第17話(それぞれの距離感)
潮音が決めた農業研修で、色々な話をする附属高の7人。
大人達の会話から、自分達の人生の今後の道標になるようなことも聞くことが出来たと感じた鏡水。
潮音が目的としていた「能力を伸ばす」というものには、心の成長も含んでいたのであった。
高槁農場での研修2日目。
朝5時に起こされた7人は、早速収穫の手伝いをさせられていた。
「これが研修なの?」
「女の子にとって、紫外線は肌の敵なのに......」
地球温暖化が進んだ北の大地では、早朝から厳しい日差しが降り注ぐ中、ブツブツ文句を言いながらも、仕方なく指示された通りの作業を続ける鏡水、莉衣菜、夏織の3人。
一方、男4人の方は、意外にも楽しそうに作業をしていた。
「新しい農機って、殆ど自動なんだね~」
「人口減少と少子高齢化で、一気に技術的進歩が有ったからだよ」
「農作業って初めてだから、見るもの全てが新鮮だよね~」
作物の種類に応じて、ピンポイントで機械が自動的に畑から収穫する様子は、メカニズム的に見ていて面白さを感じさせるようだ。
そんな初めての農業体験の感想を聞きながら莉玖は、
「昔と違って今は、この国の作付面積の大半が大企業によって運営されているからね。 サラリーマンが農作業をして、この国の農業を支えているってことなんだよ」
もちろん、個人で農業に従事している者も多く居るのだが、作付面積の9割以上は法人によるものなのだ。
「農業法人化法ですよね? 三連動型巨大地震を始め、災害が相次いだことで、農家の廃業が急速に増え、個人農家に借金をさせて自助努力での復興を求めることが困難になったことと、人口減少で農業に従事する若年層が少なくなったことを合わせて解決する為に、資金力のある大企業に対して農業法人の設立を義務化し、国家としての食糧生産能力を維持しようという政策の」
大陽の模範解答は、流石超難関高の、選ばれし生徒達である。
農業のように、殆ど触れることのない産業に関する法律のことまで知識が有るのだ。
「その通りだよ。 農業は我々が生きて行くのに必要なモノを生産する最重要の産業なのに、キツいとか休みが取れないとか収入が少ないとか、所謂『三ない』産業として、敬遠され続けたことと、2010年代から10年以上続いた、極端な通貨安誘導政策が裏目に出て、通貨が弱くなって国としての購買力が低くなり、海外で生産される食糧を買付出来なくなったことから、知恵を絞って止むに止まれず発布された法律なんだよね」
莉玖は、そうした時代を生き抜いてきた先代の養子となって、農業に従事し続けているという。
「君達が生まれる少し前の2060年代は、特に厳しい時代でね。 通貨安に歯止めが効かなくなり、元々低い食糧自給率を、海外から食糧を買い付けることで補ってきたこの国が真の危機に陥った時代だったんだ。 とにかく国に金が無くて慢性的な食糧不足。 米10キロが旧日銀券で10万円以上という状況にまで悪化しちゃって。 10万円は1か月の平均年金支給額に匹敵する金額だから、特に高齢者が食糧を購入出来なくなってね。 年金生活者を中心に餓死者も多く出る、本当に酷い時代だったよ」
莉玖は昔を思い出しながら、噛み締めるように話すのだった。
「だから、厳しい時代を忘れないように農業体験をということなのでしょうか? 秋月先生は」
星都の質問に、
「潮音はそこまで考えていないと思う。 焔村君と鏡水ちゃんの能力は、地球の自然の力が源だから、ここでの訓練が必要だと考えただけだよ」
「特別クラスと夏休み一緒に訓練をしたいと言ったことから、僕達もここに来ることが決まったんだと思うよ」
蒼浪理の言ったことが、戦々Aクラスも農業体験をすることになった真相であった。
「莉玖さんは、どうして農業を継いだのですか?」
「この農場は、高校時代で唯一の大親友だった奴の実家でね。 彼が早く亡くなってしまって、たった一人しか居ない跡継ぎが消えたことで、いつかは廃業する見込みとなってしまったんだ。 だから、養子にして下さいって頼み込んで、先代が体力的にキツくなってきた頃から、跡を継いだんだよ」
「それって、事故か何かですか?」
「いや。 彼も私も特別な能力を持つ者だったんだ」
その言葉に、みんなの会話を聞きながら、黙々と作業をしていた焔村の手が止まる。
「莉玖さん。 今、特別な能力って言いましたよね?」
「そうだよ。 焔村君や鏡水ちゃんとは、全く異なる力だけど、確かに私達は特別な能力を持っていた。 そして、彼、高槁宇空は、その能力が覚醒した最初の戦いで、敵に敗北し亡くなってしまったんだ」
その話をした時の莉玖は、悲しそうな表情を見せるのだった。
「戦いって、どういうものだったのですか?」
「戦争では無いけど、裏の戦い?みたいなものでね」
「莉玖さんは、まだその能力を持っている......」
焔村のその質問の途中で、莉玖は強い口調で否定した。
「二十代中盤の頃に、喪失したよ」
と。
「でも、潮音ちゃんは......」
「彼女の能力は全く原理が異なるからね。 寿命が尽きるまで、失くなることは無いんだ」
「では、僕や鏡水も......」
「それはわからない。 ただ私や宇空が持っていた能力は、現在では消滅した異世界でのみ使えるものだった。 それも焔村君や鏡水ちゃんの能力に比べたら児戯のようなレベルのモノだった」
莉玖の話が、今後の自分達の人生で大きな道標になるのではないかと期待した焔村。
しかし、能力自体の性格が全く異なるものだったと知り、少し落胆した表情を見せてしまう。
「今、振り返ってみても、本当に不思議な体験だったね。 夢だったんじゃないかって思う時も有るよ」
「夢、ですか?」
「でも、潮音がここに現れると、現実だったんだって実感するのさ。 彼女とは私の能力が覚醒する寸前に初めて知己になって、異世界での戦いで恋人関係に発展し、現在に至るのだからね」
最後の莉玖の言葉に、目を輝かせる焔村。
『そうか、莉玖さんと潮音ちゃんは、特別な能力が2人を引き合わせたのか〜。 だったら俺も......』
久しぶりに表情が明るくなった焔村。
他の3人も、その様子を見て頷き合うのであった。
一方、女子3人のところには、リオがやって来ていた。
「収穫の仕分け作業、順調かな?」
「大丈夫。 俺が付いているから」
リオの声に、大型の自動仕分け農機の上に乗って作業をしていた櫂少佐が顔を覗かせる。
「そんなところに居たのか〜。 道理で見当たらないと思ったら」
会話をしているリオの姿を見て、鏡水は思わず手を止めてしまう。
『リオさんは、なんで私の名前を知っていたのだろう。 初対面の筈なのに......』
昨日、空港でいきなり声を掛けられた時の言葉が、ずっと気になっていたのだ。
莉衣菜と夏織もリオの農作業姿を見て、キャッキャ言っている。
「ヤバい......」
「附属高だけでなく、条月大の大学生の誰よりも尊くて、カッコイイよね~」
そんな会話をしていた。
少佐は引き続き親友と会話を続ける。
「普段リオは、農場に出ていないんだろ?」
「僕は別の仕事が忙しいから......」
「そうだろうなって思ったよ。 全然日焼けしていないものな」
「やっぱり一目瞭然か〜」
そう答えると笑顔を見せる。
その表情を見て、再び黄色い声が......
「超、ヤバイ〜」
「俺も偶にはキャアキャア言われたいなあ~」
少佐が、リオに対する莉衣菜と夏織の反応を見ながら、少し羨ましそうに呟く。
「昔は結構言われたよね? 詩太も」
「そうだっけ? 今は、若手士官として、お洒落な髪型には出来ないからな~」
そう答えながら、帽子を脱いで七三分けの頭をリオに見せる。
「その髪型も、まあまあだと思うけど?」
「おじさんっぽいって若い子達にはいつも言われているのさ」
「条月大・附属小中高に出向中ゆえに、若過ぎる子達しか居ないのは仕方ない」
「まあ、俺は別にずっと独身でも構わないと思っているよ。 軍人の世界も、少子高齢化で女性の割合が高くなっているが、あぶれる男の方が多いからね」
少佐はそう答えると、キャップ型の帽子を被り直して、作業を続ける。
「七三分け以外だと?」
「スポーツ刈りか坊主頭にしろって、親父から言われるので、やっぱり七三」
「詩太の親父さんは、そろそろ退役だったよね?」
「来春」
「じゃあ、今後の櫂家の軍人としての家系の存続は、詩太の双肩に掛かっているんだね」
その言葉に、
『チッチッチッ』
と言いながら、
「さっきも言っただろ?リオ。 櫂家としては、もうそういうの気にしていないから、一生独身でも構わないのさ。 ところでリオの方こそ、どうするんだ。 いい加減相手を見つけないと、流月を養女にしろとか、また余計な圧力を掛けられる可能性が有るんじゃないのか?」
『流月』というワードに3人の女子の手が完全に止まる。
先日、自分達の学内決済カードを力技で止めた、印象の悪い相手だからだ。
「リオさん、流月って?」
思わず会話に割り込んで質問してしまう鏡水。
「鏡水ちゃん達の同級生の、附属高3年の女子高生だよ」
リオは誤魔化すことなく、正直に話す。
「養女にするのですか?」
「養女って言うのは、三条璃月家が画策している謀略の一つ。 でも、それは絶対に無い」
そう答えながらリオは、
『また余計なことを口走りやがって』
と少佐を少し睨み付けつつも、これも正直に答えるのだった。
「養女にするのが、謀略?」
「それは僕が璃月家の血を引いているからさ。 逆に三条璃月家は全く血筋を引いていない。 だから立場が弱いんだけど、現在の璃月財閥の大御所様のお父上の、後妻が生んだ男子、即ち大御所様からみたら異母弟より始まる家系なので、分家の一族として扱われているんだ」
「ってことは、潮音ちゃん? それとも莉玖さん?」
その鏡水の質問は、両親どちらが璃月財閥の一族なの?という意味であった。
「それは母の方だよ。 韻が同じ『アキヅキ』ってことからわかるでしょ? 鏡水」
リオがワザと呼び捨てにしたので、少し顔を赤らめてしまう。
ここで少し考えてから、
「もしかして、流月がこの間、学校であんなことした理由って、璃月一族内のごちゃごちゃした勢力争いが原因?」
その質問には、あえて答えなかったリオ。
「詩太。 今度、俺見合いしなきゃいけないんだった。 この間、母が見合い話持って来て、無碍にも出来ず、断れなくて......」
あまり乗り気ではなく、なんとなく忘れていたリオ。
ただ、そういう話題になったので、思い出したのであった。
「また何処ぞやのご令嬢かな? 少将閣下が持ち込んだ話なのだから」
少佐の冗談めかした確認に、
「少佐なら知っているって言ってたよ。 上条家の分家の女の子で成績超優秀。 名前は......なんて言ったかなあ......その子が小さい頃には、何度か会ったこともあるのだけど......」
「リオ。 それってまさか」
「彩雪音?」
リオ以外の4人が、ある人物の名前を唱和して答えるのであった。
「そうだそうだ。 さゆねちゃん」
「マジ?」
「彩雪音様が、リオさんと」
夏織と莉衣菜が口々に驚いた表情を見せる。
「おい、いくら何でも、15歳も歳下の子と見合いだとは犯罪っぽいだろう......」
少佐ですら、こんな反応であった。
「先方は承諾済みだって、言ってたなあ」
その説明を聞くと、
「彩雪音様が、ここで働くようになるのかしら」
「きっと農作業着姿も、お似合いになるのでしょうね」
莉衣菜と夏織は、妄想の世界に入ってしまう。
目の前に広がる風景に、その世界を思い浮かべていたのだった。
「みんな、まだ決まった訳じゃないから。 向こうにも僕を拒絶する権利が有るのだし、そんな妄想までしていないよ」
リオはみんなの反応を見ながら、おかしそうに笑いつつ、真面目に答える。
「それと、もう一人紹介されたんだ。 こちらはまだ相手方の承諾を得て居ないので、保留になっているって言ってたね〜」
リオはそう言いながら、自分の方をチラッと見たような感覚が、鏡水にはあったのだ。
「その方も、富豪の娘さんかな?」
少佐は、少し羨ましそうにリオの方を見ながら確認する。
「さあ〜。 そちらは承諾を得ていないからって、詳しい素性は教えて貰えなかったよ」
その2人の会話を聞きながら、
「少佐って、いやらしいね〜」
「男って、結局若い女の子をお嫁さんにしたがるんだよね」
「だから、年齢を経ると浮気するんだね~。 年増のオバサンを捨てて、新しい若い娘と」
莉衣菜と夏織は、近所のオバサン同士の会話のような感じで、少佐の方を軽蔑の眼差しで見ながら、話を続ける。
「いや、ちょっと待てよ2人共。 15歳も年下の女の子と見合いするのは、俺じゃなくてリオだよ」
「リオ様はイイのよ。 見た目も麗しく、貴公子なのだから」
その答えに納得のいかない様子の櫂少佐。
しかし、自分より相当年下の2人に抗議し続けるのも大人げないので、諦めた様子で農作業を続けるのであった。
その後、休憩時間となると、リオは別の仕事に行ってしまい、戦々Aクラスの5人については、休憩後、昼食時間まで自主勉強タイムとなったのであった。
「莉衣菜、夏織。 この合宿中に少し協力して欲しいことが有るんだけど」
蒼浪理が話を切り出すと、説明を始める。
要は、焔村が鏡水に恋愛感情を抱いているので、アシストしたいということであった。
「蒼浪、良い提案だとは思うけど......」
莉衣菜が奥歯にモノが挟まったような返事をしたので、
「そう簡単には、いかなそうかい?」
その言葉に頷く夏織。
昨晩、女子3人は、少し恋バナをしたらしいのだ。
「私、九堂さんに質問してみたんだ。 『誰か好きな人居る?』って」
「そうしたら、『気になる人は居る』らしいみたいな言い方だったんだよね、夏織」
「そこで、突っ込んだ質問してみたの。 『その人って附属高の男子なの』って」
「すると笑いながら『2人が言っているのは、特定の男でしょ? でも全然違うわ』って、明確に断言したのよ」
「あの言い方は、焔村君を完全否定していたね」
2人の説明を聞いて、溜息をつく男3人。
「アシストするって約束したけど......」
「山はエベレスト以上に高いか〜」
蒼浪理と大陽は、残念そうに呟く。
「それでも、機会だけは作ってあげようよ」
星都は改めて、提案する。
「焔村君は、国防軍から4人に対して出動命令が出て以降、元気が無い。 それに焦りみたいなものを感じているんだろうね。 全てに対して」
星都も附属中までは有名な優等生だったのに、附属高に進学後、成績が急速に悪化して落ちぶれ、非常な焦りと気持ちが空回りする辛い経験をしたことから、今、似たような境遇に陥っていそうな焔村のことが気になっていたのだ。
「この合宿中に、微妙な空気感が漂っている、焔村君と九堂さんの関係だけでも、一旦ケリをつけさせた方が今後の2人の為になると思う。 神坂君と京頼さんが国防軍の作戦に従事したことで、一歩も二歩も先に行ってしまったような感じを、きっとあの2人は抱いているだろうからさ」
その提案に、残りの4人も賛成する。
せっかく夏休みに知り合い、親しくなった同級生、しかも特別な能力を持つ2人の短い夏休みが、空虚な時間にならないよう、願わずにはいられなかったのだ。
一方、休憩後、引き続き収穫作業に従事する焔村と鏡水。
莉玖と櫂少佐の手伝いをしていたのだが、全く会話をする機会はなかった。
それは、焔村が莉玖の手伝いを、鏡水は少佐の手伝いをしていたからというのもあるが、焔村から見ると、鏡水が自分のことを避けているような感じが、やっぱりあったのだ。
『少し避けられているなあ......』
そう考えると、鬱々として暗い気持ちになる。
感情が表情に出やすい焔村なので、何だかしかめっ面に。
それに気付いた鏡水は、
『村のヤツ、めちゃくちゃ機嫌悪そうだな~。 暫く避けようっと』
と考えるので、余計に避けられている感覚が焔村には感じられたのだ。
黙々と作業を続ける4人。
自動収穫機と行動を共にする莉玖と焔村。
自動選別機と一緒に畑を歩き続ける少佐と鏡水。
すると、鏡水が少佐に話し掛ける。
「少佐は、本当に一生独身で構わないと思っているのですか?」
その質問に、
「別に、決めている訳では無いよ。 ただ、三代続けて高級軍人が出た家系を維持する為とか、跡継ぎを作って四代目も軍人に、とかいう目的で結婚する気は無いってこと」
自走式自動農業機械の行く先を微調整しながら、真面目に答える。
「リオさんは?」
「彼も俺と似たような考えじゃないかな? 今まで、沢山見合い話を持ち込まれていたと聞くけど、結局、今でも独身だろ? 璃月財閥の一族は人数が少ないので、跡継ぎを求められているプレッシャーは、俺なんかとは比較にならない筈だけど、リオは芯を曲げない男だからね」
「その信念って?」
「自分のことより、相手の幸せを考えているんだよ。 相手方の親のプレッシャーとか、跡継ぎを沢山とか、そんな次元の話は横に置いておいてね」
「リオさんって超イケメンだし、大概の女性は、あんなにカッコイイ人と結婚出来たら、嬉しいと思う筈では?」
鏡水の言うことは最もである。
それに対して少佐は、
「詳しくは、リオに口止めされているから言えないけど、彼はめちゃくちゃ忙しい仕事をしているんだ。 結婚したって、結婚生活よりも仕事の方を優先。 それを理解出来る女性って少ないだろうからね。 彼の見た目や財産を重視して結婚した女性だったら、『もっと一緒に過ごしたい』って必ず思うようになる。 そして最後に、『私と仕事、どっちが大事なの?』って問い詰めて......」
「なるほど~。 それに対してリオさんは『仕事』って答えるというのね」
「そういうこと。 九堂はそういう男、耐えられる?」
「私は大丈夫だと思うよ。 身寄りが居ない、孤独な人間兵器という今の境遇も受け容れているぐらいだから」
「そっか〜。 じゃあ、九堂にはチャンスが有るかな? 軍部の人間兵器という立場から呼ぶ『潮音ちゃん』では無く、『潮音御義母様』と呼ぶ可能性の」
そう言うと、ケラケラと笑う少佐。
「巫山戯ないで下さい」
と言って、少佐の背中を思いっ切り叩く鏡水。
そんな姿を遠くから見ながら、
『羨ましい』
と思ってしまう焔村。
特別クラスが2人だけになって以降、鏡水が焔村に対してだけ、少しよそよそしい態度になったのは、告白されるのを恐れてなのであった。
鏡水は、仮死状態から目覚めて以降の3人の仲良い関係を維持したかったのだ。
幼楓が新たに目覚めて4人になり、人数のバランスも取れて、非常に良好な関係が続いていたのに、2人きりになったことで、焔村が感情を高め過ぎることが無いよう、少し冷たい対応をしていたということになる。
ただ、それが焔村の焦りを生んでいるとは、気付いていないのであった......
午後になると、出荷作業に入るが、これは完全自動化されているので、特に手伝う場面は無かった。
その為、戦々Aクラスは引き続き自主的な勉強を、焔村と鏡水は、それぞれ自主的な判断で行動するように少佐から指示されると、焔村が、
「水はどうするんだ?」
と確認してきた。
「私は少佐と一緒に行動するわ。 村は、Aクラスの人達と勉強したら?」
そのように答えてきたので、
「そうする」
と答えてしまうのだった。
焔村は、
『避けられている......』
鏡水は、
『2人きりは困る』
という、それぞれの考えからの会話であったが、ややすれ違いが大きくなってきたのは否めなかった。
ガックリ肩を落として母屋に入って行く焔村。
その姿を見送りながら、
『ちょっと、露骨に水向けちゃったな......でも、2人きりはちょっと......』
そう思い、
『ゴメンね、村』
と心の中で謝りながら、少佐と莉玖が作業をしていると聞いた、倉庫へと向かう。
「あれ。 手伝ってくれるの?」
倉庫に居た2人が、
『無理しなくても』
という感じの反応をみせたが、
「自然と触れ合うことで、私の能力に成長が見られるかもしれないのでしょ? 次の作戦の時、置いてきぼりはイヤだから、もう少し頑張りたいんだ」
その言葉を聞き、少佐も莉玖も、もう何も言わない。
雑談をしながら、出荷の検品作業を続けるロボット達の動きを監視し続ける3人。
やがて、この日の分が終えると、
「鏡水ちゃん、ご苦労さま。 頑張ったから、はい、これ」
莉玖が倉庫内に無造作に置かれていた、小さな古いネックレスを手渡す。
「これは......なんか、随分古いですね」
「気に入らなければ、この倉庫に置いたままにしておいても構わないよ」
その言葉に、倉庫内のテーブルに近付いて、引き出しへ仕舞おうか少し迷っていると、
「莉玖さん、あのネックレスは、何か謂れのあるものですか?」
と、わざとらしく少佐が質問。
それに対して、
「さあ、私にはわからないよ。 先日までここに来ていた潮音が、『鏡水が頑張っているようだったら、渡してあげて』って言われただけだから」
と答えた莉玖。
それを聞き、慌てて仕舞うのを止める鏡水。
そして、首に着けてみるのだった。
『ちょっと古すぎて、何だかダサい気もするけど......』
2人が居るので言葉には出さないが、これが本音であった。
しかし、
『潮音ちゃんが私に渡すよう言ったのなら、何か特別な力を秘めているのかも......』
そうも考えた鏡水。
その様子を見ながら、少佐が小声で、
「莉玖さん、あのネックレス、もしかしてレヴの......」
「彼女の所有物だったら、秘めた何かが有るのかもしれないねえ〜」
莉玖は笑顔を見せながら、肩を竦める。
過去、潮音から、多くの聖蹟遺物の不思議な力を見せられてきた莉玖。
そんな貴重な品物が、農作物の出荷倉庫に、しかも無造作な状態で置かれているところは、秋月潮音の大半を構成する異星人レヴらしいズボラさであった。
「さあ、母屋に帰ろうか。 みんなが待っているし、夕ご飯の準備を始めないとね」
莉玖の掛け声で、少佐と鏡水は倉庫の建屋の外に出る。
そして、鍵を厳重にかけ終えた莉玖と一緒に歩き出す。
「このネックレス、似合いますか?」
「ちょっと、古めかしいよね? 古代のモノかな」
少佐の言葉に、莉玖が、
「潮音の話によると、恋愛成就のネックレスらしいよ」
と説明する。
「恋愛成就ですか?」
「他にも、ピンチになった時、急に力が湧いてきて、救ってくれるという噂も有るって」
そう答えると笑い出す。
「この間、石音ちゃんにも、何か渡していたから、ずっと身に着けておくのが良いのかもね」
その言葉を聞いて、
『ダサいとか、カッコ悪いじゃなくて、自分の為に、大事にしよう』
と決断をする。
そして、
「ありがとうございます。 大事にします」
と2人に答えて、満面の笑みを見せたのであった......