合法代替品(英綿布に中税枠)
「禁じるだけでは、欲望は地下へ潜る。ならば、欲望が通るための『正規の道』を広げるべきです」
厦門の地方官たちが没収した銀塊に目を剥く傍らで、俺は欽差大臣へ次なる策を提示した。それは、密輸のインセンティブそのものを解体する、関税の「動的調整」だった。
ターゲットは、イギリス東インド会社(EIC)が持ち込む綿織物だ。
「これまでは高関税か、あるいは役人の匙加減による不透明な徴収。それが商人を密輸へと駆り立てていた。……ですが、ここに示す『中税枠』を設ければ、話は変わります」
俺はスマホの画面に表示された、AIによる関税弾性のシミュレーションを指でなぞる。
〈解析:関税率と密輸損益分岐点の相関〉 〈現状:高税率により密輸期待値が正の状態〉 〈提案:特定品目の関税を15%から8%へ引き下げ。同時に『則例』遵守を条件に臨検時間を短縮〉 〈予測:正規流通量が300%増加、トータルの税収は22%向上〉
「密輸には、船を隠し、賄賂を贈り、発覚を恐れるという『コスト』がかかります。もし、正規の関税をそのコストよりわずかに低く設定し、かつ『則例』を守る船を優先的に入港させれば、商人は馬鹿らしくなって密輸を辞める」
石畳を荷車の輪が噛み、ゴトと脛に響く音が、どこか軽やかになった気がする。 市場のあちこちで、これまではコソコソと裏通りで取引されていたイギリス綿布が、堂々と表通りに並び始めていた。
「悪を滅ぼすのではない。悪が『損』になるように、構造を組み替えるのだな」 大臣が感嘆の声を漏らす。
麻縄の粉っぽさと、新調された綿布の糊の匂い。 秤の錘が皿を叩きカン、と鳴るたびに、不透明な闇の利益が、国家の正当な富へと変換されていく。
「エドマンド……東インド会社の株主たちも、これなら文句は言えまい。戦争の種を蒔くよりも、安定した利益のほうが、彼らの『正義』には適うはずだ」
〈ログ:差別関税(弾性調整)の適用成功〉 〈ステータス:EICの対清戦略が『侵略的拡張』から『安定的互恵』へ微修正〉
漆の箱の中で、AIが示したグラフは緩やかな右肩上がりを描いていた。 技術を急がせず、人の欲望を否定せず、ただ「数字」で平和の重しを置いていく。




