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幻影のオッサン  作者: ritsu
Ⅰ 発現編
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第2話 謁見

小さい窓から日差しが差し込んでいたことで、夜が明けたことを実感した。


 扉は固く施錠されているし、窓は高く、それでいて小さい。まるで監獄のようだった。一晩中、冷たい石の上で寝ていたせいで、背中は固まっていて首にかけて鈍痛を感じた。そして、なにより全裸であることが最大の問題で、全身は激しく凍えていた。俺は長い手足を折りたたんで、猫のように丸くなっていた。


 扉の向こうで何か物音が立った。錠を解いて、古い扉が軋みながら開く。先日の兵士の一人だった。


「Komm mit mir.(一緒に来い)」


 その男は、それだけ言った。もちろん、何を言ったかは知らん。せめて、ゆっくり喋ろ。


「パードゥン?」


「?…Komm mit mir.(一緒に来い)」


「……?」


 埒が明かない。そう思ったのか、俺の腕を掴んで無理やり上体を起こした。その兵士は俺を連れて行くような動作だったので、やっと理解した。せっかく、自身の体温で少し石床が温まっていたので動きたくなかったが、その男は急かしていた。


 兵士は、手に持っていた布を渡してきた。――遅い。昨夜に渡してくれていれば、このように凍えることも無かった。なんとも気の利かない男だ。どうせ、三下なのだろう。仕事のできない男だ。


 その男は、布を渡すと腰に巻くようなジェスチャーをした。どうやら、それは暖を取るためではなく、お前の粗末なものを隠せという目的のようだった。無性に腹が立ってきた。


 俺は、おもむろに布を腰へ巻こうと、布の両端を手で掴んで腰へ回した。しかし、次の瞬間、布は何かに弾かれるように手から離れて、ふわりと床へ落ちた。


「Was machst du?(何をしている?)」


 兵士が何かを言った。そんなことよりも、この奇妙な現象に俺はパニックになっていた。もう一度、布を手に取る。股間に近づける。弾かれる。布は靡きながら、さっきよりも遠くへ飛んでいき、壁際で落下した。


「…オー・マイ・ガー。アイ・キャント・ウェアリング」


 俺の英語が稚拙なのもあるかもしれないが、兵士は終始怪訝な表情を浮かべていた。この男はドイツ語を話しているものの、英語は全く通じていない様子だった。教養も無いのか。だから、下っ端なのだろう。その後も何度かチャレンジしてみたが、馬鹿みたいに布がどこかへ飛んでいくだけで、この下っ端に対して渾身の手品を披露しただけ――徒労に終わった。


 悪い予感がしていた。初期設定で全裸を選択したばかりに、俺はこの世界では装備ができないのではないか、と。そんな焦燥感と絶望感を余所に、下っ端は痺れを切らしたのか、こっちへ来いと言わんばかりに部屋の外へと連れて行った。


 長い廊下を抜けると、辺りは明るくなった。広間にはアーチ状の大きなステンドグラスが、陽の光を十分に取り込んでいる。そこにいた他の兵士たちは、オレを見ても動じない様子だったが、不思議と目を合わせようとしなかった。そのまま、広間を抜けて、中央の階段を上らされた。これ以上の辱めは無いだろう。特にローアングルは危険だ。頼むから見上げないでくれと心の中で祈願した。これが、女子高校生の気持ちだろうか。


 階段を上ったその先、大きな扉の前に立つ重装備の兵士が、その扉を静かに開けた。奥の空間には玉座があり、そこに座る後期高齢者と、両脇を固める不機嫌そうな中年男性、目を覆い隠すわずかな女性騎士たちがいた。ここでようやく分かった。ここは、中世の城だということが。


 玉座に向かってまっすぐに伸びる深緑色の絨毯。玉座に鎮座する者は王様か?兵士に引っ張られながら、俺は歩を進めた。兵士は俺の二の腕の皮膚をつまむように引っ張る。いちいち癪に障る野郎だ。


「Ist dieser Mann derjenige, der wiedergeboren wurde?(その男が、転生者か?)」


「Ja.(はい)」


 玉座の爺さんが何かを呟いた。それに対して下っ端が返事をする。はい、と言ったのは流石に分かった。


「Warum ist der Mann völlig nackt?(なぜ、服を着ていない?)」


「Dieser Mann scheint unter einer Art Fluch zu stehen, der ihn daran hindert, Kleidung zu tragen.(この男は、服を着ることができない呪いか何かに掛かっているようです)」


 兵士がそう答えると、爺さんは少し黙り込んだ。緊迫した空気だ。だが、この部屋は暖かい。俺は日当たりのよい場所へ摺り足で移動した。足先がじわじわと血流が流れて気持ちがいいし、足先の感覚が蘇ってくる。


「Wie heißt dieser Mann?(名前は、なんだ?)」


「Dieser Mann sagt „Bing Bing“.(この男は、ビンビンと名乗りました)」


「Bing Bing…?(ビンビン…?)」


「Ja. Der Mann sagt „Bing Bing“.(はい。ビンビンと言っています)」


「Bing Bing…(ビンビン…)」


 そう言うと爺さんは、また黙り込んだ。二人揃ってビンビンビンビンって、下品な奴らめ。全裸の俺が可愛く見えてくる。側近が真面目な表情で何かをメモっている。書くことなどあるのか。ああ、だいぶ足先がポカポカしてきた。


続く


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― 新着の感想 ―
装備が不可能な「全裸固定」という呪いのような体質に絶望しつつ、日当たりの良い場所へ摺り足で移動する主人公が最高に面白いです。 大真面目な顔で「ビンビン」という名が王宮内に連呼されるシュールな光景は、…
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