表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強行、第二。  作者: 水城
7/18

Scene 7

Scene 7




始業時間は午前八時三十分だが、新宿中央署刑事課は朝っぱらから、それなりに慌ただしい。

もちろん、土日も、なんだかんだで人は出てくる。

時間どころか、曜日も問わず、結構、慌ただしいというわけだ。


午前八時十五分。

刑事課の部屋へと、川本が入ってきた。


「おはようございます、川本さん」

本橋がすかさず、パソコンから視線を上げる。


自席に座り、ノートパソコンを開きながら、川本も「おはよう」と返す。


真山巡査長も新聞から顔を上げ、川本にひとつ頷づいてみせた。


すると本橋がおもむろに、川本の方に身を乗り出す。

「あの、来て早々で申し訳ないんですけど……」


「なんだ」

本橋に視線も向けぬまま、川本はぼそりと応じた。


「昨日の北新宿のタイ人転落死の件で、課長からさっき、『幸村班の報告書の方、あとどれくらい時間が必要ですか?』とかって。やんわりイヤミはいっちゃって……井筒班は昨日のうちに、報告出したらしくって」


本橋の言葉に、川本が軽く頷く。


「オレ自分の分は昨日、残業して書いたんすよ、でも、班長印ないと提出できないし……ってか、幸村さん、ちゃっかり宿直の代休取ってるんすよ? よりによって今日」


川本が「ふうん?」という風に頷く。


本橋は、さらに川本に詰め寄った。

「ねえ、川本さん、どうしたらいいっすか、幸村さん、呼び出したら来てくれますかね?」


「来ねぇな」

真山と川本が、ほぼ同時に返す。


本橋は、ガックリと机の上に突っ伏した。


しょうがねえな……と、ぼやきながら、川本が、伊織の机の引出しを開ける。

そして、中からシャチハタ印を取り出すと、「ほら、いいから、本橋。これ押して『昨日の日付』で(かがみ)作っとけ」と言って、本橋へと放った。


「……載ってねぇなあ」

湯呑を手に、朝刊を読んでいた真山が呟く。


川本が、真山へと視線を向けた。

「……昨日の転落死ですか?」


「ああ、どこも。ひとっこともな」

こう応じると、真山は丁寧に朝刊を畳む。


すると突然、真山と本橋の背後で、井筒班が、一斉に席から立ちあがった。

本橋が、思わず後ろを振り返る。


そして、強行犯係第二班の井筒班長以下五名は、そのまま急ぎ足で部屋を出て行った。


本橋は肩をすくめ、「ひゃー? 朝からバリバリやる気っすねぇ、井筒班は」と呟く。


一方、幸村班員はといえば、川本は、なにやら神速でタイピングを始めており、真山といえば、手にした文庫本に目を落としたきりで、両名とも井筒班の様子にも本橋にも、まったくの無関心を決め込んでいた。



   *



昼チャイムが鳴り始めるやいなや、真山が、机の引出しから弁当の包みを取り出した。


川本が課長席の文書箱に報告書を置き、席へと戻ってきたところで、幸村班の電話が鳴る。


当然のように、真山は電話を取らない。

本橋はすかさず、その場を立ち去った。


川本は受話器に手を伸ばし、「強行、第二」と、無愛想に応じた。

電話の相手が、名乗りもせずに喋り出す。


「あ、かわもっちゃん? オレオレ」


「振り込め詐欺なら、間に合っている」


川本の答えに、通話相手が豪快に笑いだす。


「だーれが、うまいこと言えって言ったよ、なあ時間ある? あんだろ? な?」


「お前が豪勢な昼飯でも奢るというなら『ある』と言わないでもない」

もったいぶって、川本が応じた。


「飯なんて。ケチくさいこと言わないって、何だったらさぁ、もっと『いーとこ』連れてくよ?」


川本は、しばし黙りこむ。しかし電話の相手は、明るく話を続けた。


「午後からな、オレら家宅捜索入んの。人手、欲しくてさぁ」


「園山、お前なあ……」

と、川本が半ば呆れたように口を開くと、電話相手の園山は、すかさず、その先を制した。


「とりあえずさ。昼飯奢るから、な? 後は喰いながら。例んとこで待ってっからよ。じゃ」


そして、通話は一方的に切れた。


「なんだよ……結局『明和大飯店』かよ」


受話器を戻しながら、川本は、こうひとりごちた。



   *



路地裏に、ぽつりとひとつ、床置き看板の灯がともっている。

店の名前は、「ラーメン明和」だ。


昼時だというのに、店内は激空きだ。

というか、そこはかとなく薄汚いその店の客は、古びた赤いカウンターに座る中年男ひとりだけだった。


その客、園山太兵衛(そのやまたへえ)警部補の前には、すでにタンメンのドンブリが置かれている。

園山は、新宿中央署生活安全課の風営法関係主任だ。


その横に黙って座ると、川本は店主に声を掛けた。


「……ラーメンひとつ」


「なんだよぉ? かわもっちゃん。餃子くらい付けてやるよ。あ、おやっさん、餃子もね」


園山の声に、店主の爺さんが頷く。

そして、業務用ではない、昔は白かったのであろうが、今や黄ばんだ色の冷蔵庫から冷凍餃子を取り出した。


あからさまに中国語のパッケージだった。

川本の眉間に、軽く皺がよる。


なんの前置きもなく、園山が話を始めた。

「いやね、そいつ。チラチラ噂はあったんだけどな。まあ、表向きは語学学校とかやってた奴でさ」


「語学? 何語?」

すかさず、川本が口を挟む。


「東南アジア系な。特にタイとか。その辺がもういかにも『あやしい』だろ? だろっ?」

なにがそんなに可笑しいのか、園山の声が、ひときわ明るくなった。


川本は、目の前のグラスに手を伸ばす。

そして、お冷を口に含むと、不味そうに顔をしかめた。


ラーメンと餃子が、川本の前に置かれる。

お約束通りの展開だが、爺さんの親指が、ドンブリのスープに浸かっていた。川本の眉間の皺が、さらに深くなる。


園山が割り箸を取って、川本に手渡しながら、話を続けた。


「でな。本庁のハイテク犯罪センター経由なんだけどさ。『ブツ』がさ、あがっちまったの。それも相当に『筋悪』のな。あ、一個貰うわ」


園山が、川本の前の餃子の皿へと箸を伸ばす。


修行僧のような面持でラーメンを啜っていた川本が、園山に訊ねた。

「その件、組対課は出張ってこないのか?」


「来ない来ない。今んとこ、『そっち系』のバックは見えねえから」

川本の質問に、あっけらかんと応じながら、園山はふたたび餃子に手を伸ばす。


その後、結局餃子は全て、園山が食べ尽し、川本は生安課の家宅捜索に同行することになった。



   *



新宿中央署管轄内の、とあるマンションの一室。

その玄関の前に、白手袋の刑事達が固まっている。人数は、五、六人ほどといったところだ。

先頭に園山がおり、横で管理人らしき男が、ドアに鍵を差し込んでいるところだった。


腕時計を確認しながら、園山が「●月×日一三時五十分。根岸武夫宅捜索差押許可状の執行を開始」と発すると、刑事たちが一斉に室内へと入っていく。


ひとり外廊下に残っていた川本も、中の園山に声を掛けられ、渋々室内へと入った。


狭く雑然とした室内は、刑事たちですし詰めになっている。

早々にうんざりといった表情を浮かべて、川本が奥の園山に呼びかけた。


「園山! 全員中に入れちまったら身動きとれないだろうよ。何人かは出して箱でも組ませろ」


園山は手を挙げて、「はいよー」と応じ、ふたたび部下に指示を出す。

「おい、半分は表へ出て、廊下で箱組めや。バケツリレーで物出すぞ」


川本は、真っ直ぐに根岸のパソコンの前へと向った。

電源を入れる。

OSがIDとパスワードを訊いてきた。

胸ポケットからUSBメモリを取り出し、差し込む。


ふと、川本の右手がマウスを求めて彷徨う。しかし、手の届くところには置かれていなかった。

川本は、そのままキーボードで操作を続行する。

中指二本で、稲妻のようにコマンドを打ち込み、即座にアカウントをハックした。


背後では押し合いへし合いしながらも、園山を中心に押収作業が進んでいる。


「そン中、見れそうか?」

園山が川本の肩越しに、モニターを覗き込む。

「ああ、もう済んだ」


すると、持ち込んだノートパソコンで室内のDVDの中身を確認中していた刑事が、呻き声を上げた。

モニターには明らかに十歳にも満たない少年の性行為の様子が映し出されている。


川本は立ち上がると、寝室へ向かった。

ベットマットを剥がし、ヘッドボードや敷板の裏を探る。

特にめぼしい物も見当たらず、川本は台所へと入っていった。


シンクはゴミと汚れた皿やグラスで溢れ、夏場でもないのに悪臭がたちこめている。

ホコリと油まみれのコンロの前で、川本は立ち止まった。

五徳と受皿を外し、コンロ内部に指を入れてみる。

ふと指先に何かを感じ、川本は、慎重にそれを摘み出した。


小さなチャック付きビニール袋だった。中には、大きめの指輪とちぎれたチェーンが入っていた。



   *



根岸の部屋から出た川本と園山が、玄関前の廊下に立つ。

生活安全課の刑事たちは、押収品を詰めた箱を続々と運び出している。


園山が、ワイシャツのポケットからタバコを取り出す。

行きすぎる部下達から、冷たい視線を投げかけられ、その手が止まった。


「しっかし、根岸の奴。どこ行っちまったかなあ? 逮捕状はいつでも出んだけど、ずらかられっちまったのかよ、あぁーちくっしょう」


と、川本の携帯に着信が入った。表示は本橋だ。


「あ、川本さんっすか? まったく、フラッと部屋出て行っちゃって。どこにいるんすか? 今、ちょっといいっすか。お知らせしといた方がいいかなって思いま……」


「いいから、さっさと話せ」

川本が、本橋の前置きを遮る。


「えっと。神奈川県警から連絡あったんです」


「県警?」

川本がぶっきらぼうに訊き返す。


「ハイ、何かうちの管轄内に住んでる男の死体が上がったとか」


「で?」


「いや、それが何かいまいちよく分かんないんっすけど、喉切って失血死とかで……」


本橋の話のポイントが、微妙にずれてくる。

川本が、すかさず口を挟んだ。

「男の身元は?」


「あ。ええ、名前が……根岸武夫。住所が……」


「『百人町三の六の三十二、三〇五』か?」


園山が川本を見上げ、さも不思議そうな顔をする。


「そう。そうっす。えー何で判ったんっ……」


驚いて慌てる本橋を無視して、川本は一方的に通話を切った。

そして、黙って、園山に手を伸ばす。


園山は一瞬、戸惑ったが、すぐに察し、手にしていたタバコの箱を、川本へと差出した。

そして自分も一本取って銜えると、まず、川本のタバコに火を点けてやった。


一服目をゆっくりとはき出してから、川本が園山を見下ろして言う。


「探す手間省けたな、園山。根岸は死んだそうだ」


園山が、盛大に煙にむせた後、大声を上げる。

「えー? 死んだぁ?!」


その声に、周囲の刑事が一斉に振り返った。


川本は、園山の携帯灰皿に自分の吸殻を押し込む。

帳簿を付けている刑事のところへ足をむけると、先ほどコンロの中から見つけたビニールの小袋を見せた。


「ちょっ、ね? なになに? かわもっちゃーん? 死んだって、なにそれ、今の電話、なに?」


背中に投げかけられる園山の声に振り返りもせず、川本は、そのまま階段を下りていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ