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強行、第二。  作者: 水城
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Scene 4

Scene 4




とある新宿の街角。

伊織と川本が、持ち帰り弁当屋へと入っていく。


ややうらぶれていて垢抜けしない店内のカウンターには、スリヤのポケットに入っていたのと同じ衛生帽を被った、黒縁眼鏡の店員が立っていた。


「スリ……チャイ? へ? 誰っすか、それ?」


黒縁眼鏡の店員が問い返した。

川本が、ポケットから写真を取り出して見せる。


身を乗り出して写真を見た店員は、すぐにこう応じた。


「ああ、なんだ。『ビュー』じゃないっすか、それ。『スリなんちゃら』なんて言うから誰かと思った。こいつ、ここでバイトしてます」


「スリヤさんのこと、『ビュー』って呼んでたの?」

伊織が口を挟む。


店員は頷くと「そう自分で自己紹介したしぃ?」と返答した。


「自分でするから『自己』紹介っていうんだ」と、川本にポソリとつっこまれ、店員は、あからさまに不機嫌な顔になる。


伊織が質問を続けた。

「その『ビュー』はさ、店ではうまくやってた? 客とトラブってたとかは?」


「別にないっす。ちょっと鈍くさかったけど。真面目だし。人当たりも悪くないしさ。何だっけ。タイ? の人って、そんな感じじゃん」


黒縁眼鏡の店員の言葉に、伊織のみ、数回頷く。


「ここ、監視カメラは?」

川本が、これまたつっけんどんに店員に訊ねた。


「ないっすよ、コンビニとかじゃなですし」

店員が仏頂面で言い返す。


「でもほら、そうはいっても。このチェーン、二十四時間営業でしょ? 物騒じゃないの?」

とりなすように、伊織が割って入った。


店員は伊織の方をちらりと見やると、少し態度を取り繕う。


「ここいら民家も多いし。客筋は悪くないんっすよ。夜もそんな客こないし。本社の方針で終夜営業だけど。深夜は、店に店長だけってことも多いし。ってか、ビューの奴。どうかしたんすか?」


「……店長、呼んでもらえる?」

川本が、店員の質問を完全に無視した。


「店長、てんちょー」

不満げな声を上げながら、黒縁眼鏡は、店の奥へと入っていく。

「何か、警察の人が来てるっすー」


入れ替わりに姿を現した店長が、怪訝な顔で、伊織と川本の顔を見つめた。


伊織はバッジを取り出すと、店長の目の前で広げてみせた。

「新宿中央署の幸村です」


川本が続ける。

「同じく、川本です」



   *



弁当屋の脇にはブロック塀があり、店の建物との隙間には古いプランターや段ボールが雑然と置かれている。

日当たりが悪くて地面はぬかるんでいて、ベタベタと色んな足跡が残っていた。


伊織と川本は弁当屋の店長を連れだし、人目を避けるようにして、その店と塀の隙間に入る。


川本が写真を見せると、店長はこっくりと頷いた。

「『ビュー』です。うちのバイトです。今日も四時半からシフトですよ」


「ああ、今日のシフトはちょーっと難しいかも」


伊織の言葉に、店長が表情を険しくした。


「……えっと、あの、ビューは別にビザも問題ないし、短時間就労だし。ぜんぜん違法じゃないですよね?」


「スリヤ・チャイルンルアンさんは、今朝、死体で発見されました」

川本が、ズバリと切り出す。


「……ええ?! まさか、そんな」

店長が、お約束どおりの驚愕の声を上げた。


すかさず、伊織が続ける。

「さっきの店員さん、『スリヤ』と聞いて、誰のことか判らないようでしたけど。店長さんは、全然、違和感ないみたいですよね?」


「そりゃ。採用の時に学生証と外国人登録見せてもらってますし。でも、本人が『ビュー』って呼んでくれって言うから」


「今日『も』シフトということは、昨夜も?」

川本が畳みかけるように訊ねた。


「え? ええ夜の二時まで。近所だし、交通費出さなくていいんで助かって……缶ビール渡したら、えらく喜んでたんですよ?」



   *



ちょうど昼時。

神社の境内には、何をするでもない人々がそれなりの人数たむろしていて、昼食をしたためるスーツ姿のサラリーマンも多かった。


伊織と川本は、境内の植込みの柵のような中途半端な場所に腰掛けて、弁当をつかう。


「あんま、美味しくないね……あそこのお弁当」

とてつもなく切なげな声で、伊織が呟いた。


「持ち帰り弁当なんて、普通こんなもんだろ?」

川本は、特になんの感慨もない声音で応じる。


伊織は、盛大に食べ残した弁当に蓋をし、足下のビニール袋を拾って、弁当箱をつっこんだ。


「伊織、お前、贅沢なんだよ」

川本は、弁当を食べ続ける。


伊織は缶コーヒーを取り出すと、栓を開けて一口飲んだ。

そして、派手にため息をついてから言う。


「……何で『ビュー』かなぁ。『スリヤ』のどこをどう取ると、『ビュー』な訳?」


「さあ?」

川本は、ごく適当に相槌を打つ。


そんな川本を、伊織はじろじろと眺め回した。

「最近、『タイのおネェちゃん』には、知合いいないわけ? 川本は」


川本の箸を持つ手が止まる。

「何だ? それ」


「ああ、川本はフィリピーナ好みだっけ」

伊織が、わざとらしく鼻で嗤ってみせる。


「お前、いい加減にしろ……」

川本が、低い声をさらに低くして凄んだ。しかし、伊織はまるきり意に介さない。


「ま、いいけど? あ、そうだ。『センター』のみはるさんに聞いてみよう」


「……誰だ、それ」

川本が目を丸くする。


伊織は立ち上がり、コートを軽く払うと、川本を見下ろした。


「『通訳センター』の専門官だよ、九階の」



   *



新宿中央署九階には、本庁の通訳センターの分室が置かれている。


分室の前には、ガラス張りの喫煙室があり、たいていは、見るからに『閑職』といった風情のオヤジが二、三人たむろっていた。


その中に、スラリと上背のある女性がひとり。

ひっつめ髪にリムレスの眼鏡。

年の頃は四十前、装いはかなり地味だが、シャープな美女だ。


美女は、シガレットケースからラッキーストライクを取り出して一本咥えると、川本に箱を差し出し勧める。

川本が固辞すると、彼女は、ちいさく首を傾げてから自分のタバコに火をつけた。

首に下げた身分証には、「中村みはる」と書かれている。


「訊きたいことって?」

煙を吐き出しながら、みはるが言う。


「スリヤ・チャイルンルアンって人が……」

伊織が言いかけるやいなや、みはるが口を挟んだ。

「ああ、今朝の転落死の」


「なんで知ってるんですか? みはるさん」


「朝一で、大使館との連絡やらされたのよ」

みはるが、溜息混じりに煙を吐き出す。


「その『彼』なんですけど。バイト先とかで『ビュー』って名乗ってたみたいで」


「ああ、そういう『チューレン』なんでしょう」

伊織の言葉に、みはるは、さらりとこう答えた。


「チューレン?」

川本が思わず口を挟む。


みはるは、川本の方を、ちらりと見上げる。

「通称のこと。あっちの人は本名使わない」


「どうして?」

伊織が訊ねると、みはるが即答した。

「呪われるとか、そういうの」


「ああ。そういや、そんなこと聞いたことあるような……」

川本がこう低く呟くと、「ふうん、誰から聞いたのかねぇ?」と伊織が皮肉交じりに囁いた。


すかさず、川本が伊織を睨みつける。

伊織は肩をすくめてみせると、ふたたび、みはるに訊ねた。


「その、チューレンっていうのは、本名と何か関係あるんですか?」


「ない、何でもいいの。『マルボロ』とかって人もいるしね」


「……タイ語ですらないのかよ」

川本が、半ば呆れたように口にした。


「『ビュー』に特別な意味とかは?」


伊織がなおも訊ねるが、みはるは、きっぱりとこう応じた。

「ない。チューレンには大抵意味はないね。ましてやビューなんて、ごくありふれたチューレンで。それこそクラスに何人も……」


と、そのとき、首から下がっているみはるの携帯がバイブした。


「ったく、もう。ゆっくりタバコも吸わせてもらえやしないのよね」


みはるは、手にした吸いかけのラッキーストライクを灰皿に放り込んで、喫煙室を後にする。

伊織と川本の、その後に続いた。


急ぎ足で部屋へと戻って行くみはるの後ろ姿を見送っていると、伊織の携帯も鳴り出した。


「もしもし、幸村さん。今どちらっすか?」

電話の声は、本橋だった。



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