たこ焼きパーティー
こんなことをしている暇はないと思うのだが、俺はたこ焼き器をテーブルの上に出していた。たこ焼きの生地と、シュウマイ用の皮と餡を作っておいて、たこ焼き器の半分はたこ焼きを、もう半分はシュウマイの皮を入れてからその中に餡を落とした。
砂橋はテーブルの横でうつ伏せになりながら、カーペットの上に広げている資料をじーっと見ていた。
「本来、持ち出しは禁止されてるんですが……」
「責任は俺が持つ。お前は気にするな」
猫谷刑事が落ち着かない様子で、自分の眼鏡をはずして、汚れが一切見当たらないレンズを拭く。そんな彼に熊岸刑事がたこ焼きの生地をたこ焼き器に流し込みながら、安心させるように言った。
むしろ、熊岸刑事の方は、今まで砂橋に振り回されすぎて、こんな状況でも冷静になりすぎている気がする。普通、他の警察官に内緒でここまで俺達に付き合ってくれるわけがない。
まぁ、熊岸刑事も、本当に伝えないといけない上の人間にはちゃんと伝えているからこうして堂々としていられるのだろうが。
「それにしても……熊岸刑事の命が狙われているなんて嘘だったんですね」
猫谷刑事が恨みがましそうな目で砂橋のことを見た。砂橋は、カーペットに両肘をついたまま、肩を竦めた。
「命が狙われてるなんて言ってないよ。危険にさらされてるって言いかけただけ」
「たちが悪い」
「ちゃんと言い直したじゃん。巻き込まれてるって」
熊岸刑事が黄色猫を名乗る人物による贈り物関連の事件に巻き込まれているのは嘘ではない。しかし、砂橋も人が悪い。そんな言い方をしてしまえば、真面目な猫谷刑事が先輩刑事のためになにかをしないと落ち着かない状態になるのは当然のことだろう。
そもそも、猫谷刑事は、十五年前のことを調査してもらう前に、三つ目の事件の犯人である元刑事の平田への面会の時に協力してもらった。もう無関係ではないのだ。
猫谷刑事は、大きくため息をつくと眼鏡を目元に戻しながら、俺の方を見た。
「どうして、黄色猫のことをすぐに伝えなかったんですか? 接触したんでしょう?」
俺に聞くのは、砂橋に聞くよりもまともな答えが返ってくると思われているからだろう。
「あの時、黄色猫のことを捕まえられる理由がなかった。今まで彼は顔を隠し、声もボイスチェンジャーで隠していた。彼がしていたのは、指示だけだ。しかし、五つの事件の犯人は誰も指示をされたことを証明できない」
平田の口からは、彼に面会してようやく黄色猫の存在を聞くことができたが、証拠はなに一つない。彼らが「黄色猫に命令されたからやったんだ」と法廷で言ったところで、それは妄言として処理されてしまうだろう。
「それに、黄色猫だと思われる牧野神父はあの後、目撃者として警察署で証言をするために連れていかれた。明後日、会おうとも言ってきた。あいつに逃げる意思はない」
「なるほど……」
猫谷刑事は熊岸刑事からたこ焼きの生地が入ったボウルを受け取ろうとしたが、熊岸刑事は途中までやったのだから最後まで自分がやるとボウルを手から離さない。手持ち無沙汰だったのだろう。猫谷刑事はたこ焼きをひっくり返すため、たこ焼きピックを手に持った。
カーペットに寝転がって、資料を見ている砂橋とは大違いだ。
いや、今のところ、十五年前に起こった事件の情報を頭に取り込んでいるため、こちらを手伝えとも言えないが、砂橋はやることがなかったとしても、こちらを手伝ったりしないだろう。
「猫谷、あの資料は」
「十五年前に砂橋から提示された最近起こった五つの事件の犯人が関係者として名前が挙がっている事件を調べたところ、ある一件の事件が見つかりました」
「関わっていたのは犯人五人のうち何人だ?」
「全員です」
猫谷刑事の言葉に俺は息を呑んだ。
熊岸刑事に送られてきた小説のページに隠された頭文字のメッセージから「十五年前」になにかしら「罪」になることがあったというのは推測していた。
そして、その罪を問われているのは、脅されて人を殺した犯人たちなのだということも分かった。
しかし、やはり、全員が十五年前の事件に関わっているとなると、その必然性に寒気がする。
「元刑事の平田は、事件の担当者として関係していましたが、それ以外の人間は全員が証言者として関係していました」
砂橋がその場で起き上がって、テーブルの上のコップを手に取って、オレンジジュースを煽った。
「復讐だとは思うけど、ターゲットを殺さないなんて、面倒なことをするもんだね、黄色猫も」
そう言いながら、砂橋はカーペットの上に広げていた資料をひとまとめにした。
「復讐といえば、人殺し……というのも安直だが、確かにその方が手間は少ない」
熊岸刑事は砂橋がひとまとめにした資料を受け取る。彼は俺や砂橋よりも多くの事件を見てきているから、はっきりとそう言えるのだろう。
憎い相手、復讐したい相手、そんな人物が数人いた場合、暴力に身を任せるか、なんとかして相手を殺せば、復讐は完了する。相手の行動に事が左右されなければ、なおのこと楽だろう。
相手に指示を出して、相手が他人を殺すのを待つよりも、よほど楽だ。
「わざわざこんな面倒なことをするなんて、よっぽど大事なことだったんだねぇ」
砂橋はそう言いながら、カーペットの上に座り直した。今か今かとシュウマイとたこ焼きができるのを待っているようだ。
「最初はタコ?」
「たこ焼きは普通のたこ焼きで、シュウマイの方も普通のだ」
砂橋のことだからと、タコだけではなく、チーズも用意しているし、生地の方はホットケーキの生地を作っておいて、その中にいれるチョコやカスタードなども用意している。シュウマイの方はコーンやツナを用意済みだ。
我ながら、用意しすぎたかもしれないと思ったが、今日は砂橋と俺だけではなく、熊岸刑事と猫谷刑事がいるから食べ切れないということはないだろう。
「それにしても、これ、弾正さんが全部用意したんですか?」
猫谷刑事が感心するような視線を向けてきた。
一応、民間人である俺と砂橋が事件現場に入ることにあまりいい顔をしない猫谷刑事だが、仕事とプライベートは分けているらしい。
俺の家でまで無表情で睨みつけられなくて本当に安堵した。
「ああ。いつものことだから気にしないでくれ」
俺が料理を自分の分以外も用意するのはいつものことだが、今日は、事件のことを考えず、無心になりたくて、料理を作りすぎてしまった。
俺の小説が関わっている事件。
こんな気味の悪い事件、早く終わってくれないだろうかと心の底から願っている。




