外伝一話 いちにちいちぜん
500ブックマーク記念に、外伝を書いてみました。
最近は、ノクターンノベルで短編をちょっと書いているだけなので、なんだか久し振りに、こちらに投稿になります。
「え? 今から? うーん、人手が足りないんだよなぁ……」
いきつけのパン屋にて、店主と、初老の男性とがカウンター越しに言い合っている。
季節はそろそろ冬に差し掛かろうという頃合い。
王都は存外、平和である。
「うーん、店は閉じておかないといけないか」
困ったような顔をしている、店主。
「どうしたんですか?」
よせばいいのに、ついつい、聞いてしまう私。
「お、アインスの嬢ちゃん。こんにちわ。いやなに、ちょっと、町外れに用事がな……」
そこで一旦、口を閉じ、少し思案顔をした後、何かを期待する眼差しで私を凝視する店主。
「な、何ですか……」
私はなんとなく気恥ずかしくて自分の身体を両腕で抱き抱えるようにしながら、上目遣いで店主を見る。
「アインスのお嬢ちゃん。ちょっと頼みがあるんだが……」
……は?
そうこう話し合っているうちに、なぜだが、夕方まで私がパン屋の店番をすることになってしまった。
「すまんな、嬢ちゃん。賃料は弾んでおくから。じゃ、あとは、宜しくな」
そういって、店主は、初老の男性と出ていってしまった。
私だって、そんなに暇ではないんだけどなぁ。
だがまぁ、成り行きとはいえ、仕事は仕事だ。
全力を尽くそう。
◆◇◆◇◆
「いらっしゃいませー!」
店の扉が開き、扉に備え付けたベルが、からんころん、と音をならす度に条件反射で元気よく挨拶をしてしまう。
これも、前世でのバイトの経験の賜物かもしれない。
「む。アインスか。どうしたんだ、その格好は?」
「あ。マオール様。どうもこんにちわ」
新しく入ってきた客は魔王さまだった。
魔王はちょっと驚いたような顔をしながら、カウンターまで歩いてきた。
今日も魔王さまは、相変わらずのイケメンである。
「……ふむ。なるほどな。臨時で店番をしておるのか」
かくかくしかじかと、これまでの経緯を簡単に魔王さまに説明した。
しかし、店番をしていて思ったんだが、いつも私が店に来るときよりも、なんだか、今日は混んでいる気がする。
特に男性客が。
たまに、外に出ていった客がまた戻ってきて、なぜだが、私にプレゼントだと言って花束だとか持ってきた。
こんなにもらっても仕方がないのだが。
「あ。マオール様。ここに出ているパンを全部購入していただけませんか? 売り切れちゃえば、私の仕事も終わりますし」
「断る。そんなに買っても、一人では食べきれん。それに、お前のそのふりふりのメイドドレス姿ももう少し見ておきたいしな」
にやにやと、魔王さまは、カウンター越しに笑いかけてくる。
くっ、そんな正論を吐かないで欲しい。
ちなみに今は、仕事着だとかいって、フリフリのメイド衣装を支給され、それを着る羽目になっている。
なぜ、パン屋でメイド服なのかは謎だが。
「……それじゃあ、私の代わりに店番してくださいよー。外で私が客引きしてきますから」
少しでも人目を引けば、客がより多く来てくれるかもしれない。
広告、広報活動は商業活動の基本である。
「お前が店主から店番を頼まれたのだから、店番の仕事は、アインス、お前の仕事だぞ」
だから、そんな正論はやめていただきたい!
「じゃ、じゃあ、マオール様が外で客引きしてくださいよー。このままだと、店主さんが帰ってくるまで、ずっと店番しないといけないじゃないですかー」
「そんなものは知らん。お前がそもそも安請け合いしたのが悪いのだろうが」
魔王さまはまたもや正論を吐いてくる。
くっ、悔しくなんかないもん。
「……だが、まぁ、ここでアインスが働いているのを眺めているのも面白いんだが、俺もお前に別途、用事があるのだ。仕方ない。ちょっと待っていろ」
そういって、魔王さまは外に出ていってしまった。しかし、私に用事ってなんだろう?
しばらくすると、次から次へと女性客がなだれ込んできた。
社交界で、出会ったことがある女性もちらほらと混じっている。
「いらっしゃいませー!」
「銅貨三枚になります」
「ありがとうございました!」
凄まじい勢いで店の中の品物が消えていく。
まるで、コ◯ケの大手サークルの薄い本の如く、すごい勢いで捌けていく。
「……あ、ありがとうございました」
「いやなに、近くに知り合い達がいたものでな。一声かけたら、知人友人たちを紹介してくれただけだ」
恐るべし、貴婦人層のバイラルマーケティング。
「マオール様がお手伝いしていただいたおかげで、頼まれていた仕事は無事に終わりました」
私がスマイル0円の良い笑顔を向けると、魔王さまも笑い返してきた。
「じゃあ、次は俺からのお願いを聞いてもらう番だな」
「……え?」
「……いやなに、簡単な用事だ」
「ど、どんな用事ですか?」
私は緊張に打ち震えながら、魔王さまからどんな無理難題が来るのかと待ち構えた。
「うむ。耳掻きだ」
「……は?」
私は相当、阿呆な顔をして問い返したと思う。
「だからな。膝枕をして、耳掻きをして欲しいのだ。この前、別のところで試してみてな。思いの外よかったので、アインスにもやって欲しいと思ってな」
「そ、それくらいならば……」
他人の耳掻きなんて、やったことはないけれど、その程度で良ければ……。
パン屋の入り口に、クローズドの看板をかけ、フローリングの床に、簡単に布をひいて、そこに正座をする。
「ど、どうぞ」
ぽんぽんと、自らの膝を叩きながら、魔王さまに呼び掛ける。
ちょっと、気恥ずかしい。
「む。ここでやるのか? ま、まぁ、いいか……」
お互いの息遣いと、外の喧騒しか聞こえないような静寂の中。
なんだか、秘密の秘め事をしているような変な気分になる。
「あ、あのー。いかがです?」
「うむ。よいな。続けてくれ」
恐る恐る続ける、私。
すると、突然、
「ソニッ!……えー、アインスさん……」
血相を変えて飛び込んできたカミーナが、眼下の状況を見て、急に、何かを言いたげな瞳で見下ろしてきた。その声音も、一オクターブ低い気がする。
「あ、あのー。これはね。カミーナ。えーとね」
「……アインスさん。説明は後でたっぷりと聞かせていただきますので」
おかしい。なにかがおかしい。
私は、今日は基本、一日一善の心意気で、皆がよろこぶ、正しいことをしたはずなのに……。
夜、床に正座をしながら、カミーナのお説教を、右から左へと聞き流しながら、そんなことを思っていた。
また。友人のRioさんから、記念のイラストをいただきました。
ありがとうございます!
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=64766130




