第15話(音信不通)
破壊工作は成功した。
しかし敵は、潮音対策の新型偵察機や新型ミサイルを開発していたのだ。
一気に苦境に陥った潮音達であった......
一方、潮音が実行中の破壊工作の状況を総括している国防軍特別部隊本部司令室。
「司令官より、破壊工作は成功との連絡が有りました」
オペレーターの女性下士官の言葉に、歓声が上がる司令室。
「おお〜」
「やった~」
「流石、我等が少将閣下」
それぞれが口々に嬉しそうな声をあげる。
ただ、副司令だけは一層険しい表情となっていた。
『奇襲を知った敵は、少将達を本気で探し始めるだろう。 この作戦は名豊少将案もそうであったが、無事に撤退することが困難なのだ。 少将の瞬間移動は、連続して使えないと言われているのだから......』
その様子に気付いた藍星中佐。
「副司令。 問題はこの後ですね」
「中佐もそう思うか?」
「小官が附属高の理事長室で作戦案を見せられた時、司令官から言われました。 『撤退が難しい』と」
「奇襲されるまで敵は油断しているからな。 まして台風襲来中という悪環境下で」
その後も現地の3人からの報告に耳を傾ける副司令。
敵地、しかも真夜中の台風下ということで、映像は真っ暗で殆ど何もわからず、音声だけが情報を伝えてくるのであった。
「石音ちゃんが疲労困憊で動けないようですね」
司令室では、3人の断続的な会話から現地の状況を想像するしかない。
一時期の歓喜の声はすっかり静まり、3人が無事脱出できるのかに注目が集まっていた。
風の音が『びゅーびゅー』と聞こえる。
雨音も『バチバチ』と激しい。
3人は殆ど会話していない。
暴風雨が酷くて、会話してもお互いの声があまり良く聞こえないからだ。
副司令が時計を見やる。
『攻撃が始まって1時間半。 そろそろ敵の動きが活発になる頃だろうな』
既に、地下要塞は完全に破壊され、人工物は全て原子レベルにまで分解されたと潮音より報告が入っていた。
「楓、油断しないで。 敵が来るわ」
その言葉に緊張が走り司令室。
「司令官は、『敵』と言ったのか?」
「いや、『攻撃が来る』と言ったように聞こえました」
やがて轟音が聞こえてくる。
「こんな暴風雨の中、飛べるなんて......新型?」
潮音の呟いた言葉からすると、何らかの飛行物が、上空から潮音達を探しているものと思料された。
「おい、映像を出して見ろ」
藍星中佐の指示で、司令官の防護衣に装着されているカメラ映像を出してみたものの、上空の様子は全く見えない。
「とりあえず、そのまま映像も出しておけ。 敵の新型ヘリか偵察機が映るかもしれないから」
オペレーターに指示を出すと、食い入るように映像を見つめる。
拾われている音からすると、ヘリではなさそうだ。
「随分低空飛行ね、あの偵察機。 楓、強風の渦巻きをあの偵察機にぶつけられないかな?」
潮音の要望に、
「やってみます」
「左手でやってみて。 私も力を貸すから」
「わかりました」
2人の会話が終わると、風雨の音がするのみ。
やがて、3人の近くで大きな爆発音。
司令室での待機組は、固唾をのんで見守るしかない。
暫くすると、
「撃墜しちゃったね」
「不味かったですか?」
「大要塞が壊されたことは、既に大陸にまで連絡が行っているでしょう。 敵が居ると気付いているのだから、撃墜しても問題ないわよ」
潮音が幼楓に労いの言葉を掛ける。
「今のところ、楓が作った風の渦巻きの中に居るので、敵は私達の居場所を正確には把握出来ていないみたい。 しかも、この台風の悪天候下だからね」
「でも......」
「楓の察しのとおり。 次はさっきの新型偵察機が数機襲来するでしょうね」
「そうだ、先生。 瞬間移動で帰れないの......」
「あれは1日1回きり。 ゴメンね〜」
「え〜〜〜」
「だよね~。 私も名豊少将の作戦を批判出来る立場では無いのよ」
「そんなことはありません。 4人がいっぺんに死ぬよりも、僕達2人だけで済むのなら全然マシです。 それよりも先生。 先生一人ならば楽勝で逃げられるのですよね?」
「......」
「僕はともかく、石音は暫く動けないでしょう。 先生はこの国に居なければならない存在です。 僕達はただの実験台で偶然成功した人間兵器。 足手まといになるのなら、ここで石音と一緒に死ぬつもりで来ました。 だから僕達を置いて撤退して下さい」
「何を言っているの? それに私は2人を必ず連れて帰ると約束したでしょ? そんなことより、新型偵察機対策を今考えたから、準備を手伝いなさい。 時間が無い......」
その後、通信が途切れてしまったのだ。
3人の会話が聞き取れないし、映像は何も送られて来ない。
焦りの色を濃くする、特別部隊本部司令室。
今わかっていることは、1600キロ以上離れた現場の状況が暗雲を告げており、しかも急速に悪化しているということだけであった。
「通信の回復を急げ。 とにかく声だけ拾えれば良い」
副司令が、技術部門にそれだけを指示する。
藍星中佐も久萬邊中佐も、自分達が開発した防護スーツや機器を持たせたので、持てる知識の全力を挙げて必死に回復の方法を探す。
ただ一つ言えるのは、敵の妨害波が強くなっているのは確実ということ。
即ち、各種妨害波を出すことが出来る最新の偵察機部隊が近付いているという証左でもあった。
「衛星回線は敵の妨害で、もうダメだろう。 都京島の軍用パラボラで拾えないか? 通信部と交渉して、アンテナの向きを石我輝方向にさせて貰え。 副司令、イイですよね?」
「極秘作戦とは言え、破壊工作自体は成功し、作戦自体はほぼ終結している。 通信部に作戦遂行中の緊急事態だと説明して、協力の段取りを取れ」
その後、上層部同士の話し合いの結果、協力を得られることが決まったので、急遽軍用回線での通信回復を図る。
すると、再び会話が聞こえてきたのだ。
「先生、準備完了です。 でもこんなので、敵の目を誤魔化せますか?」
「あっ、石音、大丈夫?」
「潮音ちゃん、状況は?」
「良くないわ。 敵が台風の暴風雨の中でも飛ばせる、新型偵察機を開発していたみたいなのよ。 完全に誤算......」
「ひとまず、移動しないの?」
「要塞の完全破壊に要したのが約1時間半。 もう、島内の道路は封鎖されているでしょう。 だから、動かない方が賢明ね」
「わかった」
「先生、これを石音にお願いしないと」
「そうだった。 意識が戻ったばかりで悪いんだけど、これの組成を変えてくれないかな?」
「カモフラージュにするの?」
「そんなところね」
「了解」
しばらく無言状態が続いて数分後。
「先生、あれは......」
「新型偵察機の編隊ね。 二人共、準備はイイ?」
「OK」
「了」
「あちゃー。 完全にバレたわね、居場所が」
「すいません」
「楓のせいでは無いわ。 あの時、猛風をぶつけて撃墜しなかったら、とっくにミサイルを撃ち込まれていたのだから」
「潮音ちゃん、攻撃来そうよ」
「とにかく、2人は私と手を繋いで。 着弾直前にシールドを張るから......」
「ヒューン」
「ドカーン」
「バリバリバリバリ」
「ドッカーン」
その直後、通信が切れたのであった......
3人の会話を極度の緊張感をもって聞いていた司令室。
直ぐにオペレーター達の、上ずった声での報告が相次ぐいだあった。
「防護スーツのセンサー、激しい圧力を検知」
「熱も感知。 温度は1500℃以上」
「センサーの上限を超えており、正確な温度は測定不能」
「3人の防護スーツの切断を感知。 バラバラに焼き千切れたのを最後に、通信完全途絶......」
「そんな......」
誰かが発した最後のひとことの後、ずっと無言が続いた司令室。
「......」
以後、いくら微弱電波を拾っても、3人の会話が聞こえることは無かった......
それでも、必死に3人の行方の手掛かりを探す、特別部隊の面々。
しかし、その努力も虚しく、何の情報を得ることも出来なかったのだ。
「俺は、統合作戦本部に行ってくる」
やにわに立ち上がった副司令。
誰もが打ちひしがれた精神状態の中、ナンバー2という立場上、組織の上層部への報告という役目を請け負わねばならなかったのだ。
まだ日の出前の早朝。
知久四大佐は、統合作戦本部の庁舎に入ると、ロビーのソファーで待っている人物が居た。
皇江少将であった。
「大佐。 ご苦労」
その言葉に対して敬礼をしてから、
「作戦部長。 報告にあがりました」
と申告する。
「ここで構わない。 報告せよ」
「破壊工作は大成功をおさめました。 敵の地下大要塞を跡形も無く完全破壊したとのことです。 しかしながら、その後敵の新型偵察機部隊が石我輝島上空に現れ、反撃された結果、潜入した3人との連絡が途絶えました」
「了解した」
再び敬礼した知久四大佐。
踵を返して、戻ろうとしたところ、
「秋月少将から、事前に言われていたことがある。 作戦後、行方不明となっても捜す必要は無いと。 それだけ、撤退が難しいことを承知の上での潜入・破壊工作作戦であったということだ」
皇江少将はそのことを伝えると、本部の建物内に入って行くのであった。
建物の玄関で、その姿を大佐が振り返って見た時、少将は幾分、肩を落としているよう、大佐には思えたのであった。
大佐が特別部隊本部司令室に戻ると、完全にお通夜状態であった。
あくまで不完全な音声での内容と防護スーツの状態だけしかわからないのだが、スーツが破断した状況を感知後、音信不通となったことから、大半の者は3人が死亡したものと判定していたのだ。
「大佐。 少将が居なくなった場合、特別部隊はどうなるのでしょうか?」
現実問題として、所属する者達にとって最大の関心事はそれであった。
特別部隊は、あくまで秋月潮音という特別な能力を持つ古い英雄の為に作られた組織であって、彼女が居なくなれば、いずれ解散させられるのは自明だったからだ。
「3人は、あくまで行方不明というだけ。 それ以上でもそれ以下でもない。 死亡認定される迄は、組織も地位も現状維持のままだ」
それだけ答えると、ようやく落ち着きを取り戻した部隊員達。
消失地点が敵占領地だけに、確認する方法が無いことが、不安を増幅させているのは否めなかった。
「在間大尉。 貴官の軟禁を解く。 以後当面自宅で謹慎しているように」
大佐はひとまず、今後の必要なことの処理として、裏切り者の退室措置を最初に行ったのだが、これは大尉にとっても、周囲から非常に厳しい批判を受けている事実を自覚する機会となってしまったのだ。
状況は何も知らない大尉であったが、退室する為、司令室に入ると、全員の冷たい視線が集まっていた。
「裏切り者」
「司令官の副官が、情報を他人に売るなんて......」
「アイツが余計なことをしなければ、司令官が無理する事態にならなかったのに」
そんな声が大尉の耳にも入る程。
非常に形見の狭い感覚が有ったので、小走りに室内を通り過ぎ、そそくさと出て行くのだった。
その姿を見送ると、大佐は更なる情報収集に努めるよう、全員に指示を出す。
徹夜仕事となっていることで、疲れのピークに達している者が多かったが、まだ望みがある以上、あらゆる方策を考え、実行することに全力を注ぐのが、彼等が出来る唯一のことであった。
一方、大陸の大国では、石我輝島に建設中の大要塞が破壊されたことへのショックが、国の指導部を揺るがしていた。
「死者19000人以上だと?」
「大半が新規配属したばかりの精鋭部隊だぞ。 流求方面の軍事力は大幅低下したことになる」
「生存者は500人あまり。 要塞が崩れ始めた時、偶々出入口から外に出れた者だけだそうだ」
「破壊された要塞の様子は?」
「それが......工事前の状態に戻っているとの報告で」
「何だ、それは? 意味がわからん」
「山中を刳り貫いた巨大空間自体が存在しないとのこと」
「死者の遺体は?」
「空間が無いので、遺体も探せないそうだ」
狐にでも抓まれたような不思議な報告の連続に、皆が首を捻っているのであった。
「それと新型偵察機が1機、墜落しました」
「試験飛行という理由で、台風の中、無理に飛ばすからだ」
「いや、それが要塞崩壊第一報の時、近くを飛行中だったので石我輝上空へ。 要塞近くの山中で不審な人影を発見したとの報告が入った途端、墜落。 新しく完成した大鋺航空基地より増援の新型偵察機部隊を追加派遣。 その結果、不審な者達を再発見。 猛炎弾頭搭載の対地ミサイルを10発以上発射し、抹殺したとの報告が入っています」
「人間に対して過剰な攻撃だな。 不審な者達の遺体は確認出来たのか?」
「はい。3名とのこと。 ただ......」
「何か問題が有るのか? ミサイルの撃ち過ぎでバラバラなのは当然だろ?」
軍事委員長は対人相手に、非常に高価な最新ミサイルを10発も放った空軍パイロット達の判断を咎める言い方をしたのであった。
「猛炎弾頭のせいで、着弾時高温になり過ぎて、焦げた炭素の破片となってしまい、それ以上の確認は不能状態でして......」
「まあ致し方あるまい。 とにかく、調査団を編成して石我輝に派遣しろ。 停戦条約違反を問われていた大要塞だから、多くの死者が出たことは、国外だけではなく、国内向けにも隠しておくようにな」
軍事委員長は、石我輝関連の一大事案発生に対して指示を出すと、国家元首である書記長への報告をする為に、政治の中枢である『四季無城』へと出掛けるのであった。
「書記長。 重大な報告があります」
「軍事委員長が朝からわざわざ来られるということは、軍の大きな事故か? 最近、軍事行動は無いものな」
「はい。 石我輝の地下大要塞が突然の攻撃を受け、戦力ごと壊滅したとの報告です」
「なに? 今月末に敵軍から大規模な工作部隊が送り込まれ、攻撃して来るという情報だったではないか。 それに備えて各方面軍からよりすぐりの最精鋭部隊を密かに配置していたのだろ?」
「残念ながら、それが裏目に出ました。 最精鋭部隊の生き残りは僅か3%。 大要塞は崩壊して跡形もないとのことです」
「10年以上の月日と莫大な資金を投じたのに、一朝にしてとは......まさか、あの女の仕業か?」
敵国で、秋月潮音の名前は今でも轟いており、核攻撃以上に恐れられていたのだ。
「いえ。 今回はあの女が持つ固有のエネルギーを探知していませんので、違うのではないかと。 ただ関与しているのは間違いないでしょう」
「国内向けの情報統制を、どうするのだ。 19000人以上亡くなったのでは、隠し切れないだろ?」
「そこで、書記長の力添えをお願い致したく」
暫く考え込む書記長。
大陸の大国のトップであり、その政治体制から独裁者的な立場になりやすい、絶対的権力者である。
「わかった。 見舞金を割増しする代わりに、口外するなとの緘口令を出そう」
「ありがとうございます。 ところで、客人の方は」
「客人とはエアのことか? 一昨日に帰ってしまったよ。 敵の秋月潮音に対抗出来る唯一の存在だが、我が国の人民では無いから、協力を得るのは難しいぞ」
「今回の大要塞崩壊の件について、意見を聞こうと思ったのですが......立ち去ってしまったのでは、またの機会に」
「そういえば、一つ言っておったな~。 あの女は最近、玩具を育てているらしいと」
「玩具ですか?」
「モノのたとえだ。 なんでも、我等が生まれる前、あの国や超大国が協力して巨費を費やし実行された賭けのようなプロジェクトが有って、その遺物が最近目覚めたらしい」
「プロジェクトって......まさか、特能者を作り出すという?」
「らしいな。 我が国でも何度も同じようなことをしているだろ?」
「なるほど。 今回の要塞破壊は過去の遺物の特能者の仕業という訳ですか。 得心がいきました」
軍事委員長は書記長にそう答えると、暇を告げて四季無城をあとにする。
そのまま国軍司令部を訪れた軍事委員長。
制服組トップ、三軍の長である幕僚会議議長と面談をする為だ。
「議長。 今回の事態は聞いているな?」
「委員長。 申し訳ございません。 何も出来ないまま、一方的に破壊され、しかも貴重な精鋭部隊を失ってしまい......」
「謝罪は無用だ。 敵は特能者を使ったらしい。 尤も向こうでは特能者とは呼んでいないそうだが」
「特能者を.......」
「一つ言っておくが、あの女では無いぞ。 別の者達だそうだ」
「......」
「今後は我軍も、特能者を石我輝に配置すべきだろうな。 そこら辺は議長に任せる」
「特能者は軍にとって貴重な存在のため、なかなか難しいですが、検討させて頂きます」
「もちろん常駐させる必要は無い。 ランダムな配置にしないと、あの女に殺されてしまうだろうから」
「わかりました。 調査団の件は既に指示を出しました。 台風通過後の明日には現地入り出来るでしょう」
「速やかな対応感謝する。 ひとまず調査結果が出るまで、軍の増強は見送るように。 再び攻撃されて失ったら、死者の家族の口封じが難しくなるからな」
政治部門としては、増長し易い制服組の強硬姿勢を抑え込むのが最重要課題である。
それは、一党独裁体制の極端な監視社会であるこの大国であっても喫緊の大問題であった。
議長との面談を終えると、執務室に戻る途中で考え込む。
『今回の事象、暴走気味の制服組を制御する良い機会かもな』
隣国の敵に秋月潮音が登場してから、軍の新兵器開発等の予算要求は明らかに過剰となっているのだ。
しかも、18年前大鋺島の奪取に成功したことで、軍事ロマンチスト的な世論が強くなり、制服組の増長を抑えることに苦慮し続けていた。
大陸の大国も、急速な少子高齢化と人口減少、更には2020年代から始まった不況が重なって、2090年時点で、ライバルである超大国との国力差が大きく広がっており、慢性的な財政赤字にも苦しみ続けている。
『調査結果次第では、敵に攻め込んで報復すべきだという論調が制服組を中心に強まるだろう。 敵には金のかからない最強兵器であるあの女が居るのだから、軍事行動は慎むべきなのに』
軍事委員長は政治家として、無駄な出費を抑えたいと考えていた。
国家体制が特殊であるが故に、高齢者への年金の減額や支給年齢の引き上げが出来ず、年金財政が膨らみ過ぎて、軍に割く予算が無いのが実情なのだ。
既に、巨費を投じた巨大要塞が運用前に破壊され、火の車の財政に油を注いだ状態となっている。
敵軍の文官トップは、潮音が実行した破壊工作により、悩みが相当深まっていたのだった。
夜が明けた8月8日朝の石我輝島は、相変わらず台風の勢力圏内に入ったままであった。
台風12号は急速に速度が落ち、暴風雨が続いている。
駐留軍は、そんな天候にもかかわらず、戒厳令を発布し、あらゆる場所で検問が行われ、治安警察は事前にリストアップしていた反抗勢力の島内関係箇所への捜索実施や身柄の連行、あらゆる場所に取り付けられているカメラ映像の解析を急いでおり、大要塞を破壊した組織の特定を急いでいた。
「どうしたんだ? こんな暴風雨の中」
「面兎の地下要塞が破壊されたらしいぞ」
「夜中にミサイルによる大爆発も有ったそうだ」
「連中は、島民を100人近く連行したらしいぞ」
「旧宗主国の協力者が大半みたいだな」
「心情的には、ほぼ全員が旧宗主国を支持しているだろ? そうなると治安警察の捜査対象者は、島民のほぼ全員ってことだな」
「ただの見せしめだよ。 大陸の国は強権国家で政治的自由はゼロだし」
「ところで、誰が破壊したんだ?」
「碧海の女神という噂が流れているな」
「都京は彼女のお蔭で占領を免れ、自由が有る。 早くこの島も救って欲しい」
「だが女神様が動くと、核戦争の虞があるから難しいんだよ」
「色々言っても俺達は見捨てられたのさ。 それが現実。 今回のはそれを口塗するための要塞破壊かも」
島民達は、台風が通り過ぎるのを待ちながら、治安警察を恐れて一切外出せず、屋内で口々に噂話をしていたのであった。
島民の中のNH国国防軍への協力者数名は、事前に警告されていたことから治安警察の嫌がらせの摘発を免れて、荒天の中、身を隠していた。
「事前の脱出推奨は、こういうことだったのか......」
「大半の者達は、流求本島や首都へ脱出したが、残ってしまった俺達はどうなる?」
「判断ミスったわね。 占領軍が一気に戦力増強していたから、計画は失敗すると思って、島に残ってしまったけど......」
「そもそも、最初の計画は今月末からだっただろ? なんで急に早まったんだ」
「反対派が極秘に別計画を進めたらしいぞ。 国防軍も一枚岩には程遠いから」
「連中の過剰反応や、動きが激しいところを見ると、破壊工作、成功したみたいだな」
不安感から、口々に情報交換をする協力者達。
「諜報員や工作員クラスは全員島外に出たのだろ? ここに居る数名は末端の情報屋に過ぎない。 まあ、どうにかなるだろう」
その言葉に頷く面々。
「台風が通り過ぎたら、脱出出来る奴は脱出した方が良い。 だが、身辺調査が厳しくなっているだろうから、最新の注意を払うんだぞ」
昼前になった特別部隊本部司令室。
以後、新しい情報は無く、徹夜明けということから、疲労の色が益々濃くなって、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「休める者は休め」
副司令が部隊員達に新たな指示を出す。
しかし、誰もが3人の情報を少しでも得られないかと、ネット上の情報にまで、収集範囲を広げて動き続けていた。
ふと、テレビを見ていた久萬邊中佐が、天気予報の台風情報を気に留めたのであった。
「副司令。 ちょっと良いですか?」
「中佐か。 何か気付いたことでも?」
「いや、台風の動きが遅くなったというので......確か、神坂君が台風をコントロールして、引き付けたままにするとかしないとか、秋月司令官が言っていましたよね?」
「ああ、そんなこと本当に出来るのかは知らないが、1週間の訓練目標に有ったな」
「ですから、台風がやや停滞気味になっているのが、能力に依るものならばっていう期待です。 すいません」
「なるほど。 可能性はゼロでは無いが、破壊工作中だけでも動きを止められないかっていう話だった筈」
少しでも希望のある方向に解釈したいのは、大佐も同様であった。
しかし、敵の警戒が非常に厳しくなっているという情報が、残留した島民の協力者から伝えられてきており、司令官達が生きていれば、現時点で危険を冒す動きをする必要は無いと考えられる。
全員がそのような心理状態である時に、冷静さを保つのが自身の役割だと、改めて大佐は戒めるのであった。
やがて、一つのターニングポイントの時間がやって来た。
潮音が言っていた、瞬間移動は1日1回が限度という時間を超えたタイミングであった。
潜入時間は、午後11時半前。
もし無事ならば、日付が変わる頃には、瞬間移動を使って戻って来る筈だからだ。
しかし......
午前零時を過ぎても、戻って来なかった。
1時間、2時間過ぎても、連絡は無い......
日の出時間になっても、全く動き無し。
情報も無し。
台風も、崎縞諸島付近を離れ、太平洋上に移動してしまっていた。
そうした状況に、大佐は大きな決断を下す。
「みんな。 二日二晩不眠不休でご苦労だった。 秋月司令官が立案して実行した極秘作戦は現時点をもって終了とする。 既に作戦部長皇江少将の承諾済みの決定だ」
その言葉に、啜り泣く声が聞こえ始める。
「作戦場所が敵地である以上、これ以上の情報収集活動は難しい。 しかも島に残っている協力者の身に及ぶ危険性を考えたら、作戦を終結させるしかない」
そこまで話すと、大佐はみんなに頭を下げた。
「全員帰宅して疲れを取り、鋭気を養って欲しい。 今回の報復で敵が動く可能性も十分有るし、そうなれば戦争となるかもしれない。 それに今回の作戦に従事していない特別な能力を持つ2人の高校生を育てるという役割がこの部隊にはまだ残っているのだ。 さあ、帰宅の準備をしてくれ」
大佐の促しで、ようやく部隊員達は動き始める。
みんな、緊張の糸が途切れて、ノロノロした動きであったが、三々五々司令室をあとにする。
全員が出たのを見送ってから、知久四大佐は仮眠室へ。
副司令として、司令官不在時における代理の任務が山積みであったのだ。
『こういう時は、忙しい方がイイ。 嫌なこと、辛いことを忘れられるからな』
そんな呟きと共に、直ぐ睡魔に襲われるのだった......