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なんの味?


 前半の映像では、シノリンとマメタが二階に行った後から怪奇現象が頻繁に起こり始めた。


 廃墟の二階にあったのは、子供部屋が一つに夫婦の寝室が一つ。


 八年前にあった惨殺事件は夜中に家に入ってきた強盗によるもので、父と母と子供の三人は、眠っている時に家に忍び込まれて、ろくに抵抗もできずに殺されたらしい。

 父と母は寝室のベッドの上で、子供は両親の部屋の異変に気付き、ベッドの下に隠れたが、結局強盗犯に引きずり出されて殺されてしまったらしい。


 そんな不気味な空気の中、扉も開かなくなり、気が動転したシノリンはキッチンでしゃがみこんで泣き出してしまうが、そんな彼女にマメタが飴玉を差し出した。


 俺と砂橋が売店で見たまずいと噂のアメだ。


 それを受け取ってシノリンは食べたが、あまりのまずさに持っていたティッシュを取り出して、そこにアメを吐きだしてしまう。


『ちょっ、まずっ⁉ なにこれっ⁉』

『元気出た?』

『出たけど……ちょっと待って、本当に何味なの、これ⁉』


 慌てて、シノリンは鞄の中からお茶を取り出して、飲みだした。アメのひどい味により気持ちを無理やり切り替えた彼女は深いため息をついた。


 彼女たちは現在の自分達の状況をまとめ始めた。


 現在、家の入り口は開かず、外にいるはずの案内人からの反応はない。二階に行ってから不可解な現象が起こっているため、なにか解決しないとこの家から出られないのでは、と語ったところでマメタが「あっ」と声をあげた。


『プロデューサーから他にもメモをもらっていて……この家の子供が当時よくやっていた遊びがあるんだけど』


 マメタがメモを取り出すと、そこにはなにやら儀式めいた遊びの手順が書かれていた。


 人形を用意し、その人形の腹を引き裂き、その中に自分の大切なものを入れる。そして、その人形を家の中に隠し、家に来た友達に見つけてもらったら、願いが叶う。

 ひとりかくれんぼにも似た不気味な遊びだった。


 これをその家に暮らしていた少女は「たからさがし」と呼んでいたらしい。


『たからさがし……?』

『亡くなった子供は、亡くなる前日、友達と約束をしていて、このたからさがしをする予定だったらしい。でも、惨殺事件があって、朝になって友達が家に来た時に……』

『事件現場を発見したってわけね……。なら、その人形もこの家に残ってるってこと? 見つけられないまま……』

『その可能性がある……』


 マメタが手元のビデオカメラをシノリンに向けてから、手元のメモに戻すと、そこには赤い文字が書かれていた。


 カエセ、と。


『うわぁっ!』


 マメタが思わず手を振り払い、メモが床に落ちると同時にビデオカメラも床に落ち、メモ帳とシノリンの足が映った。そして、シノリンの奥に、彼女よりも細く小さな足があった。


『もう、なにしてるの?』


 シノリンがビデオカメラを持ち上げて、マメタへとそれを向けた。


『とりあえず、今、できることはその人形を探すぐらいしかないでしょう。だから、人形を探しましょ』

『あ、ああ……』


 二人が家の中をさらに探索すると決めたところで前半が終わり、照明がついた。

 今までの暗さからいきなりついた電気に何度か瞬きを繰り返すとスクリーン横の席に座っていた係員が立ち上がった。


「これから三十分の休憩に入ります。トイレ休憩をしたい方はどうぞ。そして、この休憩時間に作中でも出てきたアメのまずさを皆さんにも体験してもらおうと思います」


 係員がそう言うと同時にいつの間にか、シアタールームに入ってきていたらしいもう一人の係員がアメを入れたカゴとティッシュ箱とクーラーボックスを抱えていた。

 クーラーボックスを見ると、この前の事件を思い出して、非常に嫌な気持ちになる。


「どのくらいまずいんだろうね」

「さぁな」


 トイレに立つ人間もいる中、アメを食べてみたい人間はこちらにどうぞと言われ、俺と砂橋は席を立ち、スクリーン前に並んでいる人達に紛れていた。

 列には俺達以外の観覧者もいれば、制作陣である保本と神谷と一山がいた。

 向川はシアタールーム内にはいないからトイレにでも行ったのだろう。


「前半の感想は?」


 ふと、後ろから声をかけられた。

 この声は間違いなく長須賀だった。そういえば、彼は上映中、シアタールーム内に姿が見えなかったが、いったいどこにいたのだろうか。


「なかなか、王道なホラーって感じ。危ない心霊スポットに素人が行って、危険な目に合うのは定番だね。ああいうところは仕事でも絶対に行きたくないかも」


 砂橋の素直な感想に長須賀は微笑んだ。


「前半は心霊スポットで何があったのか、これから何をするのかの前提の説明だったな。これから、どう俺達が関わっていくのか気になるところだな」


 今のところ、あの映像の中に俺達は関係者として出てきていない。話を左右できるとしたら、きっと俺達はあの物語に関係しなくてはならないはずだ。


「それは楽しみにしていてくれ。必ず巻き込まれるから」


 長須賀が言うのなら、後半も楽しみにしておこう。


 それはそうと、長須賀もこの列に並んでいるということは、まずいと言われているアメを食べるつもりなのか。ティッシュに吐きだせと言われているほどまずいのに、わざわざ?

 監督なんだから、試しに食べているはずだろう。もしかして、まずいアメは長須賀の好きな味なのか?


 そんなことを思っていると、俺達の前に並んでいた制作陣の三人がアメを口にいれ、三人とも顔を歪め、それぞれのうめき声をあげていた。そんなにまずいのか。


「よくこんなアメを配ろうと思ったな!」

「うわぁ……このアメ、二回目でも無理だわ」

「どうして、まずさを知ってるのに、二回目を、おえっ」


 三人はすぐに係員にティッシュを渡され、そこにアメを出して、ティッシュをくるんで係員の隣のゴミ箱に入れた。その隣ではもう一人の係員が紙コップとジュースをクーラーボックスから取り出し、お口直しとして、配っていた。


「ほら、弾正から食べて」

「俺は毒見役か」


 砂橋がにこりと笑う。否定をしろ、否定を。

 俺は笑顔で係員に渡されたアメを口の中に放り込んだ。


「……」


 ゴム? いや、腐った牛乳? かびた雑巾?


 とにもかくにも、頭に浮かんだ言葉はどれもこれも普通の食べ物の味を表すものではなかった。思わず、飴玉以外のものも一緒に吐きたくなる感覚を押さえながら、俺はティッシュを受け取って、すぐにティッシュにアメを吐きだした。


「え、そんなにまずいの?」


 自分がどんな表情をしていたのかは知らないが、砂橋が目を丸くしていた。しかし、俺の反応に怖気づくということもなく、砂橋は係員からアメをもらうと「ありがとう」とお礼を言って、アメを口の中に放り込んだ。


 瞬間、固まった。


 普段、美味しいものを当たり前のように美味しそうに食べる砂橋だが、口に何かを入れている時に、こんなに顔から表情が消えるのは初めてではないだろうか。

 うめき声をあげることもなく、無言無表情で砂橋は係員からティッシュを受け取って、アメを吐きだした。


 なにも言わずに俺よりも先にもう一人の係員に「オレンジジュースください」と小さな声で言っていた。砂橋に続いて俺も「コーラをください」と係員に言った。普段はあまり飲まないが、この口の中に残った味をさらに強い味で消してしまいたかった。

 一時でも長くこの味に口の中を支配されたくない。


「あはは、まずいだろう、それ」


 俺と砂橋は思わず笑っている長須賀を睨みつけた。まずいまずいとは言われていたが、想像を超えるまずさだった。


「こんなの食べたら、そりゃ怖い気持ちもなにもかも吹き飛ぶよ」


 砂橋が一気にオレンジジュースを飲み干した。

 俺も同感だ。


 長須賀はそんな俺達の反応に満足したのか、自分も係員からまずいアメをもらうと口の中に放り込んだ。彼はうめき声をあげることもせずになんと笑っている。

 俺は、映画よりもその光景に恐怖した。


「それよりも長須賀は上映中、どこにいたんだ?」

「ああ、映写室だよ。あそこから見ていたんだ」


 長須賀はシアタールームの後ろにある個室を指さした。個室には窓がついているが、外からその中を見ることはできないらしい。


「私はずっとあそこにいるから、なにかあったら言ってくれ」


 そう言って、長須賀はシアタールームへと戻っていった。


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