンバーも同じなのだが、大きさが段違(だんちが)いであり、その迫力(はくりょく)たるや比(くら)べものにならない。


同じキャラクターのぬいぐるみでも、千円代(せんえんだい)クラスの物と万円越(まんえんご)えの大物では、圧倒的(あっとうてき)な差がある事でも分かるだろう。


「大(おお)ティハラ…」


のこちゃんの呟(つぶや)きに、大(おお)ティハラが牙をむいて、何やら肯定的(こうていてき)な雰囲気(ふんいき)を醸(かも)しだす。


恐らく、笑っているらしい。


ああ、これは確かに怖いかもと、反省(はんせい)しきりののこちゃんである。


『そう、於兎(おと)は、大(おお)ティハラ。

いつからか、最初に誰(だれ)が呼(よ)んだか、大(おお)ティハラ………

こうして話すのは、初めてよね?』


「…お、おと?」


小銭(こぜに)を投擲武器(とうてきぶき)にして活躍(かつやく)する岡(おか)っ引(ぴ)きが主人公の時代劇を彷彿(ほうふつ)とさせる様な言い回しで、自己紹介(じこしょうかい)する魔の神獣(しんじゅう)は、法事(ほうじ)で会った親戚(しんせき)のおばちゃんの様な砕(くだ)けた口調(くちょう)だった。


『於兎(おと)も、あんたの事をの(・)こ(・)って呼(よ)んだ方が良いかしら?

ティハラザンバーだと、何かもう、ややっこしいからイヤよねぇ…』


伝説の中で見た戦う姿や、トレーナーから聞かされていたイメージとのギャップがひどい。


のこちゃんは、大(おお)ティハラって牝(めす)だったのかぁと、混乱(こんらん)する頭でボンヤリと考えていた。


『それでね、ちょっと、どーしても言いたい事があって』


「…いいたいこと?」


『それは、於兎(おと)たちにとって、かなり大事な話なのよ』


「…だいじ?」


『水はダメよ!』


「…みず?」


混乱(こんらん)している所へ急に訳の分からない事を言われても、まともに思考(しこう)が働(はたら)かず、要領(ようりょう)を得(え)ないのは当然だろう。


結果として、のこちゃんは、先ほどから大(おお)ティハラの言葉を断片的(だんぺんてき)にオウム返ししかしていない。


『そう、何でもない時に水浴(みずあ)びするくらいなら良いんだけど、戦ってる最中(さいちゅう)は絶対にダメ。

全身(ぜんしん)の毛が水に濡(ぬ)れてしまうと、ベッタリくっついちゃうでしょ?

それで、皮膚感覚(ひふかんかく)って言うのかしら、周(まわ)りの空気から色々(いろいろ)と読み取れなくなっちゃうのよねぇ』


こう見えても繊細(せんさい)なんだからねと、大(おお)ティハラは、大きな身体を揺(ゆ)すってケラケラと笑った。


もちろん、口元(くちもと)がバックリと開(ひら)いて、みっしりと並んだ鋭(するどく)く大きな牙の列(れつ)が、見る者を威嚇(いかく)する様に閃(ひらめ)いている。


大(おお)ティハラの振(ふ)り見て我(わ)が振(ふ)り直(なお)せ。


ああ、こういうのも本当に気をつけようと注意喚起(ちゅういかんき)した所で、のこちゃんは我(われ)に返った。



「あっ、あの、大(おお)ティハラさん…で良いんですよね?」


『うん?』


大(おお)ティハラは、何かが引っかかった様に、ティハラザンバーを見据(みす)える。


あれ、まずい事を言ったかなと、のこちゃんは、改(あらた)めて緊張(きんちょう)した。


一拍(いっぱく)、間(ま)を置(お)いてから、やおら大(おお)ティハラが言葉を続ける。


『…ねぇ、小(しょう)のこ、あ(・)っ(・)ち(・)のトレーナーだっけ?

さっきも言ったけど、ややっこしいから、於兎(おと)にも何かそういう素敵(すてき)な呼(よ)び方を考えてちょーだいよ』


まさかの、ニックネーム?の要求(ようきゅう)だった。


「え?、えーと……………… おと と言うのでは…」


『於兎(おと)は名前じゃないでしょう。

小(しょう)のこだって、あのトレーナーと話す時は、自分自身の事を わたし って言ってるじゃないの。

もう、おかしな事を言うもんじゃないわよっ』


どうやら、於兎(おと)とは、大(おお)ティハラの一人称(いちにんしょう)であるらしかった。


「あっ、すんませんしたっ」


のこちゃんは、慌(あわ)てて謝(あやま)る。


ただでさえ怖い顔の大(おお)ティハラに至近距離(しきんきょり)で怒(おこ)られたら、中二女子に過ぎないのこちゃんでは、そのプレッシャーに耐(たえ)えられないに違(ちが)いない。


咄嗟(とっさ)の事だったので、生前(せいぜん)のお父さんが顔見知(かおみし)りの偉(えら)そうな人へ、頭を下げていた時の口調(くちょう)になってしまった。


幼(おさな)い子供であっても、意外と親の仕草(しぐさ)は、見て憶(おぼ)えているものである。


『もう、小(しょう)のこは、そういう所よねぇ。

封印(ふういん)でかなり弱っていたとは言え、この於兎(おと)の全(すべ)てを引(ひ)き継(つ)いだんだから、もっと気持ちを強く持ちなさい』


至近距離(しきんきょり)のお説教(せっきょう)でも、怖さは変わらない。


プレッシャーにのけぞりそうになりながらも、のこちゃんには、ふと引っかかるものがあった。


「………その、わたしが言うのもアレなんですけど、大(おお)ティハラさんは、この身体(ティハラザンバー)の事を怒(おこ)ってないんですか?」


『う~ん?』


うっかり大(おお)ティハラと呼(よ)んでしまったため、その強大(きょうだい)な双眸(そうぼう)が、ティハラザンバーを凝視(ぎょうし)する。


「あっ、考えますっ、考えますっ!」


のこちゃんが愛称(あいしょう)の検討(けんとう)について快諾(かいだく)すれば、大(おお)ティハラは、ため息(いき)まじりに話し始めた。


『ないわよ。

真(ま)っ正面(しょうめん)から全力(ぜんりょく)で戦って負けたんだから、封印(ふういん)も受(う)け入(い)れたし、於兎(おと)の処遇(しょぐう)は、勝者(しょうしゃ)であるあのトレーナー次第(しだい)って事だったからねぇ…』


「………………(ん?、それなら、ティハラザンバーを造(つく)る必要(ひつよう)なかったのでは)」


『だからこそなのよ!』


「ひぃ!」


急に語気(ごき)を強(つよ)められたものだから、のこちゃんは、大(おお)ティハラの気勢(きせい)に当てられてすくみ上がる。


『於兎(おと)の後継(こうけい)でもある小(しょう)のこが、いい加減(かげん)に負けるのはガマンならないのっ!そこっ、分かってる!?』


「ひぃぃぃ!!」


結局、怒(おこ)られてしまった。


のこちゃんは、その強烈(きょうれつ)なプレッシャーの直撃(ちょくげき)で、オーバーフローした意識(いしき)を暗転(あんてん)させ………


『してないでしょ』


「ひ…あれ?」


言われてみれば、間近(まじか)で大(おお)ティハラの圧力(あつりょく)に晒(さら)されても、自然と耐(た)え切れていた。


のこちゃん自身が、ティハラザンバーの脆弱性(ぜいじゃくせい)である事は、百(ひゃく)も承知(しょうち)している。


いや、ティハラザンバーとしてのこれまでを顧(かえり)みて、剣持(けんもち)虎(とら)の子(こ)のままであったなら瞬殺(しゅんさつ)されていたであろう事態(じたい)ばかりだったので、己(おのれ)の弱さには揺(ゆ)るぎのない自信を持っているのだ。


本来なら、大(おお)ティハラから0距離(ゼロきょり)で威圧(いあつ)されれば、跡形(あとかた)もなく消し飛ぶのがのこちゃんの自然体(しぜんたい)である。


『そう、小(しょう)のこの心が鍛(きた)えられて、その身体に見合(みあ)う様になるくらいまでは、於兎(おと)ができるだけ援護(えんご)してあげるわよ』


「それって、つまり…」


のこちゃんに襲(おそ)いかかるであろう精神的(せいしんてき)な負担(ふたん)から守り、大部分を軽減(けいげん)させて無理のない成長を促(うなが)すという、大(おお)ティハラの申(もう)し出(で)だった。


『そう、これなら小(しょう)のこが足下(あしもと)をすくわれても、何とかなるでしょう?』


恐らく、大(おお)ティハラのサポートは、ティハラザンバーが方術(ほうじゅつ)の直撃(ちょくげき)に晒(さら)された時点で開始されていたのだろう。


どうりで、のこちゃんがピンピンしている訳である。


何より、その厳(いか)つい姿形(すがたかたち)に反(はん)して、大(おお)ティハラは、のこちゃんが自立(じりつ)できるまで面倒(めんどう)を見てくれるつもりなのだ。


ティハラザンバーは、ある意味で、直系(ちょっけい)の存在に違(ちが)いない。


その姿勢(しせい)は、子を育てる親のそれであり、のこちゃんが虎児(こじ)として虎穴(こけつ)に迎(むか)え入れられた形でもあった。


若(も)しくは、上京(じょうきょう)した先で、心細(こころぼそ)い時期に飲食店で出会った面倒見(めんどうみ)の良い女将(おかみ)さんなどを、東京のお母さんとか呼(よ)ぶ感じだろうか。


何(いず)れにせよ、頼(たの)もしいと喜(よろこ)ぶべきなのか、怪人深度(かいじんしんど)の取り返しがつかなくなりそうと戦慄(せんりつ)するべきなのか、のこちゃんは反応(はんのう)に困(こま)ってしまう。


「…いや、でも弱いのは本当なので、すごく助かりますっ」


それもまた、正直(しょうじき)な心情(しんじょう)ではある。


いくら戸惑(とまど)っていても、状況(じょうきょう)は、何も好転(こうてん)しない。


ならば、切(き)り札(ふだ)は、可能な限りあった方が良いに決まっている。


『ただ、あのトレーナーも言っていたと思うけど、何(いず)れ於兎(おと)も消えるだろうから、悪いけどそれまでって話よ?』


於兎(おと)とあれは表裏一体(ひょうりいったい)みたいなものだからと、大(おお)ティハラは、しれっと己(おのれ)の限界(げんかい)についても言ってのけた。


確かに、残された力(ちから)があまりにも些少(さしょう)であるからと、トレーナーは、自分が消滅(しょうめつ)するであろう未来をハッキリと告(つ)げている。


のこちゃんは、ティハラザンバーの中にたった独(ひと)りで取り残される状況(じょうきょう)を想像して、素朴(そぼく)に怖(お)じ気(け)づいた。


だからこそ、トレーナーの存在が担保(たんぽ)されていると思(おぼ)しき押し入れが無くならない様に、のこちゃんは、これまでも身体(ティハラザンバー)の回復に尽力(じんりょく)してきたのだ。


しかし、その日には、いつか至(いた)ってしまうらしい。


「わたしが、がんばらないとですね………」


『そう、なるべく早めに…素敵(すてき)な呼(よ)び方を考えといてよね、小(しょう)のこ』


大きな黄金の目を細(ほそ)めて身をかがめると、大(おお)ティハラは、ティハラザンバーの鼻先(はなさき)を自分の鼻先(はなさき)でなでる。


「うおっ?!」


これまでと違(ちが)った衝撃(しょうげき)にのけぞりかけながらも、のこちゃんは、何か本当にお母さんっぽいなと少し照(て)れくさくなってしまった。


言うなれば、心身共(しんしんとも)に虎(とら)の威(い)を借(か)る中二女子が爆誕(ばくたん)した瞬間(しゅんかん)である。



不意(ふい)に、大(おお)ティハラは、自分の後方(こうほう)へと視線(しせん)を向けた。


つられたのこちゃんには、このあまりにもニュートラルな場所が広がっている以外、特に何も見えないのだが。


『さっきから、小(しょう)のこの事をあのトレーナーが呼(よ)んでいたんだけど、何かあったみたいね…』


「えっ………」


『すぐ、小(しょう)のこの意識(いしき)を回復(かいふく)させるわよ』


「意識(いしき)ですか?」


あれ、じゃあここにいる意識(いしき)が明瞭(めいりょう)な自分って何なんだろうと、戸惑(とまど)うのこちゃんである。


戸惑(とまど)う事にかけては、ティハラザンバーになってこちら、材料(ざいりょう)に事欠(ことか)かない。


大(おお)ティハラは、ここへ顕現(けんげん)した時の様に泰然(たいぜん)とした佇(たたず)まいになると、ティハラザンバーを見据(みす)えた。


改(あらた)めて、こうしていると魔の神獣(しんじゅう)たる威厳(いげん)は、のこちゃんが最初に見た時から少しも損(そこ)なわれていない。


『そう、於兎(おと)は滅多(めった)に出ていかないけど、いつもあのトレーナーと共(とも)にいる様なものだから、あれが健在なら於兎(おと)の援護(えんご)も生きていると思って良いからね』


「はあ」


『だから、小(しょう)のこも、もう弱気にならない様にするのよ?』


「はあ」


『そう、それから…』


けれど、ハンカチ持った?ポケットティシュは?鍵(かぎ)を無くさない様にね?といった、お出かけする小さな子へお母さんがあれこれ注意する様な物言(ものい)いで台無(だいな)しになっている。


「あのう…」


さすがに、延々(えんえん)と続いても困(こま)るので、のこちゃんから何かしら口を挟(はさ)もうとした時であった。


『この精神(せいしん)だけの世界でも、小(しょう)のこがティハラザンバーの姿である事を忘れてはダメよ?』


"精神(せいしん)だけの世界"という大(おお)ティハラの言葉に、のこちゃんは、言うつもりだった内容(ないよう)を忘れてしまった。


「それは、どういう………」


プツリと、今度こそ、のこちゃんの視界(しかい)は暗転(あんてん)する。



――――――――――――――――



『早く目を覚(さ)ますのだっ…のこ!』


「………………くっ……っ」


焦点(しょうてん)が合っていなかったティハラザンバーの黄金の瞳(ひとみ)に、光がうっすら戻(もど)る。


トレーナーの呼(よ)びかけに緩慢(かんまん)な反応(はんのう)をしていた身体も、ささやかながら、それまでとは違(ちが)う挙動(きょどう)を見せ始(はじ)める。


不完全ながら、のこちゃんの意識(いしき)が覚醒(かくせい)していた。


しかし、視界(しかい)がボンヤリとしていて、全身の体毛(たいもう)も水に濡(ぬ)れてベタついているため、周(まわ)りの状況(じょうきょう)は分かっていない。


じゃりじゃりとした感触(かんしょく)が顔を圧迫(あっぱく)する。


無様(ぶざま)に、地面へうつぶせで這(は)いつくばっている事くらいは、かろうじて自覚(じかく)できた。


当然ながら、目の前にいる暗闇(くらやみ)色の男について、のこちゃんは気が付いていない。


『も、戻(もど)ったのか?、大丈夫か?、のこっ!』


「………………ん?」


大(おお)ティハラの助力(じょりょく)により精神的(せいしんてき)な難(なん)を逃(のが)れたとは言え、身体へのダメージは残っているらしく、頭からつま先まで強(こわ)ばっている。


のこちゃんは、寝(ね)ぼけている様な頭をそのままに、取(と)り敢(あ)えず手足から動かそうと身じろいだ。


「へー、もう動けるのかよ」


不意(ふい)に顔の近くで男の声がした。


驚(おどろ)いて、のこちゃんは、そのまま固(かた)まってしまった。


『慌(あわ)てずに、そのまま聞くのだ。

こやつは、方術(ほうじゅつ)でティハラザンバーを背後(はいご)から撃(う)った者、恐らく、乱破(らっぱ)の類(たぐい)と見える。

それなりの力(ちから)は持っているらしいが…今、ティハラザンバーの頭の近くにしゃがみ込(こ)んでいる。

どういうつもりか分からぬが、何(いず)れにしろ、心してかかるのだ、のこっ』


のこちゃんが、目覚(めざ)めたばかりだからなのだろう。


トレーナーは、努(つと)めて抑揚(よくよう)のない言い方で簡潔(かんけつ)に状況(じょうきょう)の説明をして、警戒(けいかい)を促(うなが)した。


それだけでも、のこちゃんにとって、トレーナーが心強(こころづよ)い存在だと分かる。


闇雲(やみくも)に現状(げんじょう)を把握(はあく)してゆくよりは、一気に不安要素(ふあんようそ)が軽減(けいげん)されるからだ。


独力(どくりょく)で、手探(てさぐ)りのままであった場合、こうはいかないはずである。


現在、不測(ふそく)の事態(じたい)の真(ま)っ最中(さいちゅう)らしいと了解(りょうかい)したのこちゃんの意識(いしき)は、みるみるクリアーさを取り戻(もど)してゆく。


ティハラザンバーの全神経(ぜんしんけい)が、急激(きゅうげき)に活性化(かっせいか)をし始めたのだ。


現実世界への同期(どうき)を復旧(ふっきゅう)させて、認識(にんしき)をリアルタイムに追いつかせようとしているらしい。


取(と)り敢(あ)えず、残っている多少のダメージなどに、かまっている暇(ひま)はないとばかりである。


そんな精神(せいしん)の屈強(くっきょう)さも、大(おお)ティハラのサポートによる効果(こうか)が、さっそく現(あらわ)れているのかも知れなかった。


「……だ…れ…だ?」


のこちゃんは、ぎこちなく声の主(あるじ)に向かって誰何(すいか)した。


形だけでも、軽い牽制(けんせい)をしたつもりだろう。


だが、暗闇(くらやみ)色の男は、何も意(い)に介(かい)さない様だった。


「フン、つっても、虫(むし)の息(いき)だな。

俺(おれ)は、処刑騎士団(しょけいきしだん)のアビスガルダってもんだ」


暗闇(くらやみ)色の男ことアビスガルダは、騎士(きし)と言うよりも年季(ねんき)の入った野盗(やとう)の様な柄(がら)の悪さで、低く威圧的(いあつてき)な声である。


普段(ふだん)から、どういう素行(そこう)なのか、どういった活動に長(た)けているのか分(わ)かり易(やす)く伝わってくる。


ここまで大胆(だいたん)に接近(せっきん)してきたのは、無防備(むぼうび)さや無謀(むぼう)さからではなく、経験則(けいけんそく)による、確固(かっこ)とした自信があっての動きに違(ちが)いない。


それも、荒事(あらごと)に慣(な)れている証(あかし)ともとれた。


トレーナーの"それなりの力(ちから)は持っているらしい"という評価(ひょうか)に、信憑性(しんぴょうせい)が増(ま)す。


『ふむ、こやつは自(みずか)らの粗暴(そぼう)さをコントロールしているとなれば、目的を遂行(すいこう)する傭兵(ようへい)の類(たぐい)なのだろうよ…のこ』


トレーナーの声色(こわいろ)からも、警戒心(けいかいしん)は失(うしな)われていない。


「…ようへい…か…」


のこちゃんは、復活しつつある意識(いしき)でボンヤリと魔刃殿(まじんでん)以外でもそういとこあるんだなぁとか、こういうの同業他者(どうぎょうたしゃ)って言うんだっけなどと考えていた。


同時に、そのアビスガルダを含(ふく)めた周(まわ)りの様子が把握(はあく)できないまでも、いつでも、すぐにでも動ける様にと、手足の具合(ぐあい)は確かめておく。


今の所、運動能力に問題はなさそうである。


それにしても、大(おお)ティハラの言った通り、身体が濡(ぬ)れているだけでここまで感覚(かんかく)が鈍(どん)してしまうのかと、のこちゃんは改(あらた)めてショックだった。


知らなかったとは言え、うかつに水へ飛(と)び込(こ)んでしまい、それが原因でこの現状(げんじょう)を招(まね)いたからである。


ティハラザンバーは、元になっている材料が魔の神獣(しんじゅう)と神器(じんぎ)なだけあって、凄(すさ)まじい可能性(かのうせい)を秘(ひ)めている。


第一印象(だいいちいんしょう)が怪人(かいじん)にしか見えなくとも、逸材(いつざい)を超(こ)えたハイエンドな存在と言えるだろう。


しかし、それを生かせるかどうかは、のこちゃん次第(しだい)なのだ。


「その感じだと、身(み)に覚(おぼ)えありってか?

…って事は、やっぱり、てめえも俺(おれ)と似(に)た様な口(くち)だったらしいな」


どうやら、のこちゃんの呟(つぶや)きを己(おのれ)への返答(へんとう)と誤認(ごにん)したらしく、アビスガルダは会話を続けた。


トレーナーの推測(すいそく)を裏付(うらづ)ける様に、傭兵(ようへい)については、否定(ひてい)しない口ぶりである。


それにしても、本来そういった生業(なりわい)をする者ならば、生(い)き長(なが)らえるための慎重(しんちょう)さは必須(ひっす)だろう。


ティハラザンバーに比(くら)べて背丈(せたけ)が半分くらいにすぎない人間サイズとあれば、警戒(けいかい)して然(しか)るべきな体格差(たいかくさ)なのだ。


現に、のこちゃんが埴輪(はにわ)の巨人と対峙(たいじ)した時には、ビビリ倒(たお)していた。


もっとも、その場合は、のこちゃんの持つ素養(そよう)の中に、バトルロワイヤル適性(てきせい)が無かったからなのだが。


それにも係わらずアビスガルダの行動は、いくら先制攻撃(せんせいこうげき)を決めたからとは言え、不敵(ふてき)さが余(あま)る。


己(おのれ)に対する信頼(しんらい)は当然としても、無様(ぶざま)な腹(はら)ばい姿を晒(さら)しているティハラザンバーにも、脅威性無(きょういせいな)しとの判断(はんだん)がある様子だった。


要は、なめられているのだ。


それでも、トレーナーは、問題無いと言う。


『こやつが侮(あなど)っている内は、むしろ、こちらに有利(ゆうり)なのだ。

試(ため)しに、いきなり双剣(そうけん)で突(つつ)いてみたら、驚(おどろ)いて腰(こし)を抜(ぬ)かすかも知れぬな…のこ』


一時(いちじ)はどうなる事かと危機感(ききかん)に苛(さいな)まれていたトレーナーも、のこちゃんの復活(ふっかつ)が嬉(うれ)しくて、いつもの調子(ちょうし)に戻(もど)ってきたらしい。


まるで、悪友(あくゆう)がイタズラをそそのかす口調(くちょう)である。


のこちゃんもトレーナーに心配をかけたらしいという自覚(じかく)があるので、普段通(ふだんどお)りな態度(たいど)は、むしろありがたかった。


とは言え、この体(てい)たらくから、いきなり反撃(はんげき)せよとは無茶振(むちゃぶ)りが過(す)ぎる。


「…それは…どう…だろう?」


抗議(こうぎ)の意志(いし)を込(こ)めて冷静(れいせい)にツッコミ返すしかないのだが、どうも息(いき)がまだ苦(くる)し気(げ)なので、とぎれとぎれになってしまった。


水中で口を閉じても流暢(りゅうちょう)に話せていたはずなのだが、ティハラザンバーの仕様(しよう)は、なかなか掴(つか)みづらい。


「フン、この期(ご)に及(およ)んで、しらばっくれるのかよ…まぁ、良いか。

話ができるんなら、一応(いちおう)、聞いとけ」


また、のこちゃんの言葉を拾(ひろ)って、アビスガルダは勝手(かって)に話し続ける。


『ふむ、判断力(はんだんりょく)も、しっかり戻(もど)っている様だな。

よく帰ってきてくれた…のこ』


一方でトレーナーは、のこちゃんの精神状態(せいしんじょうたい)を測(はか)るべく、敢(あ)えておかしな提言(ていげん)をしたらしかった。


声色(こわいろ)に喜色(きしょく)が浮(う)かぶ事で、トレーナーの危惧(きぐ)が、アビスガルダとやらの脅威性(きょういせい)よりも、復活したのこちゃんの健(すこ)やかさにあったと表していた。


そこに関しては素直(すなお)に嬉(うれ)しいものの、やはりTPO(時・場所・場合)というものがあるのではないかと、配慮(はいりょ)を求(もと)めたいのこちゃんである。


それに、普段(ふだん)の言動(げんどう)とそれほど大差(たいさ)がないので、本気で言っている感じも質(たち)が悪い。


「…今それ…やるの…違(ちが)うと思うけど…」


得体(えたい)の知(し)れないアビスガルダを前にして、豪快聖女(ごうかいせいじょ)にもほどがあるだろうと、のこちゃんは、なるべく柔(やわ)らかい表現でダメ出しを試(こころ)みた。


当のアビスガルダと言えば、のこちゃんの言葉を更(さら)に受ける。


「意気(いき)がるのも良いけどよ、その様(ざま)で何を言っても、格好(かっこう)はつかないんだがな」


ティハラザンバーが、反抗心(はんこうしん)から、不利(ふり)な状況(じょうきょう)なりに悪(わる)あがきを見せていると思ったのだろう。


粗野(そや)な気性相応(きしょうそうおう)と言った所か、それなりに理解(りかい)のある様子と共に、アビスガルダはティハラザンバーを鼻(はな)で笑(わら)う。


「(………ん?…あっ!)」


急に嘲笑(ちょうしょう)されされた気配も手伝(てつだ)って、のこちゃんは、アビスガルダから話かけられていた事に気が付いた。


何と、トレーナーの物言(ものい)いが原因で気を取られていたとは言え、ほんのつかの間にせよ、至近距離(しきんきょり)にいる攻撃してきたらしい敵性(てきせい)の存在から意識(いしき)をそらしていたのだ。


性懲(しょうこ)りもなく致命的(ちめいてき)な失敗を繰(く)り返(かえ)すなどと、知らずに水へ飛(と)び込(こ)んだやらかしと重なって、のこちゃんは、己(おのれ)のうかつさに少なからず衝撃(しょうげき)を受けた。


まさしく、心胆寒(しんたんさむ)からしめるとは、この事だろう。


これでは、トレーナーに文句を言う資格(しかく)もない。


ある意味、剛胆(ごうたん)さともとれるこれもまた、大(おお)ティハラの影響(えいきょう)なのだろうか。


しかしそれでは、精神的(せいしんてき)な支援効果(しえんこうか)が慎重(しんちょう)さの欠如(けつじょ)に繋(つな)がるという、諸刃(もろは)の剣(けん)になりかねない事を意味している。


むしろ今は、これまで以上に、用心深(ようじんぶか)さを求められる状態(じょうたい)なのかも知れない。


何(いず)れにせよ話かけられた内容が分からないので、のこちゃんは、アビスガルダへ聞こえない様に注意してトレーナーに訊(き)いた。


『ふむ、こやつは、先ほどより何やらこちらへ言いたい事がある様子であった…のこ』


って言うか、分かっていたなら同時に話さないで欲しいと思う、のこちゃんである。


幸(さいわ)いにも、手遅(ておく)れになっていない状況(じょうきょう)に感謝(かんしゃ)しつつ、のこちゃんは、気を取(と)り直(なお)した。



ひとまずは、襲(おそ)ってきた相手の姿を確認しなければと、回復(かいふく)した視界(しかい)にアビスガルダの姿を探す。


ティハラザンバーの首を動かすまでもなく、漆黒(しっこく)の金属装甲(きんぞくそうこう)で全身を覆(おお)ったその男は、トレーナーの言った通り頭の近くにしゃがんでいた。


「フン、ガン飛ばすくらいの力(ちから)は、まだあるみてぇだな」


その金属装甲(きんぞくそうこう)の表面には、ティハラザンバーどころか、周(まわ)りの風景(ふうけい)が何一つ写(うつ)り込(こ)んでいない。


まさしく、暗闇(くらやみ)が質量(しつりょう)を持って、人の形になっている様な風貌(ふうぼう)だった。


暗闇(くらやみ)色の頭部に灯(とも)る二つの朧気(おぼろげ)な光が、ティハラザンバーの視線を受け止めている。


お前が深淵(しんえん)をのぞくなら、深淵(しんえん)も等(ひと)しくお前を見返すというやつだろう。


「…あんた…が…アビスガルダ…」


尚(なお)、のこちゃんの第一印象(だいいちいんしょう)は、時空刑事(じくうけいじ)シリーズから始まった所謂(いわゆる)"メタリック・ヒーローズ"の悪者側で出てくるタイプだった。


メタリック・ヒーローズは、それまでのヒーロー造形(ぞうけい)に無かった真空蒸着(しんくうじょうちゃく)という技法(ぎほう)で、金属(きんぞく)の表層(ひょうそう)を形成(けいせい)させたキャラクタースーツが売りの関連作品を指(さ)している。


ピカピカテラテラな金属面(きんぞくめん)を全身にまとうヒーローキャラクターが、派手(はで)なアクションを繰(く)り広(ひろ)げる事で目新(めあたら)しく、ハリウッド映画でもインスパイアされるくらい人気があったのだときょう姉さんから聞いた。


そんな作品の中には、真空蒸着(しんくうじょうちゃく)のスーツを、悪者やライバルのキャラクターにも使用するタイトルがあるのだ。


特に目の部分が光っているのは、電飾(でんしょく)で発光(はっこう)させる見得切(みえき)り演出のお約束なので、なかなかそれっぽいなどと変な感心をしてしまうのこちゃんである。


「………………(きょう姉さんが、好きそうだな!)」


端的(たんてき)に言えば、それであった。


叔母(おば)のきょう姉さんは、のこちゃんがチャムケアと出会う切(き)っ掛(か)けを与(あた)えてくれた大恩(だいおん)あるヒーロー作品愛好(あいこう)の師(し)であり、メタリック・ヒーローズ好きなのだ。


ちなみに、一番の推(お)しは、初代時空刑事(じくうけいじ)の"吉祥寺(きちじょうじ)鐡(てつ)"である。


大(おお)ティハラの支援(しえん)があるからか、こんな状況(じょうきょう)でも気持ちが安定(あんてい)していて、いつもの感じにはなっている。


のこちゃん的には、ほぼ復活を果(は)たしているつもりだった。


しかし、話そうとすると、何故(なぜ)かティハラザンバーの口からは、とぎれとぎれの言葉が発せられる。


腹ばいの体勢(たいせい)が問題なのか、それとも、まだ身体に思わぬダメージが残っているのだろうか。


どうやら、たどたどしいしゃべり方になっているのは、息苦(いきぐる)しさが原因でもなさそうだった。


「話が…ある…とか…」


のこちゃんは、アビスガルダが何かを言いたがっているというトレーナーのアドバイスに従(したが)い、先(ま)ず促(うなが)してみた。


それにしても、発声(はっせい)の不調(ふちょう)は、なかなかもどかしい。


「あん?」


かなり痛い目を見せられたはずの相手を前にして、それほど物怖(ものお)じしていない様子のティハラザンバーには、予想を裏切(うらぎ)られたのかも知れない。


アビスガルダは、一瞬(いっしゅん)、何だコイツといった反応(はんのう)を見せた。


それでも、やはり最初からそのつもりであったらしく、やや訝(いぶか)しみながら話し始める。


「………てめえも同業(どうぎょう)なら、それなりの仁義(じんぎ)ってのを解(わか)っておかねーとなって話だ」


この期(ご)に及(およ)んで、己(おのれ)の圧倒的(あっとうてき)な優勢(ゆうせい)は、揺(ゆ)るがない。


アビスガルダの声には、そんな余裕(よゆう)がにじみ出ていた。


「…わたし…やく…ざじゃ…ないけ…ど?」


もちろん、お父さんの事は嫌いじゃないものの、やくざ者に憧(あこ)れてもいない。


その辺り、のこちゃんは、しっかりと線引(せんび)きをしていた。


仁義(じんぎ)とか言われても、知らんがなである。


「チッ、訳の分んねぇ事言いやがって、まだ頭がちゃんと回(まわ)ってねーみてぇだな」


少しイラつきながら、アビスガルダは、あれだよあれと指をさした。


指の先には、埴輪(はにわ)の巨人が横たわっている。


『そう言えば、こやつは、何やら手間(てま)をかけていたのに、横から手を出されたといった様な事をわめいていたな…のこ』


トレーナーに補足(ほそく)されて、どうやらアビスガルダが埴輪(はにわ)の巨人を狙っていたらしい事を、のこちゃんは知った。


あまりピンと来ないものの、ティハラザンバーが獲物(えもの)を横取りした感じなのだろう。


のこちゃんにしてみれば、襲(おそ)われたから必死(ひっし)に対処(たいしょ)したまでで、文句を言うならあちらにしてくれという心境(しんきょう)である。


「こち…らから…手を出し…たわけ…じゃない…」


例(たと)え形としてはアビスガルダの邪魔(じゃま)をしていたとしても、そもそも一方的(いっぽうてき)に攻撃される謂(い)われも無いので、一応(いちおう)、抗議(こうぎ)の旨(むね)を主張(しゅちょう)しておく。


こういう手合(てあ)いには、身(み)の潔白(けっぱく)が証明(しょうめい)された後、"あの時、何も言わなかった"的な言(い)い逃(のが)れを許(ゆる)さないためにも必要なのだ。


どうもアビスガルダには、幼(おさな)い頃(ころ)に間近(まぢか)で接(せっ)していた世界、やくざ者の匂(にお)いがするとあって、余計(よけい)に身構(みがま)えるのこちゃんだった。


「はぁ?ガキを攫(さら)っといて何言ってんだよ、てめぇはよっ。

アレが、あのガキに反応(はんのう)して、動くのを分かってたんだろうがよ!」


どうやら、アビスガルダの言うガキとは、シマユリの事らしい。


その物言(ものい)いは苦々(にがにが)しく真偽(しんぎ)も分からないものの、本当に反応(はんのう)していたのであれば、埴輪(はにわ)の巨人がシマユリの言う武神様(ぶしんさま)だったのかも知れない。


『ふむ、確かにそれならば、あれほど執拗(しつよう)に追いかけて来た話の筋(すじ)は通るな…のこ』


のこちゃんも途中(とちゅう)から薄々(うすうす)そんな気がしていたものの、まさか応戦(おうせん)しているまっ最中(さいちゅう)では、確認のしようもなかった。


どちらにせよ、シマユリを救出(きゅうしゅつ)した時から、アビスガルダは、こちらの動きに目を付けていたという話だろう。


ただ、誘拐犯(ゆうかいはん)みたいな言われ方は、聞(き)き捨(ず)てならない。


「攫(さら)った…なんて…事は…」


「アレを探し出して仕留(しと)めるってんで、仕掛(しかけ)けを準備(じゅんび)したり手下(てした)を雇(やと)ったりと、こっちはそれなりの出費(しゅっぴ)と時間をかけてんだよっ。

てめぇがちょっかいかけやがったから、予定が狂(くる)っちまったんだからな!」


アビスガルダは、のこちゃんの異議申(いぎもう)し立(た)てを遮(さえぎ)る様に、批難(ひなん)の言葉を重(かさ)ねた。


なるほど、ティハラザンバーも同業者ならば、その辺りの事情(じじょう)は酌(く)んで然(しか)るべしという言(い)い分(ぶん)なのだろう。


一見(いっけん)、この業界(ぎょうかい)には業界(ぎょうかい)なりに筋(すじ)の通(とお)し方(かた)があると、それらしくは聞こえる。


だが、これには、トレーナーが呆(あき)れた様に冷笑(れいしょう)を語気(ごき)に乗せた。


『こやつ、余(よ)らの共倒(ともだお)れを待(ま)って分(わか)かり易(や)く漁夫(ぎょふ)の利(り)を狙(ねら)っただけのくせに、よくもぬけぬけと抜(ぬ)かしたものだな…のこ』


まぁ、状況的(じょうきょうてき)にそうだよねと、のこちゃんもアビスガルダにやくざ者の匂(にお)いを嗅(か)ぎとったくらいから、ろくでもないヤツなのは予想していた。


本当に横取りされまいとするのであれば、森の中を移動している間、幾(いく)らでも介入(かいにゅう)するチャンスはあったはずである。


そりゃあ、辛勝(しんしょう)で消耗(しょうもう)したティハラザンバーを、後から不意打(ふいうち)ちのめった撃(う)ちにするだろう。


面(つら)の皮(かわ)が厚(あつ)いとは、金属装甲(きんぞくそうこう)の事であったか。


「だから…卑怯(ひきょう)な…マネして…も良いと…でも?」


のこちゃんの言葉で、再びアビスガルダは鼻(はな)で笑(わら)う。


「つっても、あのでかさだ。

こっちで直(じか)にケリを付けるってなってたら、それなりに苦労をさせられたはずだからよ、助かったは助かったってこった。

てめぇにトドメまで刺(さ)さねぇのは、そのご褒美(ほうび)って所だな。

ただし、ケジメは付けとかねーとなっ」


これからも、この商売を続けんなら良い勉強になっただろうと、アビスガルダは嘯(うそぶ)く。


『ふむ、やはり双剣(そうけん)で突(つつ)くべきではないか?…のこ』


結局、トレーナーは本気だったらしい。



それよりも、のこちゃんには、アビスガルダに問(と)い質(ただ)すべき事があった。


「それ…じゃあ…最初に…あの子を…襲(おそ)った…のは…アンタか?…」


シマユリが狙(ねら)われた時の様子を見ていたのなら、当然、アビスガルダもあの場にいた事になる。


ならば、埴輪(はにわ)の巨人がシマユリに反応(はんのう)すると知り、雇(やと)ったという手下(てした)たちに囲(かこ)ませ、弓(ゆみ)で射(い)らせたのではないか?


抗(あらが)う術(すべ)を持たないシマユリに、問答無用(もんどうむよう)で四方八方(しほうはっぽう)から、一切(いっさい)の躊躇(ちゅうちょ)をせずにである。


アビスガルダの性格を見ながら、のこちゃんは、そう確信していった。


「ア(・)レ(・)は、弱い存在の守護者(しゅごしゃ)って話だったからよ、大がかりな方術(ほうじゅつ)でこの森に住む生き物を全滅(ぜんめつ)させてみたんだが、動きゃあしなかったんだけどな…

たまたま見つけたあのガキにも試(ため)してみたら、てめぇが攫(さら)った直後に躍(おど)り出てきやがって、射手(いて)どもは皆殺(みなごろ)しよ」


あそこまで大正解(だいせいかい)だったとは思わなかったぜと、アビスガルダは悪びれもせずに、淡々(たんたん)と言ってのけた。


要するに、たまたまあの場所にいたというだけで、シマユリは、すげなく殺されそうになっていたのだ。


のこちゃんの予想とは少し違(ちが)ったものの、この森に植物(しょくぶつ)以外の生き物を見かけなかった理由もさる事ながら、その所業(しょぎょう)は無道(むどう)にもほどがある。


アビスガルダを見据(みす)えるのこちゃんの視界(しかい)が、望遠(ぼうえん)レンズを引いた様に、キュッと圧縮(あっしゅく)されて歪(ゆが)む。


『ほう、こやつは面妖(めんよう)な形姿(なりかたち)の示(しめ)すまま、悪鬼羅刹(あっきらせつ)の類(たぐい)であったか。

余(よ)が生きていた聖女(せいじょ)時代であれば、この場で、既(すで)に斬(き)って捨(す)てている所であろうよ…のこ』


トレーナーの平静(へいせい)な語気(ごき)の中にも、憤(いきどお)りが垣間見(かいまみ)えた。


「アンタ…人間…なんだろ…」


「あ?…まぁ、元はな。

だから何だってんだよ、突然よっ」


ティハラザンバーの口から、予想していなかった言葉が出たからなのだろう。


アビスガルダは、少し戸惑(とまど)う様子を見せる。


「あ…んな子供…を同じ人間な…のに平気で…犠牲(ぎせい)にでき…るのか…」


明らかに、語気(ごき)からそれまでの弱々(よわよわ)しさが消えて、力(ちから)が込(こ)められている事が分かる。


「何を言い出すのかと思えば、つまんねぇ事、訊(き)くんじゃねえよ。

てめぇみてえな、力(ちから)のある種族から見りゃあ、人間なんてカスみたいなもんだろうよ。

その通りでな、俺(おれ)みてえに存在ごと強化するか、弱えーままなら、あのガキみてーに利用されてお終(しま)いだ」


本当につまらない話をしたとばかりに、アビスガルダは、吐(は)き捨(す)てた。


罪悪感(ざいあくかん)も無いまま、シマユリをシマユリとして狙(ねら)った矢は、無情(むじょう)に放(はな)たれていた。


のこちゃんにとっては、その事実だけで、もう十分(じゅうぶん)だった。


「つ…まらなくなんて…ないっ…」


のこちゃんの気力が高まったからなのか、ティハラザンバーの発する言葉にも、たどたどしさが消えつつある。


その分(ぶん)、語気(ごき)に含(ふく)まれるトゲトゲしさが、輪郭(りんかく)をハッキリとさせる。


「さっきから、何ゴチャゴチャ言ってんだよ、てめぇはよっ」


地面に這(は)いつくばって、無様(ぶざま)な姿をさらしているティハラザンバーが、急にそんな態度(たいど)を見せたからだろう。


イラついた様子のアビスガルダは、ティハラザンバーを小突(こづ)こうと拳(こぶし)を振(ふ)り上(あ)げたものの、途中(とちゅう)で止(と)めた。


異変(いへん)に気が付いたのだ。


前触(まえぶ)れもなく、空気が動いていた。


ティハラザンバーを中心に、突如(とつじょ)として風が発生し始めたのである。


「てめぇ!?」


危険を察知(さっち)して、アビスガルダがティハラザンバーから飛(と)び退(の)いた。


その間、ティハラザンバーは、ゆっくりと地面から顔を持ち上げる。


両腕で支(ささ)えられた上半身も、徐々(じょじょ)に起(お)こされてゆく。


身体から砂埃(すなぼこり)がサラサラとこぼれ落ちる。


のこちゃんは信じている。


どんなに哀(かな)しい事があっても、前を向いて歩いて行けるなら何かを見つけられる事を。


のこちゃんは知っている。


どんなに辛(つら)い状況(じょうきょう)であっても、何かが切(き)っ掛(か)けで変われる可能性がある事を。


のこちゃんは願っている。


なかなか変われなかったとしても、その可能性はいつでも一緒(いっしょ)に在(あ)る事を。


だから、本人の意志とは別の所で、命運(めいうん)を他者に握(にぎ)られ潰(つぶ)されるなど、のこちゃんは絶対に承伏(しょうふく)できないのだ。


それが、あの日の自分を重(かさ)ねてしまう、幼(おさな)い子供なら尚更(なおさら)である。


片膝立(かたひざだ)ちになったティハラザンバーの足が、力強(ちからづよ)く大地を踏(ふ)みしめる。


今、のこちゃんは、怒(おこ)っていた。



こいつとは、戦わねばならない。


そのためには、このずぶ濡(ぬ)れの全身を乾(かわ)かし、いつもの感覚を取(と)り戻(もど)す必要がある。


のこちゃんがそう思った時、白銀(しろがね)鎧(よろい)の部分から、強い風が吹(ふ)き出(だ)した。


風は、ティハラザンバーの周(まわ)りを渦巻(うずま)き、瞬(またた)く間(ま)に勢(いきお)いを増(ま)してゆく。


『ふむ、天空の女神(リナリーシア)様の神器(じんぎ)なればこそ、大気が満(みち)る場(ば)では、何も恐れる事はない。

そう言ったであろうよ…のこ』


白銀(しろがね)鎧(よろい)にも、双剣(そうけん)と同様に、空気を味方にできる仕様(しよう)があったらしい。


同時に、大(おお)ティハラの助力(じょりょく)を得(え)た事で、ティハラザンバーの身体が本来(ほんらい)の能力(のうりょく)を十全(じゅうぜん)に発揮(はっき)し始めたのだろう。


全身からも水分を飛ばすための熱が発して、風の力と併(あわ)さり、みるみる内に体毛(たいもう)を乾(かわ)かしてしていった。


黒い革(かわ)の服が、相応(そうおう)にバタバタとはためく。


ティハラザンバーにとって、双剣(そうけん)が"虎(とら)に翼(つばさ)"であるのなら、白銀(しろがね)鎧(よろい)は、俺(おれ)ドライヤーと言った所だろうか。


地面に転(ころ)がっていた双剣(そうけん)は、いつの間にか、両手(りょうて)に収(おさ)まっていた。


完全に乾(かわ)いた黄金の体毛(たいもう)が、強風に煽(あお)られてキラキラと陽光(ようこう)を反射(はんしゃ)している。


そして、射貫(いぬ)く様な黄金の瞳(ひとみ)も、アビスガルダを真正面(ましょうめん)より捉(とら)えて外(はず)す事はない。


ティハラザンバーは、ゆっくりと立ち上がった。


「…何だよ、てめぇ、トドメ刺(さ)されてぇのか?」


低く平板(へいばん)な声色(こわいろ)に、感情的な揺(ゆ)らぎは一切(いっさい)無い。


アビスガルダも、一瞬(いっしゅん)にして臨戦態勢(りんせんたいせい)へと、切(き)り替(か)えていた。


その機敏(きびん)さには、荒事(あらごと)の世界を渡(わ)り歩(ある)いてきた、ベテランの貫禄(かんろく)が垣間見(かいまみ)える。


やはり、ただの悪党(あくとう)ではないのだろう。


甦(よみがえ)ったティハラザンバー本来の皮膚感覚(ひふかんかく)が、周(まわ)りの状況(じょうきょう)を見渡(みわた)す様に把握(はあく)してゆく。


ふっと、のこちゃんの視界(しかい)に、アビスガルダより発せられた"揺(ゆ)らめきの流れ"が顕(あらわ)れた。


ティハラザンバーが牙を剥(む)く。


埴輪(はにわ)の巨人と戦った時はこ(・)れ(・)が無くて苦労したので、ちょっと嬉(うれ)しくなって、ついにやけてしまったのだ。


それを戦闘開始の合図(あいず)と受け取ったアビスガルダは、何の予備動作(よびどうさ)も無く、攻撃の方術(ほうじゅつ)を放(はな)つ。


一度はティハラザンバーを後からめった撃(う)ちにした、光による射撃(しゃげき)だった。


幾筋(いくすじ)の光が同時に目の前を埋(う)め尽(つ)くす。


並(なみ)の者であれば、絶対に避(よ)けられない数が殺到(さっとう)する。


ただし、全(すべ)て"揺(ゆ)らめきの流れ"に沿(そ)ってである。


しかも、大(おお)ティハラの効果もあってだろうか、身体の切れが天井知(てんじょうし)らずにも感じる。


それは、ティハラザンバーならば、対処可能(たいしょかのう)な事を意味していた。


「だったら、必死に避(よ)ける!」


ティハラザンバーは、驚異(きょうい)の運動能力をもって、のこちゃんのイメージに応(こた)えた。


言ってしまえば、アビスガルダの光の射撃(しゃげき)を、なりふり構(かま)わず動き回ってまるごと躱(かわ)して見せたのだ。


「何だそりゃあ?!」


至近距離(しきんきょり)からの方術(ほうじゅつ)攻撃を、見てから全(すべ)て避(さ)けられた。


アビスガルダにとっては、驚愕(きょうがく)の一言に尽(つ)きただろう。



『ふむ、双剣(そうけん)で、あるていどは斬(き)って捌(さば)けたと思うぞ…のこ』


「えっ…」


どんな姿であろうとも、基本は、のこちゃんである。



続きます。

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