毒か薬か 2
オズテリアの医療従事者は魔法医、薬師、医師の三つに分類されます。
まず魔法医は魔法関連の治療の専門家です。魔力過多症、魔力詰まり、欠乏症などを診るので当然ながら魔力持ちです。
治癒魔法の使い手でもあるので、資格試験を受けた後に魔法医組合のメンバーとして登録されます。
次に薬師は、数の少ない医師の代わりにオズテリアの医療を支えていますが、これといった試験はありません。
世襲で店を継いだとか、師匠に一人前として認められたら薬師を名乗ることができます。
そのために行えるのは薬物療法のみで、外科処置は傷を縫う程度しか許されていません。
玉石混合なので、医師よりも優秀な者もいれば、一般人と大差ない知識しか持たない者もいます。
最後に医師ですが、医療系では唯一の国家資格で、あらゆる医療行為が認められています。
患者の治療だけでなく、地域医療の監督権も持ちます。
他人の生死に直結する仕事なため、医師試験は官僚試験よりも合格するのが難しいと言われています。
魔力を持っていれば魔法医も兼任しますが、魔力持ちの数が限られているので、まずお目にかかれません。魔力持ちは魔法医や魔法使いになる方が遙かに楽なので、何年も勉強して合格率の低い試験に挑もうとは思わないのです。
晴れて医師となった後は、国が赴任先を決めます。
昔はそこまで管理しなかったのですが、自由にさせると住みやすい土地に医師が集中したり、金持ちが専属医として抱え込んでしまうので今の形になりました。
快適な多場所で生活したい、高い給料をもらいたいと思うのは、医師も例外ではないのです。
そんなわけで現在は優秀であるほど、地方に飛ばされて経験を積まされます。
歴代最年少で医師になったルカが、東部の山間部という田舎町に配属されたのは、それだけ将来を期待されているからなのです。
*
ミカエルは診療所までラファエロを連行すると、今日のできごとをルカに報告しました。
診察室の椅子に腰掛けるルカは、若干十九歳の若者です。
肉屋の店主が若造と連呼していましたが、事実として若いのです。小柄で童顔なこともあり、職歴四年目の医師にはとても見えません。
「――……というわけで、亜鉛華単軟膏をお渡ししました。あの性格なので、一、二回で面倒になって使うのを止めると思います」
話を聞き終えたルカは溜息をつくと、白衣のポケットから飴の缶を取り出しました。治療に耐えた子どもたちに御褒美としてあげているのです。
「手間をかけさせたね。ちなみに火傷部分に使ってはいけないと伝えたかい?」
酸化亜鉛が傷口に付着すると、治りが遅くなります。
色とりどりの飴を前にして、どれにしようか迷っていたミカエルは、思わぬ指摘に動きを止めました。
「あっ――」
「今回は炎症だったんだ。そこまで思い至らなくても、気にしなくていいよ。ただ彼のような人物は、自己判断で予想外の使い方をすることがあるからね。糖尿病で近いうちに受診するはずだから、僕から注意しておこう」
「お願いします」
たぶんまた聞き流されるのがオチですが、この先はルカの仕事です。
「いい子だね。君は医学書も読み込んでいるが、診察の経験は無い。重層療法にとどめたことも、事後に報告したことも的確な判断だ。――それに比べて君ときたら」
赤みがかかった栗色の髪を持つルカは、ミカエルに次ぐ貸本屋のヘビーユーザーです。
読書家同士、二人は年齢を超えた友情を育んでいます。
年下の友人には優しい言葉をかけたルカでしたが、部屋の隅で息を潜めていたラファエロをロックオンすると冷ややかな目つきになりました。
「わ、わしは術によって健康体を維持しておる! そもそも検査する必要なんてないんじゃ!」
「毎年毎年同じことを言わせるんじゃないよ。種族関係なく肉体は加齢で衰えるものだ。君とて例外ではない。もし術を維持できなくなったら、ミカエルに君の世話をさせることになるんだよ。ただでさえ辺鄙な場所に住んでいるのだから、定期的に異常が無いか確認するのは当然のことだ」
基本的に年上には敬語を使うルカですが、ラファエロは例外です。
本人にそのつもりはないのでしょうが、目力が強いので睨みつけているようにみえます。
厳しい口調や、引き結ばれた口元も威圧感を与える一因でしょう。
「わしにはエルフの知り合いがおるが、あいつずっとピンピンしとるぞ!」
言わずもがなサリエルのことです。
ゆうに千歳を超えているはずですが、フィールドワークと称して今も元気に世界各国を飛び回っています。
「元気に見えることと、健康であることはイコールではないよ。君はその友人の健康診断の結果を毎年確認しているのかい?」
「うぐ」
「それに他人は他人。君とは別の存在だろう」
「ぐぬぬ」
「師匠。もうそこまでにしましょう。何を言っても正論で叩き潰されるだけですよ」
「健康診断なんて半日もかからないのに、何故そんなに抵抗するのか理解できない。家でゴロゴロしている時間を使えばいいだけだろう。特に君は勤め人じゃないんだから、予定を組みやすいはずなのに、どうして毎年自主的に動かないんだい」
「のう、この医師。何も言わなくても追撃してくるんじゃが」
「僕の言葉が耳に痛いのは、己の過ちを自覚しているからだろう」
「……もう勘弁してくれ」
「ルカ医師、どうかそこまでに」
見かねたミカエルが制止しようとした瞬間、部屋に見覚えのある女性が飛び込んできました。
*
「ちょっと先生! うちの亭主になにをしたんだい!」
ノックも無しに乱入してきたかと思えば、女性――肉屋の女将さんはルカに詰め寄りました。
「奧さん、落ち着いて。まずは状況の説明をしてください」
「あんたのところから帰ってきたら、急に倒れたんだよ!」
悠長に話を聞いていたら手遅れになると判断したルカは、素早く往診用の鞄を抱えて立ち上がりました。
「ミカエル。わしらも行くぞ」
女将さんが把握していないだけで、店主はルカの後にミカエルの薬を塗っています。
もし責任問題になったら、誰がなんと言おうと治癒魔法を使おうとラファエロは心に決めました。




