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声の薄明(起動時間短縮)

「……もう、これだけか」


手回し発電機を必死に回し、肩甲骨が焼けるような熱を持っても、蓄電池の電圧は一向に安定しなかった。 漆の被覆は劣化してひび割れ、希硫酸の刺激臭が鼻を突く。スマホの画面は、起動のロゴを表示するだけで精一杯だった。


かつては世界をヒートマップで鳥瞰し、数理モデルで未来を弾き出してくれた「万能の補助輪」。だが今、その声は薄氷のように頼りない。


〈警告:システムリソース致命的不足〉 〈モード:縮退運用(出力1枚のみ)〉 〈稼働可能時間:推定64秒〉


「いいんだ、十分だ。……今の広州の、アヘン残滓の相関を。それだけでいい」


俺は震える指で操作する。 画面に現れたのは、かつての鮮明なグラフではない。ノイズに埋もれた、歪な「点」の集まりだった。


「……ここか。則例が浸透したはずの北の波止場で、報告に『二分のラグ』が出ている。これは不正のスパイクじゃない。……現場が、則例の意味を履き違えて『過剰な検査』に走っている音だ」


AIは答えを言わない。ただ、バグのようなノイズを撒き散らしながら、一瞬だけ「最適化された哨戒配置」の残像を見せた。


「……つながった」


手回しの手を離すと、回転は三息で止まった。 画面がふっと消える。沈黙。 俺は暗闇の中で、残像を忘れないうちに、墨を含ませた筆で唐紙へトレースしていく。AIが示した「計算」を、俺の「言葉」と「手」で引き取る作業だ。


「言葉が合わないのか、それとも……」 かつての、AIとの短い問答を思い出す。 『あなたの世界が、私の辞書より広がったのです』


かつてはAIに頼り切っていた「構造の視覚化」が、今は俺の脳内で、現場の汗の匂いや荷車のゴトゴトという音と共に、直接結びつき始めている。 補助輪は、もう折れかけている。だが、俺の足はいつの間にか、この時代の泥をしっかりと踏みしめていた。


〈ログ:低電力モード。最終出力完了〉 〈ステータス:次回の起動確率は40%以下〉

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