05. 余だけが
「笑った顔のほうが可愛くて良いぞ。ほら、チョコレートだ」
「むぐ」
チョコレートを口に放りこまれる。あなた、常備してますよね最早。
「美味しいー」
むぐむぐといただく。こうして美味しいものさえあればころっと幸せになれるから私は案外単純なのだ。
「そなたは本当に見事に食べるな」
「食欲中枢の働きが活発な上に、胃が超頑丈なもので。
――――あの、ところで気が付けばテラスの柵とソヴリンの間に挟まれているのですが、どいてもいいですか? どうぞ私をよけて夜景をご覧になってください」
「……そなたは一体何なのだ、この状況で退くわけがないであろうが」
「しかしこれではまるで恋人みたいに見えてしまいそうです。ご迷惑が」
「そう見せているのだが?」
「え」
ソヴリンの手がすっと私の手を取り、反対の手は頬に触れる。
「え」
「そう見せているし、そうなりたい」
「!?」
ま、待って、なんだっっtっっっっっっr!!!!
くすりと笑うソヴリンに向けられる青い瞳は、熱っぽい気がする。
「ツムギは、私では不服か……?」
凄く綺麗な顔がすぐ近くでささやく。
「え、えぇぇうえええええ!?」
「何だその反応は、初々しいを通り越して色気に欠けるぞ」
テラスの柵に私を追いつめているソヴリンは、からかうようにくっくっくと笑っている。
おめー絶対私がこんな反応するって分かってるだろその顔!
「いや、え、あの、元の世界ではデブは何の利点もないただの醜いデブなので、そんなこと言われたことがないですし、あの、だから、……からかわないで下さいよ! モテたことないから本気にしちゃうんですよ!」
イケメンからそんなんされるとホイホイ惚れてまうんやぞ!
ただでさえこの世界に来てからほぼあなたとしか接触してないというのに。止めろ! 惚 れ て ま う や ろーーーーっ!
ソヴリンはふくくくく、と笑いつづけている。
止めろ! あなたに恋をしたら苦しむのはこっちだぞ!
王様に恋しても辛いだろうがーーーーーーっ!
「そこまで笑うのひどいと思います! 非モテデブをからかうの反対ーっ!」
怨念を込めて抗議する。
いいかげん手を離して、柵とあなたの間から解放して欲しい。
顔が熱い、きっと赤くなってる。からかうのひどい。
ソヴリンはひとしきり笑ったあと、それでもまだ肩を上下させてすまんすまんと謝った。
「……は、離してくだ……」
「結婚してくれ、ツムギ」
「え?」
ぎゅ、と抱きしめられる。
うわ、うわわわわっ!!
ど、どうしようどうしよう、どきどきして仕方ない、私今変な顔してないかな、今はデブじゃなく痩せてるけど、朝までデブだったしデブは汗かくし臭くないかなあああっ!
男の人に抱きしめられるなんて、デブの身には慣れないことで、どうしたらいいか分からない。いや、ソヴリンに抱えられたことはあるけど、今は意味が全然違う!
結婚とか、なんか凄いことが聞こえた!
「い、いま結婚と聞こえたような。聞き間違いですよね? いやだ私ったら恐れ多すぎー」
「言った、……余と結婚してくれ、ツムギ」
「ぅえ、どぅえええええええ!?」
聞き間違いにして、なかったことにする作成失敗! 作成継続不可能! 考えろ考えろ、何か失礼ではない、他のはぐらかし方を一瞬で考えろ! メーデー! メーデー! 頭の中のメモリを総動員しろ!
あなた王様でしょうが! 結婚すると王妃様じゃないか!
王様のお相手って、きちんと専用の教育を受けた、血筋の高貴な人とかじゃないんですか!?
私の顔に浮かんだ疑問の色に答えるように、ソヴリンは続ける。
「余の抜け目のない性格は見抜かれているようだから言うが、そなたの力は王家に必要である」
ふむう?
「余剰カロリーが魔力になるこの世界で、太れる体質は力であるし、魅力である。そなたの体質を我が系譜に組み込めば王家の権威はますます高まるであろう」
まあ、この世界ならそういうこともあるかもしれない。
「――――そして余は、先ほどそなたに語ったように、そなたをこれから『偶然に落ちてきた異世界の落ち人』ではなく、『我らを救いたもうため神が使わした使徒であり聖女』であると正式に布告することに決めた。本来なら既に召された者しか聖人認定はせぬのだが、そなたであれば大司教たちも満場一致で認めるであろう、実績も奇跡もすでに十二分に起こしておる。そしてそなたの一言で、あやつらはこぞって金を出すようになるぞ」
その設定使うのかよ、思いついたのさっきですよね? 抜け目ねぇな。
ていうかこぞって金を出すようになるとかパネェ。
ああ、でも。
ソヴリンは、頑張って無理してるんだろうな。
国王としては私の魔力が血脈に欲しいから、国王としては神の使いだっていう超存在の権威が欲しいから。
ソヴリン一個人としては我慢して奥さんにしてくれようとしてるんだ、きっと。
私なんてここぞという時にマ○コ・デラッ○スのモノマネをはさんでひと笑い取って生きていくしかないような巨デブだ。
王様ならまっとうに綺麗な女の人がいくらでも選び放題なんだから、本来なら私が必要なはずがない。
そんな私の考えを見透かすように、ソヴリンは続ける。
「と、言うとそなたには政治的理由に迫られての結婚のように思わせてしまうのだろうが、違う」
ちがう?
「ど、どう違うって言うんです」私は聞き返す。
「――好きだ」
ごく近くでささやかれる。
すき、って、きこえた。
「……どど、どこが?」
どもりながら聞き返す。
こんなデブ、どこをどう好きだって言うのさ!(いや今は痩せてるけど)
ヒねた私の疑問に、ソヴリンはしかし予想済みだとばかりに、くっくっくと笑う。
「ほら、チョコレート」
「むぐ」
おもむろに指が近づいてきて、口の中にチョコレートを放りこまれて、私はもぐもぐと美味しくいただく。強い甘さで脳の芯から幸せになる。
「美味しい」
「そなたは気づいておらぬのであろうが、そなたがチョコレートを食すときの表情は、とても愛らしいのだぞ」
「へ?」
「我らこの世界の民も、少しならチョコレートを食すし美味く感じる。だが、多すぎるカロリーはこの世界の者は皆、苦痛に感じるものだ、一日に二つめなどはとても食べる気になれぬ」
うん、この世界の人は、適量なら食事を美味しそうに食べるけど、ちょっとでも多いと、とたんに苦痛になるみたいだよね。
「だが、そなたの幸せそうな顔よ。そのように幸福そうな顔でチョコレートを食べられれば、見ているこちらが幸せになるというものだ」
そ、そういうものなのですか?
「そして男なら皆が惚れる」
それちょっと分かんねぇな。
「誰もがこの娘に自分の子を産んで欲しいと思うだろう」
それもちょっと分かんねぇな。
元々抱きしめられているが、もっときつく引き寄せられる。
うひゃあ。
「そんなそなたであれば相手を選び放題だが…………余だけが、そなたの口にチョコレートを与えたい」
ささやく陛下から、男の色気が漏れる。夕暮れは夜になり、月明かりがこの若き指導者を照らす。
ち、近いってば!
「と、特殊な口説き文句ですね!?」
月明かりに金の髪をかがやかせたソヴリンが、にやりと笑う。
「そなたのよく付けているネックレスは意味を持つ石でな、余の母の生地で産出される石なのだが、余がそれを贈るということは、余がそなたに求婚をする心積もりであるということを意味する」
「は、はいぃ?」
え、なにそれ知らない。用意されてるからつけてただけだぞ。
「――――わが国の有力者、皆がそなたに取り入りたいと思っておるのに何の求婚も縁談話もないのは、余に遠慮しているということだ」
「そういう、ちょっとした工作を仕込むとこ王様っぽいですよね!」
いつの間にそんな。
宮廷作法は教師をつけてもらっていて習っているのに、私がこのことを教わっていないのはきっとソヴリンが手を回してたってことで、――――不誠実なんだけどさ、マイナスポイントなはずなんだけどさ。
だけど、ソヴリンの瞳の奥に、何かどろどろした、独占欲めいたものが見えて。
や、なんか逆に信用出来る気がした。
国の利益とかじゃなく、王様としてじゃなく、ソヴリン一個人が――――私のことを欲しいと思ってくれていそうな、欲を感じた。
モテないんで、そういう黒そうな感情を向けられるのは、……正直嬉しいんだよ。慣れないけど嬉しい。
「結婚してくれ、ツムギ。そなたの口にチョコレートを食べさせられるのは、余だけだと示してくれ」
真っ赤になって固まっている私の様子をうかがうように、ゆっくりとソヴリンの、元々近かった顔がさらに近づいてくる。
うわ、キスされる!?
ま、待って、待って。
う、わあああっ――――
ちゅ。
生まれて初めて男性にされたキスは、……頬だった。
「ふふふ、こぼれ落ちそうな目をしているぞ、ツムギ」
「だ、誰のせいです、誰の!」
笑われる。
くすくすと笑う少し意地悪なソヴリンの顔は、初めて見るような、ぞくりとする色気があって。
「……可愛らしい。瞳が潤んで夜に輝く宝石のようだ。いや、どんな石よりも美しい」
そんなことをのたまう。
か、可愛いとか美しいとか言われ慣れてないんでやめてくださいしんでしまいます。
「……私で、いいんですか?」
「そなたがいい、ツムギ」
触れている箇所の、伝わってくる体温が心地いい。手を握ってくれるその手が、大きい。
「私の国、一夫一妻性なんですが」
「そなただけだと違う。神の使い以上の相手などおらぬからな」
マジですか。
「太りますよ?」
「ツムギのいた世界ではどうか知らぬが、この世界では尊敬の対象だ。そなたのように太れる子を産んで欲しい」
私、太っていいんだ……、ほんとうに……。
「余と結婚してくれるか……?」
「……な、なんだかちょっと急展開で不安もありますが、お受けいたします」
「ツムギ……!」
今の私は痩せているから、かるがると抱き上げられてしまい。魔物の穴をふさいだ時みたいにくるくる回られて。
今度は唇にキスをされた。
うわあああああああああ。
うわあああああああ。
しぬ。
++++
そうして私とソヴリンは結婚した。
やがて生まれ育った子どもたち(四人も産んだ)はソヴリンにも似て可愛いかった。
が、私にも似ていて、よく食べ、よく肥え太り、そして父に貯めた魔力をていよく使われて、国をますます盛り立てた。
私は神の使いとして、救国の聖女として祀られ、崇められた。
みんなの役に立ててもいるし、なるべく卑屈にならずに誇るようにしている。
ソヴリンが、私のとなりで勇気付けるように優しくほほえみ、誇れと言ってくれるから。
あの日、ソヴリンが、私はこの国を救うためにこの世界に来たと、意味を保たせてくれたから。
許すと言ってくれたから。
この暖かいひとが私を好きだと言って、愛し許してくれるから、私は地球基準ではとんでもなく甘えた最低な駄目人間の私を、愛せている。
「ツムギは、また何か考え込んでおらぬか? ほら、チョコレート」
「むぐぅ……おいしぃ……」
私が何か考え込んで眉根を寄せていると、ソヴリンは私の口にチョコレートを放りこむ。
このときの表情が好きだと微笑みながら言ってくれる。
そんな風に甘やかされる毎日が続いて、私はとても幸せだ。
王妃という立場はやっぱり大変なこともあるのだけれどね。
こうして、巨デブは異世界で、暖かく、ちょっと抜け目のない国王陛下にどろどろに甘やかされつつ、人々の役にたち、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
Q. 王様なのに一人とだけ結婚ておかしくあらへん? 万一ヒロインに子供出来なかったらどうすんの?
A.きっと出てきていないソヴリン弟が継いでくれるんだよ(震え声)