出会い
注:この話は、「おかしなおかしな教師近藤が友人と山手線ゲームをして遊ぶ」の続きです。
「また値上げしてる……」
根本真由美は、二十代の会社員です。彼女は、社交性はあるのですが、運悪く同僚に気を許せる相手がいないうえに、会社での仕事が非常に忙しいために、学生時代からの友人と遊んだり、好きなことを満喫したりする時間がなく、日々の楽しみは大好きなチョコレートを食べることだけと言っていい状況なのでした。
にもかかわらず、昨今の物価の高騰のなかでも、その現在の唯一の心のオアシスであるチョコレートの値上がり幅といったら、桁違いなレベルです。いくら彼女は長時間働いているので給料も少なくはないにしても、他のあらゆる物も価格が上昇していますし、大学時代に利用していた奨学金の返済もあったりで、気軽に購入とはいかなくなってきています。
そして、買おうと思っていた一番のお気に入り商品が、もう何度目かわからないくらいになる値上げをしていたために、レジに持っていくので手に取りながら、ゆっくりと棚に戻したのでした。
「ハー」
真由美は肩を落として、帰宅するつもりで夜道を歩いていました。
しかし、ピタッと立ち止まりました。
「やっぱり買う!」
そう思い返し、Uターンして、さっきまでいたスーパーマーケットに再び足を踏み入れました。
ん?
お菓子売り場が近づくと、彼女はある光景に目を奪われました。
「なんでまた値段が上がってるんですか? 短期間にやりすぎでしょう?」
一人の中年男性が、店員に対し、真由美が購入しようと思っていたチョコレートを手に持って、そのように訴えていたのです。
勘の良い方はおわかりかもしれませんが、いや失礼、勘が良くなくてもおわかりでしょうが、その男は近藤でした。近藤の過去の話を呼んだことがある方ならご存じのように、彼は甘いもの、なかでもとりわけチョコレートが好物なのです。
「そう言われましてもねえ」
近藤と近い歳という印象で、おそらく店で高い地位にあると思われる男性が、うっとうしそうに応対していました。客相手に本来であれば無礼となるところですけれども、近藤のその苦情は値上げするたびといった具合でクレーマーと化していたので、事情を知っている人ならばイラついてしまうのも当然と感じていましたし、初めて目にした人でもおっさんがチョコレート一個の値段でネチネチ文句をつけているのですから、見苦しくて肩入れ気にはなりません。
ただ、真由美には、近藤は自分の気持ちを代弁してくれているヒーローに映ったのでした。
「くっそー」
当然値段を下げてくれるはずはなく、ようやく苦情を終わりにした近藤は、苦々しい表情でつぶやきました。
「あの」
そんな彼に、真由美は声をかけたのです。
「お気持ち、よーくわかります。ひどいですよね、いくらお店も大変だといっても、値段を上げすぎで。私も不満の一つも言いたかったんですけど、とてもそんな度胸はなくて。消費者を代表して訴えてくださったあなたの勇敢さに、感動すら覚えました」
「そうですか。ありがとうございます。誰に褒められなくても、あなたのような方のためにと思って、頑張った甲斐がありました」
近藤はとてもハンサムな顔つきになってそう返しました。相手が若い女性だったからではありません。誰であろうと、持ち上げられるとドーパミンが脳に大量に放出して、のぼせ上がり、異常に気取るのです。
「チョコレートはリラックス効果があったりと健康に良く、ただのお菓子とは訳が違うんです。そこのところを売る側には考えていただかないと」
「そう、そう、そうです!」
真由美は激しく同意しました。近藤を知る者がそばにいたならば、この男を調子に乗らせたらろくなことにならないから、よしなさいと止めるところですが、不幸にも誰もいませんでした。
「ストレスの多い現代社会において、チョコレートを愛する者同士、それを心の支えにして頑張っていきましょうね。我々は、チョコレート同盟を結んだ、チョコレート仲間の、チョコメイトです」
近藤は相変わらずかっこつけて、意味不明なその言葉を述べました。
チョコレート同盟に、チョコメイト! なんて素敵な言葉なんでしょう!
真由美は心の中で叫びました。かなりお疲れのようです。通常の彼女は至極まともであることをお伝えしておきます。
そして、高い価格に腹が立ちつつも、チョコメイトになった記念として、そのチョコレートをともに購入して帰ったのでした。




