入学式2
「ーーデル、アーデル!! 」
「わっ!! ……ク、クイナ?急に大きな声を出さないでよ」
「何回呼んでもへんじしないんだもん。入学式もうとっくにおわってるし、みんな移動してる。早くいこ」
クイナの言葉を聞き、周りを慌てて見回すと、既に生徒の影はまばらだ。そんなこともわからないほど物思いに耽っていたらしい。
「あのゼノンって子がでてきてからアーデルの様子、へん。どーした?」
「変……だった?」
「うん。ずっとぼんやりしちゃってさぁ。これで他の子みたいに熱っぽい目をしてた、とかならははぁ、一目惚れだなーとか思えるけど、そうじゃないんだもん」
「自分じゃ自分の顔は見えないからなぁ。どんな顔してた?」
話の流れでなんとなく聞いたのだが、クイナはんーー………と唸って難しい顔をしている。しばらくうんうん唸った末に出した答えは、説明しがたいというよくわからないものだった。
単に説明するのが面倒臭くなっただけではないかと私は疑っている。まぁたいした話ではないのだけれど。
11組の教室は本校舎である建物の最も隅に位置するらしい。他の組の教室は集められているのに対し、11組だけはかなり離されていることから、まるで隔離されているかのように感じる。
教室に近づくにつれ廊下は益体のない落書きが増え、荒れた様相を示す。天下に轟く王立魔術学園とは思えない。
両開きの扉を開き、教室に入る。
中の生徒たちの様子は二極化していた。
虚ろな目をして天井を見つめるもの、鎮痛な面持ちで俯向くもの、机に臥せっているもの。どんよりとした空気を漂わせている彼らはいわゆる落ちこぼれ組だろう。11組に入れられた己の不運を嘆いているのか。
彼らは一様に黙り込んでいるが、それでも教室の中は騒がしい。
「ここが最果ての地、か。穢れた私には相応しい場所だな……」
「おめぇさっきからなにぶつぶつ言ってんだ、あ"!?きもちわりぃーんだよ!!」
「ふん、対峙している相手の力量も図ることの出来ない愚か者め。我が右腕に秘められし邪龍ヴォルガードの怒りに触れたくなけば大人しくしていろ……」
「意味っかんねーこと言ってんなよ!!!」
「貴様は公用語を勉強し直せ、猿が!!」
「うわー!荷物全部寮に置いてきちゃた!
ねぇねぇ、教科書見せてくれる?」
「……組まで分けなくっていいじゃない……。今の私にはロロくんを影からそっと見つめることも許されないのね……。
でも私、これからもこの愛を胸に秘めて生きていくから……」
「ねぇねぇ、話聞いてる?」
「椅子が硬い!!不愉快だ!なんとかしろ下僕!」
「私、今、坊ちゃんの学友。旦那様、言うこと聞くなって」
「下僕、この、えっと、役立たず!あと……下僕!!」
「はい」
ざっと教室を見渡しただけで分かる。11組は一筋縄ではいかない人ばかりだと。落ちこぼれ組のお通夜状態もなんのその、とばかりに騒いでいるのは11組が11組たる所以の問題児たちだろう。
そうこうしてるうちにも一部の言い争いは加熱し、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな勢いだ。危険を察知した周りの生徒がそろそろと移動を始め、距離を作る。
あっ、襟首掴んだ。
このままでは本当にここで喧嘩を始めかねない。誰か止めに入る正義感の強い者は……いないようだ。
迷惑千万だが、放っておくわけにはいかないだろう。
一度大きく深呼吸。顎を軽く引いて不届き者達を見据え、つかつかと歩み寄る。
「ちょっと、君たち。ここは神聖な学舎よ、喧嘩するなら外に行きなさい」
腕を組み、心持ち胸を反らして威丈高に言ってみる。
「っに急に仕切ってんだ、てめっ!女は口出すな!」
「此奴に私たちの言葉は通用しない。案ずるな、娘よ。この猿の暴虐、純黒の騎士たる私が押しとどめてみせる……」
仕切らざるをえなかっただけだよ! あとさっきから気になってたけど君のそのいやに仰々しい口調はなんだ。純黒の騎士ってなんだ。
「やーめーなーさーいー! 」
口で止めに入っても一向に聞く様子がない。お互いに襟首を掴み顔を引き寄せ、至近距離で鋭い眼光を飛ばし合う。
どうにかしてこの二人を教室外に蹴り出せないものかと内心考えつつ、周りに迷惑だから! 怪我をしたら大変! といたって真面目なことを言って説得を試みる。どちらも聞きやしない。
それどころか糞女だの貧相な娘だのこちらにも流れ弾が飛んできている。
怒るな、落ち着いて、アーデル。あなたは淑女なんだから…と自分に自分で言い聞かせるが、顔は引きつっていることだろう。
「お前ら席に着け、喧嘩は後にしろ」
突然自分の頭上でで低い男の声。慌てて振り返り仰ぎ見れば大男が私たちを見下ろしていた。
そのまま男はずんずんと二人のもとへ歩き、肩を押して席に座ることを促す。急に現れた筋骨逞しい大人に毒気を抜かれたか、先ほどまで喧々と争っていた二人はされるがままに大人しく隣り合って腰を下ろした。
せめてその二人の席は離すべきではないだろうか。
「今日からお前たちの担当教師となるミオリ・カセドニーだ。この学園は基本的には教科毎に専門の教師がつくのだが、お前たちは特別待遇、全部俺から学ぶことになる。
付き合いも必然的に多くなるが、一つ言っておく。なるべく問題を起こすな」
服の上からでもわかる盛り上がった筋肉に、つんつんとした砂色の髪、よく日に焼けた肌。魔術師よりは剣士のほうがよっぽど似合いそうなこの壇上に立つ男が私たちの先生だったらしい。
手元の名簿に視線を落としつつ、無駄にはきはきとした声で生徒の名前を読み上げる。この間に発覚したのだが、どうやらここにいる生徒はこれで全てではないようだ。読み上げられても反応がない生徒がいてその度に欠席、と先生が呟いている。なんらかの事情があって来ていないのか、ただの不登校か、それは今の私に判別はつかない。
読み上げられる名前をぼんやりと聞いていると、廊下の方からコツコツと誰かが歩いている音を耳が拾う。なんとなく耳をそばだててその音を聞いていると、それはこの教室の前で止まったようだ。
両開きの扉が音を立てて勢いよく開かれる。
「おはよーございまーす。
なんか部屋の時計が壊れてたみたいで寝過ごしちゃいました!
あっみおりん先生、今年も一年よろしく!」
明るくあどけない声、中性的な顔立ち、指導者に対する敬意を感じ難いその態度。
遅刻してきたにも関わらず堂々とやって来た少年には見覚えがある。たしか、かつて王都を散策していた際に出会ったディトーリオという少年だ。
「去年一年だけで10回以上壊れてるお前の部屋の時計はどう考えても不良品だ。捨てろ、一刻も早く。あと教師に対するタメ口やめろ」
えへへ、と笑いながら席に向かおうとしたディトーリオと目が合う。一応顔見知りということで小さく手を振ってみると、にこりと笑いそのままこちらにやってくる。
「やっぱりまた会えたね、アーデル!僕の慧眼はさすがだなぁ、先のことなんてお見通しなんだもの。
同じ11組同士、仲良くしようよ!」
そう言って隣に座る。よろしくね、と返しながらディトーのややはしゃいだような態度に、これでも15歳なのか……と考えたところで違和感。
「……待って、3年前に入学したはずの君がどうして私と同じ組なの。それに、さっき先生に今年"も"よろしくって……」
どう考えてもおかしい。私の頭の中では既にかなりの確率で真実であろう仮説が立っているのだが、滑りのよい口が思いついた疑問をそのままぶつけてしまう。
「やだなぁ、もう気がついてるくせに。そんなに僕の口から言わせたいの?アーデルはしょうがないなぁー。
進級試験に落ちまくって今年で1年生3回目だよ! 」
軽くほおを染めながら告げてくるが、そこに後ろめたさや自己を卑下するような感情は全く見受けられない。きゃっ、三留しちゃった!恥ずかしい!くらいの軽さだ。
どういうことなの。
隣のクイナがこの人があの噂の……って呟いているけどそんなに有名なの? 噂になっちゃうほどに?
私のもの言いたげな視線に気付いたクイナは、きゅっと握りこぶしを作り、がんばれ、と一言。
……私はなにを頑張ればいいの?
補足
11組の問題児たちに関しては、入学当初から難ありとして11組に入れられる人と、もともとは別の組にいたけれどなんらかの問題を起こして留年し、11組に入れられる人がいて、特に後者が多いという設定です。
なので留年してる人がけっこういます。
『入学前日』の回でも説明をつけたさせていただきました。読んでいて気になっていた方には申し訳ありませんでした。