まさか
真由美は、休みの日に、ディスカウントスーパーへ足を運びました。
その店が、物価高に苦しむ庶民による需要を見込んで、薄利多売路線に打ってでたことで、商品が非常に安いという情報を入手していたものの、場所が自宅からけっこう離れており、忙しくて疲れがたまっているために、それまでの休日は訪れる気力がわかなかったのですが、やっとこさ仕事が人並み程度に落ち着いてきて余裕が生まれたので、チョコレートを購入しようと向かったのです。
建物の手前で、彼女ははっとしました。
「近藤さん!」
その男の姿を目撃して、勢いよく近づいていきました。
「ああ……」
近藤はびっくりしたようで、うろたえるような状態になりました。
「あー、そうか。ここにいらしてたんですね。だから、あのスーパーで見かけなくなったわけだ」
「ハハハ、そういうことです」
近藤は冷静さを取り戻し、以前同様に彼女のヒーローらしく気取って言いました。
「変わらずチョコレートを召し上がってらっしゃるのですか?」
「もちろんです!」
真由美は堂々とした態度で答えました。
「近藤さんも?」
「当たり前ではないですか。おっと、いけない」
近藤は左の手首にしている腕時計に目をやりました。
「私、この後予定があるもので、お先に失礼します」
「そうですか。お忘れにはなっていませんよね? 私たちは……」
「チョコメイトです!」
それを聞いて真由美は満面の笑みになり、去る近藤を気持ちよく見送ってから、じっくり自身のチョコレートを買うのを楽しもうと思いました。
ところが——。
「悪い、近藤。トイレの個室がなかなか空かなくてさ」
別の中年男性、どうやら近藤の友人のようですけれども、そう言いながらやってくると、近藤の表情が少し引きつりました。
「あんパンは買ったのか?」
間近まで来たその彼が、近藤に問いかけました。
「え? あんパン?」
真由美はつぶやくと、近藤に尋ねました。
「チョコレートを買いにいらしたんですよね? あんパンも一緒に購入したということですか?」
「はあ、まあ……」
近藤は歯切れが悪く、見るからに動揺しています。
トイレに行っていたらしい男性が、ちゃんと返事をしない近藤の代わりに、真由美に話しました。
「いえね、こいつ、近頃チョコレートの値段が高いからって、他の甘いものを食べるようになったんですが、ホイップあんパンにハマっちゃいましてね。『ホイップあんパンを考えだした人は天才だ! 国民栄誉賞をあげるべきだ!』なんて言うんですよ。今日もそれを買うのに付き合わされちゃって、迷惑な話ですよ」
真由美は「ガーン」となり、ワナワナと震えだしました。
「バカ! 余計なことをしゃべるんじゃないよ!」
近藤は友人の男性に言うと、わざとらしく独り言を口にしました。
「さーてと、大事な用事があるから、急いで帰らなくては」
そして、そそくさとその場から離れかけました。
「コラー! 裏切りやがったな、てめー!」
真由美は怒って彼に襲いかかりました。
「おっと」
近藤はそれをかわすと、「いたずら小僧の近藤少年」になって、真由美に語りました。
「へへーんだ。そう言うけど、あんただってチョコレートだけを食べてるわけじゃないだろう? ホイップあんパンは最高さ。悔しかったら、オイラを捕まえてみなー」
「く~。待ちやがれー!」
真由美は近藤を追いかけました。
それはそうと、前回の近藤が自らチョコレートを作る話はどうなったのかと申しますと、よくよく調べてみたところ、カカオを育てるにはずっと温暖である必要があり、冬があって寒くなる日本で栽培するのは無理なことが判明しました。それに、たとえ生産できたとしても、いいかげんな人間である近藤にそんな大変な仕事など、やはりやれるはずがないのでした。
「やなこったーい!」
近藤は真由美にあどけない口調で返すと、少年らしい軽快なステップで走り去っていったのでした。
続きを読みたい方は、「おかしなおかしな教師近藤が何やらとても悩んでいるご様子です」をご覧ください。




