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屋上の彼  作者: ふぁみま
2/2

二話

結局、泣き出してしまった彼を置いて私は一人帰ってきた。薄情だな、とは自分でも思ったもののあの場で私が出来ることなんて高が知れていたとも思う。

あの人はいつまであそこに立ち続けるのだろうか、どうしてあの人は友人の為にあそこで立っているのかと下校途中に様々なことを考えたが、よくよく考えてみると私はあの人の名前や顔さえも知らない赤の他人でお互いの学年すらも知らない仲だ。

それなのに彼は今日会ったばかりの私に声をかけ、恐らく本人の中では今一番デリケートな問題を打ち明けてくれたのは何故なのだろうか。

今更考えても分かりようもない話であったが、だからと言って思考を放棄し、家に帰ってからの時間を期待するような気分でもない。

「他人の為に頭を使うって、なんだか変な感じね」

昔から目立った友達はおらず、浅く広い関係を主にしていた私はこのような状況は生まれてきてから始めてであるといっても過言ではなく。少し、頭の中がごちゃごちゃしてしまっているというのが本当のところだ。

自宅としているアパートの二階に辿り着き、ドアを開きながら思う。どうして人は一人では生きていけぬのだろうと。

無人の自室に目をやる。

「最初から一人だったら失う寂しさなど得られないと思うんだけど……」

ベッドに横になると様々な記憶が思い起こされた。今日、初めて出会った屋上の彼と、一週間前に亡くなった彼の事だ。

「よく憶えているわよ……」

小説等で書かれる真っ赤な花が咲いたなどという詩的な表現が浮かばない。ただひたすらに惨い死に様。

人が、死んでいた。それだけだ。

「ああ……」

彼が言わんとしたことの意味が漸く理解できた。学校の体面だとか七不思議の呪いだとかそうゆう事ではなくて、もっと純粋に……。

人間、一度は経験しなければならない家族の死。しかし、悲しいのは悲しいのだ。回数をこなせば慣れるというものではない。

私もよく子供のときは家族や自分の死について考えたことがある。こうして、横になり自分の死に際や、魂の有無を考えると、

「……っ!」

まるで、自分の体が自分のものではないかのような焦燥感が生まれるのだ。心臓が、視界が急に現実味を失ってしまう。

「はぁ、はぁ、はぁっ……」

息が荒い。死んでしまうそうだ。思わず横にしていた体が布団を跳ね飛ばし、起き上がってしまう。

この心臓もいずれは止まる。

いつしか、わたしも、彼と同じように。屋上から飛び降りて死んだ彼と同じように死んでしまう。

と、そこまで考えた時点で思い切り自分の頬を叩いた。痛い、しかし、悪い考えを払うには丁度良い痛みだ。気分を一新しよう、お菓子でも食べて幸せな気分になろう。人間幸せが一番だ。

そう、思った。けれど、そう思えない人間が居たとしたら、どうであろうか。最愛の人間を二人同時に失った人間の悲しみなど私には想像もつかなかったが、少なくともお菓子を食べたくらいではその悲しみが晴れることはないと思う。

晴れぬ思いを抱いた彼はどうして屋上に居たのだろうか。思い出に浸るため、というのが常識的な考え方だが。

だが、もし彼の心が既に折れてしまっているとしたら、彼はこの後どうするつもりなのか。

しかし、彼は高校生だ。親族や友人の死を乗り越えるには充分な年頃だろう。まさか自殺などするはずが無い……。

「あーーーー、もうっ!」

彼の寂しげな後姿が頭を過ぎり、居てもたっても居られなくなってしまった私は自分でも驚くような勢いで部屋を飛び出していた。

「何もしてなきゃ良いんですけどね!」

外は日が暮れかけており、一面赤色の世界だ。そう言えば、彼が落下したのも今日と同じ夕方だった。

心の奥底から沸き起こる衝動に逆らうことなく道を進む。急がなければならない、手遅れになる前に。

ぼさぼさの髪の毛とちぐはぐな靴にも頓着することはなく私は夕暮れに染まる町を駆ける。もっと速く、もっと速くだと自らを鼓舞した。こうなっては信号による静止すらも煩わしい。

勘違いでも何でも良いから早く私を安心させて欲しい。そんな事を考えつつ私が屋上の扉を開いたのはそれから十五分後のことであった。

「……君も暇人だね」

やっとの思いで辿り着いた私を、屋上の彼はこちらも見ずそう言った。彼は先程と変わらず上空と下界を見渡していたがその中に一点だけ違った箇所がある。

それは彼の立ち位置。彼は今、フェンスの上に奇妙なバランスを保って立っていた。

「なにを、しているんですか?」

努めて冷静に、相手を刺激しないようにと、そう心がけて私は声を掛ける。屋上は無風で雑音などは一切聞こえない。

「僕はね、思ったんだよ」

私の言葉を無視し、彼は言う。

「あいつの死には別段特別な意味なんて無かったんじゃないかってね」

「それはどういう……」

彼が言ったその発言の意図が、私には判らない。まるで違う惑星の住民同士の会話みたいだった。

「だからさ、呪いなんてどうでも良かったんだってこと」

言葉を知らぬ子供に説明するような口調で彼は語る。上辺はとても穏やかだったかその心中は窺う事が出来ない。

「この学校にあったのは人の心だったんだ」

「……??」

唐突にそんなことを言われても訳が分かるはずも無く、私は只々混乱し言葉を失ってしまう。

「怪談や七不思議って言うのは、結局生きている人間が産み出すっていうこと。なんてことはない現象に勝手な意味を見出して恐れる。ある程度連続された事故、いや単体でも良いのかな? 取りあえずそんな事象にそれとは関係ない人間が勝手な尾ひれを付けて情報を湾曲して伝えていくんだよ」

それは、理解できる。しかし、そんな小学生でも知っているような考えをどうして彼は今更言うのか。

「もし、ここで僕が一歩踏み出せば落ちて死ぬだろう。そうしたら僕も晴れて怪談の仲間入りを果たすということだ」

「死ぬ気なの!?」

そう言った彼はこのまま何もしないでも消えてしまいそうな、そんな見ているものを不安にする雰囲気を纏っていた。

「あなたが言ったじゃない! 怪談の一部だとかそんなんじゃなくて、もっと個人の死に対して関心を持ってくれって!」

「うん? あれれ、どうして君がそんなことを? 僕が言ったんだっけ? まあ、いいや」

「何が良いのよ!?」

その問いに、はははと彼は力なく笑い。

「だって、君は泣いてくれるんだろう?」

そこで私は、いつの間にか涙を流して立っていた事に気付く。彼の言葉を受けて二の句が出ない。動揺、している。

「ほら、図星だ」

また彼は笑っているようだが、こちらからはその表情は窺えない。

「あなたは、その」

「その友達の名前かい? 涼太だよ」

こちらの思考を読んだ発言にも気にせず話を続けた。

「あなたは、その涼太さんの死と向き合っていないわ!」

「……それはどういう意味だい?」

相手の雰囲気が変わるのを感じた。達観から困惑へと。しかし、私はそれも気にすることは無く言葉を紡ぐ。

「いつまであなたは逃げるつもりなの!? 彼の死から!」

「逃げてなんかいないよ、僕はただ……」

彼は言い訳を始めたがそんな言葉は聞きたくない。彼の口から生きたいと言う単語が飛び出すまで私は話すことをやめるつもりはない。

「じゃあ、あなたはここで何をしているの!? 誰も居ないこの屋上で、今は亡き友人との思い出に浸っているだけで彼の居ない現実に向き合おうとしていないじゃないの」

「別に逃げてるわけじゃないし逃避をしている訳じゃない! さっき言ったじゃないか、だから悲しいんだよ!」

彼は吼えた。獣の様に表情を歪ませ大声で。否、人らしく人のように意思を発したのだ。

「だったら、ちゃんと悲しめば良いじゃない! こんなところに一人で居るんじゃなくてさ! 泣いて泣いて泣きはらして、気が済むまで泣いたらまた、楽しい思い出を作れば良いじゃないの……」

こんな言葉は奇麗事だ、そんなことは分かっている。だが、言わねばならぬ。ここで言わなければ彼は何を始めることも出来なくなってしまう。

「僕は、怖いんだ。あいつの事を忘れていってしまうことが、まるであいつの存在が自分の人生には全く関係が無かったという証明になってしまいそうで……」

肩を震わせて応える彼の言葉を私は否定した。

「忘れるんじゃなくて、未来へ目を向けろと言っているのよ! どうせ忘れたくても忘れないのでしょう? あなたは」

「………………」

暫し彼は絶句し言うべき言葉を失う。

長い沈黙があった。下界の運動場からは部活に勤しむ生徒達の声が響いている。夕日も既に沈みかけていた。一日の終わりだ。

その沈黙を経て、漸く彼はフェンスの上で器用に回転し、こちらを振り向いた。

ついに、目が合った。

私は彼を見た。そして彼も私を見ている。他には何も無い、言葉すらも無用だ。私たちはもう言うべき言葉を言い切ったのだから。

「……ふふふ」

思わずその顔を見て、私は笑ってしまった。だって、予想通りというか想定どおり、彼は目を赤くし涙を流していたからだ。

「何が、おかしいんだい?」

やはり彼はそんな私に疑問を感じたらしい。しかし、問われたとしても私には応えようが無かった。

どうしてこんなに涙が出てくるのか、それは自分でも分からなかったから。

「いえ、別に」

そう素っ気無く応えた。やっとこうして向き合えたのだ、少しぐらい勝手なことをして無許されるだろうと私は彼へ近付いていき、

「よっと」

「え? うわ、ちょ、ちょっと!」

フェンスに上り、彼の横で腰掛けた。

「あ、あぶないことするなあ……」

「あはは……」

彼もその振動に耐えるように今は腰を降ろしている。つまり、命を断つ気はなくなったというわけだ。

私はそこで漸く肩の力を抜き、周りの景色に目をやった。町が、世界が黄昏に染まっている。

「ねえ」

「ん、なに?」

私は素直な感想を言った。

「奇麗ね」

ああ、と彼も同意する。その時の彼は子供のような笑顔を見せていた。

夕日が差している。どこもかしこも赤色に染まり一日の終わりを予感させた。そして私たちはその中で笑顔を見せている。

「実はさ……」

彼が言う。

「涼太もこの景色が好きだったんだ」

よくこうして二人一緒に眺めていたよと。しみじみといった様子の彼が少しだけ可愛く見えたので、

「へえ、男ふたりでね……あやしい」

「変な誤解はやめてくれよ」

そんなどこにでもありふれている会話。だが、友達の居ない私には新鮮で一瞬一瞬が輝いていた。

彼はどう思っているのだろうかと相手の表情を窺うがにこにこと笑うだけでこちらの意図に気がついた様子は無い。

「そうだ。今なら僕、あいつがここから飛んだ理由が分かる気がするんだ」

「えっ、なになに」

興味深々で尋ねるようなことではないと思うが、私は少しでも彼の言葉を聞いて置きたいと思いそんな態度を取ってしまう。

「ずばり、運命だね」

「そんな、納得できませんよ」

「ええ? 何でさ」

不思議そうにこちらを見る彼を見て思う。だって、ねえ? それじゃあ。

「胡散臭すぎるもの」

そうかなあ、と彼は遠くを見て応えた。足を所在なさげに振りどこか納得のいかない様子だ。

「じゃあ、偶然」

あっさりと前言を撤回してくるが、

「似たようなものじゃない、それ?」

そうかなあ、と彼は下界である運動場に目をやった。下の人々はこちらの存在に気付くことなく各々の責務を果たしている。

「……それじゃあさ」

暫く考え込んでいた彼はそう言うと同時に立ち上がり、体全体で風を受けた。そんな彼は、訝しげに見詰める私を見て堂々と宣言したのだ。

「今から風の吹いた方向に倒れる!」

「やめなさいって、それに今日は……」

「うん、今日は風が吹いてないね。でも……」

再びこちらの言葉を遮った彼に意趣返しをしてやろうと、彼が何かを言う前にそれを当ててやろうと思った。

「風が吹くのも運命、なんて言ったりしないわよね?」

ほんの一瞬、彼は言葉を詰まらせる。

「……まあ、そういうことだね」

しかし、彼はすぐに笑って両腕を広げた。私も真似をして座ったまま両腕を広げる。

それはまるで、街を包み込むみたいに。ふと、この状況と昔見た映画のワンシーンが頭に浮かんだが、

「まあ、隣で座っているだけなんだけどね」

「え? 今何か言ったかい?」

ううん、別に何も。

「そういえば一つ聞き忘れていたんだけどさ」

風を待つ彼が思い出したかのごとくこちらに話しかけてくる。とても今日出会ったばかりとは思えない程の軽い調子で、

「君の名前ってさ……」

 

風が吹いた。


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