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癒しの調べ

 


「子供たちが、まだ帰って来ない。何かあったのだろうか」


 ゆったりとしたドレスを身に纏った身重のエステルが、二人の子供を案じて宮殿のテラスから庭先に出て、外の様子を窺う。


 真っ赤な太陽が、もうすぐミズガルズの大海に沈もうとしていた。

 ポツンと海に浮かぶこの島の、豊かな自然と白亜の宮殿すべてが紅に染められていく。


「あの子たちのことなら、心配することはないよ。でも様子を知りたいのなら……」


 白いトーガを着て、長い黒髪を背中に流したレオは、エステルの手を取った。

 中庭に置かれた水蓮の大鉢まで連れてゆき、水面を水鏡に変えると子供たちの姿を映して見せた。


 覗き込むエステルのスカイブルーの瞳に映ったのは――。


「また、フェリシア王妃の神殿の供え物を……!」


 西の国に嫁いだフェリシアによって建てられた神殿の庭の、神獣像前に置かれた祭壇の御馳走を、二体の蒼銀の大狼(フェンリル)が一心不乱に食べている。


 香草アニスとシナモン、ピスタチオで香ばしく味付けしたラムの焼肉や、薔薇水のシロップをかけたミルクプリン、菱形の蜂蜜で甘くしたアーモンドとケシの実をまぶした焼き菓子などが、供物として捧げられているのが見えた。


 最近は、フェリシアも子供たちが来るのを見越して、彼らの好きそうな食べ物を用意しているらしい。

 それを目当てに子供たちは、大陸の中原に出かけるとフェリシアの所に寄っては、つまみ食いをしているようなのだ。


「何だか食いしん坊みたいで、恥ずかしい。それに、フェリシア王妃にご迷惑では……」


「すっかり、餌付けされてしまったみたいだね」 


 居たたまれないような様子のエステルに対して、レオは面白そうな顔で見ている。


 水面の映像にフェリシアの姿が映り込み、蒼銀の大狼(フェンリル)に何か話しかけた。

 子供たちは頷くと、神殿の壁を超え、東の方角に駆け出す。


「何か頼みごとをされたようだね。相互協力といったところだな」


 水面が風に揺れ、元の水蓮の鉢に戻った。


「まだ子供たちが帰ってくるまで時間があるから……」


 テラスのクッションが置かれた寝椅子にエステルを楽な姿勢で座らせると、レオは召使に言ってリュートを取って来らせた。


 この島は年間を通して暖かく、日が落ちても寒くはならない。


 茜の空がすみれ色へと色を変えると、中庭のあちこちに設置されている魔道灯が幻想的な光を発し始める。

 夕闇の中、小さな滝や花咲く木々や香りのよい草花が、明かりに照らされて浮かび上がった。


 エステルが無意識にお腹をさすっていると、その手にレオの手が重ねられた。


「身体が辛いのだろう。今、楽にしてあげるから」


「魔力ならいらない。疲れて身体がだるくなってしまうし――」


「違うよ。まあ、そのままで楽にしていて」


 召使が、洋梨を半分に切ったような形状の楽器をレオに手渡すと、ボロンと弦をかき鳴らす。

 音を調律してから、レオはリュートを奏で始めた。


 星々の輝く夜空の下、この世のものならぬ美しい音色が中庭に流れる。

 どこかメランコリックで、甘い旋律が幾度も繰り返され、やがて複雑な和音が絡み合っていく。


 いつしか――エステルは瞼を閉じ、夢の世界へと誘われていた。



 ……レオは、最後の和音をかき鳴らすと、リュートを脇に置き、エステルにそっと口づけた。


「これは百年戦争の英雄の心の病――気鬱を癒した音楽の調べだよ」


「――ならあの時、私もリュートの調べで良かったのでは……?」


 瞼を開いて見つめれば、レオは美しく微笑する。 


「起きていたの? だってそれは――君を、僕のものにしたかったから……」


 エステルの大きなお腹を、レオは愛おしそうに撫でた。


人形(ドール)だから、なんて言って……」


「うん。あの時は本当にそうだった。元に戻れるなんて、思わなかったし」


 頬を赤らめたエステルが恥ずかしそうに顔を背けると、レオは耳元で様々な睦言をささやく。


 そうして幾度となく口づけを交わして、二人は甘い時間を過ごした。




 ――帰宅した子供たちの、にぎやかな声と共に夫婦の時間が終わりを告げるまで……。






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― 新着の感想 ―
[良い点] あー。良かった、北欧ファンタジーがっつり。 ゲームっぽい今時の魔法が出てくるファンタジーは苦手なんですが、古典的な剣と魔法っ。 書き方もブレなくて丁寧。始終安心して読めました。 途中、妹に…
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