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強行、第二。  作者: 水城


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Scene 8

Scene 8




とあるマンションの車寄せで、セダンが停まる。


「ちょっと、いきなり? なんなわけ」

幸村伊織が、その助手席に乗り込み、ドアを叩きつけるようにして閉めた。


「あのねぇ、これからマッサージの予約入ってたんだよ。二か月待ちのカリスマ店なのに、超ムカつくんですけど?」


伊織の文句を完全に無視して、川本は車を出した。


「なに首都高? どこ行くの」

伊織がふたたび訊ねると、川本はやっと口を開いた。


「……根岸武夫って男が町田で殺害された」


「根岸って誰」


「今日の昼過ぎ、児ポ法違反でガサ入れが入った男、住所は新宿区百人町3」


川本の答えに、伊織は、これみよがしに顔を顰めてみせる。

「で、それが? そんなの町田署の管轄でしょ」


「正確には相模原南署だ。神奈川県警の」

ぼそりと、川本が訂正した。


「どっちでもいいけど。よそ様のコロシ見に行くほど暇なの? 川本」


皮肉げにやり返す伊織の目の前に、川本が、指輪とチェーンの入った件のビニール袋を差し出した。


「何これ?」


ウインカーを出し、左右を見てから、川本が答える。


「根岸の家のガスコンロの中に隠してあった。で、ガサ入れ終わった途端、本人は町田で死んでたって判明した訳だ」


「だから、訳がわかんないって、川本」


ひとつ舌打ちすると、川本は、胸ポケットから、身分証を拡大したスリヤの写真を取り出し、しているネックレスを指さした。


「伊織、警備の北条に電話しといてくれ。あいつ、神奈川県警に顔きくんだろ?」



   *



伊織と川本は、神奈川県警相模原南署の正面玄関の階段を上がっていく。

立番の制服警官の脇を抜け、建物の中に入るとすぐに、バーコードヘアの男性が待ち構えていた。なぜか、その頭は若干右に傾いている。


「どうもどうも。新宿中央署の方で? 先程、北条警部補よりご連絡頂きました」


と、バーコードヘアに最敬礼され、川本と伊織は面食らった。


「わたくし『刑事課の山根』と申します」


自己紹介をしながら、バーコードヘアは旅館の番頭の如く、伊織と川本をエレベーターへと案内した。



   *



「おはよっざいまー……」


新宿中央署刑事課の朝。

伊織がいつも通り、課内の誰よりも遅く入室した。


すかさず、梶谷刑事課長が、急ぎ足で伊織に近づいてくる。


「幸村さん。今朝方、鑑識係になにやら『届け物』があったようなんですが?!」


その声に、室内が水を打ったように静まった。

川本が頭を抱える。


「無論……お心当たり、あるんでしょうね?」

厭味たらたらの梶谷の声だけが、部屋に響き渡った。


好奇心ではちきれそうな様子を隠そうともせず、本橋が、頭を抱えたまま俯く川本の顔を覗き込む。

真山はといえば、いつも通り、淡々と朝刊に目を通していた。


絡んでくる梶谷を、なんとか適当にあしらって、伊織が、やっと、班の自席に着く。

そして、川本に向かい文句の一つも言ってやろうと口を開きかけたところで、すかさず、川本に、それを押しとどめられた。


「載らねえなあ……」

新聞に視線を落としたまま、真山がぽつり呟く。


「タイ人の転落死っすか?」

本橋が訊ねる。真山は黙して、ただ頷いた。


「町田の、境川の変死体は?」

川本が続けて訊ねると、真山が、ふと朝刊から目を上げた。


「ああ、家で読んだ地方面には載ってたな。町田っていうか、所轄は相模原だろう? 喉切って失血死の」


「え、それって? 昨日の。根岸とかいう?」

本橋が口を挟むが、誰もそれには応じない。


そこで伊織と川本が、同時に席を立って部屋を出て行った。

それをとがめるように、本橋がふたたび声を上げる。


「ちょっ、ちょっと何なんすかぁ? 昨日から。全然ついてってないっすよ、オレだけ」



   *



警備課は、新宿中央署の八階にある。

長いテーブルの上にプリンが三つ置かれ、伊織、北条、川本が、その前に並んで座っていた。


各自の机で、黙々とパソコンに向っている警備課の面々が、露骨に冷ややかなムードを漂わせる。


北条がプリンを手に取り、ビニールの封を剥がしながら言った。

「で? 伊織、どうだった昨日。上手いこといったのか、相模原南署は?」


「うん。ケーキとか、出してくれたよ」


「そりゃよかったな」


まくまくと、プリンを口に運びながら、北条は応じた。

伊織は、微妙に視線をさまよわせる。


「……お土産に『根岸君一式』まで付けてくれたしね、頼みもしないのに」


「あ?」

匙を手に口を開けたまま、北条が一瞬、動きを止めた。


伊織はプリンを取ると封を剥がし、「いや、こっちのこと」と付け足す。


プリンを既に、半分は食べ終えている川本が、ぼそりと口を開いた。

「一昨日のタイ人の件なんだが……」


北条が、濃い眉をぴくりと痙攣させた。


川本は、すぐさま続ける。

「あれ、まだ記者発表もしてないの、何でなんだ?」


「ニコちゃん。何か知ってるんでしょ?」

絶妙のタイミングで、伊織もたたみかけた。


北条はプリンの匙を舐めながら、視線をそらすが、伊織がそれを追いかけるように凝視する。


しかし、北条は明後日の方向を見たまま、ぽつりと言った。

「……あの件はさ。もう、いいんじゃん?」


「え?」

思わず、声を上げた伊織に、北条は目を合わせることなく言う。


「多分、見合わんよ、労力が……掘り起こして出てくる物にね」


川本が、般若めいた険しい表情で北条を睨みつけた。

北条は少しビビって、川本に向き直る。

「いや、ね、川本さん。ですから、オレも、もう『あの件』のネタは仕込まないんですよ、積極的には」


「じゃあ、消極的には?」

伊織が詰め寄った。


「ああ、ったく、もう!」と北条は匙を持ったまま、両手で頭を抱える。

そして、急に声を潜めると、「皆まで言わすなよ、伊織。な?」と付け足し、テーブルの上を、そそくさと片付け始めた。



   *



新宿中央署、四階の鑑識係では、『バトラー山崎』がペンタブレットで作業中だった。

その横に、伊織と川本が神妙な面持ちで立つ。


「それなりに鑑識、長くやらせて頂いておりますが。まさか、他県から死体の『宅配』とは」


バトラー山崎の言葉に、伊織はもじもじと頭をさげる。

「すいません……」


モニターから顔を上げ、バトラーは、慇懃にも程があろうという口調で続ける。


「『生もの』の方は取合えず、地下の冷蔵庫に入れておきました。早急に何とかして下さいませ。あと、こちらも」


バトラー山崎は立ち上がると、神奈川県警マークのついた段ボール箱を、川本にドサリと手渡した。



   *



エレベーターに、証拠品入り段ボール箱を持った川本、死体安置室の鍵を手にしたバトラー、そして伊織が乗りこんだ。

バトラー山崎が、B2のボタンを押す。


下へと動き出したエレベーターの中で、三人とも、無言で階数表示を見上げている。

伊織は、昨日の相模原南署での出来事を思い返していた。



 ×  ×  ×



「ま、自殺ですな」

ごくあっさりと、旅館の番頭のような山根が口にした。


伊織と川本は、黙って山根を見つめる。


「遺書がね、ほら」

と、山根が保全袋に入ったA4くらいの紙を取り出す。


それを受け取り、川本が言った。

「ワープロ、ですね」


「一説には、最近の遺書の九割がパソコンか携帯だそうで、ふほほ」

山根が応じる。


「そうはいっても、一応、根岸の自宅のプリンタインクと同一かどうかは、照合された方がいいのでは……」


遠慮がちに川本がこう口にすると、山根が奇怪なほどに満面の笑みを浮かべた。


「どうぞどうぞ。お持ちになって下さい、もう、ご遠慮なさらず。なんといっても北条警部補のご紹介ですし」


「え?」

伊織と川本は、思わず同時に声を上げる。


「『一式』纏めて、早速、新宿へお送り致しましょう。勿論、根岸本人もお付けして」


そして山根は、手を口に当てると「ふほほほ」と笑った。



 ×  ×  ×



そうなのだ。

元はといえば、それもこれも……。


「……みぃんな、川本のせいなんだからね!」


突如、アニメ声もかくや? というほどのアニメ声を上げ、伊織がエレベーターの中で叫んだ。


川本は、眉間に皺を寄せる。

「狭い所でピーピーわめくな……」


「だいたい、町田なんかに行くからだよ。変な物、押しつけられてさ」


「ああ、もう。ガタガタうるせえな」


面倒くさげに川本にいなされ、伊織はますます腹を立てる。


「根岸とか死体とか、要らないし。園山さんにあげちゃえ!」


「……だから、お前、うるさいって!!」


川本の声も、つられて大きくなったところで、バトラー山崎が、猛烈に鋭い溜息を吐き出した。


「……まったく、いい加減になさって下さいまし! お二人とも」


川本、伊織とも、ぴたりと黙る。

と同時に、「チン」と音を立てて、エレベーターが停止した。


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