05 のこちゃんと森の武神様?!
剣持虎の子 こと のこちゃん の人生は、亡くなった父親がやくざ者だったので、生活環境的な理由から波乱万丈になりそうだった。
結果としては、ティハラザンバーに強制変換という形で本当にそうなってしまったにせよ、それまでも割とビックリする事が多かった様に当人も認識している。
幼い頃は、お父さんに連れられてお出かけすると、街でやたら厳つい顔やガッシリした体つきの男の人たちから次々と声をかけられて、その度にドキドキしていた。
お正月に神社みたいな大きなお屋敷へ新年のご挨拶に行けば、和服姿のお爺さんから大きなお年玉袋をもらって、舞い上がったりもした。
後から思い返せば、あのお爺さんがお父さんの親分だったのだろうと気が付いて、その羽振りの良さにも合点がゆく。
のこちゃんからすると、お父さんは、お父さんである。
だから一緒に歩いていても日常の一コマにすぎないのだが、そう言えば、周りの道行く人たちには避けられていた気もする。
見ず知らずの人からとは言え、あからさまな態度をとられれば、幼心にはショックだったに違いない。
そんな生活だったので、やはり亡くなった母親の実家である佐橋の家へ引き取られると決まった時は、子供心にも、それなりの扱いをされる覚悟をしていた。
けれど実際に引っ越してみると、意外にも家族として暖かく迎えられただけでなく、自分専用の部屋まで用意されていたのには驚かされた。
ただ、それに合わせて転校した小学校では何故かやくざ者の娘という噂話が流れていて、クラスメイトたちからは避けられ教師たちからも腫れ物を扱う様に接せられたので、予想した肩身の狭さを思わず体験してしまったのだが。
これは、ビックリしたと言うよりも、戸惑ったと言った方が正しい。
いくら父親がやくざ者だったとは言え、当然ながら、数々の修羅場をくぐってきました的な経歴などは無いのこちゃんである。
当初は、学校生活をしてゆく中で平凡な女児に過ぎないその実態が周りに知られてゆけば、いつか収まるだろうと思っていた。
ところが、誰も噂話の向こう側にいる本人を見ることはなく、のこちゃんは、気が付けばそのまま孤立してしまった。
そんな暗澹たる小学校生活が続く中、叔母に当たる きょう姉さん は、のこちゃんを励ます様に自身の趣味である特撮ヒーロー作品をたくさん見せてくれた。
その関連から芋づる式で、のこちゃんは日曜日の朝、遂にチャムケアシリーズと運命の出会いをしたのだ。
その衝撃たるや、それまでくすんで見えていた世の中が、瞬く間に色鮮やかな景色へと反転したほどである。
言うなれば、『ローリンゲット!チャムケア』の主人公ケアタリアーの口癖である、"うはぁ~、ライブし~にっく!"そのままであっただろう。
ケアタリアーに変身する鳥社鄙は、幼少期から小学生時代の全ての時間を、長い闘病生活に奪われてしまっていたのだが、中学生に上がる段となってようやく病床より解放された経緯を持つ。
苦しかった入院中を支えてもらった両親をはじめとする多くの人たちへ、また、未来へ向けて踏み出せる事への感謝と世界はこんなにも美しかったのだという感動から、自然と口をついてこぼれ出たセリフである。
それは、チャムケアと出会い、どんどん元気さを取り戻していったのこちゃん自身にも深く刺さった。
しかも、『ローリンゲット!チャムケア』の放送と合わせて中学校へ上がり、気の合う友だちができて一気に生活が明るく変わった辺りもシンクロしたものだから、あまりにも分かりみが強すぎた。
後に、実はその大病の原因だった事が判明した敵の幹部怪人を倒す展開でファンの間でも賛否が分かれたものの、ケアタリアーに感情移入が激しかったのこちゃんは、もちろんガッチガチの肯定派である。
当該エピソードの視聴中には、憤慨しながらふざけるなそんなヤツぶっとばせと、テレビの前で熱く応援していたのも仕方がない。
何れにしろ、チャムケアに出会う前ののこちゃんからしてみれば想像がつかなかった楽しい生活であり、その中で起こった一つ一つの出来事は驚きの連鎖だった。
人間、生きていれば何が起こるか分からないとは、よく言ったものである。
もっとも、一番の驚愕は、生涯をティハラザンバーとして改められてしまった事なのだが。
凡庸な中二女子のそれから、巨体へ白銀の鎧を部分的に纏った、黄金の毛並みに漆黒の縞模様を持つ直立した虎の様な怪人へのイメチェンと来れば、なかなかのギャップだろう。
ちなみに、のこちゃん本人は、怪人である事を認めていない。
中身がのこちゃんのまま人生をティハラザンバー生へ移行してからこちら、元聖女であるトレーナーのフォローがあるとは言え、やはり驚きの連続であった。
そしてそこへ、今また一つの事案が追加された。
ティハラザンバーの咆吼へ応えるかの様に、埴輪の巨人が、まるで意志がある者のごとく喋ったのだ。
「(…知性があるの?!)」
相手が予め決められた行動をなぞるだけの単純な存在であれば、こちらから呼びかけたり自らの非をお詫びする事に、意味は無い。
しかし、正確に大きな剣を操る埴輪の巨人の攻撃行動には、周りの状況をしっかり認識している様な手堅さが見えた。
何より、ティハラザンバーの存在を観測して行動していたきらいがあるのだから、自律性が窺える。
であれば、のこちゃん自身が予測した通り、埴輪の巨人の本質は、状況次第で自ら動作を適宜に切り替えられる自律型ロボットに似たモノの可能性が高い。
のこちゃんが期待したのは、会話ではなかった。
神器の恩恵で通じるとされる言葉によって、戦わない意志を届ける事。
それにより、埴輪の巨人の動作モードの切り替えをうながし、取り敢えず攻撃を止めさせられないかという試みだったのだ。
あわよくば、そのまま平穏に収まって欲しかったのである。
そのアプローチ自体は、間違っていないだろう。
ただし、埴輪の巨人が自由意志を持っている様な、想定よりも更に高度な存在だった場合は、その前提も変わってくる。
突然の事だったので、全てをハッキリと聞き取れた訳ではないのだが………
「(何か許せないみたいな事を言っていた様な)」
そもそも、最初から"思うところ"があってティハラザンバーを絶対に抹殺しようと追ってきた絶殺巨人であったのなら、よほどの事でもない限り急な戦闘の停止は難しい。
登山家がそこに山があるから登ると言うのであれば、埴輪の巨人がティハラザンバーを襲うのは、そこにティハラザンバーがいるからという事になる。
やりたいからやる。
それが、意志を持つ者の面白さであり、厄介さでもある。
登山の際には、天候や足場のコンディションこそ気にしても、登られる山の気持ちなど想定されていない。
もしも本当に山が遠慮して欲しいと人間の言葉で訴えかけてきたなら、さすがに大凡の登山家は、驚いて撤収するだろう。
だが中には、どんな事があろうと初志貫徹してしまう登山家もいるかも知れない。
同様に、埴輪の巨人は、のこちゃんの申し出を聞いた上で引く気もないらしかった。
当のティハラザンバーは、巨木の幹に頭を下にした格好で、へばりついたまま固まっている。
のこちゃんは、思い切り動揺していた。
「って、今、敵対宣言された気がするんですけど、造られたモノに意志は無いってトレーナーさん言ってませんでした?言ってませんでした?」
大切な苦情なので、つい2回繰り返してしまった。
『ふむ、2回言わなくとも、話は通じているぞ。
確かに、"力の道筋"が捉えられぬ以上は、何者かによって造られたモノに心など無いと、言っている通りであろうよ…のこ』
のこちゃんが"揺らめきの流れ"と捉え、トレーナーが"力の道筋"と言うそれは、意志ある者の攻撃の軌道を前触れの様に察知する極意である。
生前、白銀鎧の聖女と呼ばれていた頃のトレーナーが見出したらしい。
トレーナーご謹製のティハラザンバーには、初めから備わっていた特典能力といった所だろうか。
これまで便利に利用していたのであるが、埴輪の巨人の攻撃からは、それが見えなかった。
しかし、現に埴輪の巨人は、意志がある者の様に言葉を発したのだ。
本当に知性を備え、自らの意志にそって攻撃を実行しているとすれば、その理屈は矛盾する。
そもそも、造られた者と言うのであればティハラザンバーと何が違うのかと、のこちゃんがトレーナーに反論しようとしていたところ、眼下の埴輪の巨人に動きがあった。
ティハラザンバーの咆吼の余韻が収まり、しばし静寂を取り戻していた巨木の大森林に、硬い物が勢いよくぶつかった様な甲高い音が響く。
そちらへ注意を戻してみれば、黄土色の顔を守る様に左右へ展開していた青黒い岩のフェイスガード、所謂"兜の吹返"部分が閉じて顔を隠す形へ変わっていた。
目の位置にだけ細い溝の隙間が残り、そこから外をのぞける造りになっているのだろう。
埴輪よろしく元々の目が穴であったにも係わらず、視認が必要な構造になっているとなれば、その奧にカメラの様な、埴輪の巨人にとっての重要な部分があるのかも知れない。
どうやら、戦闘で顔へ、つまり弱点への損傷を発生させないための措置らしい。
「あんなギミックまであったのか………」
ヒーローっぽくてちょっと格好良いかも的な感心をのこちゃんがしていると、埴輪の巨人の足下で、地面がミシリと悲鳴を上げる。
何が起きているのだろうかと、事態の把握がなされる前に、地上へ出ていた巨木の根ごとその地面が爆ぜた。
あろう事か、全身を岩の鎧で覆われた重そうな姿でありながら、埴輪の巨人は、勢いよく跳躍して見せたのだ。
巨大な剣も、ティハラザンバーへ痛恨の斬撃をお見舞いせんと、力をためて振りかぶられている。
「はあ!?!」
岩塊が重さを感じさせないスピードで己に向かって飛んでくるだけでも恐ろしいのに、人の形で、しかも攻撃態勢までとっているのだ。
みるみる近づくその迫力たるや、のこちゃんに限らず、パニック必至のシチュエーションだろう。
あれほどのヘビー級が身軽にジャンプするはずがないという思いこみがあったからこそ、剣の届かない巨木の高い場所に陣取っていた訳であり、その意表を突かれた形でもある。
のこちゃんは、何も方向を定めないまま、取りついていた幹からティハラザンバーを全力で離脱させた。
常人の感覚であれば、為す術も無く呆然として、巨大な質量に押し潰されるまで動けなかったに違いない。
瞬時に反応できただけでも、ティハラザンバーになってからのあれやこれやで、のこちゃんも多少は成長していると言える。
その際、思わずキャーと叫んでいたのは言うまでもない。
背後からは、これまでの巨人の剣が幹をえぐった音とは比べものにならない振動と、巨木のざわめきが押し寄せる。
『待てっ、そちらは拙い、のこ!』
しかし、同時に、慌てた様子のトレーナーから警告が発せられた。
その話を聞くにつけ、細けぇこたぁ良いんだよのイメージが強い、豪快聖女にしては珍しい。
これには、のこちゃんもハッと我に返った。
刹那、宙を泳ぐティハラザンバーの視界が、一気に明るく開けてゆく。
「あっ!」
どうやら、境を抜けて、巨木が林立する森からティハラザンバーは完全に飛び出てしまったのだ。
埴輪の巨人が見せた機動性に加え、執拗で的確な攻撃行動を上乗せする巨大な剣のリーチは、障害物の無い平地において絶大な脅威になるだろう。
しかも、頼りの"揺らめきの流れ"は抜きで、その全てに対処しなくてはならない。
事態を理解すると、のこちゃんは、やっぱり引けば良かったと後悔を重ねた。
ティハラザンバーは、湖畔に沿って開けた土地へ勢いよく着地する。
踏ん張る白銀のブーツが土煙を上げ、地面を削って勢いを殺してゆく。
やや前かがみのくの字になりながら、大きな擦過音と共に地を滑り、それでも立つ姿勢を崩さない。
こんな状態で転んだりしないのは、猫的な身体になった超バランス感覚のおかげなのだろう。
それはそれとして、性懲りもなくうかつな行動を積み重ねた事で、のこちゃんの気持ちは転んでいた。
「やっちゃったぁ!!」
言っても仕方がないと分かっていても、叫ばざるを得ない。
『そらっ、注意を途切らせるな、追ってくるぞ…のこっ』
「うえっ」
のこちゃんは、地上を滑走する勢いを利用して、スピンターンしながら涙目のティハラザンバーを森の方へ向き直らせた。
その途端に、空中を迫ってくる、大きな人型岩塊が目に入る。
恐らく、埴輪の巨人は、それまでティハラザンバーがいた巨木に激突した後、幹を蹴って追跡の跳躍を再びやってのけたのだ。
やはり、その鈍重そうな姿に反した機動性には、目を瞠るものがある。
青みがかった金属製の剣身に陽光が反射して、大きな光の剣と化していた。
上から下へ、体重と加速の乗った刃の閃きが、空中から容赦なくティハラザンバーを狙う。
着地の後を考えない、いかにも頑丈な造りの身体をアテにした、豪快な攻撃体勢だ。
しかも、そこに正確さまで併せ持つのだから、いかにも合理的で質が悪い。
その意味では、巨体ぶりを生かした圧倒でもあり、のこちゃんのイメージ通りロボ系のそれなのかも知れない。
有無を言わせないその行動力には、恐怖さえも覚える。
生きて傷つき倒れ得る者の視点からすると、それは、素朴で率直な感想に違いなかった。
相変わらず、肝心な"揺らめきの流れ"は見えておらず、自分がいかにあのガイドラインを頼り切っていたかと実感するのこちゃんである。
「こんなの、どうしろって?!」
と言いつつも、埴輪の巨人が突貫してくる軌道を外して、のこちゃんは何とか躱す。
客観的に見れば、視認してから到達までは、一瞬であった。
その瞬く間に、巨体のリーチによる攻撃範囲からの離脱こそ容易くなさそうなものだが、ティハラザンバーにはそれを可能とするポテンシャルがある。
直後、埴輪の巨人の激突した衝撃が、大地を揺らす。
幾度かバウンドして、地面を勢いよく転がったかと思えば、そのまま何事もなかったかの様に巨体がスックと起き上がった。
残念ながら、大きな剣も折れたりはしていない。
存在の全てが、呆れるほどの強度だ。
『ふむ、戦闘巨人とは斯くあるべきか…のこ』
トレーナーが変な感心をしている中で、のこちゃんは戦慄していた。
実際に、聳え立つ様な埴輪の巨人と対面してみた所、背丈の差が思っていた以上なのである。
ファーストコンタクトが、"たまたまそこにいた動物"の体で偽装した四つん這いだったので、正直よく分からなかったのだ。
尖角兵団の頭であるベルクも間近だと仰ぎ見る感じだったものの、これは、それ以上かも知れない。
もう、ティハラザンバーでさえ4メートルくらいはあるのだから、人間のサイズから見ればビルに近い高さがある。
ちょっとしたどころか、十分に巨大ロボの域へと踏み込んでいるだろう。
「こんなの、どうしろって………」
先ほど思わず叫んだ事を、またポツリと繰り返してしまう、のこちゃんである。
遠からず近からず、両者の間が絶妙に離れたためこうして観察できるものの、剣の間合いに入ってしまったらそんな余裕は無くなるだろう。
のこちゃんは、考える。
恐らく、逃げてもあの勢いで追ってくるとなると、シマユリとの合流が難しい状況は変わっていない。
停戦を申し出ても受け付けないとなれば、どうにかして凌ぐしかないのだが、そのどうにかする手段が、戦う以外に思いつかない。
かと言って、何が許せないのか知らないものの、襲ってくる理由がハッキリしないまま、なし崩しに埴輪の巨人と正面からぶつかるのは、降りかかる火の粉にしても納得がいかない。
のこちゃんは、意を決して、再び埴輪の巨人へ呼びかけようと思った。
本当に知性があって、何かしら原因があるのならば、答えてくれるかも知れない。
「あ、あのっ、さっきも言ったんですけど、こちらに戦うつもりはありませんっ。
攻撃してくる理由を教えてください!」
「………………モハヤ、モンドウムヨウッ」
答えてくれなかった。
いや、会話が成立したのだから、埴輪の巨人に知性はあるらしいという確証は得られたのだろう。
そして、やはり戦いは避けられそうにない確認も。
「………こうなっちゃった以上、何か作戦はないですか?」
どうしても戦わなければならないとすれば、シマユリの安全を確保して逃げる時間を稼ぐためと、今は強引に納得しておく。
となれば、無力化までとゆかずとも、せめて埴輪の巨人をしばらく動けなくするくらいの形勢にしなくてはならない。
ただ、正直な所、のこちゃんにはやれる自信が無かった。
ここは、歴戦のトレーナーに頼るしかない心情が勝る。
『ふむ、心許ないのならば、双剣を構えておけば良い…のこ』
策など立てずとも、白銀鎧と同じく神器なのだから、力任せで振るわれている大きさだけの剣に打ち負ける理由など無いと、トレーナーは軽い口調で助言した。
敢えて、余裕のある態度を示し、のこちゃんの気負いを軽くしようという心遣いなのだろう。
しかし、先だって警告したのもハッキリ不安要素があるからに違いないと、のこちゃんは確信している。
それは、他でもない、のこちゃん自身の事であろうと。
ティハラザンバーそのものについては、伝説の神獣と伝説の聖女が愛用していた神器が材料なのだから、その能力も折り紙付きだ。
これまでも、トレーナーと共に、ずいぶんと助けられてきたという自覚はある。
「ですよね」
それに、この事態を収拾させると決めたのは、のこちゃん自身なのだ。
自信があろうと無かろうと、今は、挑戦するしかない。
のこちゃんは、双剣を押し入れから取り出して、ティハラザンバーの両手に握らせた。
それを切っ掛けと見たのか、埴輪の巨人は、おもむろにティハラザンバーへ向かって駆けだす。
岩の山が地響きを立てて迫る。
その手にある剣も、これまで以上に大きく見えた。
改めて明るい所で見てみると、全身を覆う青黒い岩の鎧もどこか神々しい意匠の細工であり、気のせいかやや光を放っていた。
ヒロイックなフェイスガードのギミックも合わせて、埴輪の巨人が、自分と比べると何か正義っぽいなと思ったのこちゃんである。
多少、自虐も入っているかも知れない。
「あれ?、もしかしてシマユリちゃんが言っていた、武神様って…」
『集中するのだ…のこ』
思い切り加速できるのだろう。
障害物の無い平地を駆ける埴輪の巨人は、巨体故の歩幅を加味しても、凄まじいスピードだった。
同時並行して、手にした剣が、その長大な剣身に見合う大きな弧をくるりと描く。
それも、むやみに振り回している訳ではない。
ティハラザンバーへ切っ先が到達した時、最大威力になる様に、全力かつ冷徹に調整されている。
巨体より振り下ろされるというだけでも脅威度は計り知れず、躱そうとして下手に体勢を崩す方がむしろ命取りと、感覚的に解ってしまう。
「………………ッ」
埴輪の巨人が、裂帛の気勢で踏み込んだ。
地面が揺れ、必殺の切っ先が奔る。
「来た!」
暴威と呼ぶには、あまりにも迅く鋭い斬撃と言えた。
確かに、ティハラザンバーの眼力をもってすれば、その剣筋を見失う事はない。
それでも、のこちゃんとしては、双剣を交差させて受けるのが精一杯であった。
それも、ティハラザンバーの身体能力があってこそなのだ。
刹那、大きな剣と双剣が火花を散らし、金属と金属が正面から激突した重い衝撃が腕から全身へと波及する。
「はうっ」
「………………ッ」
受け止めた!とのこちゃんが喜色を上げた瞬間、埴輪の巨人は剣に込めた力を緩め、ティハラザンバーの体勢をあっけなく崩した。
必死な力比べの様なつもりで前のめりになっていた、その裏をかかれた形である。
咄嗟に踏みとどまったものの、間髪入れず、ティハラザンバーの背後より衝撃が走る。
「あっ…」
前段の斬撃には遠く及ばないとは言え、埴輪の巨人が剣の一撃を加えたのである。
距離が近すぎて幸いしたのか、短い振りで、さほど威力が乗っていなかったらしい。
一応、背中の白銀鎧部分へ革の服ごしだった事も幸いして、ダメージは通っていない。
のこちゃんは慌てて、双剣の片方を埴輪の巨人との間に差し込ませ、続く斬撃を防いだ。
「この!」
今回も初撃ほどの威力は無く、ティハラザンバーの腕力をもって、難無く巨大な剣を跳ね返す。
ただ、崩されてしまったバランスからの無理矢理に操った剣撃とあって、格好は良くない立ち回りだ。
「………………ッ!」
近接の不都合を理解したらしい埴輪の巨人は、自らティハラザンバーより距離を取るべく、バックステップで飛びすさった。
大きな剣の威力を十全とするためには、それ相応の距離が必要なのだ。
踏み込みの時といい、足を捌く度に地面がズシンと揺れるので、やはり見た通りの重量ではあるのだろう。
もちろん、のこちゃんもこれ幸いにと、ティハラザンバーの残念な体勢を整える。
『こやつ、巧者ではないか…のこ』
手強いぞと、トレーナーの口調は、心底感心した明るいものだ。
「嬉しくないんですけど………」
間近に相まみえてみれば、ティハラザンバーの頭は、埴輪の巨人の腰くらいまでしかなかった。
争って難敵なのは、実際に当たる前から分かりきっていた。
とは思いつつも、確かに、"揺らめきの流れ"が無い以上、五感を研ぎ澄ませて、この身体を最大限に駆使しなければならない状況に違いないと、のこちゃんは気を引き締める。
こうしている今だって自信は無いままだ。
見上げて対峙しなければならない、埴輪の巨人も怖い。
しかし、そんな自分がトレーナーの言葉に支えられて、立ち向かえているのもまた事実である。
のこちゃん独りであったなら、こうはなっていなかっただろう。
それにしても、先ほどの慌てた警告は、何だったのだろう。
『案ずるな、いくらでも勝機はあろうよ…のこ』
双剣を握るティハラザンバーの両手に、力が込められた。
バックステップから一拍置いて、埴輪の巨人が大きな剣を構え直す。
両手で柄を握り、剣身を巨体の下段右後方へ、引きずる様に隠す形だ。
剣道で言う、脇構えが近いだろう。
「………………ッ」
自分からは喋らない埴輪の巨人なのだが、攻撃する気満々な姿勢を崩さないため、その仕草一つ一つに鬼気迫るものを感じる。
のこちゃんが警戒を強めると、埴輪の巨人は、再びステップを踏みだす。
剣を構えた姿勢のまま、その場で直立した巨体を左方向へ、回転ドアの様にターンさせた。
ズシンと地が揺れ、一回、二回、三回、くるりくるりと素早くそのまま連続回転し始める。
ステップの度に回転の速度も増して、地の揺れは、地響きへとなってゆく。
足捌きが正確であるからか、回転する巨体の軸が安定していて、さながらフィギュアスケートのスピンだった。
「これって…」
状況的には、前に立ち合いをした狼獣人のセイランが見せた、淀みの無い回転で攻撃を仕掛ける舞踏の様な体術に似ている。
しかし、こちらには軽妙さのかけらも無く、視界を覆い隠す様な巨大な岩塊が、ド迫力でスピンしているのだ。
どちらかと言えば、落石とか崩落とか、大規模な事故現場に遭遇した感じである。
それでも、双方に共通しているのは、その場で大きな力を生み出すために回転するのが有用という事だろう。
巨大な物体が高速回転しているため周囲に風が巻き起こり、土埃も激しい。
視界を遮るほどでないにせよ、もうもうとした空気が辺りに立ちこめ始める。
場所が湖岸とあって、水面の様子は、振動により波立っていた。
まなじティハラザンバーの五感が鋭いため、風を切り地を揺らす轟音に間近で当てられ、のこちゃんの危機感が煽られる。
「うっ…くっ…」
間もなく、回転は最高潮へと達した。
『ふむ、そろそろ仕掛けてくるぞ。
こやつの思惑は、分かっているのであろう?…のこ』
トレーナーの囁いた通り、地響きを共なって、スピニング埴輪の巨人はティハラザンバーへ急接近を開始する。
恐らく、その回転する勢いで脇に構えた剣を振り抜くつもりと、のこちゃんはすぐに察しがついた。
「…はい、もちろん…」
もちろん、分かった所で、上手に対処できるとは言っていない。
セイランの時は、わざと攻撃を受けてその勢いで飛び退けたものの、あれこそ"揺らめきの流れ"が見えていたから可能だった曲芸である。
下手をすれば、威力が最高になっている剣を直撃されかねないだろう。
それでも、そのままボーッと突っ立っている訳にもいかず、普通に飛び退かせる事を始め色々とティハラザンバーで退避行動を試みたのだが、その度ピタリと方向を定めて追い迫ってくるのだ。
巨大ゆえに、追跡する効率の良さは、残念ながら埴輪の巨人へ有利に働いている。
隠れる場所が無い場合、地を這う虫などがどれほど必死に逃げ回ろうと、人間がちょっと身をひねったくらいですぐに捕まえられてしまう関係性が分かり易い。
しかも、ティハラザンバーの毛並みが金色にピカピカ光っていて目立つものだから、そうそう見失われる事は無いだろう。
そう考えると、平地のリスクは、なかなかに厳しいものだった。
「だめだ、振り切れないっ」
埴輪の巨人が疲れて攻撃行動を中断する事も無いであろうし、何れ、その攻撃圏内へ捉えられるのは明白である。
湖の波打ち際へ追い詰められ、これが背水の陣かぁなどと、やや諦観気味にしみじみと思ったのだが………
「あっ、そうか!」
『さて、どうするのだ?…のこ』
こうですと、のこちゃんは、素早く双剣を押し入れへしまって、ティハラザンバーを湖へ飛び込ませた。
振動で波立つ湖面に、新しく大きな水柱が立つ。
何も、窮地にあって、背水に入ってはいけない決まりなど無い。
それに、チャムケアと同じ放送枠でお馴染みのフルヘルムナイトシリーズでも、どんな酷いダメージを負わされていようと、川や海といった水の中へ落ちたら生存確定とまで言われているくらい何とかなるものなのだ。
むしろ、ピンチ展開の時には、視聴者の安心のために奨励されているフシまである。
のこちゃんの個人的な感想です。
咄嗟にとは言え、本気でティハラザンバーを跳躍させたので、かなり水深のある沖まで到達できたらしい。
湖の底へ立てば、完全に身体が水没していて、陽光に煌めく水面を見上げている。
しかし、埴輪の巨人ならば、せいぜい肩くらいまでの深さだろう。
飛び込んだ衝撃で発生した気泡が収まってゆくと、水中の見通しも良くなってゆく。
このくらいの深度になれば何かしら水棲生物がいそうなものの、湖岸と同様に魚の一匹も見あたらないのは、今の騒ぎで逃げ出してしまったのだろうか。
息を止めて、グッと閉じたティハラザンバーの口から、多少の泡がこぼれ浮かぶ。
「ん?こんな状態でも声が出せるんだね」
また新しい能力を発見してしまったと、のこちゃんは、ハハハと乾いた笑いもこぼした。
『ふむ、思い切ったな…のこ』
トレーナーの語気には、どこか驚きが含まれている様子だった。
「いえ、これくらいで諦める相手とは、思ってませんよ」
それでも、あのまま無策でぶつかるよりマシだろう。
その上、水にステップの足を取られて回転を阻害できるし、ただでさえ目立つティハラザンバーの姿もごまかせる。
そうなれば、のこちゃんでも、つけ入る隙が生まれるかも知れない。
『いや、確か大ティハラは、体毛がベットリして感覚が鈍るとかで水が苦手だったと記憶している…のこ』
「そ、そうでしたか」
『平時ならば兎も角、その要素を受け継いだティハラザンバーが戦いで水に落ちては拙いと懸念していたのだが、自ら飛び込むとは思わなかったぞ…のこ』
「ああ、さっきの警告って、そういう事ですか…」
魔の神獣といっても変な所が猫っぽいなと、のこちゃんは、身体をくねくねさせて何か異変がないか確認する。
気をそらしたのは、ほんの一瞬であった。
刹那、強烈な爆発音と水圧に襲われ、一気に押し流される。
不意を突かれた形なので、ティハラザンバーは水のうねりになす術もなく転がり、湖底でもみくちゃに翻弄されてしまった。
「?!?!?!?!?!?!?………」
文字通り目を回す、のこちゃんである。
『落ち着くのだ、あれが回転の勢いを殺さずに、飛び込んできたのであろうよ…のこ』
こちらを見失ってはいないはずであるから攻撃に注意するのだと、淡々と状況の見立てを話すトレーナーの言葉で、のこちゃんは落ち着きを取り戻していった。
爆発に似た衝撃を発するほど、あの回転には、エネルギーがあったという事だろう。
いきなりぶつかってみなくて正解である。
それに、この身体は、そこそこヤワじゃない事を思い出す。
「そ、そう言えば、最初からティハラザンバーを見つけて来てたっぽいですからね」
埴輪の巨人は、目視以外の感知方法を持っていると考えるのが自然である。
どうりで、あんなスピンをしていても、正確に追跡されてしまう訳だ。
もっとも、ティハラザンバーもそんな埴輪の巨人を感知し返したのだから、相手の事は言えないのだが。
しかし、水の中では、それもよく分からなくなっている。
確かに、大ティハラ由来の部分は、水が苦手だったらしい。
またしても早まった行動だったのかと、のこちゃんが意気消沈しかけた所で、次の動きが見えた。
『失敗でもない様だぞ、身構えよ…のこ』
「え!?」
トレーナーが言うやいなや、頭上に影が差す。
ハッとして見上げれば、水面の上から斬りかかってくる、埴輪の巨人の姿があった。
恐らく、水中での直接的な攻撃の続行を厭い、その機動力をもってわざわざ飛び上がった模様である。
もう、回転はしていない。
『己が水の外に在り、剣だけを打ち入れるのであれば、まだマシであっただろうよ…のこ』
埴輪の巨人は、自身の巨体ごと湖面へ再突入して、振りかぶった大きな剣を放つ。
「!!!!!!!!!!………あっ」
当然ながら、その巨体が故に、水の中で生み出される衝撃によってティハラザンバーは押し流される。
加えて、巨大な剣の剣筋も水の影響で僅かに阻害された。
これでは、正確な攻撃などできはしないだろう。
即ち、のこちゃんが期待した、つけ入る隙が生じているのだ。
まぁ、生じれば良いなぁくらいの思いつきだったので、これを狙っていた訳ではなく、所謂"結果オーライ"なのだが。
『なるほど、恐れていただけでは、活路も見出せぬのであろうな…のこ』
トレーナーが感心した口調で何やら言っている様子だったのだが、のこちゃんは、現在このチャンスをどう生かすべきか必死に思案のまっ最中で、それどころではない。
いざ"つけ入る隙"ができても、どうつけ入るのか考えていなかったのだから、それはそうなる。
あまり戦いの経験則も無いので、これといった閃きもないまま、焦りが募るばかりであった。
つい、そう言えば『ハードチャレンジ!チャムケア』のケアタラッタは、敵の身体に取り込まれて、チャムケア史上初の"チャムケアの浄化必殺技をその身に受けたチャムケア"だったよなぁとか、余計な雑念で現実逃避しそうになる。
ただ、その間も今度はうねる水に翻弄される事なく、流れに動きを合わせ、ティハラザンバーを埴輪の巨人の周りで移動させていた。
またぞろ、湖底にて四つん這いとあり格好良くはないのだが、文字通り虎視眈々と獲物を狙う体に見えなくもない。
それを拙い状況と判断したのだろう。
埴輪の巨人は、再び水中より脱しようと、跳躍の力をためるべく膝をくの字にして身をかがめる。
その瞬間、のこちゃんにも攻めるべきポイントが閃いた。
「それだ!」
『ふむ、好機だな…のこ』
のこちゃんは、渾身の力で、ティハラザンバーに湖底を蹴らせた。
水の抵抗をものともせず、弾け飛んだティハラザンバーは、両方の拳を標的と定めた場所へ思い切り突き入れる。
「恨みはないけど、ごめんね!」
「………………ッ?!」
シマユリを危険に巻き込ませないためにも、この訳の分からない追跡者の機動力を、できるだけ奪っておきたい。
ティハラザンバーの位置も良かった。
埴輪の巨人が曲げた膝の真裏を、直接狙えたのだ。
つまり、乾坤一擲の膝カックンである。
水中に鈍い音が響き、埴輪の巨人は、脱力する様な動きで仰向けに倒れる。
全身を支える要へダメージを通せた事により、自重で上半身が引っ張られたのだろう。
手応えも確かだった。
ただ、ぶつけたり転んだりと何も心当たりがないのに痛くなる膝で苦労していたおばあちゃんの事を思い出して、のこちゃんは少しだけ後ろめたかったのだが。
自重がかなりあるとは言え、水中で転倒したのでは、与えた衝撃度の意味で心許ない。
時間を稼ぐならば、何かもう一押ししておきたい、のこちゃんであった。
膝裏への痛打を成功させた後、その場から緊急退避したティハラザンバーを、湖底で横たわってる埴輪の巨人へ再び接近させる。
恐らく、膝へのダメージ次第なのだが、戦闘力を決定的に奪えた訳でもないため、かなりの注意が必要だろう。
「………起き上がらないですね」
『ふむ、突いてみるか?…のこ』
しかし、一押しを追加しようにも、現在ティハラザンバーが打てる手は少ない。
「もったいないけど、双剣の片方で、足をここへ縫いつけるとか…」
漂流結界の"澱"の中、双剣が神獣・大ティハラを封じていたイメージを、のこちゃんは思い描いた。
もの凄い勢いで近づき、埴輪の巨人が対応できない内に貫いて、全力で離脱すれば何とかなるかも知れない。
『ふむ、それは無理だろうよ…のこ』
「あっ、やっぱり大切な神器を、そんな使い方したら拙いですよね、言ってみただけですっ」
天空の女神関連に対して大凡がセンシティブなトレーナーである。
怒られる前にと、速攻で予防線を張るのこちゃんは、かなりの早口だった。
割と本気だったのだが。
『いや、神器は、その身から遠ざける事ができないと言った方が良いだろう。
以前、"双剣"と"のこの魂"は、同化して繋がっていると語った事を憶えているな?…のこ』
そう言えばそんな事を聞いた様な気がするなと、のこちゃんは、朧気な自分の記憶を探る。
「え~と確か、わたしの成長に合わせて、一緒に強くなるとかなんとか…」
語尾がごにょごにょしているのこちゃんにお構いなく、トレーナーは続ける。
『既に双剣は、白銀鎧と同じく、のこ自身と決して切り離せぬ存在となっている。
それは、精神的な意味はもちろんなのだが、身体からもほぼ離れないという事なのだ。
目の前に置くくらいはできても、使い捨てる様なマネをした所で、すぐに手元へ戻って来よう…のこ』
だから、戦いの中での投擲もかなわぬぞとの説明に、のこちゃんは、伝説のイメージで見た聖ザンバー=リナが、双剣を振り抜いて何かを飛ばす攻撃をしていた姿を思い出した。
あれは、遠い間合いの相手へ双剣で対処せざるを得ない場合、使われるものなのだろう。
「(そうだ、あれ、かなり格好良いから、やり方を教わらないと!)」
そんな攻撃をティハラザンバーが使用すると、いかにも怪人っぽい絵になる事を、のこちゃんはまだ気が付いていない。
それはそれとして、現在の問題をどうするかである。
近づいてみたものの、埴輪の巨人が急に動いても避けられるであろう位置で、ティハラザンバーは手を出しあぐねていた。
気軽に触っても大丈夫な状態なら、サクッと近づいて、更に縛るものでもあれば事足りる話なのだが。
そもそも、押し入れの中に緊縛用のロープを用意していないので、これからは、こんなケースも想定して準備しておいた方が良いのかも知れない。
と言うよりも、双剣が気軽に使い捨てられないらしいので、もう少し色々な選択肢を増やす必要がありそうだ。
いざとなったら使い捨てる気でいたのかと、トレーナーに怒られそうなので、本心はぼかしておく。
その辺り、何かと気をかけてくれる、ジャガー獣人のベニアにでも相談してみよう。
そんな調子で、のこちゃんがうわの空になるクセを、見抜かれていたのであろうか。
横たわっていた埴輪の巨人が、突然、剣を握っていない方の手をティハラザンバーへ伸ばした。
手を動かす事の比喩ではない。
本当に腕が伸びて、瞬く間に、ティハラザンバーの足を掴んだのだ。
もちろん、上腕部から切り離して腕だけ飛んでいたら何かが危なかったものの、物理的に伸びているだけなので、あるあるの範疇である。
「なっ?!」
『ほう、これはまた面白い仕掛けだな…のこ』
「………………ッ!!」
水中は不利と判断しての擬態だったのだろう。
倒れた姿で、ティハラザンバーの隙を狙っていたに違いない。
埴輪の巨人は、一気に腕を元の長さに戻し、ティハラザンバーを引き寄せた。
「なにそれぇ!?!」
またしても、剣が届かないであろう距離を安全とする思いこみで、その裏をかかれた形である。
似た様な失敗を繰り返してしまったショックもあってか、のこちゃんは気が動転して、反抗の行動へと切り返せない。
一瞬でティハラザンバーを抱きかかえると、埴輪の巨人は勢いよく起き上がり、そのまま跳躍して湖中より脱出してみせた。
水飛沫が激しく広く宙へ舞い散る中で、湖から飛び出した岩塊に絡め取られた何かが、金色にきらきら光っている。
端から見れば、ある意味、そんな幻想的な光景だった。
実際は、ティハラザンバーが埴輪の巨人に羽交い締めされた状態で、拉致されているにすぎない。
いや、湖岸へ向けての強制空中搬送が、状況説明としては適当だろうか。
『そら、次の仕掛けが始まるぞ…のこ』
本当に楽しそうなトレーナーの口調に、何をのんきなと、のこちゃんから発せられた怒気は、精神的な活力へと転換される。
活力が戻れば、思考力も復活する。
一番の起爆剤は失敗を繰り返してしまった恥ずかしさも甦ったせいなのだが、そんな気勢いが、豪腕でガッチリ拘束され身動きの取れないティハラザンバーに双剣を握らせた。
白獅子の御大将 こと じっさん との決闘でも見せた様に、押し入れの中から直接、両手へ顕現したのだ。
何かコツがあるのかもと思いつつも、反撃のチャンスとばかりに、のこちゃんは、気持ちを切り替える。
しかし、反撃するにしても、先ずは、この拘束を解かねばならない。
何とか、双剣を埴輪の巨人に突き立てられないものかと、もがいてみる。
「この…おわっ?!」
埴輪の巨人はそんなのこちゃんの思惑を許さず、おそらく跳躍の到達地点と思しき湖岸の平地へ、思い切りティハラザンバーを投げ捨てた。
それなりの高さからなので落下のエネルギーも加わり、無防備に地面へ叩きつけられれば、ティハラザンバーといえどもただでは済まないだろう。
「………………ッ」
そして、再び空中にて大きな剣を構えなおすと、埴輪の巨人は、追撃する形でティハラザンバーを狙うつもりらしかった。
みるみる迫る地表を目の当たりにして、いつもののこちゃんならば、半狂乱だったのかも知れない。
「あったまきた、ひとの事をゴミみたいにして!」
しかし、今は怒気が勝ってなのか、反骨の反撃モードなのか、やる気に満ちて状況判断が妙にスムーズである。
地面へ向かって投げ飛ばされたティハラザンバーは、のこちゃんの"このままで済ましてなるものか"の意向を汲み、クルリと宙返りして体勢を入れ替える。
足を下に、追ってくる埴輪の巨人へ正面から顔を向け、キッと見据えた。
両腕が左右に開かれ、双剣は、翼の様に広げられている。
落下する姿勢が妙に安定している事に、のこちゃんは気が付いていない。
『ふむ、良い調子だ…のこ』
励ましていると思しきトレーナーなのだが、語気に含まれる喜色が、現在ののこちゃんにはニヤニヤしている感じに聞こえてしまう。
もう、実際に動かなきゃならないこっちの身にもなってくださいよと、更に怒気の火へ油が注がれる。
間もなく、ティハラザンバーは、そのままの勢いで足から大地に到達した。
着地の轟音が、巨木の大森林にもこだまする。
身体へかかるはずであった落下の衝撃を逃がすために、また地面を滑走したのだが、その跡がだいぶえぐれていてエネルギー量の大きさを物語っていた。
白銀ブーツの頑丈さも大きいものの、大凡の負荷は、ティハラザンバーの身体能力でいなしたのだろう。
あとは、それでも転ばない猫的な超バランス感覚サンキューといった所である。
間髪入れず、埴輪の巨人が相変わらずな捨て身の攻撃姿勢で、落下の加速と重量と共に斬りかかってきた。
「………………ッ!」
剣と言うよりも、巨体そのものが風を切る音で迫る。
「ふざけんっ、なっ」
状況判断がスムーズであっても冷静とは言い難いのこちゃんは、即座に真っ向からの迎撃へと踏み切った。
通常の精神状態であれば、そのまま潰されかねないと、退避行動を優先しただろう。
トレーナーも黙して、のこちゃんの選択を是と捉えている模様である。
しかし、交差させて受ける暇が無いので、身体の左右へハの字に開いていた双剣を、突き出されて来る大きな剣を挟み込む様に直接ぶつけた。
まさしく、おうナンボのもんじゃいやったらぁ的な、完全に勢い任せの暴挙と言える。
生半の刀剣であれば、埴輪の巨人が持つ質量に負けて、砕かれるのがオチなのであろうが………
「え!?」
予想された激突の衝撃は生じない。
「………コレハッ?!?」
その代わり、突如として、ティハラザンバーと双剣を起点に強烈な突風が発生した。
それは、自重と落下のエネルギーを併せた埴輪の巨人の勢いに、カウンターとして押し止めるに留まらない威力の暴風である。
埴輪の巨人は、一瞬ふわりと浮かぶ様な挙動を見せた後、ティハラザンバーの前から吹き飛ばさた。
双剣の叩き付けられた所から、大きな剣も砕け散る。
ついでに、たいしたものであろうとトレーナーのドヤ声が続いた。
『その手に在るは、他ならぬ天空の女神様の神器なのだ。
こと、この大気が満る場であれば、地上であれ空であれ何も恐れる事はない…のこ』
何なら、この大気に斬撃の威力だけを乗せて飛ばせるのだぞと、自慢めいた方向へ話が展開してゆく。
一方、のこちゃんは、いつもの様に急で大事な現象にビックリして固まっていたので、ノーリアクションである。
数泊の間を置いて、あれ、じゃあ水の中って本当にヤバかったのかもと、通常運転の復活と共に、のこちゃんの危機感も仕事をし始める。
何しろ、大ティハラの部分はハッキリと水が苦手であり、逆に大気の満ちていない場での神器が微妙そうなのだ。
「う、運が良かったんですね………」
怒気で昂ぶっていた気持ちが、すとんと一瞬で引いた。
やはり、トレーナーが危惧していた通り、ティハラザンバーにとって水中は鬼門という事なのだろう。
吹き飛ばされた埴輪の巨人を見やれば、大地に投げ出された格好で倒れ、もぞもぞ起き上がろうとする所だった。
「………………ッ………ッ」
今度こそはダメージがあるらしく、動きがぎこちない。
この様子なら、十分に目的を達成できたと、のこちゃんは安堵する。
シマユリと合流しても、後ろを気にする事なく武神様を探しに行けるはずである。
ただ、先ほど抱いた疑念の通り、シマユリの言う武神様が埴輪の巨人だった場合は、状況がかなり拗れてしまうのだが。
「まさかね…」
刹那、何かの光がティハラザンバーを背後から照らす。
『避けるのだっ、のこ!』
またしても、らしくない慌てたトレーナーの警告だった。
「え…」
それと同時に、不意の衝撃がティハラザンバーを弾き飛ばす。
「がはっ?!」
身体がきりもみ状態となって、地面へ転がされる。
まるで、強く一点に絞られた密度の高い衝撃で、無理矢理バランスを崩された感覚である。
『大丈夫かっ、のこ!』
そして、刺し抜かれた様な痛みが、衝撃を追い抜く。
「うぐっ……」
のこちゃんが捉える"揺らめきの流れ"は、確かにそこに在った。
しかし、背後からの不意打ちとあり、気か付いたのはトレーナーのみだったのだ。
知覚し、対処できてこその手段である。
のこちゃんはショック状態に陥って、ティハラザンバーを呻かせる事しかできない。
更に、相次ぐ"揺らめきの流れ"と共に、光の衝撃が追い撃ちをかけた。
その都度、ティハラザンバーは弾かれ、周囲の地面も抉れてゆく。
どうやら、光による射撃の様な攻撃らしい。
のこちゃんがティハラザンバーへと生まれ変わって以来、感じた事のない激痛が、次々に全身を襲う。
『しっかりせよ、のこ!、のこ!』
「……くあぁぁ、あぁぁっ」
それでもティハラザンバーにしてみれば許容範囲のダメージなのか、生き物ならば持っているであろう精神を苦痛から切り離す安全装置も働かず、のこちゃんの意識は失われないままである。
奇しくも、のこちゃんとティハラザンバーの歪さが垣間見えた瞬間だった。
周辺に土煙が立ち、その中で転がったティハラザンバーが、黄金の毛並みを輝かせながらのたうつ。
しばらくすると攻撃は止み、林立する巨木の間にうずくまる暗闇の中から、その闇を切り取った様な人影が湖岸の開けた土地へ歩み出てきた。
「まぁ、派手に暴れちゃってなぁ…」
若くはない、粗野で野太い男の声であった。
背丈は2メートル前後の、人間であろうか。
ティハラザンバーに比べれば、半分ていどにすぎない。
全身が漆黒のその姿は、鎧とは違う雰囲気の金属装甲で、頭からつま先までを覆う。
左右に羽根飾りを付けた丸い頭部には、双眸と思しき二つの光点が灯っている。
その者は、埴輪の巨人を一瞥して、あ~あとため息を吐いた。
「どこのどいつか知ったこっちゃねぇんだけどな、あのデカブツはこっちの獲物なんでな、結構これが手間かかってんだよ………………
横から勝手に手ぇ出してんじゃねぇぞ!」
要は、埴輪の巨人に対する、先約の主張である。
処刑騎士団のアビスガルダ、暗闇色の男は、そう名乗った。
続きます。




