事件の概要
「十五年前「すみやのパン屋」というパン屋で強盗殺人事件があり、パン屋の二階で暮らしていた家族三人が殺された事件があった」
たこ焼きとシュウマイもそこそこに資料を手にした熊岸刑事は語り始めた。きっと普段から事件を調査する際、このように部下たちに事件の概要を説明しているのだろう。
「被害者は、パン屋の経営者の墨谷清、三十五歳。その妻、墨谷茜、三十五歳、その娘、墨谷舞、十歳が殺された。店主である墨谷清は、居住スペースである二階から一階の店内に降りる階段で死体が発見され、妻と娘は二階の寝室で死体が発見された」
俺以外の砂橋、猫谷刑事は資料をすでに読んでいるため、この概要は俺のために熊岸刑事が語っているのだろう。
「強盗殺人ということは金目の物が盗まれているのか?」
「ああ、レジからはお金がなくなっていた。金庫は番号が分からなかったから開けられなかったらしい」
店の一日の売上金は、その日のうちにレジを開けて、計算して、金庫にいれるものだ。だから、レジにあるお金をとったところで、大した金額にはならないだろう。
「居住スペースにあった金目のものも盗まれていた。目的は強盗で間違いないだろう」
となると、店の金を盗もうと犯人が店に忍び込み、レジを開けて、金を持ちだしているところを、店主の墨谷清に目撃されてしまい殺した、という線が濃いだろう。
「目撃した者がいないかと聞き込みをした結果、一人の男が怪しい人物として、浮上した」
熊岸刑事が資料のうち一枚を俺に見せてきた。
そこには、男の顔が映っていた。短髪に眼鏡の男だ。細身の男で、第一印象では、この男が人を殺せるだろうかという懸念が頭をよぎった。
「蟹江道正。当時三十六歳の無職の男だ」
逮捕されたからには証拠が充分だったのだろう。それに、今までの五つの事件の犯人が証言者として関わっているというのなら、元刑事の平田を除いて、四つの証言があることになる。
「その証言って……」
熊岸刑事がからしをシュウマイにつけて一口で食べると一度だけ深く頷いた。しっかりとシュウマイを飲み込んでから話を始める。
「まず、森川静江」
最初の事件の犯人。
露出狂である夫の弟から娘を守るために、裸コートの状態で真冬の夜に男を放置し、殺した女性だ。
「彼女は、事件があった当日、夜にパン屋の周りで蟹江道正がウロウロしていたと証言した」
俺は少し待ってくれと言って、棚の上に置いていたメモ帳とペンをとってきた。事件が終われば、このメモはシュレッダーにでもかけるつもりだ。今、熊岸刑事と猫谷刑事がやっていることは情報漏洩にも等しいのだから、俺がこのような証拠を持っているわけにはいかない。
明後日が終われば、全てなかったことにしたい。
「次に横内進一」
熊岸刑事は俺がメモ帳に森川についての情報を書き終わるのを見計らってから口を開いた。
「彼は、事件の数日前、働いていた居酒屋で蟹江道正が酒を煽りながら、一緒に店に来ていた人間に「金を知り合いからもらうつもりだ、大人しく渡さないのなら奪い取る」と言っていたと証言した」
二つ目の事件の犯人。
彼は三兄弟の長男であり、次男を殺し、三男を事件に巻き込んだ。三男を共犯者として、自身の横領を知ってしまった次男を殺して、被害者を入れた風呂にウィッグを浮かべていた。
「次に堀川淳」
堀川淳は四つ目の事件の犯人だ。
三つ目の事件の犯人は元刑事の平田だ。証言者ではないため、名前を挙げなかったのだろう。
堀川淳は、夫を持つ女性に恋をし、その人物を手にいれるために夫が邪魔だったため、殺害した。しかも、亡くなった男の頭を便器に押し込んで。
「彼は事件の前日、蟹江道正と墨谷清が言い争っていたと証言した」
「もうその時点で証言はお腹いっぱいなんだけど」
先ほどから猫谷刑事にホットケーキ生地をいれたボウルを渡して、たこ焼き器に入れさせている砂橋は呆れるように肩を落とした。
確かにもうこの時点で、蟹江が怪しいというのが伝わってくる。
事件の前日に被害者と言い争い、事件の数日前に金を奪い取ると話していて、事件当日に店の近くでウロウロしているのを見られている。
証言だけでも、これほど怪しい人間はあまりいないだろう。
「最後に、神谷秋菜だ」
最後の事件の犯人。
自身の亡くなった恋人のアイディアを奪ったと勘違いして、映画監督を殺した。その際、砂橋に凶器を押し付けて、砂橋に汚名を着せようとした女性だ。
「彼女は、当時、すみやのパン屋のバイト店員で、蟹江道正が墨谷清の元に度々訪れてはなにやらこそこそと話をしていたと証言している。気になって墨谷清に彼女が蟹江との関係を聞いて見たところ、友人だと答えられたそうだ」
蟹江が知り合いである墨谷清に金の無心をして、断られてしまい、その結果、パン屋に忍び込み、金目のものを奪おうとし、墨谷清に目撃されてしまい、家族共々殺してしまった。
そんな流れを当時の警察は想像したのだろう。
「そして、この事件を担当したのが、平田貴士。俺の先輩だ。資料を読んだが、この事件に関して、平田は最初から蟹江が犯人だと判断して捜査を行っていたように見える」
今、俺達の中では、一つの仮説が成り立っている。
この十五年前の事件の犯人は、蟹江道正ではなく、別の人物だという仮説だ。
そう思うのは、黄色猫である牧野神父が残した言葉が俺達の中で強く残っているからだ。
彼は俺達に、明後日、真犯人が所有する別荘で落ち合おうと言ったのだ。
真犯人とは、もちろん、彼がこだわっている十五年前の事件の真犯人のことだろう。砂橋はそう推測した。
しかし、蟹江が犯人でないのなら、この証言の数はおかしい。それに、証拠があるから警察は蟹江のことを逮捕できたんだろう。
「証拠は?」
「現場にあった靴痕と同じスニーカーが蟹江の家から発見された。凶器もだ。あとは、血のついた硬貨。店内には、レジからお金を盗んだ際に墨谷清と揉みあいになったのか、床に硬貨が散らばっていた」
証拠もある。証言も充分。
砂橋がくすくすと笑った。
「ここまでお膳立てされてると逆に怪しさ全開だよね」
考えられることは一つだ。
蟹江道正は、何者かによって、嵌められた。
そして、証言をした四人、そして、事件を担当した平田元刑事は、その何者かに協力して、蟹江道正が犯人になるように仕立て上げた。
「だとしても、真犯人を今更探すなんて無理がないか?」
「そんなの簡単だよ。捜査をするまでもない。だって、誰に嘘の犯人を仕立て上げるように指示されたか、捕まってる犯人たちに聞けばいいんだから」




