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僕の彼女  作者: 密玄
一の章 はじまりは唐突に
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僕の説明書 六

朝早くから家を出るとは、何とも不思議なものだ。


柳井に気づかれないようにそろりと玄関から出た。


いつもは柳井が仕事に行くついでに乗せてもらっているのだが、今日は久しぶりにバスを使おうと思う。


あるのだ。

学園前まで向かうバスが。


そしてそのバスは今たっているバス停にあと少しで着く予定だ。


腕時計を見ながら、バスを待つ。


柳井には後でいつもの僕が起きる時間帯にメールをしておけばいいだろう、と思っている。


バスが来た。


中には人が少なく、僕は人があまり居ないところに座った。


バスが僕を乗せて学園前まで着くにはまだまだ時間がある。

それまで仕事をするわけにもいかないし、少し眠たいので寝ようかと思い、鞄を膝の上に乗せて抱え込んでから、寝ようとした。


いきなり肩を叩かれてびっくりした。

叩かれたと言っても軽く、気づかれることを目的とした行為のように思われて後ろを振り返ると、そこには男がいた。



「は、南風…っ?


お前、いつもこんなに早いのか?」



南風(はえ)と呼ばれたその男は、近隣の高校に通う知り合いだ。


茶色く染めた髪をワックスで弄んで、耳にはピアスを二個、あけている。

彼の耳には、どちらも灰色に近い、少し水色がかった珍しい色のピアスがついていた。


彼とは親づてに知り合ったようなもので、恐らくは…僕を嫌っている。


いつも会う度に蔑んだ目で見てくるか、興味無さそうに対応するばかりで、相手側が僕と交友関係を結ぶのを拒んでいる。


「おはよー。


今日は早いんだねぇ。

いつもは誰かさんの車に乗せてもらっているのに、


今日はバス?


意外だなぁ。

キミって、バスの使い方がわかるほどには庶民的だったんだね?ふふっ。」


ちくちくと、貼り付けた笑顔で僕に毒を吐くのが今の彼。


昔はもう少し仲良かった気もするけれど、昔の彼の姿なんて、もう忘れてしまった。



「まぁ、ね。」

と、僕は曖昧に笑いかえした。

こういう相手は面倒くさい。


ふうん、とつまらなさそうに呟いて無表情に僕の顔を見つめてくる南風。


彼の冷たく見下すような目と真正面からはちあい、すぐに逸らした。


彼が怖いからではない。


ただ、彼の硝子のような綺麗な瞳に嫌悪を露わにされるのが堪らないのだ。


僕が目を逸らしたことで、一層機嫌が悪くなった南風の、伸ばした手が僕の腕を掴む。

腕と言っても肩に近い二の腕付近だ。

掴まれて、僕の身体は瞬時に強張った。


彼はそんな僕の気持ちなんか無視するように、ただ手に力を加えていく。


痛い。

尋常じゃないくらい痛い。


周りの人目をはばかって、悲鳴を上げるわけにもいかず、僕は俯いて我慢した。

彼の腕をのけようとすると、更に力を込められ、僕の顔は苦痛に歪んでいた。



「…はなし、て、下さいっ、南風っ!


もっ、無理…」


苦痛に歪んだ顔で南風を見上げると、

南風はにっこりと僕に笑いかけて、満足そうにバスから降りていった。


バスから降りる時、また今度、と言いおいていった。



一体何だったんだ…。


南風は時々意味が分からないことをしでかしては何かと満足そうにする時があって、その度に僕は何かをされているのだが、今のところそんなに害がないので放置している。

兎に角、行動原理が見えないことが、一番厄介な点だ。


―だが、あれは少し注意しておこう。



そう考えて、学園前まで着いたバスから降りて、広い門まで歩く。


朝早くとはいえ、こんなにも人が少ないものなのかと感じたが、寮生は急がなくてもいいからだろうと思い直した。


さらに広い敷地内を歩き、玄関から入る。

玄関からして広い。

全校生徒はそんな多くないはずなのに、何故か広い玄関や校舎全体を見渡しながら、自教室に行こうと、階段を上ったところで、身体が止まった。


稲妻が瞬時に身体を駆け巡ったようだ。





―誰かが先の廊下を横切った?


誰かじゃない。


見覚えのあるシルエット。

一拍遅れてたなびく髪。



今でも目に焼き付いている…彼女。



ああ、と僕は身も心も歓喜にうち震えた。


いい予感が当たった、と思うと同時に、

信じていなかった神までもが僕の味方をしてくれたような、そんな気がしていた。



死んだと思われていた彼女は、生きていた。

生きて、僕の近くに存在している。


はあっ、と感嘆と安堵が入り混じったような溜め息をついた。



信じられない。


今見たことは、本当に、現実なのだろうか?


確かにこの目で彼女の姿を捉えたはずなのに、少しの不安が僕を襲う。


ぐっ、と唇を噛み締めて、自分に言い聞かせる。


それでも、僕が信じるんだ。

僕が認めるんだ。


有り得ないはずの、彼女の存在を。




僕は彼女が、生きている、ということにより一層歓喜し、感謝した。


そして、彼女の存在意義を考えた。



――彼女は何で生きているのかということ、彼女の存在意義がどこに委ねられているか、だ。



あの時いた中で、認めなかったのは僕だけじゃないか。


僕だけが彼女の生を求め、信じてやまなかった。




僕だけが、そう、僕だけ。


なら、答えはすぐそこにある。


なるほどね、そうか。僕が、ね。


嬉しさのあまり笑いそうになって、思わず手を口にあてた。


いけない。


ここは校内だから、秋月 紅は気を抜いてはいけない。


秋月 紅は……。


僕の顔からはスッと先ほどまでの表情が消え去り、いつもの秋月の表情に戻った。


それでも心の中にある感情の激しい渦は消えることはなく、より一層激しさを増す。





僕だけだ、僕だけが。


…僕が。

僕が…僕こそが、新世界の神になる。



ほら、ぴったり。

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