08 のこちゃんのチャムケア・アクション
全体の印象としては、公立中学校の体育館くらいだろうか。
高い天井と大きな壁だけの殺風景な広い部屋。
仕方なくのこちゃんが所属してしまった異次元踏破傭兵団"魔刃殿"の施設には、あちらこちらにこういった訓練に使えそうなスペースが点在しているらしい。
現在そのひとつでは、のこちゃんことティハラザンバーと、セイランとの素手どうしによる立ち合いが続いていた。
セイランは、光沢のある灰色の毛並みがしっぽまでピカピカモフモフな、狼獣人の若い女性だ。
それを仕切るのは、艶のある薄い水色の毛並みが印象的な、狼系獣人クラスター破壊牙々を率いる老矛である。
のこちゃんを案内してきたジャガーの獣人ベニアも、立ち合いの様子を真剣なまなざしで見守っている。
ティハラザンバーへ次々と攻撃を繰り出すセイランの姿は、ひとことで言えばコマであった。
身体に縦の芯でも通っているかの様な安定した回転を右へ左へ、時に真正面から、時に意表を突いた角度からと、その動きには、清流の如く一切の淀みが無い。
息切れの気配も見せず、緩急をつけて自由自在に伸びて来るその手足には、一々必殺の威力が伴っているのだ。
今もまた、セイランが右腕に込められた力を解き放つ様に拳を振り抜けば、ギリギリ躱したティハラザンバーの黄金の毛並みをざわめかせる。
間髪入れずにセイランは、その右拳を振り抜いた勢いを生かして、右足を踏み込ませティハラザンバーの足を打ち抜かんと鋭く狙った。
「!?!」
咄嗟に、足を引いたティハラザンバーの動きを予測していたのか、セイランは切り込ませた右足を床に軸へと切り替え、空気を引き裂く様な左の後ろ回し蹴りで低空からティハラザンバーの脇腹を薙ぐ。
急激な回転の加速に、それを支えるセイランの軸足が接する床では、抉る様な擦過音が響く。
セイランの蹴りがティハラザンバーの白銀鎧部分に掠って火花を散らせると、同時にティハラザンバーは、攻撃にはね飛ばされたかと見紛うほどの勢いで自ら飛び退いた。
とりあえずは、セイランが攻撃を繰り出す挙動の範囲から、一時的に逃れた格好である。
もっとも、みすみすそれを許すセイランではなく、間を置かずに追撃が行われる。
「……ティハラザンバーよ、お前も少しは手を出して見せぬか」
老矛は、少し呆れた口調で、ティハラザンバーにセイランへの攻撃を指示する。
戦いにおける素養を見極めるためとして行われているこの立ち合いでは、のこちゃんが格闘技の素人である事から、セイランの一方的な攻撃をティハラザンバーの身体能力で何とかしのぐという形に終始していた。
確かに、ティハラザンバーの戦闘センスを見極る意味で、これでは今ひとつな状況なのだろう。
なのだろうが…
「!(無理)、!!(無理無理)、!!!(無理無理無理)、!!!!(無理無理無理無理………………)」
口に出す余裕がないだけで、セイランの畳みかける猛攻の前では、ただただテンパるしかないのこちゃんである。
のこちゃんに出来る事と言えば、セイランの放つ揺らめきの流れを、ティハラザンバーの運動神経を駆使して必死に避けるだけだった。
とにかくよく見て、何が何でも避けるしかない。
避けるったら避けるのである。
どうしても避けられない場合は、白銀鎧部分の頑丈さを頼って受けたり弾いたりと応急的な対応で、のこちゃんもまた違う意味のフル回転中であった。
もはや、心情だけならば、這々の体なのだ。
『ふむ、それにしては、よく攻撃を捌けていると思うぞ…のこ』
この状態では、トレーナーの細やかな気遣いも空しい。
「うう、生きてさえいれば、いつか良いことがあるさって意味ですね…」
『いや、気休めを言っているのではないよ。
ここまで対処できているのは、相手の動きが見えているからに他ならないのだから、同様に光明も見えてこようという意味だ…のこ』
「見えているって言うか、トレーナーさんに教わったアレを必死に避けてるだけなんですけどっ」
小さな声で抗議するのこちゃんに、それならばとトレーナーが話しを続ける。
『力の道筋を流れとして捉える事には、慣れたのであろう?
あとは、相手の実際の動きと合わせて見られるのであれば、自ずとこちらから攻め入る拍子も分かってこよう。
そら、例えば今だ…のこ』
確かに言われてみれば、間断なく放たれている様なセイランの揺らめきの流れにも、一瞬ぷつりと途切れる時があるなぁとのこちゃんは思い当たる。
そしてその直後には、必ず強い揺らめきの流れと共に、いくらこの身体でも直撃したらヤバイと直感させられる攻撃が恐ろしい速度で…
「来た!うぉっとぉ」
もう必殺の威力は当たり前となっていて、それを超えてくる攻撃となると、ティハラザンバーでも避けられるかどうかスレスレの精一杯なのだ。
しかしトレーナーの言う通りだとすれば、これまでは一方的に攻められていたとあって、ちょっと試したくなるのも人情である。
たった今、下からすり上げる様にそのヤバイ蹴り技を放ったばかりのセイランは、連続して同様の強い攻撃を出すつもりなのだろう。
再び、揺らめきの流れを一瞬途切れさせながら、ティハラザンバーに無防備な背中を晒す形になっていた。
「!」
しかも、接近戦の最中とあって、そこには余裕で手が届くのだ。
「えいっ」
のこちゃんは、少し力を込めて、そのセイランの背中を平手でトンと突いてみた。
「ふはっ?!」
『ふむ、そういう事だ…のこ』
セイランは、ティハラザンバーの不意の反撃に驚いたのか、攻撃の予備動作中にバランスを崩されて、変な声と共にその場でたたらを踏んだ。
「ほう、セイランの悪い癖を見破っておったか」
「へー、やるなぁ…」
老矛とベニアが感心の声を上げる。
強い攻撃を繰り出すその手前で、力を溜める事を優先するあまり、無意識に身体の動きがほんの一瞬止まってしまう。
それが、老矛の言うセイランの悪い癖だった。
幾度となく師の老矛から注意され、自分でもどうにか克服しようとしている最中のセイランなのだが、初対面のティハラザンバーに容易くそこを突かれてしまっては、まるで面目が立たない。
しかも、得意とする格闘戦の土俵上でとなれば、尚更である。
おっとっと…と、二三歩で崩した体勢から無理矢理に持ち直したセイランは、悔しげにしつつも改めてティハラザンバーへ向かい構えた。
どうやら、かいてしまった恥は、その場で雪辱を果たしてしまうタイプなのだろう。
セイランの瞳が、らんと光を発する。
『ふむ、今のであやつは、本気になった様だぞ…のこ?』
「えっ、ちょっとさわっただけじゃないですか!?」
トレーナーの指摘を確かめてみれば、セイランは、その身から発する揺らめきの流れの密度を変えていた。
なるほど、それらは、いずれもこれまでより力強くて激しい。
「ええぇぇ………」
ここまでセイランの方が圧倒的な手数であったし、白銀鎧部分とは言え何発も当てられているのだから、少しやり返したくらいで本気になられては理不尽な話である。
老矛も、セイランに対しては、ティハラザンバーの力を引き出せと言っていた。
しかし、その者の逆鱗に触れたり地雷を踏む行動は、あらかじめ内容を知る由もなければ不可抗力で、そもそもが理不尽以外の何者でもない。
所謂、怒られ損というヤツである。
こういう場合は、やらかした方が不運だったと、諦めるのが世の理なのだ。
『昨日の白獅子の何某に比べれば、可愛いものであろうよ。
先ほども言った様に、自らの身体をどう動かすのか、イメージを掴むのだ。
こちらからも攻るとなれば、相手は対応を余儀なくされて、力の道筋の有り様もまた変わってこよう…のこ』
この身体は必ずイメージに応えてくれるであろうと、トレーナーが事も無げに言う。
こんな窮々とさせられた状態で、格闘技の経験が無いのにイメージなんてどう掴めば良いのか…と再びテンパりかけたのこちゃんは、ふと思いついた。
「格闘技じゃないけど…」
セイランは、ひゅっと呼気を発すると同時に、弾け飛ぶ様にティハラザンバーへ迫る。
それと同時に、殺到してくる明らかに避け切れない揺らめきの流れの数々を、のこちゃんは見た。
接近戦ともなれば、大凡の場合、大柄なティハラザンバーの身体は、大きな脅威を相手へ与えうる。
ただ、セイランもさほど負けていない上背があり、師匠の老矛によって鍛えられた技を以てすれば、その大柄さは、むしろ攻撃を当て易い格好の標的と言えた。
手加減の枷を外したならば、その精度も跳ね上がり、まず攻撃を外す事は無いだろう。
何より、セイランにしてみれば、師の前で醜態を晒したまま終わらせて良いはずが無い。
セイランは、現在出し得る最高の自分を以てティハラザンバーに当たるつもりだった。
「悪いがなっ…」
身体を上下させず高速でスライドする様に駆けているセイランは、その勢いを殺さぬまま、低空の宙返りをする。
宙返りからは、すかさず、つま先を尖らせた足が伸びた。
突進と伸身の勢いを合わせる、渾身の前蹴りである。
この場合は、相手の意表を突く意図があるにせよ、目標とするティハラザンバーに攻撃範囲が広く取れる分、思い切り打ち出せる点が大きい。
その挙動をじっと見ていた老矛は、わずかに眉を寄せる。
しかし、その瞬間、ティハラザンバーの姿がセイランの眼前からかき消えた。
「何っ?!」
空を切った前蹴りから難なくその場に着地したセイランは、ざっと周りを探しても見つからないティハラザンバーの行方を、消去法で宙空へ求める。
確かに、セイランの上にティハラザンバーは、いた。
それはまるで、天井へ張り付いた様な姿であった。
「できた!」
のこちゃんは、何度か体験した跳躍力があれば、ジャンプで一気に天井へ飛びつく様なマネが可能な気がしたのだ。
そのためには、どんな体勢からでも足で着地できる、ティハラザンバーの姿勢制御の身体能力があればこそである。
そしてこれは、待避だけのために起こした行動ではない。
ぶっちゃけると、本当に天井へ張り付ける訳ではないので、そのまま落っこちてしまう前にまたそこから飛び出す必要がある。
だったら、その勢いを使ってセイランへ反撃しようという寸法なのだ。
イメージしたのは、初代チャムケアがOP映像で見せた、敵に宙高くふき飛ばされた様な状況から、高層建築と思しき建物の側面に一瞬着地をして反撃の体勢を整える仕草である。
それはその後も、劇中で何度も使用されたり、別のシリーズタイトルでもオマージュされたりと、チャムケアの歴史の中でもなかなか印象的なアクションなのだ。
のこちゃんは、天井へ着地する時にジャンプの勢いを吸収させる様たわめた、ティハラザンバーの脚と全身の筋肉を再びハネさせた。
ただ、いくら広いとは言え体育館の床と天井ていどの距離なので、ここから急遽やれる攻撃方法はキックくらいしかないだろう。
「そう言えば、キックなんてした事ないな…」
などと思いつつ、のこちゃんは空中で姿勢を変えて、とりあえずセイランにティハラザンバーの足を向ける。
「やあぁ!」
形だけのキックとは言え、なかなかの勢いなので、当たればかなりのダメージになるだろう。
しかし、セイランは、それを避けるでもなく迎撃へと打って出た。
瞬時に身体を縮めて力を溜めると、全身を使って、その力を一気に解き放つ。
今日、セイランが見せた中でも最高で最強の上段横蹴りである。
「哈!!」
ティハラザンバーのキックとセイランの蹴りが、真正面から激突した。
その衝撃は、ブーツ状の白銀鎧部分で大きな金属音を響かせ、部屋の空気を振動させる。
勢いまかせでほとんど攻撃の体を成していないのこちゃんと違い、セイランは、最大のインパクトを叩き出す的確な瞬間をその技に合わせ、後手に回った不利を相殺させた。
拮抗して、行き場を失った二人分の攻撃エネルギーが、両者を別々の方向へと大きくはじき飛ばす。
それでも、相変わらず何とか足から着地を成功させるティハラザンバーと、姿勢良く音もなく着地するセイランの双方にダメージの様子は見られない。
間髪入れず、セイランは、次の攻撃を仕掛けるべく地を蹴った。
慌てて、のこちゃんも勢いよくティハラザンバーを走らせる。
『自ら相手の真正面へ向かうとは、何か考えがあるのか…のこ?』
「う~ん、まぁ…」
一つできたなら、もう少し試したくなるのもまた人情である。
チャムケアシリーズと言えば肉弾戦が代名詞であり、中でものこちゃんが印象的だったのは、やはり『Joy!フロイラインチャムケア』のケアアンティアだろう。
『Joy!フロイラインチャムケア』は、おしとやかなご令嬢の華やかな世界をモチーフとしたタイトルで、主人公が変身するケアアンティアも花のチャムケアという可愛らしさなのだが、ギャップ狙いなのか、最初から最後まで全身全霊を叩きつける様な壮絶バトルを繰り広げる作風なのである。
特に、序盤で撃退した敵の幹部がパワーアップを果たし、逆襲のために仕掛けられた作戦で心を折られそうになったアンティアが、危うい状態からほぼ自力で復活するくだりには涙しつつも興奮させられたファンも多い。
その際、挿入歌として使用された「フロイラインの情熱」は、主人公の体が部分的に少しずつケアアンティアに変身してゆく事で、立ち直る経過を象徴させるという演出と相俟って、熱い反撃のアクションを彩った珠玉の名曲と言わざるを得ないのこちゃんである。
当然、きょう姉さんからお下がりのMyPhoneには、高音質で入れてあった。
そんなケアアンティアが初めて変身した時に見せた超低空の突撃とそれに続く転がる様な怪物との激しい戦闘描写では、主人公の健気さを応援する気持ちも手伝って、あっという間に作品世界へ意識を没入させられた記憶がのこちゃんの中で鮮明に甦る。
「これだ!」
のこちゃんは、走りながら思い切り足を踏み切らせて、地面スレスレを水平にティハラザンバーを跳躍させた。
ケアアンティアよろしく、ティハラザンバーの低空突撃で、セイランとの距離は一気に縮む。
「なっ…」
またしても不意を突かれた形のセイランは、咄嗟にその身を宙へ逃がしてやり過ごし、上からティハラザンバーに攻撃を加えようとした。
しかし、そこは、ケアアンティアのイメージ真っ最中なのこちゃんである。
脳内では、怪物の攻撃から俊敏に身をかわし、積極的に接近戦を仕掛けるその勇姿が走馬燈の様に再生されているのだ。
のこちゃんは、イメージに倣って低空突撃の中で思い切り床へ手をつき、強制的に身体の移動方向を転換させると、横回転のきりもみ状態ではね上がった。
その高いテンションと勢いのまま、上空のセイランを追いかけて、腕で払いのけようという試みだろう。
「やあっ!」
『そら、相手の力の道筋もよく見るのだ…のこ』
トレーナーに注意され、のこちゃんは、ハッとした。
こんな状況でも、セイランの揺らめきの流れは、強かにティハラザンバーを捉えていたのだ。
油断のならない格闘巧者である。
だが、もう振り払う腕の動きは止められない。
のこちゃんは、予想されるセイランの攻撃を、アームカバー状の白銀鎧部分で受ける事に腹をくくった。
腕の軌道を無理矢理に合わせたその直後、空中で双方の攻撃が激突し、再び大きな金属音が響かせる。
「間に合った!」
セイランは上から踏みつける様な蹴りを出していたのだが、空中であったために力が入りきらず、ティハラザンバーの腕払いに力負けをしてしまった。
「くっ、馬鹿力め…」
不覚にも体勢を崩してしまったセイランだったが、ティハラザンバーのきりもみ運動は、まだおさまっていない。
身体の横回転にまかせ、払いをした腕とは逆の方の腕が、攻撃の予備動作を終えた状態で空中のセイランへ正対する。
「うっ」
「やあああぁぁぁっっ!!」
ちなみにケアアンティアは、鋼のメンタルをグーパンチに乗せて、正面から敵を粉砕しにかかるストロングスタイルのチャムケアである。
のこちゃんは、そんな感じでティハラザンバーの拳を前へ、セイランに向けて解き放った。
『ふむっ、良いな…のこ』
改めて言うまでもないが、ティハラザンバーの身体は、魔の神獣大ティハラとそれを討った白銀鎧の聖女からできている。
核となっているのこちゃんこそ単なるチャムケア好きの中二女子にすぎないものの、要するにそれは、伝説そのものがもらった服を着て歩いている様な存在なのだ。
そんなアレな存在が、空中でまったく力が入らない状態でとは言え、その気になって渾身の攻撃を繰り出せばどうなるのか。
先ほどのイメージも何も無い、形だけでっち上げたキックとは訳が違う。
トレーナーの言った通り、のこちゃんがその拳に込めたいわばチャムケア好きの魂に、身体は応えた。
先ずは、周りの空気を巻き込む様なうねりが、ティハラザンバーの拳に追従する。
うねりは、空間そのものを引き裂く様な振動へと昇華し、衝撃の奔流となって狙った先を穿つのだ。
衝撃波とは、よく言ったものである。
実際、引き裂かれた空気は部屋の中にも係わらず暴風を逆巻かせ、震動が部屋どころか建物そのものを激しく揺らした…
「ぬぅっ」
「はぁ?!」
のだが、その現象は一瞬にして霧散した。
立ち合いを注視していた老矛とベニアも、何が起きたのか分からぬまま、この成り行きに驚愕を禁じ得ない。
「え…」
ただし、一番ビックリしたのは、攻撃を放ったのこちゃんご本人だろう。
嵐の様な衝撃波の発生に慌てて、のこちゃんが途中で拳を引っ込めたので、威力はすぐにしぼんでしまったのだ。
絵に描いた様な、虎頭蛇尾である。
その結果、キョトンとした顔のままティハラザンバーは床に落っこちて、強かに頭を打った。
「あ痛っ!!」
『ふむ、最初だから仕方ないが、ゆくゆくは胆力も養ってゆかねばならないな…のこ』
トレーナーのダメ出しで、のこちゃんは、ハッと我に返る。
「なな、何ですか今のは…ルックスはともかく、こんなの出しちゃったら本当に怪人じゃないですか!?」
床に転がったまま、小声でのこちゃんは、トレーナーにクレームを入れた。
『大ティハラが似た様な力を使っていたから、恐らくは、それをティハラザンバーも受け継いだのであろうよ。
その身一つで生き延びようと思うのなら、戦いに有利になる能力は、少しでも多い方が良いのだ。
逆に、良かったと喜ぶべき事実ではないか?…のこ』
まさかの怪人要素肯定論に、のこちゃんは唖然とする。
そしてそれは、凶悪な容姿と運動性が高い大柄な身体に、殺意の強い大きな武器を振り回して、手から謎の衝撃波を出す系怪人像とは言え、のこちゃんの基本的な戦闘スタイルが完成した事を意味した。
もちろん、これからの成長を考えれば、前途洋々と言えなくもない。
「全然、嬉くない………………」
幸いにも、ティハラザンバーの拳は、セイランからそれていた。
しかし、一瞬だけ猛威をふるった衝撃の余波に飛ばされたセイランは、床へ尻餅をついた姿で呆然としている。
特に、身体へ傷を負った様子は無いのだが、よほどティハラザンバーの力に驚いたのであろうか。
まだ部屋の中の空気が少しそよいでいて、セイランの頬辺りでは、光沢のある灰色の毛並みが微かに揺れた。
「………ティハラザンバー、お前もか…」
何かをポツリと呟いたセイランの声をかき消す様に、警報と思しき大きな音が、建物全体へと響き渡る。
のこちゃんは、救急車かな?などとボンヤリ思ってから、再びビックリして飛び起きた。
「何これ、サイレン!?、火事?!、地震?!」
タイミングを考えれば明らかにティハラザンバーの引き起こした現象に対する警戒警報なのだが、その自覚は無いのこちゃんである。
『狼狽えるな、周りの者をよく見るのだ…のこ』
「え?あ…」
なるほど言われてみれば、この棟を主に使っているらしい狼系獣人クラスターの老矛やセイランはともかく、ジャガーの獣人であるベニアさえも特に動揺をしていなかった。
もしかすると、これくらいの警報など、魔刃殿ではそれほど珍しい事でもないのかも知れない。
「ああ、そうなんだ、驚いたぁ」
本当の所は、前日にティハラザンバーが暴れて出ていったり、白獅子の御大将ことじっさんと決闘させられたりしていた時に警報が鳴っていたので、"また鳴らしたか"といった皆の反応だったのであるのだが。
やれやれと言わんばかりに、老矛は懐から小さな道具らしき物を取り出し、手元でそれを操作をすると間もなく、警戒警報は停止した。
警報に慣れていないのこちゃんが安堵していると、いつの間にかセイランは、ティハラザンバーの後に立っていた。
何も言わずにティハラザンバーを見つめているので、これには、さすがにギョッとしたのこちゃんである。
「なっ、何でしょうか?」
「次は、今のをどんどん使ってくれて構わない」
セイランは、ティハラザンバーの放った衝撃波と間近に接していても、まだやる気十分であった。
むしろ、瞳から発する光りは、強まっている。
戦うスタイルがどうやら怪人型に決定された直後とあって、萎えてやる気の欠片も無いのこちゃんは、マジですかぁと引き気味なのだが。
「もう、良いであろう。
双方とも戻れ、これまでとする。」
セイランを窘める様に、老矛が立ち合いの終了を告げた。
「老師?!」
「間違えるなセイラン。
今日のこれは、あくまでもティハラザンバーの素養を測る事が目的なのだ。
お前も育成組なのだから、こやつとは、これから幾らでも稽古する機会があるだろう…違うか?」
「………………はい…」
不承不承な様子で、セイランは頷く。
どうやら、本当に終わらせて良いらしい。
もちろん、のこちゃんは態度に出ない様に細心の注意を払いつつ、心の底から、そして、心の中に留めたままでバンザイをしていた。
「ってことは、トマト…ティハラザンバーの育成組入りに、納得したんですか?」
老矛の言質に、すかさずベニアが確認を入れる。
「左様。
我が預かるに足る者と判じた………ティハラザンバーよ」
老矛は、ティハラザンバーが拳を放った先の天井をチラリと見やってから、のこちゃんへ呼びかけた。
「…え?あ、はいっ」
「ご苦労だった、今日はもう良い。
明日からは育成組へ参加する様に…また、ベニアカーラ・ベニアについてくれば集まる場所も分かろう。」
詳しい予定はそこで話すと、老矛がこの場を締めくくろうとしたその時である。
何やら、部屋の出入り口の方で騒然とした気配がわき起こり、大勢の狼獣人が、どやどやと傾れ込んできた。
どこか殺気立っている様に、のこちゃんには見える。
一同が目を瞠る中で、狼獣人たちは、素早く老矛の前に整列をしてゆく。
ティハラザンバーを気にしているのか、チラチラ見ている者も多い。
『こやつらには、見覚えがあるな…のこ』
小柄な体格に、簡素な鎧姿と短い槍の様な武器を持っているお揃いの出で立ちで、のこちゃんは、昨日自分を取り囲んだ警備担当の者たちと思い当たる。
「あんまり、良い印象は持たれてないですよねぇ…」
整列が済んでも、彼らの雰囲気はピリついていた。
「何事だ、物々しい。
今の警報なら、既に状況は終了しておる。
速やかに、通常の配置へ戻る様に…」
老矛は、現状に問題の無い事を伝える。
しかし、お待ち下さいとリーダーらしき者が大勢の中より進み出て、緊張した口調で報告をした。
「お頭、襲撃者です!」
続きます。




