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16. 別れと早すぎる再会

 スライム剤を片手にジオと並んで食器類の洗浄をしていたのだが、お互いの話がキリ良く落ち着いた所で、屋台営業の後処理も丁度片付いた。


 適当に放置されていた迷彩海老の殻も流水で洗い流し、保存袋に詰め込み直してジオに預ける。ついでなので、残りの迷彩海老には重ねて冷凍魔法を掛けておいた。


「えっと、もう片付けるものは無い?」

「おう、大丈夫だ。あんがとな! いやあ、繫盛すると片付けも大変なんだけどさ、二人でやると早くて良いな!」


 ジオは全ての荷物を屋台に仕舞い込み、よっこいせ、という掛け声と共に屋台のハンドルを持ち上げる。

 この後は一旦ギルドの貸し倉庫に屋台を預け、併設された宿で一晩休む算段らしい。


「それで、ジオは明日の朝に出発するんだっけ?」

「おう、そうだぞ。……あの、さ、マーシャ。えっとさ……」

「……なぁに?」



 ジオは俯きがちに視線をふらふらと彷徨わせ、言葉を探すようにしながら、落ち着き無く屋台のハンドルを握る手を開いたり閉じたりしている。

 屋台の魔導ランプに照らされるジオの帽子を見つめ、後に続く言葉を待つ。


 やがて、意を決したように顔を上げたジオの、澄んだ琥珀色と、視線がかち合う。ランプの硬質な光に照らされて煌く瞳が、僅かにゆるりと細められた。


「……護衛とかさ、色々、世話んなって、ありがとうな。変かもしれないけどさ、一緒に冒険したの、すごく楽しかったぞ」


 どこか、寂しさを含んだ声色。そして、きっとそれを隠そうとして、隠せていない表情。

 私とて別れは惜しいが、お互いに歩むべき旅路があるのだ。仲間の旅立ちは笑顔で見送ってやるのが冒険者としての矜持である。


「私も楽しかったよ、すごく。楽しかったし、ジオのおかげで快適だったし、良い経験が出来た。こちらこそ、ありがとう」


 『混迷の洞窟』でジオと出会って護衛の提案を受け入れてくれた時、ジオがしたのと同じように、一歩近付いて片手を差し出す。

 ジオは一瞬目を丸くした後、へへ、と軽く笑って私の手を捕まえ、がしりと握手した。


 ずっと屋台の後片付けをしていたせいか、手袋越しにもジオの手は少しひんやりとしているように感じる。

 だがそれも、この瞬間には丁度良く、なんだかしっくりくるように思った。



「……ね、ジオ。これから先、もし何か困った事があったら私を呼んでよ。マーシャ・グラニータ宛にギルドで取り次いでくれれば、大陸の何処へでも駆けつけるからさ」


 ジオは既に恩を返された気になっていたが、私の中では命を救ってもらった恩義には到底足りていない。

 そう思って言ってみたのだが……ジオは「ありがとなあ」と笑うだけで、肯定も否定もしなかった。


「……じゃあ、そろそろ行くぜ。元気でな、マーシャ!」

「うん。ジオも、達者で」


 手を振り合って背を向け、私は仮拠点にさせてもらっていた、大通りにある宿の方へと足を向ける。

 数歩歩き、少しだけ立ち止まって後ろを振り返ってみると、ジオは何となく重く見える足取りで屋台を引き、そのままギルド横の貸し倉庫へと消えて行くのが見えた。

 ……通りには明かりの灯る家屋も少なく、通行人は私以外に誰もいない。ひやりとした夜の空気を小さく吸い込み、足元を照らせるだけの灯光を生み出して、宿へと足を動かした。



 宿に到着すると、帰りが大分遅くなった事について、女将さんにお小言を頂いた。

 前払いで不足してしまっていた分の宿泊代を謝罪と共に支払い、桶と手拭いを借りて自分の部屋に戻り、体を清めた。


 街では、寝る前に軽く魔力操作の訓練をしつつ瞑想するのが日課なのだが、長く続いた探索による重たい疲労感と、拭えない感傷がそれを邪魔をしている。

 こんな状態では訓練にも身が入らない。コンディションが悪い時は無理をしない方が良いのだ。

 さっさと訓練は諦めて、大人しく寝台に潜り込む。横になると途端に覆い被さるような眠気がやって来て、何かを考える暇もないうち、いつの間にか眠りに落ちていた。




 そして、翌朝。窓から差し込む朝日に起こされて、大きく伸びをする。


 窓の外を見やると、薄く掠れた雲が朝焼けに染められ、淡く黄色がかった朝空を緩やかに流れていく。……気持ちの良い朝であった。


 久しぶりに柔らかい寝台でぐっすりと眠れたので、あれだけ無茶の多かった探索の疲労も、きれいさっぱりと抜けきっている。うん、すこぶる好調だ。

 軽く柔軟をしてから身支度を整えて宿の朝食を頂き(薄焼きのベーコンと菜物を素朴な雑穀パンで挟んだ物だ)、昨日売却しそびれた魔物素材を持って冒険者ギルドへと向かった。




「え~~~っ!! ひとつも無いのかぁ!?」


 ギルドに到着し、一先ずは掲示板を確認しようと思いつつ扉をくぐるや否や、ここ数日ですっかり聞き覚えた声が耳に飛び込んで来た。


「はい。通行止めでランセフからの荷が届かず……先日、カナッサに向かう商人に全て買い上げられてから、在庫切れなんです」

「そんなあ。じゃあ、その、ランセフからの荷物はいつ届くんだ?」

「そうですね……うーん、商隊は一旦あちらに引き返してしまっている為、次回入荷日は未定となってますね。魔物除けはウチじゃ作れませんので……早くても、三日後くらいになるかと」

「そ、そんなあ! うええ~、まいったなあ……」

「すみませんが、こればっかりはどうにも……。代わりと言ってはなんですが、護衛の依頼であれば、受付出来ますよ。あちらの窓口からどうぞ」


 やり取りを見守っていた所、入口付近の受付を示した購買部の職員につられてこちらを向いたジオと、ばち、と目が合った。

 ──数秒の、沈黙。



「……おお。マーシャ、おはよう」

「うん、おはよう。……えっと……困ってる、みたいだね?」

「おお……ちょっとな……」

「やろうか。護衛」

「……おお……いやあ、その、マーシャさえ、良いなら……」



 昨夜、あれだけ感傷的に別れた、数時間後である。

 お互いにどういった顔をしたものか分からず、中途半端な距離感のまま、むにゅむにゅと口を動かした。

 ギルド職員達の不思議そうな視線にも晒されて、なんとも居心地が悪い。


 ……気まずい朝であった。




***




 ──ともあれ。

 こうなったからには、いつまでもむにゅむにゅと気まずい顔をしている意味も無い。さっさと割り切って、引き続き護衛という名目でジオに同行する事を決めた。


 少々押しつけがましいか、とも思ったのだが、ジオもさっさと割り切った様子で私の同行を歓迎してくれた。

 迷宮での護衛を通して、私の腕前を信頼してくれているようだ。まあ、安物の魔物除けよりかは良い仕事ができる自負はある。



 さて、そうと決まれば、やり残していることをさっさと片付けてしまおう。

 ジオも旅立ちに当たり、準備と買い出しがあるそうなので、その間に私の方でも諸々の準備を整える事にする。


 まずは依頼の掲示板にさっと目を通し、魔物素材の納品依頼の紙を剥がし取ってカウンターへと向かう。

 昨日の段階ではオーク関連の依頼がいくつか残っていたのだが、おそらく、昨夜中に副ギルド長が活躍したのだろう。それらは今朝までに全て片付けられたらしく、一枚も残っていなかった。

 とは言っても、ランセフからの荷が今すぐ届く訳ではない。ギルド内の大半の物資が不足している今、ロックリザードの甲殻を含む魔物素材たちは、平時よりも高値で買い取って貰えた。


 昨日の報酬と合わせてより重くなった財布を握りしめ、ギルドの購買部を覗く。品薄の中、それなりに在庫のある道具だけを見繕い、最低限必要な消耗品を買い足した。

 残念ながら、火の魔石は上質な物が残っていなかったので補充は叶わなかった。まあ、保険として持つ程度の物であるし、これは無くとも仕事に支障は出ないだろう。



 そして……忘れてはならないのが、新たな冒険者証の受け取りである。


 長い間、私の胸元で青く輝いていた蒼輝銀製の冒険者証を取り外し、カウンターで木札と共に提出する。

 受付のギルド職員によって簡単に書類確認が行われた後、何色とも言えない複雑な色味を持つ、Bランクの冒険者証が私の元に差し出された。

 そっと受け取り、同じ位置に着けなおす。


 星魔鉄で作られた、少しだけ装飾の増えた冒険者証は、その重みも僅かに増して、私の胸元できらりと輝きを放った。

 見慣れないその輝きに、昇格したのだ、という実感が、ようやく沸き上がって来る。


 ……もちろん、これは通過点だ。私には目標がある。

 それを達成するまで、いや、達成したとしても、自分の実力に満足する事は無いかもしれない。

 だが、改めて。こうしてまた一つ、自分の中に力を積み上げられたという事実が、私には大変嬉しく、誇らしいのだ。





 全ての所用を済ませ、顔見知りの職員達には旅立ちを告げてギルドを後にし、そのまま仮拠点の宿に戻った。

 ここ、ブリクストはいくつかの街道を繋ぐ街だ。大陸をあちこち渡り歩いていれば再び訪れる事もそのうちにあるだろう。

 宿の女将さんへの別れの挨拶もそこそこに済ませ、そう数の多くない私物をまとめた背嚢を背負い、ジオと落ち合う予定の西門へと向かった。



 足早に西門の前まで来てみると、門番の他には誰もいない。ジオはまだのようだ。

 眠そうな顔をした門番と軽く世間話をし、ブリクストのギルド長の好物は銀鱗魚の塩焼きらしいよ、と教えてもらったあたりで、ジオがごろごろと屋台を引いてやって来た。


「マーシャ、お待たせ!準備できたか?」

「うん、なんとかね。ジオの方は?」

「いやあ、ちょっとばかし欲しい食材があったんだけど、やっぱり品切れだったぜ。ま、仕方ないな」


 道すがらで一緒に食べる料理の隠し味に使いたかったんだけどな~、と、ジオは少し残念そうに笑った。

 当然のように私の分の食事も融通してくれる様子の口ぶりに、どうにも嬉しくなってしまう自分がいる。隠し味とやらは手に入らなかったそうだが、今日の昼食への期待はすっかり高まってしまった。


「それじゃあ、行こうか。引き続いて護衛が出来て光栄だよ」

「へへへ。実はさ、オイラもマーシャが付いて来てくれて嬉しいんだ。また、しばらくよろしくな!」


 こつり、と軽く拳を合わせて笑い合い、いざ出発である。

 青空の下を吹き抜ける一陣の風に背中を押されて、門番にも見送られつつ、ブリクストの街を後にした。



 そうして、ジオの納品依頼を達成する為、私達は青々とした木々が立ち並ぶ、『森林の小道』へと足を踏み入れて行くのであった。


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