第十三話 左手義肢の蛇
弾丸の雨は、容赦なく降り注いだ。
狭いパイプの内壁に反響する銃声が、まるで鉄の棺桶を震わせる、鳴鐘のようだった。それだけではなかった。
驚くべき急なことはいつでもくる。
今は。
今は青白い閃光が暗闇を切り裂き、弾が金属を穿つ乾いた音が重なる。
(ッッ!電磁銃か!)
「フォン!」
フォンの視界はまだ白く灼けていた。
故にレイの声が聞こえない。
毒キノコの猛毒が、脊髄の奥底で雷鳴のように轟き、神経網を焼き尽くす。
いいや、それだけではないのは確実だ、辺りに響く轟音、つまり、銃声が鳴り響く。
彼のうちで時間は引き伸ばされ、世界は粘つく蜜のように遅延する。
それは目に焼きつくほどの眩しさすらも眩むほどに。
だが、フォンの肉体だけが、逆に加速していた、遅れていく感覚と真逆の現象。
だからここでレイの言葉を聞こえたとしても遅すぎて無意味だろう。
その速度が全てを対抗できるからだッ!
失われた記憶の残滓が、毒素の触媒によって解き放たれ、骨の髄まで染み渡る、言葉ではない、純粋な動きの記憶によるもの
それは感覚を鋭利にする。
彼の背中に食い込むヤマの体重が、まるで鉄の錨のように感じられてしまうほど。
当の男はまだ失神したまま、そう証明してくれるのは胸が微かに波打っていること。
フォンはそれを、咄嗟に引き寄せた。片手で首根っこを掴み、自分の胸板に密着させる。
ガガガガガッ!!
弾丸がヤマの背中に集中した。肉が裂け、骨が砕け、焼け焦げる悪臭が一瞬で充満する。
はずだった!
だが違った!
そう狙いは!?
プラズマが皮膚を蒸発させ、血が蒸気となって噴き上がる。
だが決してヤマを蜂の巣や挽肉に変えることはなかった。
なぜならばヤマの背中はすでに、ただの人間の皮膚ではなかった!
それはフォンが、ヤマに与え続ける衝撃——首根っこを掴み、胸板に密着させたあの瞬間、フォンの膂力はヤマの体に“張力”を与えていた。
筋肉と皮膚の間に一瞬の隙間を生み、皮膚そのものを極限まで伸ばし、引き絞った状態に加工したのだ。
まるで、太古の戦士が革を張って作る簡易な“楯”のように。
ただの皮膚が、突然弾丸を弾く“防弾服”へと変貌していた。
ガガガガガッ!!
連続する銃声が室内に響き渡る。
しかし弾丸は、ヤマの背中にめり込む直前で、不可思議な抵抗に遭った。
皮膚が、まるで高張力の護謨のように一瞬だけ大きく凹み、銃口から弾き飛ばされた弾丸の運動を吸収し、跳ね飛ばす。
なんて張力だと言わんばかりだ。
もはや人の皮膚ではない
最初の数発は皮膚の表面で潰れ、歪んだ鉛の塊となって床に落ちた。
次の弾丸は皮膚をわずかに破り、肉を抉ったが、それでも骨までは届かない。
皮膚が極限までに引っ張られているから、筋肉から少し距離があった。
その間には伸ばされすぎて内側で破裂した血管の血液が流出していた。巧妙にも衝撃を緩和する層になり、
さらに空いた微少ながらの血管の穴が空気を吸い込み、血液と重なるそうを作り出す。
プラズマ弾のような高速度の弾が来ても、蒸発しそうなほどに障壁を加え続けられた皮膚の層が空気や血液で受け取り、さらに高速からくる高音により、一瞬の蒸気膜となって熱を散らし、それは決してヤマの体内までは届かない。
「っ……!」
フォンは歯を食いしばったまま、ヤマの体をさらに強く抱き締めた。
(体内で弾が暴れたり、最大限の傷どころか、こんな弾は何もできない!)
考えつつもフォンはその両腕に全神経を集中させる、肉体の本能を遅らせてはいない。
否、むしろ彼の本能はその精神すらも超えては活動する。
両の腕がヤマの皮膚に与える“張力”を、微調整しながら維持する、汗ばんで、目も浮いてきた彼にできることか。
つまりその本能は精神をも凌駕する。
超越的な本能が加えた力、ヤマに加わる力、それはあまり強すぎれば皮膚が千切れる。弱すぎれば弾丸が貫通する。まさに紙一重の均衡を保つものだった。
ガチ
音が鳴る。
そして敵の攻撃がが一瞬、呆気に取られたように止まる。止まってくる。
「……何だ、あれ?」
「皮膚が……弾を弾いてるぞ!?」
フォンは低く笑った。声はヤマの体に押しつけられたまま、くぐもって響く。
「悪いな。お前らの弾は、俺の『錨』には通用しない」
ヤマの体重が鉄の錨のように重く感じられたのは、単なる比喩ではなかった。あの瞬間、フォンは自分の力をヤマの皮膚に“預け”、ヤマの体を一時的に“自分の延長”として扱っていたのだ。ヤマが失神している今、フォンがその皮膚を意のままに操ることで、常識外れの防御が生まれていた。
「うおおお!ふざけるな!なんで壁の上で立ってやがる!!!」
やはり、そうくるか、怒りの言葉、無理もない。
手も使わずに両の脚でほぼ垂直な壁を立っているフォンを見れば。
となれば当然あの青白い光が再び閃く。
今度はフォンが反撃の手を打った。
(あほう!操るならば、当然ヤマの足とかを操れる!こいつの腕や足が俺たちを固定してんだぞ!)
ヤマの体を抱えたまま、壁を蹴って横に跳ぶ。背中を敵に向けたまま、回転しながら距離を取る。
しかしヤマで固定するにはおかしい、いくら操作できたとしても気絶して、銃に打たれる人間がうまく力を加えられるはずもない。
ドン!
ヤマの皮膚が再び凹み、熱を散らしながら、フォンの動きに合わせてしなやかに伸縮する。
「伸縮!」
レイは気がつく、その片鱗に
フォンは自らの膂力をヤマの全身に注ぎ込んだ。だがそれはただの力任せの抱擁などではない。
無意識か、原理を理解しているか。定かではない。
だが確かなのは彼は、ヤマにある、人間にある人間の身体が本来持つ、骨を圧縮し支柱とし、筋膜・腱・皮膚を張力とする三点の存在、それを合わせて“緊張統合構造”を、極限まで活性化させたのだ。
気絶したヤマの筋肉は、一切の随意運動を停止している。だからこそ、外部から加えられた張力が抵抗なく全身の筋膜網に伝播し、骨格に存在する骨髄に衝撃を最も簡単に与えては浮遊させたまま、なのに骨を歪ませて、あるいは動かすと言ったこともなく、ヤマの体の骨を一本の硬い構造物のように固定させる。 故に極限まで伸張した皮膚と重なり、弾丸を弾く高張力膜と化しやそれを利用して脚部は壁面に対して強烈な法線力を生み出していた。
まるで、精密に設計された機械そのもの。生物の機械!
「うおおお! ふざけるな! なんで壁の上で立ってやがる!!!なんで飛んでくる!!!」
敵の絶叫が、薄暗い場所までに響き渡る。
相当に焦っているだろうか。
それも当然、彼らの視点からすれば、フォンたちは飛んだ、飛翔したのと変わりはしなかった。
「利用したか!跳躍点!」
レイが叫ぶ。
彼はフォンがヤマを足場にしたことに気がついた。
フォンがヤマの体重が鉄の錨のように重く感じられたのは、単なる比喩ではなかった。
あの質量そのものが、フォンの動きに対する反力の受け皿となり、壁面との接触点を支点に二人の体勢を鉄壁のように支えていたのだ。
それ故にフォンはヤマをオブっていると言うよりもヤマに乗り掛かっていたと言うべきだ。
当然これもフォンの力量操作だけでは、下に向かうはずが、弾丸の衝撃はその力を、衝撃を適宜に改変しては、拡散してくれたおかげで足場ができる。
故にフォンは壁から離れた場所でも、ヤマを踏み台にして飛び出せた。
(至近距離予備ゼロ動作衝突!)
ヒリュウの予備動作ゼロタックルのコツを活用、いや、転用した、フォンの新技である。
相手を狙って突っ込むだけじゃなく、自分の体を動かすために、自分が衝突させた相手に加わる力を利用して移動する技。
この技で彼はさらに前方を動き出す。
不可解に思えるだろう、なぜぶつけたのに、彼はさらに前に進むのか。
ぶつかれば下がるはずだ。
その表れはすでにある
ヤマの方だ。
急速の突進からくる衝撃力でヤマの体がさらに痙攣をする、フォンの肩に熱い飛沫が飛び散った。
ヤマの血飛沫だ
だがフォンは笑っていた。
とにかく感覚はなかった。毒が痛覚を快楽の残響に変えていた。
(違う!そんなもんじゃねぇ!!)
ヤマの背中が、フォン肩に猛烈な勢いで激突されたことを思い出す。
通常の衝突なら、“作用・反作用の法則”により、フォンとヤマの体は後方に押し戻されるはずだった。
しかしフォンは、ヤマの体を“力の伝達媒体”として巧みに利用した。
理由は、ヤマの全身に張り巡らされた“生物張力統合構造”にある。
人間の身体は本来、骨を圧縮支柱とし、筋膜・腱・皮膚を連続した張力ネットワークとする“緊張統合”の仕組みで成り立っている。
フォンが最初に与えた強烈な引き寄せと衝撃は、この構造の網全体に“事前張力”を極限まで高めていた。気絶したヤマの筋肉は随意運動をせず、抵抗なく力を伝えるだけの導体となる。
筋膜が全身を一本の弾性のある縄のように繋ぎ、衝撃を瞬時に“分散・伝播”させるたのだ
故に衝突の瞬間、フォンはヤマの張力構造を意図的に“解放・再分配”した。
体がヤマがぶつかることで生まれる反発はヤマの皮膚・筋膜通じて、フォンの胸板へ効率的に戻ってくる。
この反発は、単なる跳ね返りではなく、フォンの脚部へ向けて前方推進として再方向づけられる。
そう巧妙なる力量操作を加えれば
これはまるで、弾性衝突の原理を部分的に取り入れたようなものだ。
完全弾性衝突では運動エネルギーが保存され、物体が跳ね返るが、ここではヤマの体が部分的に弾性を持つ緩衝材となりつつ、フォンの支配でで運動が生む力の一部を自分の前進に変換していけるように彼の、ヤマの肉体で拡散すれば、フォンの方へと必要な分だけの存在がくる。
さらに非弾性の要素ヤマの体が受けるダメージ、彼自身の破裂する肉体で一部吸収しつつ、残りを力の連鎖で前方へ流す——これにより、ぶつかった相手フォンは大きく後方へ吹き飛ばされず、むしろフォンはさらに前に加速する。
そう完全に衝撃を吸収して、フォンと異なる方向だけに力が加わる、故にフォンはその流れに乗れば跳躍、および移動前進が可能となる。
一つの衝突で、二方向の運動を生み出す、効率的、残虐的な力学。
「ぐあぁっ……!?」
骨が砕ける鈍い音が響いた。
至近距離での人体同士の衝突は、皮膚の張力だけでは完全に吸収しきれず、骨と内臓にまで衝撃が伝播したのだ。
何より彼はすでに肉体は限界、いいや、骨が見えるほどの傷をつい受けたばかりじゃないか。
それでもヤマの筋膜、力を乗せる構造は崩れず、フォンの意志の下で力を忠実に伝達し続けている。
(流れろ!!)
フォンは....流れを掴んだ!
上部から独眼コブラの手下たちが、狭い縁に身を乗り出していた。あれはぱっと見四人。
銃身にある赤い光学照射が照らされれば、それは闇を切り裂くように輝く、そしてその銃口は青く脈打つ。
(ワイヤー)鋼条付きの電磁鎖が、金属の蛇のように、そう命があるように揺れる。
蠢くようにカチャカチャと音を立てる。
一人が叫んだ。
「ゼンガイ!(くそが!)……! 作戦変更だ!」
フォンの笑いが、鉄筒に反響した。
「ウヒョォォ……」
笑いの理由はない。
毒のせいだ。
「ウヒョヒョ!ヴァンーウンヴァァ!」
毒がさらに深く食い込む、神経が火花を散らし感覚、例えるとするならば。
くるのは筋繊維が勝手に収縮すること。
そんな中フォンはヤマの体を、空中で両手で掴み直した。
「はっ!バカめ!」
掴んだ!フォンはヤマを!
空でそんなことすれば落ちるしかない!
こんな高いパイプを落ちれば死も免れることはないだろう。
「落ちて死ねぇ!!」
失神した男、ヤマの四肢がだらりと垂れ下がる。
重い。
だがフォンの腕力は、毒の炎で限界を超えていた。
背骨が軋み、肩関節が悲鳴を上げる。それでも、彼は掴んでいた。た。
「飛べウゥゥゥ!!」
渾身の力で、投擲した。
二人の男の体が、砲弾のように回転しながら飛翔する。
先の敵集団へ。血の尾を引き、腕が無様に揺れ、焼けただれた背中が空気を裂く。
「はあああああ!?」
敵の一人が慌てて身を引いたが、遅い。
二人は回転をしながら飛ぶも当然の力量の無限循環機関だ。
ヤマに加えた力はどうしても、必ずフォンの飛翔の視点となり、さらなる回転を引き起こす。
球体に見えるほど回転する両者の体が輪っか状の形で回り続けて敵の中に直撃し、まとめて吹き飛ばした。
車輪が蟷螂を踏み潰すよりも容易く。
金属の床に激突する鈍い音。骨の折れる乾いた響き。盾から投げ槍へ。フォンの即興の戦術は、毒の狂気によって洗練されていたとか言う次元ではなかった。
「なっ...なんだよ!!てめぇら人間じゃねぇ!」
当たり前だ。非科学的すぎる。
「おい!」
レイの声が、後方から遅れて届く。
「フォーン……! 馬鹿が!」
だがフォンは聞かない。
毒の火照りが全身を駆け巡り、肉体を溶岩のように熱くする。動かねば壊れる、痛みや暑さに当てられてしまいまいそうだ
(ああ、なんて感覚だ。まるで世界が俺に跪いているようで。)
世界が遅い。フォンの神経だけが、狂った速度で世界を切り取る。
彼は地を蹴った。鉄の板でできた地面をも抉るような蹴りで、上部へ跳躍する。
狭い空間を、蛇の如くくねらせながら上昇し、足裏が鉄を削り、いいや、あまりの力量操作でそれは金属を液状化させたように蠢かせては、破片はまるで粘液が飛び散る様に見える。
「はっ!避けろ!!!ルン!」
着地と同時に、最初の蹴りが炸裂した。
ドゴォォッ!!
右足の踵が、最前列の手下の顎を真下から打ち抜く。
首が不自然に百八十度近く反り、眼が眼窩から飛び出して床に転がる。
即死。体が壁に叩きつけられ、血の花が咲く。
いいや綺麗すぎる言い分だ。酷すぎる有様でそれは尽きた。
「あ...あぁ...あああ!」
フォンは回転を止めず、左足を振り抜いた。回し蹴り。弧を描く踵が、次の男の肋骨を三本へし折り、やつの肺を内側から潰す。蹴りを喰らって男は血を吐きながら、遠く遠く、後方へ吹き飛ぶ。
「しゃあ!って眩しい...なんだ監視カメラか...?」
残り二人。
一人が電磁が纏われる鎖を振り回してきた。導線が唸りを上げ、青い電撃を纏うもフォンは体を沈め、回避し、さらに反撃に出ようとする、鎖が頭上を掠める刹那、彼は右手で鎖を掴んだ。
ジュ!
熱い電流が掌を焼くが、毒がそれを麻痺させる。
強靭な肉体は焼き切れることもないようにする。
「完璧なる連携だよ!!」
グイン!
「うお!」
引き寄せながら、敵の懐へ一気に踏み込む。息が触れ合う距離。
「投げてやるよ……!」
腰を沈め、体を一回転。
相手の重心を完璧に奪い、背負い出せば。狭い窮屈な状態内で、男の体が弧を描き、頭から床に叩きつけられる。
畳まれたような体勢を投げられる過程で取られてしまい、首椎が折れる音が、鈍く響いた。
フォンは離さない。倒れ込みながらも、男の体を抱え込み、地面に何度も叩きつける。
肉が潰れ、骨が砕ける。男の体は丸められていた。
畳まれたように。それは
——相手の重心を読み、力を利用し、床を味方につける、利用する技。
投げたのはフォンだ。
だがフォンが力を加えていったと言うよりは、加えられる力を利用した。
い言うなれば、主体的な反撃。
受動的な攻撃であった、確か。
「来るか、来るなら来いよ。銃なんか捨てずにもいいぜ」
最後の男が、銃を構えた、構えた、そう聞くと今から攻撃体勢をとったように聞こえる。
違う、距離は近い。だが発射準備をしても高速移動をするフォンを捉えるのには足らなかった。
フォンは一瞬で詰めた。
左足で床を蹴り、右足で男の膝を内側から蹴り上げる。
膝関節が不自然に折れ、男が前のめりに崩れる。
フォンはその首を両手で掴み、膝を顔面に叩き込んだ。
ガキィィィン!!
鼻と歯が砕け散り、血の霧が舞う。
当然に男は後ろへ倒れる
「妙だなおい」
四人の体の血で池ができた、彼らはまだ中で微かに痙攣していた。
飛び散った血飛沫が、裸電球の残光を鈍く反射する。
「....はん...」
その瞬間だった。
(反射!!?)
パイプの溶接痕の影から、何か落ちてきた。
音や気配なんてなかった。
独眼、義眼、それは猛毒王と自称していた存在。
(しまった!?なぜ忘れてしまった!!)
片目に埋め込まれた赤い光学義眼が、暗闇の中で爛々と輝く。長身の体躯は黒い外套に包まれ、右腕全体が重厚な義肢——油圧と電磁回路を内蔵した、いいや、内蔵というよりはもはやはみ出ている!
うねりを上げながらに!
それは凶悪な金属の槍と化した、武器と呼ぶべき代物の腕だった。
表面は血と油で黒く光り、指先は鋭い刃状に変形している。
左腕は人間のまま、腰に下げた電磁鎖を軽く握っていた。
コブラは、無言でフォンの背後に着地した。
その動きは、まるで機械仕掛けの人形のように滑らかで、一切の隙がなかった。フォンが四人の手下を屠る間、ずっと死角に張り付き、息を殺して機会を窺っていたのだ。
無人の監視ドローンの唸りすら、彼の存在を隠すための囮に過ぎなかった。
フォンがようやく気配に気づいた時、すでに遅かった。
シュッ。
義肢の左腕が、蛇のように伸長した。
(くらうッッか!)
だが違った。
肘から先が高速で射出され、フォンの左脇腹——完全に無防備だった肋骨の隙間を、正確に貫いた。電磁回路が起動し、青白い電撃が伝われば人の肉をいとも簡単に焼き、焦げさせ、突き壊す。
骨が軋み、筋肉が引き裂かれる感触が、さらなる高熱が毒の熱と混じり合ってフォンの体を駆け巡った。
「ぐあっ……!?」
フォンは目を見開き、驚愕の声を漏らした。
体が硬直する。義肢の先端が、肋骨の間を抉り、内臓のすぐ傍まで達していた。
熱い血が、傷口から溢れ出す。毒の加速した神経が、痛みを増幅させ、逆に鮮烈な快楽と錯覚させる。
「どこに……隠れてやがった……!」
フォンは歯を食いしばり、右腕を振り上げて義肢を掴もうとした。だがコブラの動きは速い。
義肢を一瞬で引き戻し、フォンの体を壁に叩きつける。金属の壁が軋み、フォンの背中が激しく打ちつけられた。
コブラの声は、低く、機械的な響きを帯びていた。
(声帯も改造してんのか!化け物が)
片目の赤い義眼が、フォンの顔を冷たく捉える。 「キノコの毒で神経を焼かれながら、よくぞここまで暴れた。
だが、所詮は下賤の餓鬼だ。覇大王の塔に這い上がろうなど、笑止千万」
コブラは一歩踏み込み、右手の電磁鎖を軽く振るった。鎖が唸りを上げ、青い電撃を纏う。右の義肢は、再び刃状に変形し、フォンの傷口を狙って構える。無双の動き——四人の手下を一瞬で屠ったフォンの狂気を、一切の感情なく分析し、隙を突いた完璧な攻撃だった。
フォンは壁に背を預けたまま、血を吐きながら笑った。
毒の炎ような熱さが、傷の痛みをさらに煽る。肋の奥が熱く焼け、息をするたびに血の味が口に広がる。それでも、目だけは狂ったように輝いていた。
「ななに!ずいぶん上等な義手じゃねぇか。
隠れて見てたってことは……俺の動き、部下をなぜみす...」
「動くな!」
「囮だろうな、片目やろう」
独眼コブラの怒号に答えにならない言葉を返すフォン、彼は自問自答をする。
(さっきのモロのくらった技、足場が動いた気がする、いいやそんな次元じゃない。この場所全体は動いた。)
——その時、フォンはようやく気づき始めていた。
コブラがただ隠れていただけではないことに。
コブラは最初から、この塔の地形を完璧に把握していたかもしれないことに。
フォンが暴れ回るずっと前から、こそこそと裏で動いていたのだ。足場を抉るために、支えとなる柱の固定を緩め、崩落の危険を仕込み、体重が加わりそうな場所を探しつつ、部下との戦いを監視していた。
監視装置を細かく操作し、フォンが戦闘方法や習慣を集めていた。
手下たちを囮に使った、計算ずくだった。
手下四人がフォンの狂気に巻き込まれ、派手に屠られる様子を、コブラは死角から冷たく観察しながら、同時に別の作業を進めていた。
音も気配も立てず、影のように、この蛇は情報を集める。
手下の一人がフォンに倒れる瞬間、コブラは近くの支柱の油圧ロックを遠隔で解除していた。
もう一人が壁に叩きつけられる音を囮に、隣の通路の緊急扉をわずかに歪ませ、フォンの足場はこうしてたものらにより物理的に狭められていた。
弱くなるように。
あれらドローンの唸りは、単なる監視ではなく、フォンの注意を上方に引きつけ、下方の死角を空けるための計算された囮だった。
すべては、フォンが勝っていると錯覚する時間を稼ぎながら、地形をゆっくりと檻に変えていくため。
「お前はもはや羽を捥がれた鳥に等しい。鳥籠のうちならば勝つのは蛇だ。」
レイがようやくよじ登って来ては後方で身構えるが、コブラの視線はフォンのみに固定されている。
「フォン!安心しろ!かなりの数の罠を破った!お前は自分の力を発揮することに集中するんだ!」
フォンら三人が上がってきたパイプの奥から、再び低い電子音が響き始めた。
追加のドローンか、援軍か。罠か
答えは一つだけだ。
「もたらす結果は死だ!」
答えるようにコブラの義肢が、低い機械音を上げて唸った。 「次は心臓を抉る。動くな、毒餓鬼」
フォンは血まみれの口元を歪め、ゆっくりと体勢を立て直した。
肋の傷が激痛を放つが、恐怖はない。
「来いよ、独眼野郎……
俺の隙、もっと探してみろ」
(すでに理解はした、予測する)
フォンは考える、模擬する。
敵の心理を。
━━━━
「部下を囮にする必要があったからだ。下賤の餓鬼よ。この塔の地形は俺が把握し尽くしている。構造図、油圧回路、非常用全ての位置、支柱の弱点——すべて頭に入っている。」
「それがどうした」
「だが、お前のような狂った毒の塊を正面から潰すには、時間が要る。直接仕掛ければ、逃げ道を確保される可能性が高い。お前の動きは予測不能だ。猛毒を喰らうなんぞ」
「だから、手下どもを囮にした。
奴ら四人をあえて生かして前線に置き、お前を『戦わせる』。派手に屠られる音、血の臭い、叫び声——それがすべて、お前の五感を前方と上方に引きつける心理的囮になる。お前は自分の狂気を誇り、目の前の獲物を優先する。そこに全神経を注げば、背後と死角の微細な変化に気づかない。」
「しかしなんでお前は俺にこんなことを話すんだ?」
「は?まだ理解していないのか、俺はお前が作り出した模擬用の知性だ。」
(ってことは脳内!!!?)
━━━━
その間わずか一秒。しかし全ての情報を統合するための思考回路は出来上がっていた。
(合理的だな、つまり俺が攻撃した時、手下の一人が倒れる瞬間、やつは死角から支柱の油圧ロックを遠隔解除したか、あるいはもう一人が壁に叩きつけられる轟音を囮に、隣の通路の緊急シャッターをわずかに歪め、退路を物理的に狭めた。聞こえない隙を狙って、だから全滅を狙ったか?)
考えは一瞬だった。
フォンはすぐにコブラに圧をかける話術を考えだした。
「おい、コブラ、なんとなくわかった、原理は単純だ。心理的分散+物理的改造+時間稼ぎ。手下だか仲間だか知らないがこいつらはお前にとって消耗品に過ぎない。奴らの死がなければ、あんたが地形を“改造”する数分間、俺はすぐに背後や足元をを警戒し、お前を見つけた。」
「それがどうした。クズめ」
「まぁ聞け、逆にお前の行動から内部にある道を当てては、さらに逃走経路を探っていたはずだ。影にいるはずのお前の行動は逆に利用されるそうなれば。」
「だからこの猛毒王は注意を一点的に集中させる。それが部下を囮にする、唯一合理的な理由だ。」
「自分から説明なんて相当に主導権が欲しんだな」
「お前はただ、俺の用意した舞台で暴れていただけの、哀れな道化さ」
「覚悟はできているんだろうな、俺をコケにするなんて。」
「俺は奴らの死すら、それら全てをすでに覚悟していた。いや、計算に入れていた。奴らが生きてしまえば計画は崩れる。だからこそ、わざと奴らを生かして前線に置き、邪魔がないようにした。」
「そうかい、弱いな、俺はヤマもレイも死なせるつもりはないぞ。来いよ...食後のデザートにしてやる。」




