第39話(後始末)
「なに〜? 上条彩雪音なる女性は、我が一族に存在しないだと〜」
国防軍も首都警察も、テロリスト達が唯一持っていた重要証拠品を解析した結果掴んだ、上条彩雪音なる人物を極めて重視していたが、上条財閥側からの回答は、にべもないモノであった。
そして確かに、上条一族の中に、そのような名前の人物は存在せず、本名須々木彩雪音が該当人物であること迄は判明したが、事件を期に一族から追放され、極貧生活をしていることが分かり、今更事情聴取しても、大して意味を為さなくなっていた。
一番大事なのは、須々木彩雪音が上条彩雪音を名乗っていた時代に使っていた携帯端末なのだ。
それが追放時、上条財閥側に没収された以上、証拠品が繋がらず、テロリスト達も詳細な潜入手口について、口を割らないことから、捜査は行き詰まった。
ただ、実行犯自体は監視カメラ映像や、その他の証拠から樋野嶺愛彩美だと特定されており、3人を有罪に持ち込むことへの支障は無かったので、被害者が多い割には小さく纏って事件の処理は終結となる見込みであった。
事件から2週間後。
「少将」
「なんでしょうか、本部長」
「上条財閥から、何とか色良い回答は得られないものか?」
「何度呼び出しを受けて質問されましても、小官如きでは」
「いや、そうでは無い。 璃月財閥の力で、上条彩雪音が最後に使っていた携帯端末をだな~」
しつこく問われ、思わず苦笑する潮音。
「生体IDの関係で、不手際があったとなれば世界の恥となり、上条の沽券に関わる事態です。 ですから、最重要証拠となる品を他者に渡す筈がありません。 結局、状況証拠だけで上条......須々木彩雪音を逮捕・起訴しても、テロ組織と共謀事実が無いのですから、裁判で勝ち目はありません。 本部長、諦めて下さい」
潮音の説得にも、諦め切れない大将。
重装備の対テロ部隊を配置していたのに、大して人員も居ない国内テロ組織如きに盲点を突かれ、多くの犠牲者が出たことで、警察だけでなく国防軍にも批判が殺到。
何とか少しでも名誉挽回をしたいのだ。
生体IDを悪用された責任は上条財閥に有るのだから、批判をそっちに押し付けたいというのが本音の蠣崎大将。
だが発生間もないあの時。
どうやっても、彩雪音が使っていた携帯端末は手に入らず、上条側に回収されたであろう。
そう判断した潮音。
だから即日動いて、裏処理で終結させたのだが、結果的には上条家に大きな貸しを作ることに繋がっていた。
「本部長も間もなく勇退、一つ歳上の小官は定年退職。 花道を飾るには、いささかテロ事件が余計でしたが、完成間近だった敵の石我輝大要塞を徹底破壊したという近年稀に見る功績があるので、良いではないですか」
潮音のこの言葉は常套文句。
これを言われると、目の前にその作戦を立案し、実行した人物が居るのだからぐうの音も出ない。
しかも、今回のテロ事件で最悪の場合、死者数百人、閣僚や軍幹部、財界首脳等が誅殺される事態も考えられたが、それも潮音等が防いでくれたので、これ以上愚痴っても仕方がない。
「わかった。 トップである以上、批判は甘んじて受けろと言うのだな?」
「イエス」
あっさり肯定されて、ガクッとなる本部長。
「用件は済んだようですので、それでは」
大将の面前から下がり、潮音としてはこの事件についての最終報告を終えたのであった。
少し時間を遡り......
テロ発生日から土日を挟んだ、翌週の朝。
潮音が、逃亡しようとしたテロリスト3人を迎えに現れた2名を車ごと焼殺したことに関し、超法規的措置をとるために、かなり時間を要してしまい、潮音、石音、幼楓3人の附属高への帰校は月曜早朝となってしまった。
また鏡水は、パーティー会場に居た人々の命を救ったことでの当局による事情聴取が終わらず、流月は怪我の治療で念のため数日の入院を余儀なくされており、まだ帰校していない。
幼楓と石音が帰校した時、始業時間まで三十分程。
そこで、自分達の部屋には戻らず、直接教場に入った。
すると、尚武真紗人が教場で自習をしている。
勉強熱心というよりは、幼楓達の帰りを待っていたという方が正解であろう。
「おはよう、尚武君」
「おはよう、真紗人」
石音と幼楓の挨拶に、視線を上げた真紗人。
「おはよう、そして3日間お疲れ様」
これは、ある程度事情を知っているというサインだ。
「少し話をしたいと思って、ここで待っていたんだ」
『やっぱり』という感じのその言葉に、顔を見合わせる石音と幼楓。
「じゃあ、上に行こうよ」
彼等の2階建て専用特別教場は、直接屋上に出れる非常階段が教場内に設置されていて、屋上スペースは周囲の山々の景色を眺められる落ち着ける場所だ。
幼楓の提案に頷く2人。
場所を移して、ゆっくり話をしようということであった。
「そうだったんだ」
真紗人から、土曜日の突然の彩雪音中退が決まった時の生徒達の冷たい反応と、余りにも寂し過ぎる去り際の状況を聞き、考え込む幼楓。
潮音が金曜日の夜遅くに上条財閥の当主と話し合いを持ったことで、月曜日には居なくなっているだろうとは考えていたものの、一晩経たず附属高から追放されていたとは、予想より早い動きであった。
それだけ上条家としては、多くの犠牲者が出たテロ事件を重要視し、間接的に彩雪音が関わってしまったことが当主だけでは無く、一族全体の逆鱗に触れたということになる。
「尚武君は、彩雪音の様子を何処から見てたの?」
石音の質問に、指を差した方向には理事長室があった。
「上条家専用建屋に一番近いけど、よく入れたね〜」
「退校騒動が発生する前、立花理事長に呼ばれてさ、『秋月先生も神坂君達も誰も居ないから、君が代表して彩雪音の最後の姿を目に焼き付けておきなさい。 そして、みんなが帰って来たら話してあげて』って言われたんだ」
「......彼女の最後の姿か......」
正義の鉄槌を下す時、それによって弾き出される者も居る。
人は愚かで、過ちを繰り返す生き物。
皆が正しい行動を取れる訳では無い。
その愚かさを忘れるなってこと。
そんな意味合いかな?
幼楓は、理事長の意図に対する自身の考えを2人に話してみる。
すると、2人から、
「上手いこと表現するなあ〜」
と言われてしまうのであった。
「それで、現場はどうだった?」
「特にロビー内は重傷者や死者が多くて悲惨だった。 鏡水がみんなを守ったパーティー会場は別だけど」
「へ〜~、あの九堂が? 異能の伸び悩みに、随分悩んでいるように見えたが」
「やっと能力に目覚めたって感じだったね。 時限爆弾が爆発した筈なのに、会場内で壊れたモノは風圧で吹っ飛んだ扉以外、殆ど無かったから」
「それは凄い。 だって、映像で見る限りホテルのロビーや玄関はかなりの被害だったろ?」
「あれでも、石音がだいぶ修復したんだよ。 放っておくと建物が直ぐにでも倒壊しそうで」
尚武はいつもポーカーフェイスで冷静だが、早く現場に出たい、役に立ちたいという気持ちが勝ってしまい熱くなる面が唯一の欠点だ。
そこで石音が背伸びして、真紗人の肩をトントンと叩く。
焦っちゃ駄目だよという忠告の合図。
「ゴホン」
ちょっと興奮し過ぎたことに気付き、咳払いで誤魔化す。
「僕は出番無かったよ。 忍法隠れ身の術と、掃除しただけだね」
「掃除は予想つくが、隠れ身とは?」
「石音が集中出来るよう、僕の能力でみんなの前から姿を見えなくすることさ。 木の葉じゃなくて、砂塵だけど」
「なるほど。 でも、十分立派な役目だろ?」
『やはり、真紗人は現場へ出たがりだな~。 それが良い方に向かって欲しい』
幼楓は、臨場感ある話には身を乗り出すような雰囲気をみせる真紗人を見詰めながら、つくづく思う。
退役を決めた潮音の話だと、
『何れ近いうちに、幼楓と石音のサポートとして真紗人等5人が付くことになる。 軍としては石我輝大要塞破壊の成果を見て計画を早めることにし、焔村事件を契機にクラス編成を変えたのだ』
という。
それをついさっき知ったばかりの幼楓。
「真紗人達に期待しているよ。 詳しくはまだ話せないけど、僕達2人の背中を任せられるようになる日は、そう遠くないってことらしいからさ」
そんな言葉を掛け、教場に戻るのであった。
戻ると、他の4人だけではなく、潮音も教場に来ていた。
「ふぁ〜~あ」
大欠伸する潮音。
金曜日の夜から、あまりにも忙しかったので、めちゃくちゃ眠そうだ。
「今日は自習〜~」
超無気力な言い方に、笑いが起きる。
「秋月先生〜。 せっかくテロ現場に行ったのだから、何か現場体験の話をして下さいよ〜」
成末夢叶の要望に、閃いた潮音。
「そうだ。 近々、最後の実実訓練をやろうか? 条月大への進学の為の勉強ばかりで疲れているでしょ? 本当は座学以外に、もっと多くの訓練授業がカリキュラムに入っていたのだけど、色々あり過ぎて、大幅変更を余儀なくされてちゃったし」
石音と幼楓の緊急実戦投入、焔村の処分、鏡水の璃月財閥への移籍。
特別な4人についてだけでも、夏休み中に大きな出来事があり過ぎた。
その上、上条彩雪音、難分陸、都佐波和寛といった成績上位者の自習退学までもが重なり、彩雪音は別課程だが、ただでさえ定員の少ない国防軍人養成課程の附属高軍事戦略戦術科3年次の生徒数に偏りが生じ、クラス別成績を主とした条月大進学の可否や希望学科への進学等を例年と同様の基準で判断するのは不公平になるという状況。
そこで当年度に限り、高3一学期までの成績と、二学期以降の成績を分けると共に、二学期末に大学部進級試験を特別に実施し、その点数を二学期の成績として加算することで、条月大への進学判断をすることに変更となった。
なお、神坂幼楓と京頼石音は、条月大への進学の如何を問わず、石我輝大要塞破壊という大功績を立てたこと等により、来春から国防航空宇宙軍特尉の階級に任官し、正式に国防軍士官の身分になることが決まっていた。
だが、今回のテロ発生後の人命救助に多大な貢献をしたことで、急遽9月1日に遡って任官していたという事後承諾的な扱いに再変更。
これは、テロ発生を防げなかったことを少しでも糊塗するため、軍人が活躍していると喧伝したい軍上層部の意向により、幼楓と石音は既に国防軍の特尉階級の士官だというスパイスをかけたのだ。
2人が特尉に任官されたという話を突然始めた潮音。
帰校する車内で連絡を受け、正式に決まった話であったが、教場は2人を祝福する空気に包まれる。
このクラスは、国防軍士官を拝命する為のエリート養成機関なのだから。
「随分先に行かれてしまったなあ〜」
成末や江里朽は少し羨ましそうに感想を述べる。
「Bクラスの後部が最大のライバルなんて言っているうちは、神坂や京頼の横に並べる資格なんて、永遠に得られないぜ」
「その通りだ。 4年後に条月大を無事卒業した時点で、俺達はようやく少尉に任官。 条月大附属からのカリキュラムを受けている者は、順調ならばその翌年に中尉だろうが、その頃2人は特佐に昇進しているかもしれないのだから」
特尉という階級は、異能者の為に設置された階級で、通常人ではあり得ない功績を容易に成し遂げるだろう者に与えられる階級だ。
通常階級でちまちま昇進させていたら、1年間に2階級昇進とか平気で発生してしまうし、昇進の濫発で上位階級者だらけにならないよう、最初から高い階級を与える代わりに、数年間は据え置きという意味が込められている特別な尉官となる。
特尉は実質的に大尉と同階級であり、地位や権限も同等。
同様に特佐は、中佐と同等扱いと決められている。
「国防軍も随分大盤振る舞いするようになったわね。 私の時は、いくら功績をあげたって、シブチンだったのに」
潮音も今朝、この決定の連絡を受けた時は内心非常に驚いていた。
ただこの裏には、潮音が退役すれば、国防力の弱体化という喫緊の課題が生じる。
そこで今後の対大陸の大国との局地戦を見据え、代役となり得る2人に恩を売っておこうという意図が隠れているのだろう。
潮音はそう考えていたのだ。
何となく浮ついた雰囲気のまま、この日の授業は終了。
隣に座っているクラスメイトが、いきなり高級士官になったのだ。
落ち着いてなんては居られない。
でも、そうした存在が、直ぐ手に届く場所に自分達も居る。
それを実感し、より勉学や鍛錬に励む、旧傭兵Aクラスの5人であった。




