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18. 陽光蜜の採取と味見

 ジオが屋台に括り付けられている荷物を一部解いて取り出して来たのは、一辺が私の身の丈の二倍はあろうかという、片面が灰色、もう片面が漆黒に染められた大きな布だった。


「ジオ、それは?」

「常闇布だぞ。どういうものかは……端っこの方、この向きでちょっと被ってみると分かるぜ。こんな感じでさ」


 ジオが黒い面を下にして布の端を持ち上げ、頭から被ってすっぽりと上半身を隠した。私もジオに倣って同じようにしてみる。

 すると、思いの外すべすべとした手触りの布に頭が覆われた途端……視界が真っ黒に染まった。


 足元は布の外だというのに、下を向いても差し込む光も自分の靴も何も見えず、瞬きを繰り返しても一切が闇である。

 感覚がおかしくなったかと思って少しだけ慌てたが、するりと布を頭から剥がすと、今の暗闇が嘘のように消えて光と色が視界に戻ってきた。


 布を被るのと脱ぐのを数度繰り返し、目がチカチカしてきたのでやめる。

 その奇妙さに常闇布と呼ばれた布をつまんで睨んでいると、ジオがにまにまと私を見ているのに気が付き、苦笑してしまった。

 半端に広げた布を軽く整えてジオの手に返しつつ、尋ねる。


「……不思議な布だね。これは何かの魔道具?」

「んへへ、面白いだろ。これに包まれると光を認識出来なくなるんだ。ええと、一応魔道具って事になんのかな? リフが作ってくれたんだぜ、これ」


 ジオはそう言って布をポンポンと軽く叩き、誇らしげに笑った。


「そうなんだ。ってことは、リフさんは錬金術師?」

「んー、本人はそんな大したもんじゃない、って言ってるけどな。たまに入物があって王都に行く時なんかは、買い物ついでに作ったポーションとか魔道具とか売って小遣い稼ぎしてるらしいぜ」


 話しつつ、ジオは大きな布を器用に整えて肩に布の一部分を担ぐようにして持ち直し、ブライトビーの巣に向き合った。


「……おし。んじゃいくぞ!」


 何が始まるのか、と少し身構えると、「えいや!」という思い切りのいい掛け声と共に、ジオが勢いを付けて常闇布を放り投げた。

 投げられた布は空中で綺麗にパッと広がり、ひらりと花が降るような速度で落下する。

 そして黒い面を下にしたまま倒木の上にゆっくりと覆いかぶさり、その下にあったブライトビーの巣を丸ごと覆い隠した。


 ふわりと落ちたとはいえ、これが刺激になってブライトビーが飛び出してくるのでは、と一瞬警戒したのだが、すっぽりと包まれた巣から羽音はおろか、布から這い出そうと動く影すら見当たらない。


 どういう理屈なのかジオに尋ねたところ、ブライトビーは光のある場所でしか活動できず、光が無いと動けなくなってしまうという性質を持つのだそうだ。

 確かに、思えばブライトビーは晴れた日中の明るい時間しか見かける事が無かったように思う。夜になると活動しなくなる魔物はそれなりにいるので、特別気にしていなかった。


 そんな性質を持つらしいブライトビーは、暗い巣の中でも活動が出来るよう、巣の中に蜜の貯蔵庫を複数作り、光を発する蜜を蓄える。

 その蜜こそが、今から採取しようとしている「陽光蜜」という訳だ。



 常闇布を剥がすとブライトビーが動き出してしまう為、蜜を取る時はざっくりと巣の位置にあたりをつけてから布の下に潜り込み、手探りで蜜の入った箇所を探して巣ごともぎ取るという方法を取るらしい。

 何も見えない中での採取は大変ではないか、と聞くと、慣れれば出来るようになるが、まあ、ちょっとだけ怖い、との回答をジオから貰った。

 少しだけ、やはり丸ごと冷やし固めた方が早いのではないか、と思ってしまったのは内緒である。


 屋台の収納から大きな瓶を二つ取り出したジオは「じゃあ、ちょっと待っててくれな」と言い残し、大瓶を小脇に抱えていそいそと常闇布の下に潜り込んでいった。




 ──布の下でジオがもぞもぞと動き回るという珍妙な光景を眺める事、暫く。

 やがてジオは二つの大瓶を蜜がたっぷりと詰まったブライトビーの巣でいっぱいにして、常闇布からずるずると這い出て来た。

 何度か眩しそうに瞬きをした後、ぱっぱと膝に付いた落ち葉や土を払い、ジオは大瓶を抱えて満足げに笑った。


「へへへ、採れた採れた! な、周りが明るいと分かりにくいけど、光ってるだろ!」


 ほら、と手渡された大瓶を少し掲げて見てみると、鮮やかに透き通る橙色の蜜が巣の断面からこぼれて大瓶の底に溜まっている。

 そして、それは確かに発光し、ほわりと温かい光を放っているのが見て取れた。まさに陽光を溶かし込んだような光は、仄かに暖かいようにも感じた。


 ジオはもう用は無いと言わんばかりに常闇布を手早く片付けて屋台に括り付け、陽光蜜の入った二つの大瓶は、一旦屋台の荷物袋に仕舞い込んだ。

 もうじき昼時となるので、その時に合わせて出してくれるとの事だ。蜜の味見はもう少しの間お預けである。


 今のところブライトビーが巣から出て来る気配は無いが、ここでぼんやりしている理由も無い。私たちはそそくさとその場を離れ、先を急ぐことにした。




 再び木々が立ち並ぶ道を歩き出し、何人かの冒険者達とすれ違いながらそれなりに進んで来た所で、ジオは歩くペースを落として右側の横道に目を凝らし始めた。

 この辺りで『森林の小道』から北側に抜ける道を選び、依頼主が住む森の中へと分け入っていくのだろう。

 程なくして、屋台がギリギリ通れる幅の横道を発見し、私たちはその先へと歩みを進めた。


 横道の先は、小さな泉の周りに白い花を付けた薬草がぽつぽつと生える、自然の休憩所のような場所になっていた。

 小ぢんまりとしたスペースではあるが、屋台を端に寄せてしまえば人が二人休憩するのに十分な空間だ。


 少し昼には早い時間なのだが、私たちがブリクストを発った時間も早かったのだ。ここまで歩き詰めだった為、お互いに空腹である。

 異論も無く、ここで昼食を取る事になった。



「陽光蜜があるからな、久々に白麦粉のパンケーキでも焼きたいとこなんだけど……卵もミルクも無いから、また今度だ。今日のとこは別ので我慢してくれよな」


 言いながら、ジオは蟹のような歩き方で、端に寄せられた屋台の裏側に回って窮屈そうに屈み、ぼう、という音を立ててかまどに火を点けた。

 狭そうだな、と思って見ていると、ジオは案の定「んん、狭いぜ!」と声を上げ、調理台が手前に来るように屋台の向きをどうにか変え、照れ笑いをしていた。……ジオにはうっかりやさんな所があるのだろう。


 私の方はと言えば、ここまで剣も使っていなければ手荷物も触っていないので、特段やることが無い。

 まあ、折角なので、食事台があった方が食べやすいだろうと、近くの適当な倒木を転がして椅子代わりにし、机代わりにする用の倒木は上面を氷刃で平らに割って、椅子の近くに設置した。


 「おお!? 机と椅子だ!」と喜ぶジオに、調理の様子を見ていていいか、と聞くと了承された為、椅子代わりの倒木に腰掛けてジオの調理を見守る事にした。



 ジオがまず手を付けたのは、かまどだ。

 かまどの横に備え付けてあったのだろう、脚の付いた鉄板と金網を取り出し、かまどの上で手早く組み立て始めた。

 金網をかまどの火の上に置き、さらに少し空間を空けて、鉄板を金網の上に被せるように設置。

 火箸で魔燃炭の火力を調節し、熾火となった魔燃炭を鉄板の上に並べれば、簡易的なオーブン窯の完成である。


 火加減が良い具合になったのを見て満足そうに頷き、ジオは食材を取り出して調理台に並べ始める。

 先程採取した陽光蜜の大瓶、何かの塊が入った布袋、細かい灰褐色の粒が入った小瓶が調理台の端に並び、ジオが次に取り掛かったのは、すっかり定番となったジオ作の黒パンである。

 大きめの物を二つ取り出し、例のごとく手頃な厚みにスライスしていく。


 さっと切り分けが終わった所で、ジオが布袋から取り出したのは、大きなチーズの塊だ。

 『混迷の洞窟』でトマト粥に振りかけて食べた白いものとは違って、それは橙色にも近い、濃い黄色をしたチーズだった。

 ジオはそのチーズも程よい大きさに上手くスライスし、黒パンに一切れ一切れ乗せていく。それらを即席のオーブンに入る分だけ並べ、焼き始めた。


「さてと。マーシャ、チーズが溶けるの待つ間に……これさ。巣蜜、先にちょっとだけ食べてみるかい?」


 にんまりと笑い、ジオが指し示したのは陽光蜜の大瓶だ。

 魅力的な提案に頷くと、ジオは食べ方を見せると言い、大瓶の蓋を開けてナイフで巣の一部を小さく切り取った。

 四角く切り取った巣をナイフで突き刺して持ち上げると、そのまま蜜がこぼれないうちに、ばくりと一口で頬張る。ふむ、なかなか野性的な食べ方である。


 なんとも幸せそうに蕩けた表情で巣蜜を頬張るジオに大瓶を手渡されたので、今見たままの手順で、私も巣蜜を頂く。

 巣にナイフを入れてみると、思ったよりも固い、巣壁が割れる手ごたえが伝わってきた。切り出した巣蜜のブロックに、さく、とナイフを突き刺して、丸ごと口に運び、咀嚼する。


 ざくざく、ざくり、と、まるで焼き上げたパイのような小気味いい食感と共に溢れ出した、粘度の高い蜂蜜が、ぽってりと舌に絡み付く。


 もはや味わうまでも無い、分かりやすく濃厚な甘さ。しかし、鼻から抜けていく芳醇な蜜の香りはふうわりと柔らかい。

 噛み砕いた巣は不思議なくらい口溶けが良く、引っ掛かるような雑味も異物感も無い。しばらく口の中で転がせば、素直に蜜と一緒になって胃の中へ落ちて行った。


「……美味しい。甘味が凄く濃いのに、柔らかいね。あと、嗅いだことのある花の香りも混じってる気がする」


 飲み込んでしまえば、蜜の粘りも嘘のように消え、口の中には甘やかな花の香りだけが薄っすらと残る。

 これだけ濃厚な蜜だというのに、喉を過ぎても蜂蜜特有の喉が渇くような感じが一切なく、なんともすっきりとした後味だ。

 「陽光蜜」のその名の通り、陽の光に照らされたような清々しさすら感じる、どこか元気の湧いてくる味わいであった。


「この辺にある植物から蜜も巣材も集めてるだろうからな、薬草の花の成分も入ってそうだぜ。元気も出るし、良い蜂蜜だなあ、これ」


 ジオによると、本来は巣を圧搾して蜜だけを抽出し、丁寧に目の細かい布で濾した後、瓶詰にするらしい。

 しかし、この分だとそれももったいなく感じる。巣ごと食べてしまう方が栄養もあり、疲れも良く取れそうである。


 再び陽光蜜の大瓶をジオに返したところで、即席のオーブンがじゅう、と小さく鳴き、香ばしい香りが漂ってきた。

 見れば、じりじりと厚切り黒パンの両面が熱され、チーズが柔くとろけて表面に気泡を浮かせている。


「おお、もうちょっと焦げ目が付くまで焼いたら良い感じだな。んやあ、巣蜜食べたらなんか余計に腹減ってきたなぁ~!」

「うん、私も。……いい匂い。チーズの焼ける匂い、好きだな」

「へへへ、オイラもだ。端っこのカリカリになったとこが美味いんだよなあ……」


 そんな会話をしていると、ぐぅ、と二人の腹の虫が同時に鳴いた。思わずジオと顔を見合わせ、笑う。


 巣蜜に食欲を刺激されて空腹感が増していく中、ふつふつと沸くチーズを見つめながら、私たちはパンの焼き上がりを待つのであった。

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